砂漠の姫は暁をもたらして 16
その瞬間、ヤンの小刀がライの首元にあてられ、すぐさまユエもヤンの首元に薄いガラスの歯のようなものをあてた。
そこにゼノが現れた。
「ライ殿、君は西の反転文字を読めるのか。私にも君の表情を読めなかったな」
「我が家の生業だ。多くの東のものは北も西も南もいずれの言葉も理解はしない。新旧問わず皇帝からのお目こぼしをもらおうという連中はなおのこと」
「なるほど。結果的には良いほうに転がったからよかったものの、君みたいな男は敵にはしたくないな」
「俺一人の命などとったところで大勢には影響などない。味方に引き込んでおけば、いくらかの情報は送れるだろうが」
「うむ、またリァン、ヤン、レンカ殿を貸すのだ。これからも有益な情報を提供してくれよ」
「もちろんだ」
ライはリァンの腕から指先まで手を滑らせた。
かつてザイードがよくやっていたようにリァンの指先に口づけた。
「忠誠を誓おう、リァン。この先何があっても俺を信用しろ」
ヤンに殺気を向けられているのにびくともせず、リァンから手を離した。
それに合わせてヤンはライに突き付けていた刃をしまい、ユエもガラスの刃をしまった。
ゼノはいちゃついて彼らに目もくれないザイードとレンカに呆れ、リァンが絡むと冷静さを欠くヤンとそれを煽るライ、そして、ライに異常なまでの忠誠を誓うユエを見て息をついた。
内輪ではこれを制御しなければいけないのだとしたらなかなか骨が折れることだ。
「さて、ヤン、ユエ来なさい。話がある」
「はい、ゼノ様」
ユエは大人しく従ったが、ヤンはリァンをチラリと見てためらった。
「ヤン、この場にはザイード殿とライ殿がおられる」
「でも…」
ヤンはチラッと見ればザイードはいまだにレンカにひっついているし、ライとリァンの交わす視線に落ち着かない。
「ヤン」
ゼノの鋭い声とユエの冷たい視線を浴びて渋々ゼノの後に従った。
トボトボと歩くものの、隣で歩くユエに視線が囚われた。
「2人はやっぱり知り合いなのね?」
「わかったか?」
独り言のようにつぶやいたリァンを優しそうに見やって、ライは返事をした。
「ユエは私にだけ挨拶をして、ヤンは自己紹介をしてもいないもの」
「確かにな…」
ライは少し呆れた様子だ。
ヤンはともかく、ユエまでヤンがいることに気を抜いたとは思えない。
ユエにはユエの思惑はあるだろうが、と周囲から感じる無遠慮な視線に思わず息をついた。
「リァンに聞かせることじゃないけど、あの2人は何か関係あるんじゃないか?」
「ユエにヤンの世話役をさせていた」
「ふーん…」
レンカはライと2人の後ろ交互に見やり、ライが肩をすくめるのを見てそれ以上の追求はやめた。
そして、再びザイードに引き寄せられて嬉しそうに唇を交わし始めた。
「知りたければ本人に聞くが良い。君は彼の妻なのだから」
「妻だからと言ってなんでも聞いていいはずないでしょ?」
「たしかに。それはそうと…」
ライの視線が寄り添って、イチャイチャと二人の世界を作り出しているレンカとザイードを捉えた。
「ザイード殿とレンカ殿はこう言う関係だったか?」
ライのキョトンとした顔を初めて見た気がして、リァンは思わず笑ってしまった。
「私たちの婚礼式で出来上がったそうよ」
「なるほど…」
出来上がって1-2ヶ月、そして、半年会えないはずが思わぬ再会に熱が入るというものだ。
東からとって返してきたザイードが一行を意気揚々と先導していたことを思い出し、理由が知れてライは思わず苦笑した。