14.5 【小話】扉を挟んで
【御礼】
いつもありがとうございます!
小話作りました。
「今朝会ったばかりなのに…」
閉まった扉に向かってヤンはぽつりとつぶやいた。
今朝、井戸に落ちそうになった若い娘を助けて、作務衣の上着の破れた部分を繕ってもらって、お礼に自分が手掛けている色ガラスのブローチを渡した。
宿屋で働いているからと言うから、隊商連中が興味を持ってくれれば宣伝になるかなっていう下心があった。
いや、下心って言うなら、もう一つ。
繕い物をする彼女の側はなんだか居心地が良くて、彼女と会う機会が増えたらいいな、って思った。
よくよく考えれば、自分が女性にあれこれと気を回すのは珍しいことだ。
勢いがありすぎて振り回す姉のせいか、兄がモテすぎてなんとか気をひこうとまとわりつく娘たちを見ているせいか、女性は苦手だったから。
彼女の側が居心地よすぎて、色ガラスのブローチを渡したら、その現場を目撃していた女たちから、すぐさま姉に情報が届いたらしい。
「末の弟が宿屋で働く娘に求婚していた」と。
リァンは隊商の隊長をつれて工房に来てくれた。
隊長に絡まれ、姉には自分のふがいなさを指摘され、それでも職人街中に知れ渡った噂をなきものにするだけの力もなく、だからと言って、リァンのことは居心地が良くて、とりあえず、「お互いを知る」ことから始めることにした。
仮に見合いで引き合わされても、お互いを知る時間は必要なのだし、と。
工房を出て、姉を送り届けて、ザイードと3人歩いているときに隣を歩く彼女が急に愛しくなって、そっと指に触れた。
彼女は驚いたけど握り返してくれて、互いに一歩ずつ近寄った。
ザイードには呆れられたけど、そんなザイードは「二人でしっぽりしてくれていいんだぜ」とからかうのを忘れなかった。
しっぽりどころか手を握っているだけで心臓もバクバク音を立てていて、落ち着かない。
落ち着かないけど、彼女が一人で暮らしているという家に送ったら、急に手を離せなくなった。
名残惜しくて、でも性急にことを進めるほどの心の準備もなくて、勢いだけでは彼女を傷つけてしまいそうだし、と考えた。
彼女も名残惜しいのか、ゆっくり家に入り扉で互いの姿が見えなくなるまで、目を合わせていた。
ぱたんと閉まった扉にかたんと音を立てて内カギが閉まったのがわかった。
彼女がこの扉を開けて飛び出してきてくれないだろうかと思った。
そうしたら、抱き止めて離しはしないのに。
口づけを贈って、そのまま彼女が許してくれるところまで進んで、できるだけ彼女に自分のものだという痕を残したかった。
扉を挟んだ家の中でも、リァンは扉を開けようか迷っていた。
扉を開けたときにヤンがいなかったらと考えただけで、泣きそうになってしまった。
この家も今までは何も感じなかったのに、急に広くなった気がして、寂しくてたまらなかった。
扉を開けてヤンがいたらいたで、どうしようと考えた。
手を握るだけで終わるはずがない。
抱きしめられて、口づけを交わして、その先は…?
ぎこちなく触れるヤンの指と唇とを想像しただけで、叫びたくなった。
無理!
まだ、できない!
そう思った。
そう思ったら扉を開けたくても開けられなくなってしまった。
いずれ心の準備ができたら、その時は扉を開けようと。
それまではヤンのことを色々と知りたい。
ヤンは扉の前でゆっくりと1から10まで数えた。
数えて、ふうっと息を吐いて、扉の前から離れた。
2人はそれぞれ赤くなった頬に手を当て思った。
「恋は堕ちるもの、か・・・」と。