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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
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23 義姉義妹と兄弟

ヤンは片腕にぐずる赤子を抱え、片腕にリァンの肩抱えていた。

こんな怒りを溜め込むリァンを見るのは初めてだと思った。

どうやればこの怒りが収まるのか考えてもわからず熱のこもった手のひらで優しく肩を撫でる以外にできることが思いつかない。

こんな状態のリァンにでも八つ当たりのように拒絶されたら立ち直れないような気がするし、自分の反応によってはリァンを傷つけてしまう気がする。

姉の3番目の子はしょっちゅうリァンが預かっていた。3人でいると職人街中が好奇の目を向けてくる。

こんな風に自身の子を抱ながら2人でいるのが普通になる日もそう遠くはないだろうと、そんな普通の日々を守りたいと考えてリァンを抱く腕に力がこもる。

リァンはヤンの胸にすがるように抱きつく。肩から背、腰に至るまでヤンは軽く優しく、それでいてリァンを刺激するように撫でる。

いつもと変わらず、どんなことでも彼女を受け入れる準備は整っていると伝えるように。

再び姉に声をかけられるまで、ヤンもリァンも何も言わずにそのままで過ごしていた。

「リァンさんは落ち着いたかしら?」

ヤンの胸元から顔を上げたリァンはどうにも艶っぽい熱を湛えていた。

「そう言うことは日が落ちてからにしなさいよ」

「え!?」

「あの、そうじゃないんです。安心してしまって、ヤンのこと好きだなって思ったら、色んなことを思い出してしまって、それで」

「色んなこと…」

姉弟の声が重なる。

「熱いわねぇ」と口元を押さえて笑う姉に対して、弟は今夜彼女の使う部屋に忍んでいきたいと真剣に考える。今夜は兄も両親も在宅にもかかわらずだ。

「簡単に言うとザイードさんにはこの町に滞在の間、3日くらいらしいのだけど、娼館に通ってもらうことになったわ。今日付き添いは旦那様、明日の付き添いはトランにお願いしたわ。でね、リァンさんには少しだけ、見目を整えてもらいたいの。今夜は私も実家に泊まるから、女同士色々とお話しましょ」

「姉さん!」

「何よ、今夜は父さんも母さんもトランだっているのでしょう?私が1人増えたくらい…ああ、そう言うことね。婚礼前なんだから少しは控えなさい。目に余るわ」

姉にぴしゃりと言われ、ヤンはしょんぼりとうつむいた。


その日の夜、リァンのためにあてがわれている部屋で寝支度を整えたファナとリァンは女性同士の気兼ねない話をしていた。

そして、話題はリァンの見目を整える話に移る。

「なんてことはないのよ。あなたぐらいの年頃だと人の目も評判も気になるでしょ。あなたの場合はわざと地味にしているのでしょうけど、逆に目立ってしまうのよ」

そういわれてリァンは喉をごくりと鳴らす。

「地味な女が好きな厄介な男もいるのよ。あなたのお父様の敵もそういうタイプね。あの男の店で雇われた女性は年齢関係なく手を付けられるし、そんなんだから店の風紀も乱れたと言われているわ」

あの男の目的もわからない今、せめて同年代の女性にまぎれたときに変に浮かないように、目を付けられないようにと考えたのだ。

ファナは口には出さないけど、あの男が一時期リァンの母親の客だったことを知っているのだろう、とリァンは思った。

たぶん、隊長さんのことも。

ファナは婚家から持ってきた自身の化粧道具で薄くリァンに化粧を施していく。

化粧しやすいように寝間着の上半身を脱がし、胸から腹を隠し首の後ろと背中で紐を縛る薄着姿にしたらリァンは恥ずかしそうだ。

化粧の後は、軽く髪の毛を整えた。ゆるく結い上げた後、鏡をリァンに見せるとリァンは驚いたように目を白黒させた。

「そうなのよね、ちょっとのことですごく変わるの。びっくりよねぇ。一気に変えると目立つから、すこしずつ変えるようにしなさい」

リァンに施した化粧の仕方を簡単に説明する。

最後に仕上げとばかりリァンの肩にふわりとかけられたのは東の都風の透けるほどに薄く織られた絹織物だ。

「あら、まあ!よく似合うのね。ザイードさんってばやるじゃないの!本当にあの人、リァンさんを生身の女として愛せないのかしら?」

ファナはぶつぶつと不満そうに文句を言うと、何かを思い出したのか、リァンをそのままにして部屋から出ていった。


リァンの部屋より幾分広い兄弟の部屋、部屋の両端に置かれた寝台に寝転がった兄弟は取り留めもない話をしていた。

「兄貴はなんで今日娼館につきそわねえの?」

好いた女の部屋に姉が踏み込み、部屋に引き上げる前にろくに会えなかったせいか弟は不満たらたらだ。

若い男が好いた女と一つ屋根の下に住むには我慢も忍耐力もすぐに限界に達するらしい。

「義兄さんがついて行っただろ」

「そうだけど・・・」

この弟が考えることは容易に想像できるが、特定の相手のいない兄にとっては最近の弟の行動はどうにもむず痒いものでしかないようだ。

「なんか腹立つから、明日俺の代わりにお前が一緒に娼館に行ってこい」

「なんで?やだよ」

「女は別にリァンだけじゃないだろ」

「俺の女はリァンだけだ・・・」

「だから・・・一人の女に執着してるの俺は見たくないんだよ。あの軽さははどうした?まじで」

弟は今までと何ら変わらないつもりだろうが、傍から見れば別人のようなふるまいだ。

軽く振舞っていたとはいえ女をとっかえひっかえしていたわけではないことを兄は知っている。

だが、男としてはあの軽さのほうが絡みやすかったのだし、下世話なことも言いやすかった。

それがどうしたことか、最近ではそういった話には一切加わりもしないどころか、ほかの女の話など興味のかけらも示さないのだ。

他の職人からも最近よく聞く話だ、「最近は絡みにくい」と。

「まったく!ガラスの話をしてるかと思いきや、生暖かい空気を感じるわ」

「げ!」

「姉さん!」

ガラスの話をしてようが女の話をしてようが突然姉が現れれば緊張してしまう。

ファナはちょいちょいとヤンに手を振り、呼び寄せる。

「ちょっといらっしゃい、いいもの見せてあげるわ」

怪訝そうなヤンを急き立てる。同じく寝台から腰を浮かしかけたトランをファナは押しとどめる。

「あんたは耳塞いで布団かぶって一人寝してなさい」

姉が言いたいことが分かった弟はうげぇと顔をしかめた。

「戻ってきても俺に声かけるなよ、絶対に!」

弟にいうと耳をふさぎ壁に顔を向けて寝台に寝転がった。


ヤンは姉に連れられ、姉とリァンが使っている部屋に押し込められた。

ヤンの姿を見て取って思わず薄絹を胸の前でかき合わせるが、薄絹から透けるリァンの肌にヤンは茫然とした様子だ。

「女って化粧一つ、服の色一つで変わるもんよね。ザイードさんのリァンさんへのお土産の薄絹よ。なんか言うことないの?」

ヤンはふるふると震えながら、姉に涙ながら訴えた。

「姉さん!おれはこれでも限界以上に我慢してるんだよ!これ以上どうしろって!?」

弟の悲痛な様子に姉は納得したようにうんうんとうなずくと、部屋からヤンを出そうとする。

「もう部屋に戻っていいわよ」

「俺が!?」

「そうよ、私たちはもう寝るから」

ヤンはくるりと身をひるがえすと、姉を部屋から追い出し、扉を閉めて内側から鍵をかけた。

「ヤン!!開けなさい!」

怒った姉の声と扉をどんどん叩く音が部屋の外から聞こえるが、ヤンは無視して、無言のままリァンに近寄り怒ったようにリァンの肩にかかり、胸の前でかき合わせた薄絹をはいだ。

そのままリァンと乱暴なそぶりで唇を重ね、手はリァンの素肌を滑らせる。

唇が外れたときに息が苦しそうにあえぐリァンの耳元で熱を込め狂おしそうにつぶやく。

「リァンは俺の女だ・・・」と。


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