砂漠の姫は暁をもたらして 8
「よく言った。ライ殿の見立て通りだな」
「あの人が?」
「君のことを深く信頼しているからこそ、今回の件、助力を求めてきた」
「…いつものことね…」
リァンが少し呆れたようにつぶやいた。
あの護衛の男に「信頼している」なんて言われても心は揺さぶられない。
あの護衛の男は、目的のためならばリァンを信頼していようが、状況が変われば容赦なく切り捨てるだろう。
それだけの冷徹さを持っているし、それだけの業を背負う覚悟を持っている。
「いやなら受けなくていい」
「受ける。ヤンも護衛で来てくれるでしょ?」
「もちろん。リァンは俺が守り切る」
そう言ってヤンはリァンをぎゅうと熱く強く抱きしめた。
その様子を見ていたカドはそう言えば、と口を開いた。
「兄上。ヤンをリァンの護衛として連れて行くには少し役不足ではないのですか」
「そんなことはない。なぜなら、妃も子どもも命を狙われているからな。側にいるだけで危険だ」
ゼノの言葉にヤンはゼノをにらみつけた。
「なぜいつも肝心なことを最後まで黙っているのです?」
「すべてを聞いてから判断してもよいのに、お前たちが判断を先走るからだ」
「命を狙われているというのはどういうことですか?」
ゼノが言うには、妃と子を狙っているのは旧皇帝派と新皇帝派の両方だ。
旧皇帝派はその子どもを擁立し、帝位を奪い返しうま味を得ようとしている。
一方で、新皇帝派はそんな子どもが生きていたら邪魔だということだ。
妃は旧皇帝派に狙われ、子どもは新皇帝派に狙われている。
どちらも先走って命を狙っている連中は、子どもが皇太子の子であると思っているようだ。
「迷惑な…」
「まったくだ。とはいえ、どうせライ殿の本家筋はそんなド阿呆どもはこの機会にあぶりだして一掃するつもりだろう」
「この町にまた厄介ごとを持ってくるつもりですか?兄上」
カドは目を細めてゼノを見やった。
ここまでようやく復興したのだ。
その厄介ごとで、再びこの町が混乱に陥ったら、立て直すまでにどれだけの時間を要することか…
復興に使った資金の出どころは東が徴収した税金で、町は資金的には傷んでおらず、余ってはいるといえば余っているが、この町のために有意義に使わせてもらいたい。
「いや、一旦私の町で引き受ける。東の連中は私の町で処分し、妃には流しの興行師と恋に落ちた商家の娘になってもらう予定だ。西に渡せば、東からの追手もかからぬだろう」
「東の連中を処分、妃も場合によっては死んでもらうということですか?」
「名目上はな」
「それに、西もその子どもの命狙っている」
ゼノの言葉に全員が驚いた。
「当然だ。その子どもがいるからこそ、西の掟が生きている。跡取りがなくなれば得をするものも多いだろう。その部族出身の男がヤンの舎弟になっているらしくてな。引き受けの人員に組み込まれている」
ゼノはニヤリとヤンを見やった。
「まさか!最初から俺も連れていくつもりで!!」
「そのまさかだ。お前は一人で来いと言っても決して来ぬだろう」
「リァンを手の内に入れようとするなんて卑怯です!」
「何を言う、用意周到と言え。今回は二人の力が必要だ。であれば、私に好意的なものから制するのが道理だろう。お前はリァンが行くと言えばついてくるだろうし」
「そうですが…」
「というわけで、2人には明日の昼には私と共にこの町を発ってもらおう。あとは…レンカ殿も連れて行こう」
ゼノの出した名に一同は絶句する。
「使用人も何人かいるが、リァンだけでは上流階級女性二人とまともに会話ができぬだろうというのが、ライ殿とザイード殿の言葉だが、なにかおかしいか?」
「おかしくはありませんが、もしや東からの一行の中にはザイードさんが含まれているということでしょうか?」
「その通りだ。ザイード殿、ライ殿、ライ殿の影のものが侍女や使用人にまぎれて何人か来る。そこにリァン、ヤン、レンカ殿を合流させ、西に向かう準備をさせる」
ゼノはライ殿の影と聞いて体を震わせたヤンを見やった。
「東の客人の素性をあまり大っぴらにしたくないので、リァンはレンカ殿の侍女にヤンは護衛に扮してもらう」
「レンカさんは?」
「妃を西の興行師に引き合わせるきっかけを作った大店の未亡人にでもなってもらうのはどうだ?」
「あらぁ、ぴったりですわ、ゼノ様」
ゼノがニヤリと笑うと、ファナもその様子を思い浮かべたか楽しそうに笑った。
続々と関係者が集まっていく…