38. お茶会
お茶会当日、アイシャのドタキャンに代わり出席したチシェの雰囲気に女性達は圧倒された。
どう見ても高位貴族だ。
この女性の娘であるアイシャという娘が一介の商人の娘というわけはあるまい、行方不明の皇太子妃であろうと。
そういえば、皇太子妃の母親も謹慎中とはいえその姿は随分見かけられないとか。
共にいるレンカの雰囲気も引き上げられたか、皇帝の非公式の妾は間違いないだろうと思われた。
妾は大抵若い女であるが、若ければいいというモノではない。
レンカは確かにとうが立っているが、振る舞いや会話の仕方、それにアイシャの母親と対局しているという将棋の話が非常に知性を感じる。
皇帝との話を聞きたがる女性陣に、レンカは思わず目を細めた。
年など関係なく、純粋に恋愛について語るときの女性の目の輝きは微笑ましいものだ。
「そうですねぇ、旦那様は絵がとてもお上手で、でも、『人を描くのは苦手だ』とおっしゃって、私の絵は描いていただけなくて…」
そう言って、ハラリとこぼれそうな涙を指で拭うようにすれば、一同からレンカを気遣うような声が漏れた。
他にも音楽や文学といった話題の多さが洒落者と噂のあった皇帝に身分や責務などを忘れて穏やかに愛されたに違いない、と女性たちはささやきあった。
この2人の身分がお茶会の中で確定してしまった以上、それ以上の詮索が入らず、さまざまな話題へと飛んだ。
その中には、ヤンとリァンとユエの話もあった。
「シェーレ様の遠縁の若者ですけど…護衛の女とできているとか?」
「1年ほど前の夜会で新婚の妻を乱暴された?」
「今回の宴席に来ていたと伺いましたでしょ?」
「あれが護衛の女で、妻は屋敷に閉じ込めっぱなしだそうよ」
「まあ!」
「あんなに仲睦まじかったのに?」
「あんなことがあっちゃねぇ…」
「屋敷でも護衛の女とところ構わずいちゃついているとか」
「あぁ…」
「そうなの…」
「お可哀想にねぇ」
「ええ、シェーレ様のご実家に見張られていたら離縁などできませんでしょう」
「それに、妻は妻で使用人の男を咥え込んでいるとか」
「まぁ!!」
「いやねぇ…いくら夫に相手にされないからって」
ゼノのような大店についた醜聞が楽しくて仕方がないのだ。
噂の護衛の女がチシェの侍女としてこの場にいるのに、お構いなしである。
そのお茶会以降、アイシャが皇太子妃で西への亡命のためこの町に滞在していると公然と囁かれた。
アイシャを人質に央都へゼノが打って出るのではないのかと。
非公式とはいえ皇帝の妾だったレンカもゼノは手の内へと引き込んでいる。
ここでゼノを引き落とせば、央都に恩をうり、皇帝の覚えめでたくと思う地方の官吏や商人などがいてもおかしくなかった。