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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
23/167

21 ザイードの月の女神

完結済作品。週2回更新中!

「ザイードさん。リァンさんじゃなければ、女性を抱けるの?」

ファナの直球の物言いに男たちは言葉を飲み込み喉を鳴らす。

「姉さん…」

「男同士でも話せないことをこの人は」

「それは後で俺たちが聞くから。何を思いついたんだ?ファナ」

弟たちと夫に呆れられ、ファナはムッとしたが、気を取り直したようにザイードに提案する。

「宿のお姐さんか、娼館になじみを作るのはどう?」

ザイードはチラッとと横目でリァンを見て言いにくそうに喉を鳴らしているが意を決したようだ。

「央都より西寄りの町で何人かいるんだが…」

「そうなの?どんな方?」

「あーそのなんだ…1人は歌と琵琶が楽師よりも上手くて…1人は将棋がめっぽう強い…1人は茶道や香道の達人で、1人は詩が天才的だ…」

ザイードの馴染みの女性たちはその芸術的センスを持って説明された。

顔や体つき、年齢や床あしらいに関しての情報はない。

リァンやファナ遠慮していると言うよりも女たちの説明をするのに思いつかないようだ。

この男も軽そうに見せてはいるが、意外と堅物なのだろう。

ザイード馴染みの女を一堂に会したら、学術堂ができてしまいそうだ。

だからこそ、言葉も計算も達者なリァンにザイードが興味を持ったのは十分理解できる。

が、ファナ、弟たち、ファナの夫は「この男は女を抱けるのか?」と考えたが顔にも言葉にも出さなかった。

「その方達ではなくリァンさんを嫦娥だと思ったのはどうして?」

満面の笑みを浮かべるファナの追撃に男たちはファナを宥め始めた。

「あーなんだ…旅をしていると手の届かないものに焦がれることがあってね。俺の場合は月だった。月の女神はどんな姿かどんな風に笑うかと考えたことがある…って話さなきゃダメ?」

「ええ、リァンさんと結びつくまででいいわ」

ファナの笑顔を見て引いてくれる気配はなく、ザイードは唸った。ザイードは助けを求めるようにヤン、トラン、ファナの夫に視線をやるが、気づいた男たちは「諦めろ」と言わんばかりにふるふると首を横に振った。

手っ取り早く切り上げたいが、リァンと結びつけるには触れられたくないところも話さないといけない。

「あーもう、ここだけの話にしてくれよ!」

「ええ、もちろん」

ファナの言葉に多分ザイードの話も上手く噂になって職人街だけでなく町中に広がるのだろうと誰もが思った。

「旅で命を落としそうになった。年はちょうど兄ちゃんくらいの年の時だ。このまま死ぬんだと思ったら月から女神が降りてきた。夜中女神は側に寄り添ってくれて、ずっと微笑みを湛えていた。このまま死ぬならそれでもいいと思ったが、明け方俺は別の隊に救われた」

ザイードは言葉を切ってチラッと全員の顔を見た。茶化すのでもなく真剣に聞かれては冗談で誤魔化すわけにはいかない。

「それから俺が回復するまで、夜ごと女神は微笑みを浮かべて側にいてくれた。その・・・ある夜無理にでも抱こうとしたら消えちまって、それきり・・・」

「その女神がリァンさんに似ているということ?」

「いや、全然」

ザイードの答えに全員が首をひねる。

「なんつーか雰囲気というか、男を寄せ付けない独特の空気感というか・・・」

ザイードにはリァンの雰囲気がかの月の女神同様神々しく見えた、それだけだという。これも惚れた弱みというべきか。

ザイードは女神が消えてしまったことを気にして、未だにリァンに触れないのだろう。

いびつにこじらせた男の思いは重すぎると誰もが思った。



「まあ、なんだ、恋に落ちたとか立派なもんじゃない。夢に懸想しているだけだ・・・いまだにな」

ザイードは全員の視線から逃れるように視線を外した。

リァンとファナにはどうにもわからない感情だったが、男たちには思い当たることもあるらしかった。

「嬢ちゃんが俺を救った女神ではないことは十分わかってはいる。でも俺が抱こうとしたら消えるかもしれないと思ったら、指先に触れるだけで精いっぱいなんだ」

よこされた視線には今までにない熱が込められているのに気づいて、リァンは上気するのを感じた。隣に座っているヤンがムッとしたのを感じたが、これは無視していいものではないことだけはわかった。

「ひどいことしないですよね?」

「ああ、絶対にしない」

改めて問えばザイードは真剣に間髪入れず答える。

「俺は嬢ちゃんの願いはできるだけなんでもかなえるつもりだ。なんでも手に入れるし、嬢ちゃんがここではないどこかに行きたいなら必ず連れ出す。嬢ちゃんが望むなら、俺は神でも葬る」

冗談ではない強すぎる思いにリァンはおもわずたじろぐ。なにかを言わねばと思うもののこの強い思いに応えるだけの思いも言葉もリァンにはなかった。ザイードもそんなことは重々承知である。

逆にザイードにも思いを返せるようなことを言うなら、鮮やかさを失った夢からさめることだろう。

「旅は過酷なんでな、嬢ちゃんは俺をこの世界につなぐ寄る辺でいてくれ。昼に夜に月を見るたびに嬢ちゃんを思い出せれば俺はそれでいい。嬢ちゃんから情もなにも返ってこなくていい。嬢ちゃんが幸せならそれでいい」

ファナの赤子を腕に抱えているリァンの指をザイードはそっと触れる。固い親指の腹でリァンの指の背を軽くなでる。

「おれはこれで十分だ・・・失うのは二度とごめんだ・・・」

ザイードのつぶやきに月の女神だけでないだれか大切な人を失ったのだと全員がわかった。

「ザイードさん、奥方は?」

ファナの夫が尋ねる。

「女神にあった翌年に結婚した。子は娘と息子の二人。妻も子ももう亡い。妻以上に気立てのいい優しい女は知らないし、俺はほかの女は愛せない」

だから「嬢ちゃんへの想いは愛ではない」と暗にこめる。

「そうか、お悔やみを」

「ああ、ありがとう」

ファナの夫はそっと隣に座る妻の手を握った。ファナも夫の手を握り返す。


次回更新は9月24日です!

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