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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第2章 砂漠の姫は暁をもたらして
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砂漠の姫は暁をもたらして 26

真っ赤になったあとに青くなったリァンを見てアイシャは目を細めた。

アイシャは皇太子妃ではあったものの、皇太子の渡りはほぼなかった。

慣例に則った初夜と続く2夜、合計3夜を共に過ごしただけだ。

しかも、皇太子は感情の伴わない行為だけをして、言葉すら交わさずに寝台にアイシャ一人を残しさっさと部屋から出ていくだけの男だった。

そんなに嫌われるようなことはアイシャは皇太子に何もしていないはずだった。

いずれ皇后になることを望まれているのだから、他の男とも会う機会などなかったし、相応しい教養を身につけるので精一杯で、初夜で初めて顔を合わせたのだ。

アイシャを酷く憎むような表情にアイシャは酷く傷ついた。

自分は皇太子の正妃に望まれたはずなのに、と。


婚礼前に聞いた話では、皇太子は大人になっても夜は皇帝の側妃である母親の元で過ごすと言う。

母親である側妃が寵愛を受けたのは一瞬のことで、息子が皇太子として立太子したのちにも寵愛は戻らず、年若い側妃に夢中だった。

側妃である母親の悲哀を間近で見ていたからか、妃を迎えること、共に夜を過ごすことも、そして、婚礼前から当然のように跡取りを望まれることも全て気に入らなかったのだろう。


アイシャにとっては全くのとばっちりだ。

アイシャにも皇太子にも屈辱のような3夜を経たのち、皇太子は姿を見せなくなった。

姿を見せなくなって、1年経つか経たないかのそんな折に招いた西の興行師は魅惑的だった。

彼ら自身も魅惑的だったけど、男女の恋物語が美しくて切なくて、あんな恋をしたいと思った。

興行師にねぎらいとして宴席を開きアイシャの住まう離宮に彼らを泊めた。


リュート弾きはリュートをひきながら、酔いつぶれた宴会場で一人空を見上げ歌っていた。

リュート弾きは東の言葉をよく話し、旅をした話も面白かった。

彼がリュートをひきながら歌う西の言葉が耳に心地よかった。

「弾いてみますか?」

そんなことを言われて、受け取ったリュートでアイシャはこの国の曲を弾き合わせて歌った。

「とてもお上手です」

「家庭教師に教わったのよ。皇帝や皇太子の日々の疲れを癒しなさいと散々言われたの…無駄だったのかしら…」

ポツリとつぶやいたアイシャが儚げに見えた。

「役に立つ日が来ます」

「そうかしら…」

「いつか、必ず…」

リュート弾きの慰めにアイシャはふふふと笑った。


「…その時、私の隣にいるのは今の皇太子ではないでしょうね…」

演奏や歌だけではない。

アイシャが学んだことは皇帝の隣に立つに相応しい知識と教養だ。

それらが役に立つ日が来るなら、アイシャが有力な臣下に下賜されるか、近隣の属国に友好の証として贈られる時だろう。

皇太子の子を身籠ることなどこの先もないのだろうから、この場から飛び立てたらどんな世界が待っているだろうとアイシャは考えた。


「その時は…私と共に行きませんか?」

「え?」

「決して楽しいだけではないけれど、でも自由です」

その言葉にアイシャはリュート弾きは何かから逃げてきたのだろうと思った。

何かから逃げる2人が寄り添って、旅をするのもいいのかもしれない。

たとえわずかな時間だとしても…


「…そうね、考えておくわ」

「はい」

リュート弾きはそう言って歌を歌い出した。

アイシャには言葉がわからなかったけど、きっと切ない恋の歌だと思った。

リュート弾きの目にアイシャへの熱が籠り、アイシャはリュート弾きから目が離せなくなった。

曲が終わり、2人はただ見つめ合った。


リュートの弦の余韻が闇に溶けた時、どちらかともなく唇が重なった。

リュート弾きは慌てたけど、その目も伸ばして来た手もアイシャを愛しいと訴えていた。

アイシャはリュート弾きをそのまま寝台へと引き込んだ。


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