39. 悪い冗談だ
レンカとチシェがお茶会に呼ばれている頃、リァンはゼノに呼ばれて、アイシャの西の言葉の習得状況を報告していた。
そもそも短期間で教えるには無理があり、最低限の会話や意思の疎通ができるような言葉や定型文を教え込むのが精一杯だと思われた。
そもそもリァンだって人に教えたことなどないし、「習うより慣れよ」で、身につけてきた。
リァンに言葉を教えてきた隊商の面々は子どものリァンを連れ歩き延々と通訳をさせていたのだ。
計算の仕方も、帳簿のつけ方も教わったのは西の言葉であった。
あの時は精一杯で何もわからなかったが、今思えばあんな無茶なことはなかった、いや、あの日々があったからなんとか生きてこられたし、生き延びられたのだ。
アイシャの機嫌もとりつつ、興味の赴くままにと振り返れば、アイシャとラズが生き延びるために必要なことも進んでいるところもあれば全く手がついていないところもあると言っていい。
「あの、お義兄様。アイシャ様ですが、西の言葉は初めて学んだのでしょうか?」
「どうしてそう思う?」
「初めて耳にしたわけではないと思いますが、発音はまだしも知ってらっしゃる言葉がいくつもあるように感じてて…」
「ふむ…予定以上に単語自体の習得が進んでいるのか?」
「はい…それ自体は悪いことではないので…」
「何が気になる?」
「あの…知っている言葉が偏っているのです。東の人にとって西の言葉は習得に難しく…高位の貴族であっても西の言葉が話せる者は稀だと聞いています」
「うん…アイシャ殿が間者の可能性もあると?」
ゼノの言葉にリァンは体を震わせ、ヤンがグッと喉を鳴らし、周囲を警戒するように神経を張り巡らせた。
「あの…必ずしもそう言う意味では…」
「わかっている。だが警戒に越したことはあるまい」
「はい…」
アイシャのような裏表のなさそうな人間が間者だとは考えにくいが、そもそも彼女は皇太子妃ひいては皇后となるべく様々な教育を受けたことを考えれば可能性もなくもない。
“…そうだな…アイシャ殿が間者であれば、目の前で内緒話も秘密裏に口説くこともできぬな“
ゼノはそう言って悪い笑みを浮かべて、西の言葉で言い、スルッとリァンの手を撫でた。
”お義兄様…悪い冗談を…“
”ああ、冗談だ。だが、普通であれば聞き取りは大変だろう。この小僧のように“
ゼノが視線をヤンに向ければ、ヤンがイライラを抑えながら指の関節を鳴らしているのが見えた。