砂漠の姫は暁をもたらして 9
リァンとヤンと一緒にレンカの元を訪れたゼノに有無を言わさずレンカも明日の昼の出立に巻き込まれることになった。
急なしかも自分のいないところで勝手に決められた話を聞いてレンカが絶句している姿をヤンとリァンは初めて見た。
「東からの一行にはザイード殿もいるから、2人で過ごす時間もあろう」
と言われた時に、レンカの雰囲気がいつになくウキウキとしたものになった時には驚いた。
リァンとヤンの驚きとゼノのしてやったりと言わんばかりの笑顔から、レンカはウキウキを隠すために咳ばらいを一つしたが、取り繕った姿が逆に微笑ましかった。
「まあ、リァン一人では荷が重いって言うのはわかるが、それにしては時間がなさすぎじゃないかい?」
レンカの苦言にゼノは心配無用と言い放った。
「必要なものは私の方で準備をするから、基本的には移動中の衣服や必要な私物だけでよい」
だから旅装も軽く済むし、すぐに準備が終わるだろうとゼノは言いたげだ。
「ゼノ義兄さん。こんなこと言っちゃなんだが、あんた、女のことに関しちゃ気も融通もきかないだろ?」
あきれ顔のレンカの指摘にゼノは息を詰まらせた。
どうやら図星らしい。
「そんなこったろうと思った」
レンカにじろりと睨まれ、返す言葉もなかったが、それでもレンカはニコリと笑ってくれた。
その笑顔の意味を深読みして、ゼノの背に汗が伝った。
「あんまりグダグダと言いたくはないが、女には必要な準備が多いもんだ。服だけじゃない、化粧品も衛生用品も薬も使い慣れないものだと体調に出てくる。西にも東にも恩を売るのが目的ならちゃんとした準備をさせてもらわないと困る。義兄さんが一流のものを揃えていようとだ。それに一流のものを揃えればいいってもんじゃないんだよ。色や形、素材に至るまで女性一人一人には似合うものが違うんだ。私とリァンとファナ姉さんにゼノ義兄さんの奥方4人並べたって、似合うものが違うってわかるだろ?」
詰められて思わずゼノは頷いた。
「自分たちのことだけじゃない。私ら使用人がいるわけじゃないんだから、留守中のことだって気を配らないといけないんだ。ファナ姉さんに頼んで、家に風を通す人を見繕ってもらわないといけない。それも後で、盗難だのなんだの問題にならないようなしっかりした人をだ。それに、さっき買い物をしてきちまったし、食材を使い切らないと傷んじまうよ。水だってそのままにしておけないし…」
グダグダ言いたくないとは言うものの、一度話始めたら止まらなかった。
ゼノはレンカの勢いに青ざめていて、ヤンはその場から逃げ出したくなり、そっとリァンの背に隠れるようにそろそろと移動した。
「あの、お義兄様…」
「なんだ?リァン」
助け船が来たかと思っていつになく優しい声を出した。
「うちも食材が余っているのと水が…。不在中は家に風を通すことも必要です。それに…」
「それに?」
「身に着けるものや薬はちゃんと準備をしたいです。出発前にお医者様や薬師との相談もしたいですし。お義兄様がお優しいのはわかっていますが、あの…お義兄さんみたいにその…女性のあれこれに、ちょっと…気を使ってくださると助かります…」
リァンがもじもじとしながら言うと、カドと比べたことが意外にもゼノの気持ちを抉ったらしい。
「そうか、それはすまなかったな…。夕飯は私が手配するから、医者との相談や必要なものを準備に戻るか?」
「あ…えと…その…」
私が言いたいことはそうじゃないとリァンが言いにくそうにしているのをみて、レンカは呆れた声を出した。
「話を聞いていてそれはないよ、ゼノ義兄さん。私もリァンも準備以外に、食材や水を余らせるのは困るんだよ」
「…重ね重ね申し訳ない…食材と水は旅程中に食べられるように私の方で買い取ろう。家のことはファナに出発前に頼むとしよう」
「わかればいいんだよ。リァン、私らでこの義兄さんを少し気が利く男にしようかね?」
レンカに問いかけられ、ゼノとレンカの間に視線を泳がせ、リァンはこくりとうなずいた。
その様子を見て、ゼノは頭を抱えた。
「義兄上もレンカ姐さんにはかなわないのですね…」
ため息を漏らすようにヤンがつぶやけば、ぎろりとゼノに睨まれた。
「あんたも鍛えなおすから、覚悟しときな。リァンにすっかり甘やかされて、ファナ姉さんの弟とは思えないときがあるよ」
レンカの鋭い声にヤンはびくっと体を震わせた。
レンカ姐さん、強いなぁ…