34. あけすけな悪意に満ちた世界
ゼノ一行が招待された宴席では、やはりレンカ、アイシャ、リァンが目を引いた。
普段であれば、氷の彫刻のような神秘的な美しさをたたえているゼノの妻に注目が集まるというのに。
ゼノと揃いの衣装のレンカ、ゼノの妾と見せかけて失脚した皇帝の妾ではないかという噂が流れている。
ゼノとの揃いの衣装とは言え、伴った西の男との仲睦まじげな様子に様々な憶測が飛び交っている。
アイシャは言わずもがな失踪中の皇太子妃である。
場違いなほどに豪華な首飾りと髪飾りのせいで皇太子妃なのは間違いないと聞こえてきた。
そして、1年ほど前の宴席で男に乱暴されたというヤンの妻、名前までは思い出せないのは、その後夫婦揃って姿を見なかったからだ。
声を出せないリァンは同情という名の好奇な目にさらされた。
レンカにはあっという間に男が群がり、ゼノとの関係を聞くだけでなく、あわよくばこのまま一晩とは言わず一刻だけでも共にしようという輩まで現れた。
ザイードが睨みを効かしているのも、ゼノに雇われた護衛だと思われたか、金でも渡せばレンカを自由にできるだろうと言う輩ばかりだ。
さらには「お前も混ぜてやる」と言われて怒りを見せないようにするのが精一杯だった。
女たちはリァンに群がり、同情をしてくれるが、男に乱暴された話をあれこれ聞こうとしてきた。
暴動前に武器を確保するためにヤンとユエが2人で罠を仕掛け、新妻が乱暴されたのだと噂を流してあるとリァンは事前に聞かされた。
リァンの目の光が揺らいだのを見て、ユエは微かにふるえるリァンの手をぎゅっと握りしめたのだった。
実際宴席では、興味津々の女たちに囲まれて、居心地悪そうにヤンの後ろに隠れてしまうリァンには容赦のない好奇の目が注がれた。
そもそも社交的でないヤンもリァンもそれだけで疲れてしまった。
「以前お目にかかった時は、あしらいは上手で、礼儀も作法も熟知した若奥様だったのに…」
聞こえてきた噂話に2人揃ってギクリとした。
そうだ、前回はユエがそつのない、そして決して嫌味にならないように女も男もさばいていた。
「しょうがないわよ、あんなことがあったんですもの」
「そうは言っても私たちにも顔を隠しているなんて、無礼ではなくて?」
「そうねぇ、お見舞いに送ったお手紙にそつない返事はいただいたけど、今の奥様にはできなそうね」
「あら、それでは別人のようじゃない?」
「言われてみればおかしくないわね」
「あらぁ、本物の若奥様はどこに行っちゃったのかしら?」
女性たちの好奇の目に悪意が灯ったことを感じて、2人揃って休憩室に逃げ出した。
宴席が始まって序盤の休憩室には誰もいなく、二人は長椅子に座り込み、グッタリとして寄り添った。
「上手くできなくてごめんね、ヤン」
腕の中でポツリとつぶやいたリァンにヤンはベールの上から口付けを一つ落とした。
そもそもリァンの周りの女性たちはレンカにしろファナにしろ宿屋や娼婦街の姐さんたちにしろ言うことは言うものの悪意を持って対されることがないことに改めて気づいた。
こんな明け透けな悪意の中にいたら身がもたないし、人間不信になってしまう。
「大丈夫。あの人たちは俺たちをダシに義兄上を貶めたいだけだ。十分役目を果たした」
前回ユエと共に出席した時もそうだ。
休憩中に男に乱暴されたという噂は瞬く間に彼女たちの耳に入り、口では心配と言いながらも、目元は同情も心配もなく、愛し合う若い夫婦に、その後見でもあるゼノ夫婦に降って湧いた醜聞が可笑しくてたまらないと言わんばかりだった。
あの時は自我を失った自分に気が動転して、それは周囲には愛妻に乱暴されたから当然と思われた。
ヤンはようやく気づいた。
この明け透けな悪意に満ちた世界がゼノ夫婦を取り巻いていると言うことに。
舐められず、侮られないためにゼノは今の姿を作り上げたのだろう。
無一文から今の資産を立ち上げただけでなく、あちこちに情報網を張り巡らし、砂漠の最初で最後の町のために身を削ったゼノの苦労はどれほどだったのだろうか。
そんなゼノから見れば、ヤンはどれだけ苦労も知らない甘えた子どもに見えたか、いや、見えているのか。
リァンを守るためと口にしているのだから、せめてリァンだけは守らなければ。
ヤンは縋りついてきたリァンの背をそっと撫でた。