砂漠の姫は暁をもたらして 19
「ねえ、リァン」
「はい」
「あなたが西の言葉を教えてくれるのでしょ?」
「そうです」
「こんなお願いするのおかしいと思うんだけど、なにか西の言葉で話してみてくれない?なんでもいいの?」
アイシャに懇願されて、リァンはちょっと考えて、こんなことを言った。
”なんでもいいと言われても困ります”
その言葉を聞いてザイードは思わず吹き出してしまった。
「あら?そんなに面白いことを言ったの?」
”いいえ。面白いことなんてなんにも言っていませんよ”
リァンの返事を聞いてザイードはニヤニヤとし始めた。
「もう!二人だけでわかっているのね!なんて言ったか教えてちょうだい!」
”そうおっしゃいましても、西の言葉で何か話してほしいと言ったのはアイシャ様ですよ”
「今、私の名前を呼んだわね」
アイシャが口を尖らせたのを見てリァンはニコリと笑みを作った。
「いかがでしょうか?」
「なんて言っていたか気になるけど、西の言葉って詩を吟ずるように響くのね?」
「詩を吟ずるように、ですか?」
考えたこともなかったことを言われてリァンは目を瞬いた。
「そうよ、音楽にのせて歌いたいくらい…」
アイシャの目には子どもの父親だという西の興行師のリュート弾きが映ったのかもしれない。
アイシャの表現にザイードも目を瞬いた。
西と言っても広いが、砂漠に草原に荒れ地にと共通しているのは風がどこまでも音を運ぶことだ。
あの広い大地に音が届くように西の言葉は発達したのだろう。
かつて馬の飼育場で妻が歌を歌いながら馬の世話をしていたことを思い出した。
風が運んできた妻の声を耳にすると自然と馬を駆るのも速くなった。
そんなザイードの気持ちを知ってか知らずかレンカはアイシャに向き合った。
「素敵な表現をなさるのね、アイシャ」
「レンカおば様・・・いえ、お姉さま。お姉さまは西の言葉がお分かりになるの?」
「いいえ。ですが、詩も音楽も嗜む程度には心得があるので」
「素敵ね。あとでお姉さまと詩を作ったり音楽も合わせたいわ」
「こちらに滞在しているうちにしましょう」
「ぜったいよ。お姉さま。もちろん、リァンも」
「私は…詩も音楽も…」
詩や音楽に触れたのは屋敷にいた時だった。
レンカが得意で、リュートを引いたり、時にはあの地方官が笛を吹いたり、2人で合奏していたりしたものだ。
全く心得のないリァンはリーフェと共に黙って聞いていただけだった。
リュートの弾き方をレンカから教わったけれど、指がつりそうになり、左右の手が別々の動きをすることに混乱し、楽譜の記号が暗号に見えてきて、頭から湯気を出した。
音楽以上にわからなかったのが詩だ。
題目を出し合い、作ることもあれば、蔵書の中からこれはと言うものを選ぶこともあった。
それは遊びの一環ではあったが、レンカにも地方官にも気や好みの合う相手が見つかった瞬間でもあったようだ。
互いに互いの詩を褒め合うレンカと地方官に、リァンは黙るしか無かった。
「どう思う?」と聞かれても、「とてもいいと思います…」としか答えられず、2人揃って、その後ろでライすらもさすがに苦笑していた。
そんなことを思い出した。
リァン、めっちゃ左脳タイプ…