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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
18/167

16 ヤンの家族

完結済作品。週2回更新中!

隊商が旅立ち、ヤンが帰った後、リァンが姐さんたちにあれこれと声を掛けられ、ちょっかいをかけられたのは言うまでもない。

「男を二人も手玉に取るなんてやるじゃない?」

「違うわよ、3人よ」

「ああ、あの犬を連れていた、線の細い?」

「あれね・・・んー・・・ないわぁ」

「いやねえ、育て甲斐があるのよ、ああいうのが」

「いやらしいわねぇ」

「このこも不愛想と思いきや罪作りねぇ・・・」

「そういう女が好きな男もいるのよぉ」

「手練手管を教えてもらわなきゃかしら」

「リァンはほんと悪い女だねぇ・・・」

ふふふ、ほほほと姐さんたちにからかわれ、声を掛けられる。

リァンが何か言おうものなら矢のように言葉が降り注ぐのだから、顔を赤く染めながら黙って日々の仕事に向かった。

女将がまだまだ何かを言いたそうな女たちを日々の仕事に追い立てる。

リァンにはなにも言わないが「この地味で貧相な小娘がねぇ」と視線が物語る。


リァンは夕方迎えに来たヤンと連れ立ってガラス工房に向かうと思いきや、ヤンの実家に連れていかれることになった。

宿屋に来たヤンは女たちにかわるがわるちょっかいをかけられるが、

「姐さんたちが俺を取り合わないなら全員囲いたいなぁ、あはは」

と軽い調子でかわしている。

「惚れた腫れたはめんどうだからごめんよ」

と逆に女たちが目をすがめて、舌を出した。

リァンに遠慮しているなら、何気に愛されているんだな、と思う。

「あの子が男たちとの面倒な話を引き受けてくれると、わたしらの実入りがいいからね。可愛がってるのも多いよ」

年かさの姐さんがヤンの気持ちを察したのか簡単に言う。

リァンが言葉を話せることは宿屋でも役に立っているんだな、と思う。

宿屋の奥から帰り支度をしたリァンが女たちに口々にちょっかいを出されているのを見ると自分のことのように誇らしい。

女たちからの貢物のように差し出されたリァンは少し居心地が悪そうにしていて、早くその場から立ち去りたそうな顔をしている。

その表情を見て、ニヤニヤを押し殺す。押し殺したニヤニヤな表情をリァンは怒っていると思ったのか、不安をにじませる。

ヤンは無言のままリァンを抱きしめ、リァンの頬に自身の頬を摺り寄せる。

耳元にリァンの吐いた息がかかると抱きしめたり頬を寄せたりするだけでは足りないと思った。

優しく背を撫でて、少し体を離すと顔を赤らめたリァンに

「惚れなおしちゃった」

とニコリとして言う。

「惚れなおしたって、なにで?どこで?」

「んー内緒・・・でも俺が惚れてるのを知ってたの?悪い女だな・・・」

リァンはからかわれたと思い、ヤンの体を力を込めて突きなはし、宿屋の外に出ていった。

ヤンは女たちに呆れられながらも、リァンを追いかけていく。

初々しい二人に女たちはそれぞれあったかもわからない日々を思い出したように軽口をたたきあった。


ヤンの実家ではヤンの両親、ヤンの姉のファナ、ヤンの兄のトランとファナの子どもと夫に取り囲まれた。

ファナの夫は中規模の商人の出で、ファナの7つ上。

職人の娘ながら社交的なファナに惹かれ、夫婦になったのが8年前。

初めの子は残念にも流れてしまったが、その後跡取り2人に恵まれた。

跡継ぎを2人産んで、嫁の責務を果たしたからか、それとももともとの性格かファナは最近は職人街や商人街でも顔を広げている。

弟たちのことも心配で身重ながら婚家の家業の手伝いや女同士の社交に加えて、弟たちの工房を手伝っているファナを夫は心配しているため何かにつけて職人街に顔を出しているのだ。

昨日の朝のヤンとリァンのやり取りはヤンの両親にもファナの夫にもすでにヤンからの正式な求婚として認識されているようだった。

「父さんも母さんもそんなに焦らないのよ。甲斐性なしのヤンのことよ、どうせ手だって握ってないのよ、まだ」

姉のからかいにヤンは無視を決め込もうとしたが、両親と兄、義兄から憐れみを含む生暖かい視線を向けられて、「手はもう握りました!」と吐露してしまう。

憐れみの雰囲気から残念な雰囲気に移行する。

「なによ、せめて口づけを迫って逃げられたくらいの話はないの?面白くないわねぇ」

「だから、昨日の今日で!!」

「出会ってすぐ求婚しちゃったんだから、職人街も商人街もあんたの次のやらかしを期待しているのよ」

ヤンはファナの返事に帰す言葉もない。

今日の話も明日には職人街中に広まっているのだろう。

その点は娼婦街もあまり変わらず、噂と情報は女たちの口で伝えられるのだ。

恐ろしいと思うものも、その女たちのネットワークに助けられているのも事実だ。

それにしても、とリァンは思う。

ヤンの女あしらいはこのお姉さんの対応で培われたものだろう。たぶん、今まで1回たりとも勝ったこともぎゃふんといわせたこともないのだろうけど。

「トラン、あんたも人ごとのように笑っているけど、ヤンが片付いたら次はあんたが標的にされるのよ。ヤンがやらしている今のうちにちゃんと見つけておきなさい」

ファナの指摘に人ごとのように笑っていたトランは息を止める。

「二人そろって甲斐性がないのよ。それなのに工房を手伝ってもらうことになって、ごめんなさいね」

兄弟二人は姉にものを申そうとしたが、小声で、「姉さん見てたら女に夢を抱けない」とのたまわり、ヤンも小刻みにうなずいている。

「なんですって、あんたたち・・・」

姉のひとにらみでがっちりした男二人が縮み上がる。

「工房を手伝ってもらっているうちにヤンよりトランがいいってなったら正直におっしゃってね。どちらでもいいようにこちらでは準備を進めておくから」

「姉さん!!」

ヤンとトランは二人で焦ったように姉の言葉を遮る。

ヤンは慌てて自分の隣に座るリァンを抱き寄せ、姉からも兄からもリァンを隠すように自分の胸に抱え込む。

「あんたも言ったけど、昨日の今日なんだから準備しているうちにどうなるかわからないでしょ」

ヤンの胸に隠されるように抱かれているリァンをちらりと見て、

「誰にも渡したくないならぼやってしてるんじゃないわよ。いくら自分のものだって言ったって、やることやったって、横からかっさらおうとする連中は山ほどいるんだから!」

「やることって・・・」

ヤンはリァンを抱いたままわなわなと震える。

ヤンの姉とのやり取りにリァンは思わず声をたてて笑う。ヤンは胸のなかからリァンを解放し、そっとその表情をうかがう。

「すごくうらやましくて。私にも弟がいたから、一緒に育っていればこんな風だったかと思って」

いまはいない弟の最後に見た顔ももうろくに思い出せない。

隊長に連れていかれたあの日、泣いていたのか笑っていたのか不安そうだったのかも覚えていない。

「私には父も母も頼れる縁者もいないので。仕事でも娼婦街でも姐さんたちは良くしてくれますけど、どうしても気をつかっちゃうし、皆さんの気安さがとても、うらやましくて・・・」

父も母の顔も思い出せない。顔も声も思い出せない。

思い出せないけど、在りし日を思い出して、ぽろりと涙が零れ落ちる。

商人だった父が健在だったら、今この場に自分はいないだろうとも考えた。

それはすごく寂しいことだと思った。


次回更新は9月7日です!

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