33 あのような女に盗られるとは…
ユエとアイシャの母がラズを伴って部屋に引っ込み、話をしていた。
そのとき、普段、鳴るはずのない扉が鳴らされ、ユエは恐る恐る扉を開けた。
そこにはおどおどとした様子の厨房の男が一人いた。
「なにか?」
「今夜は皆さまがいらっしゃらないので、お茶でもいかがかとお持ちしました」
そう言って男は脚輪付きの荷台に茶道具を一式運んできた。
「まあ、ありがとう…」
ユエは少し寂しそうにお礼を言った。
「この香り、夫が好きなお茶だわ…」
ぽつりと言えば男は「お可哀そうに…」とユエにだけ聞こえるようにつぶやいた。
「あの女、護衛としても多少は腕が立つようですが、それ以上に手の早いこと」
ユエは突然始まった男の告げ口に目を瞬いた。
「あなたの夫は貴方がいないところであの女と出来上がっておりますぞ」
「え?ずっと一緒にいるわ…」
「昼間のちょっとした時間やあなたが寝た後など二人はそれはそれは仲睦まじく、まるで本当の夫婦のようにふるまっております」
「そんな…」
突如夫の不義理を聞かされた妻のようにユエは振舞った。
よく回る口だな、と思った。
「あなたが寝た後、あの女とむつみ合い、明け方にあなたの寝る寝台へと戻ったのを何度も目撃しました」
「…そう…最近少しおかしいと思っていたの…」
そう言って、涙で目を潤ませ、ぽろりと頬にこぼした。
「いくら妻に見せるためとはいえ、首飾りも耳飾りもあのような女に盗られるとは…」
ユエはぎくりとした。
リァンはヤンから贈られたというガラスの耳飾りと螺鈿の首飾りを身に着けていて、衣装は改めてもそれらは手放そうとしなかった。
手放せばこの世界が終わるかのような表情を見せたリァンにレンカもユエも困ってしまって、アイシャも目を丸くしていた。
しかたなく、そのまま身に着けることにしたのだが…
この男はそんなところまで見ているのかとユエはゾッとした。
「お可哀そうに…」
そう言って髪に触れようとしてきたので、思わず避けたが、男は慌てて手を引っ込めた。
「これは失礼を。お慰めできればと思いましたが、性急すぎました…」
「いえ…いいの。気持ちだけいただくわ。ありがとう…」
そう言って少しだけ熱をもって見上げた。
男はニマニマと嬉しそうな顔を隠さずに、それでも茶道具の載った荷台だけを渡してその場を後にした。
かちゃりと部屋の扉の鍵を閉めてユエは息をついた。
ないことばかりさも本当のように言われてうんざりした。
ヤンとリァンの仕掛けた色で引っかかってきたのは良いが、ああいう男からよこしまな恋情を向けられるのは女としてやりきれないな、と思った。
どうせリァンを花街の娼婦かなにかと勘違いして、すぐにものにできると思っているのだろうけど。