32 宴席への招待
女3人の化粧をつかった戯れにも慣れてきたころ、ゼノが浮かない顔でレンカやアイシャを訪ねてきた。
「レンカ殿とアイシャ殿に宴席の招待が来ている」
ゼノの手には招待状が握られていた。
「失踪している皇太子妃と皇帝の妾がこの屋敷にいると噂されており、町の有力者や商人たち、央都の貴族が会いたいと言って聞かぬのだ」
レンカとアイシャは顔を見合わせ、ゼノがニヤリと笑ったのを見て互いにうなずいた。
「かしこまりました。ゼノ様。ゼノ様と一緒に出席でしょうか?それとも、別の誰かを?」
そう言ってザイードに流し目を送った。
「口惜しいが、私は妻と出席せねばならない。ザイード殿、レンカ殿を頼めるか」
2人で目配せを交わし合い、ザイードは頷いた。
「承知した」
ゼノはそれからアイシャとライを見た。
「アイシャ殿はライ殿に頼みたい」
「承知した」
それから、ヤン、リァン、ユエを順番に見やった。
「これまた面倒な話でな、ヤンが妻を伴ってこの町に戻ってきているというのも噂になっていてな。前回の悲劇のせいか、好奇の目にさらされることになる。リァンとユエには申し訳ないが、しばし、役割を交代してほしいのだ」
そう言われてリァンとユエは顔を見合わせた。ゼノは何か面白いことを考えたのかニヤリと笑っている。
宴席の日、ゼノ夫婦が迎えに訪れた。
レンカはゼノから贈られた艶やかで美しい装いをし、格式高い装いをしたザイードを伴っていた。
憎いことにゼノとレンカの衣装には似たような布が使われ、妻の衣装のように揃いの装いであった。
アイシャは東の商家の娘を装っているが、亡命してきた皇太子妃だろうとの噂に沿い、少し場違いな豪華な首飾りと髪飾りを付けた。
皇太子妃の持ち物で、亡命した時に持ってきたものと言わんばかりに。
ライは皇太子妃の護衛が商家の娘の叔父のふりをしている体である。
ヤンは前回ユエを伴いゼノ夫婦と宴席に出たときと同格の装いをしていた。
隣に立つリァンは前回宴席に出たときにある男に乱暴を受け、今まで療養していた愛妻としてふるまうことになったため、顔を隠すベールをかぶることになった。
療養明けのため、口もきかぬように、ただベールからちらりと顔を見せ、招待客の好奇心を煽れと言われている。
屋敷にはラズとアイシャの母、そして、リァンに似せた化粧をしたユエが残ることになった。
誰かに見られていることを前提にゼノはユエに優しく諭すような声を出した。
「すまないな、リァン。ヤンを少しばかり借り受ける。悪いことはないよう、返すからしばし我慢してくれよ」
「承知しました。お義兄様」
ユエの口から紡がれた声は驚くほどリァンと似ていて、一同驚いた。
「ヤン…」
少し心配そうに愛しそうにヤンの名を呼んだ。
ヤンはたまらず、ユエの元に駆け寄り、その体を抱きしめ、頬を摺り寄せた。
「リァン…リァン…」
そして離れるのがつらいと言わんばかりである。
「ヤン、行くぞ。来なさい…」
ゼノに声をかけられて、身を切られる思いで、離れた。
そして、決心したように息を一つはき、ベールをかぶったリァンの腰に腕を回した。
「ヤン…」
リァンのふりをしてつぶやいたユエは物陰から彼らを観察していた視線に気づいていた。