22 ファナの話
完結済作品。週2回更新中!
ザイードは自身の話を終え、軽く目を閉じた。
次に目を開いたときにはいつもの光が目に戻っていた。
「さて、姉さんも面白い話はあるのかい?」
ファナは目を細めて声をたてて笑った。
「あら、嫦娥の噂を流すのではダメかしら?」
「せっかくだから、とっておきの話を聞きたいね」
ファナは全員に目をやり、軽く目を伏せた後、声を潜めるように言った。
「あの男が戻ってきたわ、この町に」
「あの男?」
「ええ、ザイードさんはご存じかしら?この職人街が発展するきっかけを作った商人のことを」
「ああ、さっき話した俺を救ってくれた隊商、つまり俺の恩人が懇意にしてた。俺も何回か会ったことあるよ」
リァンは驚いたようにザイードに目を向ける。
「今から10年くらい前か、奥方とこどもたちにも挨拶させてもらった。奥方はおっとりしているが芯の通った商家の妻そのままだったな。子どもは好奇心いっぱいの利発そうな姉と引っ込み思案だけど、隊商やラクダに興味津々の弟の二人だった。うちの子らが育ったらこんな感じかねって見たもんだ」
妻と二人の子を失ったあと、亡くなった子の成長を思える姉弟に会えたのは思いがけずザイードを癒したのだ。
「そう、そのザイードさんの言う利発そうな姉がここにいるリァンさんなんだけど」
「えぇ!?まじか、嬢ちゃん!」
リァンがこくんとうなずき、思いがけず母と弟の姿を聞けたことに感謝した。
「そうか、そうか、俺はずっと前から嬢ちゃんに救われていたんだな・・・」
ザイードの目に妻と子を思い出し、涙がたまった。
「運命ってこういうことを言うのね?」
ファナは少し不機嫌なヤンを挑発するかのようにヤンに向かって笑みを浮かべた。
「先に話を進めるけど、その商人、リァンさんのお父様が亡くなって、ある男が殺したんじゃないかって噂になったわ。そもそもアコギな商売をするので、商人にも職人にも嫌われてしまったんだけどね。今から3-4年前かしら?突然姿を消したの。そのころにはすべての商売を閉めていたから、誰も気にはしなかったんだけど。その男が帰ってきたようなのよね」
リァンに母親の最後の言葉が鮮明に思い出された。
同時に体が熱くなる。体の中で炎が逆巻いているようだ。
リァンの腕の中でおとなしく眠っていた赤子がただならぬ雰囲気に突然、火がついたように泣き出した。
リァンは慌てて、あやそうとするが却って泣きじゃくる。
「ヤン」
ファナは弟に目配せをして、赤子とリァンを連れてこの場を出るように促した。
ヤンは泣きじゃくる赤子を受け取り、リァンの肩を強く抱いて、炉のある中庭に連れ出した。
「あれ、ほんとにあの二人の子じゃないんだろ?日数が合わねえ」
「私たちの3番目よ。今から赤ん坊に慣れておいたほうがいいでしょ?婚礼前でもあんなに仲睦まじいのだもの」
ふふふとファナは笑う。
「婚礼前にデキちまうのはいいのかよ」
「あまり褒められたことではないけど、仲が良すぎる場合は多少のお目こぼしもきくのよ」
「多少じゃ済まないと思うが」
ザイードはあきれたようにこぼす。
口元から笑みを消すと、扉の向こうにいるだろうリァンをおもんぱかる。
「あの子、何も言わないけどお父様が殺されたことを知っているのね」
「噂じゃないのか?」
「裏で糸を引いていたのは確かでしょうね」
二人が商売敵であったことは有名だった。それだけで決めつけはできないが、一方が誠実な態度をとる分、一方のアコギさは際立った。
「その男はどこにいる?」
「娼婦街の表通りも裏通りもうろついていたのを目撃された後、今は娼館を渡り歩いているそうよ」
「娼婦街って嬢ちゃんそこに住んでるんだろ?」
ザイードの目に怒りがにじむ。
「今は職人街にヤンと居を構えているわ」
「未婚の男女が一緒に?」
ファナはうなずく。ザイードは混乱したようではあるが、次のファナの言葉に力が抜けてザイードはテーブルに突っ伏した。
「ええ、うちの実家に両親も一緒によ」
この姉さんを相手にするにはいささか分が悪い。わかっていて情報を後出しにするし、その小出しにされた情報に翻弄されてしまう。
「兄さんたちも大変だねぇ」
ファナの夫とトランは苦虫をかみ殺して笑う。慣れてはいるものの大変は大変なのだろう。
「どうにも目的がわからなくて気持ち悪いんだけど、嫦娥が関係しているかもしれないわね。というわけでね、ザイードさん。この町の娼館になじみを作るのはいかがかしら?」
「俺が?」
「そうよ、東の都から仕入れてきた素敵なものをお持ちでしょ?きっと」
「あ・・・ああ・・・・商人としてのなじみってことな」
「ええ、そういうことにしておきましょうか」
ファナはニコリと笑う。
次回更新は9月28日です!