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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
26/167

24 嫦娥の噂

完結済作品。週2回更新中!

ザイードが毎日娼館に通い気に入った女のもとに東の都風の土産を持ってきたことはあっという間に噂になった。

どうやら、彼には若かりし日に情を交わした嫦娥がいると。

夢か幻のようなたたずまいの嫦娥は、過酷な旅にいる彼を歌と琵琶で彼をなぐさめ、将棋にも強く、香道や茶道にも明るく、その歌い上げる詩は天上にも上るようだと。

ザイードが過酷な旅を続けているのは、情を交わした翌朝消えてしまった嫦娥を見つけるためだとか。

いやいや、実は夜ごと嫦娥との逢瀬を楽しんでいたが、最近はつれないため人間の女との逢瀬を見せつけてやきもちを焼かせるようにしているとかいう噂も流れた。

そんな噂が流れたが最後、ひそかに流れていた「宿屋の下働きの娘に熱をあげている」という噂は消え去った。

もはや人の記憶にも残らないだろう。

ザイードの噂を本当にすべく、予定より5日ほどながくザイードはこの砂漠の最初で最後の町に滞在した。

うち2日は娼館にとどまり、部屋から出てこないという徹底ぶりだ。

それほどほれ込んだ女がいる、ほれ込んだ女に渡した土産は何かと噂は噂を呼び、隊商が出発をする前の日には商人からの懇願により、東の都から持ち込んだ物品を売りさばく市を立てさせられたほどだ。


市を立てる代わりにと、この町に流れてきた質のいいものや色ガラスをはじめとした生産品や工芸品を安く譲ってもらい、ザイードは利にさとい商人らしいほくほくとしたえびす顔だ。

「女は怖いねぇ」

ザイードのもとに商人からの使いを装い訪れたファナにザイードはつぶやいた。

「あら、何のことかしら?」

ほほほと口元に手を当ててファナは笑う。

噂にかこつけてファナたちもこの数日間で大きな利益を上げていた。

ザイードの荷にあてこまれた職人たちは短納期に悲壮な顔をしていたが。

その工房に選ばれたヤンとトランは工房に何日も泊まり込み、リァンも梱包と帳簿つけにおわれ、気づいたら3人そろって仮眠室で朝を迎えたのだ。

もっともリァンにトランが触れないようにヤンががっちりと抱え込んでいたけれど。


「次は砂漠の西の商品を別の美姫に贈ろうかねぇ」

「あらいいわぁ、別の女神との恋物語も楽しみにしているわ」

「俺はそこまで多情な男じゃねぇんだけどね・・・」

ザイードは苦笑する。

「そっちは収穫あったかい?」

「んん・・・商売敵の妻・娘つまりリァンさんやお母さまを探して娼館にたどり着いたんじゃ?という話ね。あの男はザイードさん以上に娼館の部屋から出てこないんだもの」

「商売はつぶれたんじゃねぇのか?」

「そうよ。だから不気味なの」

二人の間に沈黙が流れる。

ファナは大きなため息をつき思い余ったように言った。

「いっそのことリァンさんもリァンさんのお母様も裕福な旅の商人に見初められてこの町を出ていったって噂を流そうかしら?」

「そりゃあいい、俺が連れて行ってしまおうかね」

「通っていた娼館の美姫をリァンさんにしちゃおうかしら」

二人は顔を見あわせて、笑いあう。同じような顔をして悪だくみは愉快なものらしい。

「あんたたち二人の悪だくみなんてゾッとしないんだけど」

冷たい声をかけられて二人は振り返る。

ファナの3番目の子を連れたリァンとヤンである。

「なんか子連れの嬢ちゃんと兄ちゃんをすっかり見慣れちまったな」

ヤンはふふんと勝ち誇ったように鼻を鳴らす。

「まあ、いいや。兄ちゃん。なんか一つ買っていけよ」

ザイードは西に向けて確保してあった一部の商品をヤンの前に広げた。

薄絹から飾り物まで、女性が好みそうなものがたくさんある。

「俺が嬢ちゃんに買ってきた土産は速攻で突き返されたからさ、兄ちゃんが金を出して嬢ちゃんになんか買ってくれよ」

ザイードはニヤッと人の悪い笑みを浮かべる。

ファナが男二人の攻防を面白そうに眺めている。

「お土産を突き返したなんて・・・しょうのない子ね」

ファナに呆れたようにため息ながら言われて、ヤンは「わかりましたよ!」と商品を吟味し始めた。

ヤンがリァンに選んだのは螺鈿の首飾りだ。

ザイードが東の都で仕入れた一点ものだ。

一点ものを選びだし、好いた女に飾るなど独占欲もここまでくると立派なものだ。

金を払うとすぐにリァンの首にまわし、首の後ろで紐を結ぶ。

胸元で螺鈿がキラキラと日の光を浴びて輝いた。

「へえ、きれいね。何が光っているの?」

覗き込むファナに螺鈿は海にいる貝の殻を使って加工するものだと説明する。テーブルや箱などにも使われると。

「素敵ねぇ。うちでも取り扱えないか旦那様にも相談しなくちゃ」

「ああ、いいねぇ、東の都から調達してくるぜ。高く買い取ってくれよ」

「もう、利がありそうなことには嗅覚が鋭いのねぇ」

「いやいやそっちもたいしたもんだぜ」

二人はにこにことしながらも、いくらで売ってやろうか、いくらまで買いたたけるかしらと相手の腹を探る。

悪だくみとヤンをからかうときと異なり。商売の話になると二人とも目が笑わないのだ。

「貝ってやつは2枚の殻でできているのもあってさ、ぴたりと合うのは一対しかないんだ」

「あらぁ、素敵じゃない」

ファナとザイードの視線が二人に注がれ、意味ありげに目配せしあう。

「ザイードさん、東の都からは螺鈿の飾り物がいいわね。商人たちの求婚にも使えそうだわぁ」

「姉さん、あんたはほんとに怖い女だねぇ」

ザイードは優しそうにリァンとヤンを見つめ、柔らかな笑みを浮かべる。

「まあ、要は嬢ちゃんと兄ちゃんみたいな引っ付いて離れないような似合いの男女みたいなもんよ。俺は明日発つからさ。次戻ってくるのは半年後くらいか。まあ、そのころにゃ、嬢ちゃんは兄ちゃんにちゃんと嫁いでいるんだろ?」

「そうね、そのころまでには婚礼はすんでしまうけど、ザイードさんが戻ってきたときにはちょっとした宴をしましょうね、土産話を聞きたいわ」

「つーか、その頃には嬢ちゃん腹ボテかもなぁ」

「あらあら、なくはないわね」

ザイードはニマニマとファナはにこにこと人のよさそうな笑みを浮かべ、リァンとヤンは顔を見合わせて恥ずかしそうに微笑みあう。

「今更、そんな恥ずかしそうにすんなよ。そんで次東の都から帰ってくるときは、嬢ちゃんはそうやって兄ちゃんの子を抱えてるんだろうなぁ・・・」

1年以上たてば、まあそういうこともありうるだろう。まだ見ぬ未来を思い描いてザードはうんうんとうなった。

しばらくうなった後、真剣な目を二人に向ける。

「幸せになれよ、嬢ちゃん」

「はい・・・ありがとうございます」

「兄ちゃんも、絶対に嬢ちゃんを幸せにしろよ」

「はい、必ず」

幸せそうな二人を見てザイードもニコリとする。

「西からの土産は腹ボテな嬢ちゃんに栄養たっぷりの木の実を持ってくるかな・・・」

と最後には茶化した。


翌朝、ザイードは新たな荷を積み、砂漠へと向かっていった。

思いがけず宿屋に長居できた隊商の男たちは、それぞれの女たちとの別れを惜しんだ。


次回更新は10月5日です!

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