砂漠の姫は暁をもたらして 11
その日の宿泊所で、続きの間の一部屋にヤンがリァンの肩を抱いて入ろうとしたところをゼノとレンカに止められた。
「なんです?俺たちは新婚だと何度も申し上げておりますが」
しれっとするヤンだが、ゼノとレンカの視線は冷たかった。
「お前たちの物見遊山が目的ではない」
「リァンの護衛のために来ております。護衛であれば寝室も同じであれば効率も良いでしょう」
「そう言うことばかりは口が回るようになりおって…」
ゼノは苦々しく思う。
この義弟をうまく操るファナやトランの手練手管を教えてもらえばよかったと思った。
「あんたの言い分もわかるが、まだ夕飯だって住んでいないんだ。部屋割りは今回の役割でちゃんと分けようじゃないか」
レンカの提案に一同レンカに目を向けた。
「まず、主人であるゼノ様が一部屋使う。客人である大店の未亡人である私も一部屋もらおう。リァンは私の侍女でヤンは護衛だから、控えの部屋って言うのはどう?どちらの部屋にもすぐ行けるし、侍女と護衛が夫婦なら同じ部屋を使っていたって不思議ではない」
「では、それで…」
リァンの肩を抱いて控えの間に入っていこうとするヤンをリァンが止めた。
「主人の用が終わらないと部屋には下がれないわ。これから食事や湯あみ、明日の準備などもあるもの」
「そう言うこと。ちゃんと時間は確保してやるから、がっつくのはその時にしなさい」
レンカに鋭い視線を浴びせられ、ヤンはしゅんとうなだれた。
ゼノはその様子を見て呆れてしまった。
なんだかんだでこの義弟は馬鹿正直なのだ。
態度と顔に出すぎる。
訓練を積んで感情を抑えられるようになったとはいえ根っこの部分は変わらなかった。
食事時、役割で考えればおかしなことだが、向かい合って食事をした。
「私とレンカ殿が2人で向かい合っていると不倫関係みたいだが、今回そう言った噂も流れるだろう」
ゼノはこう見えてカドの兄だけあって不倫など毛頭ない男である。
が、目的のためであれば割り切れるだけの甲斐性はある。
「と言うと?」
「今回の相手、潰すのは央都の貴族だけではないと言うことだ。私の町でも皇帝に取り入ろうとする画策する小蝿が多くてね。私の屋敷にも入り込んでいる」
「それも一網打尽にすると?」
「いや、さらえるのは表面だけだろう。本当に狡猾な連中は町ではない別の場所にいて表にそのツラなど見せぬわ。結局できることは目の前のものを守ることだけだ」
そう言うとレンカもヤンもリァンも黙ってしまった。
「しまった、こんなこと言うつもりなどなかった」とゼノは瞬間的に思った。
「目の前のものを守れるだけで十分立派ですよ、ゼノ様」
隣に座っているレンカが微笑みを湛えながら言った。
この一言でこの女性に次々と男達が落ちていく理由がわかった。
最近ではザイードが堕ちたという話をカドが書いてよこした。
暴動を起こす前、ライとの情報をやり取りしていた中にもレンカに関する記述はいくつもあった。
あっという間にあの地方官をたぶらかし、屋敷で働く男たちはレンカを見るだけで頬を染め、だからと言って女たちに疎まれることもなく、見事な采配を見せたという。
レンカが来てから屋敷は働きやすくなり、ライの部下も皇帝派のものにも分け隔てなく振舞った。
高価なものをまとわなくても、レンカが身に着けるだけで、絹地も宝飾品もその輝きを増し、絢爛豪華に見えた。
地方官と夜を共に過ごすときに妖しく艶やかさをまとい、時には地方官がすがるような姿を見せたという。
レンカの姿を見た屋敷の者や、出入りの商人から話が伝わり、町でファナが流していた噂でさらに尾ひれと背びれがくっつき、皇帝すら失脚させた悪女伝説が誕生したのだろう。
レンカがどんな女性かと思えば、今の言葉でわかってしまった。
男だけではない、ファナですらレンカには甘えようとするのだから。
「ははは、レンカ殿には敵わぬな。レンカ殿に想う相手がいなければ口説きたいところだ」
「まあ、お上手ですこと」
正面で流れた色っぽい空気にヤンとリァンはドキリとした。
レンカにはザイードが、ゼノには愛妻がいるのだからこの2人が出来上がりはしないだろうが、この空気に当てられてしまいそうだ。
ヤンはチラリとリァンを見れば顔を赤くしていて、卓の下で脚をそっと撫でれば、ヤンを見上げた瞳が潤んで見えた。
がっつくまで耐えられそうにない。
「目の前のものを守るためには犠牲にしなくてはいけぬものもある」
ゼノの言葉にドキリとしてゼノを見やった。
ニコリとした笑みがゼノに浮かんでいた。
ゼノの言う犠牲とは自分のことだろう。
「俺でしょうか?」
「そうだ」
少しのためらいもなく、肯定するゼノには抵抗するだけ無駄だ。
「詳しくお聞かせください」
「色と金と名誉で罠を作る。レンカ殿、リァンを含めお前たちには色を担当してもらう」
ゼノはニヤリと笑った。
ゼノに説明を受け、少し萎えたが、ヤンにとってリァンといちゃつく大義名分を与えられたようなものだった。
相変わらずリァンは顔を真っ赤にしていて、新婚1か月と言うことを考えれば人の目を盗んででも一緒にいたいのだから、これで誰に気を使うこともない。
「では、リァン。先に下がっていいよ」
説明を聞いてレンカはニヤリと大店の未亡人の雰囲気を漂わせて言った。
「ゼノ様と二人きりでもう少し大人の会話を楽しませておくれ。お前の夫はそろそろお前と二人きりになりたいようだ」
ヤンとリァンはスッと立ち上がり二人に頭を下げ、その場を辞した。
2人の姿が見えなくなるとレンカはわざとらしくテーブルの上でゼノと手を重ね、少し体を寄せ艶やかな笑みをゼノに向けた。
ゼノは横目でちらりとあたりを見渡せば、レンカの様子に周囲もくぎ付けのようだ。
レンカに体を寄せ、その耳元でささやいた。
「お見事」
レンカがくすぐったそうな笑い声を立て、周囲は勝手に二人の関係を想像し、勝手に納得した。