14 恋は堕ちるものだ
完結済作品。週2回更新中!
太陽が沈むころ、リァンはザイードとヤン、ヤンの姉とともに工房から出た。
あのあと、ヤンの兄が「ヤン、求婚っていつの間に!?」と息せき切って現れた。
一部始終を話すと驚いたようではあったが、
「暇なときに来てくれると弟も仕事に身が入るだろうし、助かる」
と言われ、宿屋が休みの時や午後からの仕事の時に無理のない範囲で手伝うことになった。
「ほかの隊商にも職人街のことや嬢ちゃんを通訳できることを言っとくわ。そしたら、宿屋で働いている時間でも兄ちゃんに会えるだろ?」
ザイードは変わらずからかうように言う。
「リァンをほかの男と二人きりにするくらいなら、俺が職人連中連れて宿屋に出向く」
とザイードをにらみつけヤンは言った。
ヤンの兄は自身同様についさっきまで浮いた話のなかった弟がここまで言うことに驚いたが、「それもありだな」とつぶやいた。
先にヤンの姉を婚家まで送った後、ヤンはそのままリァンとザイードと一緒に宿屋に向かった。
「いやぁ、こうもとんとん拍子で話が進むと気持ちがいいねぇ」
ザイードはご満悦である。
ザイードを横目で見ながら、ヤンはリァンの指に軽く触れた。リァンはヤンを見上げ、ヤンがリァンを愛しそうに見つめているのを見て、ヤンの指に軽く指をひっかけた。
ヤンはきゅっとリァンの指を握りしめ、二人は互いに一歩近寄り寄り添う。
ザイードはそんな二人の様子を見てからかう気も起きず、やれやれと肩をすくめた。
「うまくいきすぎだねぇ…」とひとりごちる。
3人が町の広場までやってきたとき、リァンの目に見知った若者が入った。
「ウェイ?」
「ああ、リァン」
「あなた、どうして?」
ザイードとヤンはどういう知り合いなんだと言わんばかりに二人を見やる。ザイードはウェイの服装と連れている白にところどころ茶色が混ざる犬をみて、はっと息をのむ。
「あんたは東の賢者か、西の悪魔か?」
問われた問いにウェイから笑顔が消え、目を細める。
「さあ?僕はそんな風に言われていますか?」
すぐに笑顔を戻すが、ザイードは背筋の寒気を押し殺してウェイの肩をがっちりつかんだ。
「お前、うちの隊商に入れ。一緒に明日この町を発つぞ」
「え???」
「『え???』じゃない!お前を嬢ちゃんの側においておけるか!来い!お前もだ!犬!!」
ザイードは有無を言わさずウェイを引きずらんばかりに連れていく。ツェンもしっぽをふりふりザイードの後についていく。
ザイードはそれから二人を振り返り、思わず喉を鳴らす。
リァンの背後に沈みゆく夕日が最後の光を放つと同時に、空には月が輝いていた。
そして、リァンのガラスのブローチがきらりと光る。
「俺の月の女神・・・」
一つつぶやいてから、気を取り直したようにリァンとヤンに声をかける。
「嬢ちゃん、もう仕事終わりの時間だろ?俺は明日の午前中にこの町をたつ。こいつも連れていく。明日は仕事かい?」
「ええ」
「そいつは良かった。兄ちゃん、できれば明日の午前中に少し材料の調達の話をしよう」
「はい」
「じゃあ、二人はもう帰れ・・・っていうかしっぽりと夜を過ごしてくれていいんだぜぇ」
二人の顔が赤く染まったのだろうことを感じ、ザイードは豪快に笑った。
「じゃあな、二人とも、また明日」
2人はザイードを見送り、互いに視線を交わす。
「賑やかで豪快な人だな」
「お陰で昨日から振り回されてるわ」
リァンは疲れたようすだ。ヤンはふっと笑うと、胸を張った。
「俺は姉貴に生まれたその日から振り回されてるけどね!」
「胸を張っていうことじゃないわ」
リァンも楽しそうに笑った。
「ちょっと疲れちゃった…」
「送るよ…」
ヤンはリァンの指と自分の指を絡めぎゅっと握りしめる。
リァンは娼婦街の裏口から家に入る。
1人では若干広い小さな家、表通りには娼婦と客のさざめき声が満ちている。
ヤンは裏口までリァンを送ると家の中に入らず、名残惜しそうに絡めた指を一本ずつ外した。
最後にそっと親指でリァンの手の甲をゆっくり優しく撫でた。
「明日の朝迎えにくるよ…」
「うん、待ってる…」
裏口の扉を閉める時、すごく寂しく思った。扉を開けたらヤンにいて欲しいとも思った。
扉をあけたときにヤンがいなかったらと思うだけで涙があふれそうになった。
今朝会ったばかりの人なのに、「恋は堕ちるもんだ」ザイードの言葉が妙に納得が行った。
次回更新は8月31日です!