表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
17/167

15 出発

完結済作品。週2回更新中!

翌朝、迎えに来てくれたヤンと連れ立って宿屋に向かう。

リァンはザイードの部屋をノックし、ヤンが来たことを告げると「兄ちゃん、昨日の首尾はどうよ」と聞いてきた。

「まだそんな!」

焦るヤンの声が響いた。

「兄ちゃん…王侯貴族様じゃねえんだから、大事にしすぎないようにな。思いは言葉にしねぇと伝わらないって覚えておけよ」

ザイードは憐れむような視線を向ける。

後半は彼の経験からくるものなのだろう。

「まあいい、これから東に向かうが、手に入りそうな材料はな…」

ザイードはいくつかの材料をあげる。

この町では希少な材料もあり、工房では在庫もないが在庫にする金もないことがヤンには気がかりだった。

「ああ、なに。材料はサンプルで持ってきてやるよ」

ザイードの申し出はありがたいが、商人のこう言った申し出には裏や下心があるのが常だ。

「投資よ投資。俺が戻ってくるまで、西でも受けそうなものを作っておいてくれ。材料のサンプルと交換だし、他にも西で売れそうなものは買っていく」

「どうしてそこまで」

「言ったろ?俺は商人。物も情報も商品だ。ここよりも北側の砂漠でオアシスが見つかった。大規模なもんだし、交易路も安全じゃねえかってことですぐじゃねえが、北側に交易路がずれそうなんだよ。そうすっと、わかるだろ?」

ヤンは頷く。

交易路がズレるなんてことは町の治安、周囲の情勢でままあることだ。

ズレると言ったって今日明日の話ではなく、ヤンの孫子の代の話だろう。

それでも交易路の一つとしてやっていくには隊商を呼び寄せるものが必要だ。

「東でも西でも兄ちゃんの作ったものを売り捌いてやるぜ。そうなったら職人連中は黙ってらんねぇだろ??」

ザイードはニヤッと笑う。

「俺にも利のある話なんでね」と続けた。


部屋の外から隊商の男が出発の準備ができたと声をかけた。

ザイードは荷物を担ぎ、忘れ物がないかを確認して部屋を出る。

裏庭には預けていたラクダに荷物が積まれ、出発の準備が整っていた。

見送りには宿の姐さんがちらほら。

よほど良い時間を過ごせたのか、それぞれの男のところで別れを惜しむような素振りを見せる。

そんな様子を見せられて男も悪い気はしないのか、甘い言葉と仕草で女たちに応えていた。

ウェイは隊商と同じマントを支給され、ツェンはラクダの背に荷物と一緒に積まれていた。

隊列のチェックをし、ザイードはウェイがリァンと話している様子を見て割り込んできた。

「嬢ちゃん、またな。次に来る時は珍しい土産を持って来るよ」

「どうしてそこまで」と口から出かかってリァンは頷いた。

純粋な好意なのはわかるが、それ以上は掴みきれない。

それ以上の思いを打ち明けられてもリァンにはどう対処したらいいかわからなかった。

「その時にそこの兄ちゃんに酷いことされたらちゃんと言ってくれ。俺の国にはないが砂漠の部族には、受けた苦はそのままきっちり返す掟もある。兄ちゃんが浮気するなら仕返しして嬢ちゃんは俺がちゃんと慰めてやるからな」

「浮気しねーし、あんたに慰めてもらうまでもねーよ!」

揶揄う口調ながら真剣な眼差しにリァンは喉を鳴らす。

ヤンは思わずリァンの肩を抱き寄せ、自分への戒めだと分かってはいるもののザイードに鋭い視線をよこす。

「言葉は風や砂と同じに流れていくが、人の心と記憶に鮮明に残るもんだ。俺の月の女神。朝に昼に夜に月を見るたびにあなたを思い出す。どうか俺の旅路を見守っていてくれ。また貴方の元に戻って来られるように」

ザイードは壊れものを扱うようにリァンの指先に手を添え、その指先に恭しく唇を近づけた。

その行為を見守っていた全員が雰囲気に呑まれ、ゴクリと喉を鳴らした。

ザイードはリァンの指先を軽く撫でると隊商を振り返る。

そのよく通る声で隊商に呼びかける。

「よし!出発だ!野郎ども!!」

リァンとヤンを振り返ることなく隊商は旅立って行った。


ザイード率いる隊商が出発した後、ヤンは思わずリァンをきつく抱きしめる。

「ヤン!?」

「もうちょっとこのままでいて」

ヤンは考える。

ザイードがリァンに惚れているのは本当で、指先に唇を寄せるのはザイードができる最大の好意の表現だとわかってしまった。

でも、奴はリァンのためなら自分にもいとも簡単に報復をするだろうし、その気になればリァンを自分が触れられないところに攫っていくだろう。

そんなふうに接せられればいずれリァンは気を許し、その体に触れられることも悦ぶだろう。

ヤンは自分の考えに身を震わせる。

彼女には昨日会ったばかりで「お互い知るところから始めよう」とは言ったものの、性急にことを運びたくなる。


そんな思いを気取らせない軽い雰囲気で、自分の腕の中で少々居心地悪そうな表情をしながらもじっとしているリァンに声をかける。

「今日の終わりと明日の予定は?」

「今日は夕方前には終わって、明日は休み」

ヤンは甘さを込めてリァンの耳元でリァンの耳に息を吹き替えるように問いかける。

「俺んちに来て?」

リァンは耳元の吐息をくすぐったく感じ、こめられた甘さに耳を赤くする。

目に甘さを期待する熱が宿るのを気取られないように必死に耐えているリァンをみると抱えていた不安が消し飛んだ。

ニヤッと笑うと、軽い調子でリァンの肩に額を当て、そのままリァンの頬に自分の頬を摺り寄せる。

「今朝も早くから姉さんの襲撃にあってさ、リァンの予定を聞いて来い、リァンを連れてこいって言われてるんだよね・・・期待した?」

からかう調子も自分も期待していると言わんばかりの熱を言葉に乗せる。

口を開けば心にもないことを言ってしまいそうで、リァンは思い余ってヤンの胸を両手でギューッと押しのける。

ヤンが腕を離すと、ヤンに背を向け、宿屋に一歩を踏み出そうとしたところで踏みとどまる。

「迎えに来てくれるんでしょ!?」

振り向かず、肩越しに視線をよこす彼女がなんともかわいらしく見えた。

「もちろん。夕方に迎えに来るよ・・・俺の・・・」

女神と言いかけて、ザイードと同じだなと思ってヤンは口をつぐんだ。

「かっこつかねえな、なんか考えよ」

照れ隠しに頭をがりがりと乱暴にかく。

顔は見えないが、リァンの肩が大きく揺れ、笑っているのがわかった。

笑っている顔を見たいと思ったが、意地が大きくなり、「またな」と言ってリァンが見ているかもわからないがひらひらと手を振って工房へと帰っていった。


次回更新は9月3日です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ