12 ガラス工房のヤン 3
ザイードはヤンの工房を隅々まで見て回った。
設備も道具もキレイに整頓され、使いやすそうに整っている。
「兄と二人で工房を回しています。兄は日用品を中心に、自分も日用品を作りますが、色ガラスの研究もしています」
「今朝、彼女に贈った色ガラス見せてもらいました。見事なもので」
「恐縮です・・・」
接客用の笑みを見せるヤンにザイードはにやりと笑う。
「渾身の作を惚れた女に贈られたとなると、どうにも嫉妬心が沸き上がってきましてね」
挑発するような口ぶりである。
「惚れた女?リァンのことです?」
ザイードは肯定の意味を込めて無言でうなずく。
ヤンは肩をすくめ、気のない素振りを見せるが、返す言葉に自然と棘が生まれた。
「彼女があなたを受け入れるなら私には何も言えません。ただ、いつ戻ってくるか、本当に戻ってこられるかわからないのに、彼女に無理強いをするのは無責任かと」
「俺は無体を働くつもりはねぇんだけどさ、どうにも惚れた女が他の野郎に贈られたものを身につけているのが気に入らなくてね。しかも、今朝会ったばかりの男からもらったのだとか、その野郎と似合いだっていうのも、嬢ちゃんがまんざらじゃ無さそうなのも気に入らねぇ。恋は堕ちるもんとはいえ、早すぎだ」
ザイードは揶揄うようにヤンを挑発する。
ヤンは挑発に驚くも、真正面から受け止めるようにザイードを見る。その様子にザイードは続ける。
「その野郎が嬢ちゃんに相応しいか見極めたくてね。嬢ちゃんを傷つけそうな野郎なら、多少の無茶はやむを得ねぇとは思ってるんだだけどよ。あんなところにいたらいずれ他の姐さんみたいになりかねねぇ」
「なぜ、そこまで?」
「だから言ってんだろ?惚れたんだよ。嬢ちゃんは自分の年の半分くらいの年齢だけどな。いや、だからかもしれねえが、下手な男に触らせたくねえのよ。下手な男に触らせたくねえけど、自分でも恐れ多くてさわれねぇんだわ。だからせめて、この町で嬢ちゃんと添える野郎がいればいいと思うんだがよ…」
ヤンはザイードの正直な気持ちに驚く。「惚れた」とはいえこの男の口調から察するにただの冗談かと思っていた。
ザイードはヤンの肩をポンポンと叩くと、
「俺のかいかぶりじゃなきゃ考えといてくれよ。・・・で、兄ちゃん、色ガラスは何種類くらい色あるんだい?」
と話を工房に戻す。
ヤンはザイードの言い方に、自分はどうやら見込まれたようだと感じた。
その頃、リァンはヤンの姉の雑談に付き合わされていると思いきや、根掘り葉掘りあれやこれや自分の話をさせられていた。
ヤンの姉は簡単な質問をしたあと「あらあら」「まあまあ」「それで?」と相槌を打つだけなのに余計なことまでついつい話してしまうのだ。
身の上話を一通りさせられた後、ヤンの姉はリァン手を優しく握りしめる。
「そう、あなたがあの方のご息女なのね。お父様にはお会いしたことあります。父や弟たちが職工として働いていた工房にいらしたことがあるもの」
思いがけない父の話を聞いてリァンは手に力が入る。
ヤンの姉はまっすぐにリァンを見つめ、リァンと視線が合うと続けた。
「あなたのお父様は商人として非常に厳格な方でした。職工は血の気の多いものも多くて、よく衝突していたみたいで大変だったのよ」
リァンの胸に嫌な予感が浮かぶ。父親が物言わぬ姿で帰宅した理由はここにあるのかと。
「職工たちはあなたのお父様に強い影響を受けて、より良いもの新しい物を作り出そうと日夜研鑽を積んだのよ。弟たちははお陰で暖簾分けを許されてね。まだまだ小間使いくらいしか雇えないけど。ここの職人街はね、ガラスだけじゃなくて織物も陶芸も鍛造も鋳型もお父様の影響で発展したと言っていいのよ」
リァンの目に涙が浮かんだ。
同時に嫌な予感を抱いたことが恥ずかしかった。
ヤンの姉はリァンのまなじりを軽く親指で拭った。
「あなたのお父様がお亡くなりになる前、不思議なことに付き合いのあった職人たちはみんな自分たちのことで精一杯だったのよ。材料が手に入らなかったり、身内に不幸があったり、納入した商品がめちゃくちゃにされていたり。あなたのお父様はそんな状態の職人たちを商人として支えてくださったわ。なのに、あの時私たちはあの方のために何もできなかったわ」
当時まだ若く親の庇護にあっただろうヤンの姉は「許してなんて言わないわ。ごめんなさいね…」と続けた。
「いえ、いえ、そんな…父の話をありがとうございます」
リァンの本心だった。
父の葬儀が終わる頃には誰もいなくなったと思っていたけど、父の生きた証は職人街に残っていたのだ。
そしてその職人に今朝命を救われたのかと感慨深かった。
「ところで、リァンさん。ヤンの渾身の作をもらったのってどういう経緯だったの?」
リァンは今朝の話をした。たまたま命を救ってもらったこと、自分のスカートもヤンの上着も破れていたため繕ったのだと。
「その繕った上着のお礼と隊商に興味を持ってもらったら紹介して欲しいという下心でいただいたのです」
「まあそうだったの!あの子ったら!」
ヤンの姉はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「あの…?」
リァンが聞き返したところ、工房から帰ってきた隊長から声がかかった。