砂漠の姫は暁をもたらして 28
自分とは言葉を話そうともしないこの男はリァンの夫で護衛としてついてきたことだけは知らされていた。
確かに自分たちのそばにいればリァンも危険なことがあるかもしれないが、護衛と言って常にリァンに引っ付いて離れようともしない。
リァンを見る時だけ、その目は優しいが、リァンを気に入って抱き着いているラズには隠しきれないイラつきを見せる。
レンカやザイードは旧知なのか、からかわれても慣れている様子で、少しだけその態度に幼さが見える。
それ以外の時の目つきは、ライやユエが任務にあたっているときのような冷静さの中に少しだけ冷酷さをにじませる。
ふとした折にユエと視線が合うときは何か言いたげな複雑そうな感情が見え隠れするのが気になるが。
「あんな声をあげるくらいだもの、独り占めしたくなるわね…」
「あんな声って…」
「気づいてないの?あんなに旦那様を好きでたまらなくて、嬉しくて、悦んでいる声をだしているのに?」
アイシャにニヤリと笑われて、さすがにリァンは限界なのか、へなへなとその場にへたり込んだ。
「リァン」
リァンはヤンに腰を抱えられたが、ヤンの顔を真ん前にあって思わず悲鳴にもならない声をあげて顔をそらした。
ヤンは息を一つつき、リァンを抱きかかえ、長椅子へと運んだ。
アイシャがうらやましそうにその様子を眺めていた。
「ねえ、ユエ。あなたの旦那様の話を聞いたことがないわ」
「お話しするようなことはございませんので」
つれないユエにアイシャはムッとした。
ラズはユエのことも好きらしいが、胸を触ることはなかった。
アイシャは自分の胸に手を当て、ユエの胸とリァンの胸を見比べて、ラズは胸の大きな女性が好きなのだと納得した。
「ユエの子はラズのように胸の大きい女性が好きなの?」
「小さな子どもでも好みはございますよ。ラズ様の好みがそうなのでしょう」
「そういうものなの?」
「はい」
ふーんとアイシャが唸り、アイシャとユエの視線がリァンの胸に注がれた。
「あ…あの…最近少し大きくなって…」
抱えるように胸を隠しながら、言うリァンは顔を伏せた。
そんなリァンの言葉にアイシャはニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべた。
「あら?仲良いのねぇ」
「ヤンとラズ様は気が合うのでは?」
「ユエの子とは?」
「うーん…どうでしょうか…?」
その会話を聞いていたヤンはわかりやすく動揺している。
「ヤン?」
「あ、いや、なんでも…」
ごまかそうとするもうまくごまかしきれずあたふたとしている様子を見て、ザイードが助け舟を出した。
「どうせ、小さな子ども扱いされたと思ったんだろ?」
「リァンの胸が好きなんだね…」
呆れてからかうレンカにヤンはしどろもどろだ。
今はうまくごまかせたが、ユエの子については事実をちゃんと確認しておく必要があると思った。
事実をちゃんと確認して、ちゃんとしなければいけないと思った。
それが原因でリァンに疎まれようとも、自分には無視できなかった。
事実はどうあれ、兄、姉、義兄たち、ザイードやレンカ、ライまでにも「馬鹿だ」とそしられて、ユエにも冷たい視線を向けられるだろうけど。