砂漠の姫は暁をもたらして 20
「西の言葉を教えるお礼に教えるわ。だから、お願い」
「はい…」
かわいらしくお願いされてリァンは頷いた。
ザイードはニヤニヤとし、ヤンは憮然としているが、ライが咎めないということは黙認しているのだろう。
「もし、お強いのでしたら、囲碁も将棋もお相手しますよ」
レンカが言えば、アイシャが目を丸くした。
「お姉さま、教養が深くていらっしゃるのね?下級妃は目ではないし、中級妃だって敵わないわ。お姉さまみたいな方が皇帝の妃だったらよかったのに…」
「アイシャの買い被りですよ。私は市井の人間ですから」
「将棋も囲碁もお母さまがお強いの。ぜひ、お相手をして差し上げて。お母さまのご実家はもう誰もいないから、何も言わないけど辛いと思うの」
アイシャがそんなことを言えば一瞬空気が凍り付いた。
ヤン、レンカ、ザイードがちらりとリァンを見やればリァンは落ち着いている。
ヤンがすっと後ろから肩を撫でれば、リァンがその手をとってヤンを見やってニコリと笑った。
そのヤンの手が気に入らぬのか、リァンの胸に抱かれている子どもがペチンとヤンの手を叩いた。
ラズがリァンにきゅうっと抱きつき、ヤンを睨みつけ、「リァンは自分のだ!」と言わんばかりだ。
流石にこの場で小さな子どもとリァンの取り合いをするのはカッコ悪い気がする。
レンカとザイードはそんなヤンの気持ちがわかってにやにやとしている。
「お姉様とリァンとリァンの旦那様は砂漠の最初で最後の町から来たのね?」
アイシャの言葉に静かに頷いた。
「ライ叔父様とはそこで…?」
それはゼノとも打ち合わせた内容だった。
本来であればなんの接点もないライとの関係がふとした時にアイシャに疑われる可能性がある。
下手に疑われるくらいなら、先に関係があると見せておくべきだと。
「この町への道中に砂漠の最初で最後の町に暴動を起こし、皇帝を失脚させた悪女の話を聞いたわ」
「そうですか」
「華やかで凶悪で…物語の主人公としては魅力的だわ」
「実際にいたら?」
「うーん…宮廷にも、皇帝の妃にもこの世の全ての業を1人で背負えるような女性はいなかったわ」
リァンはドキドキしながらレンカとアイシャのやり取りを聞いていた。
物語の主人公たるべき悪女は実際にあった出来事とレンカとファナを見立てに作り出された人物像だ。
今ではもっと艶やかに華やかにそして怪しくその存在が作られている。
そして、宮廷は混乱するも悪女の物語は劇になり、あちこちで舞台が立てられていると言う。
「あれだけの業は1人で背負うのは難しいですよね?」
「業に押しつぶされると思うわ。だから、私はもう一つの話の方が本当にあった話だと思うの」
リァンだけでなく、ヤンもレンカもゴクリと喉を鳴らした。
「お嬢様、その話は…」
ライはたしなめながらも、それぞれに視線で「心配無用」と伝えてきた。