砂漠の姫は暁をもたらして 7
「西と東の理由はわかりました。ザイードさんが発ってから1か月ほど、今の話ではもう少しかかりそうではありませんか」
カドの指摘にゼノは深く頷いた。
「ライ殿からも情報が来た」
「ライ殿まで…」
ライという名前を聞いて、頭を抱えたカドだけでなく、ファナもヤンも聞き覚えがあるようだった。
リァンはちょっとの間考え込み、ライという名前の男が、例の護衛の男だということに思い至った。
そして、「もう関わりたくなかった」と思ったのか、少しだけ渋い顔をした。
「なんと、その妃、ライ殿の本家筋の娘にもなるそうだ。そのためか、捜索の手が入るのが遅く、難を逃れたらしい」
「というと?」
「次の皇帝はライ殿の本家筋の血が入るらしくてな」
「なんとも複雑な…」
「と言うことで、この話、うまくいけば、西にも東にも恩を売れる。今まで以上に情報もとりやすくなるし、我々に有利に話を進めることもあろう」
ゼノはニヤリと笑った。
カドとファナは状況に納得がいったようだが、ヤンだけが渋い顔を崩さない。
ヤンのことだ。
どうせリァンを真綿にくるむようにして守りたいとしか考えていないのだろう。
あの人の娘がそんな深窓の令嬢のような真似などできぬだろうに、と思った。
リァンにとったらそんな守られ方は、真綿で首を絞めるようなものだ。
ヤンにかまっていては話が進まないため、ゼノはリァンに向き合った。
「どうする?リァン。この話、君次第だ。いくらライ殿の本家筋の娘と言えど、あの男の姉と姪と言うことは変わらない。側にいればあの男の話をされることもあるだろう」
カド、ファナは心配そうにリァンを見つめた。
ヤンはそもそもこんな話すらリァンに聞かせたくないと言いたげである。
「この話、受けます」
「リァン!」
満足そうなゼノに対し、ヤンの声が悲痛を帯びていた。
ヤンの声を聞いて、リァンはヤンの手をぎゅっと握った。
「お願い、ヤン」
「レンカ姐さんの悲しむ姿を見たくないのはわかる。だけど、ザイードさんは俺よりも強い。簡単に死ぬはずがない。わざわざリァンが体を張って守りに行く必要はない」
「ヤン」
「ライ殿の本家筋の人間とは言え、あの男の血縁だ。行く必要はない」
「ヤン、聞いて」
リァンが静かに言うとヤンはウっと喉を鳴らして黙った。
「ヤン。誤解しないで聞いて。あの男には酷いことしかされなかった。あまりにもひどすぎてあの男には恨みも憎しみももてないの。あの男は正直どうでもいい」
「どうでもいい…って…」
「どうでも良すぎて感情すらも動かないの…」
そんなことはないとヤンは知っている。
助け出した後、夜中に飛び起きたリァンは混乱して震えていることがあるからだ。
そのたびにリァンを腕に抱きなおして、耳元でリァンの名を呼んで、愛しているとつぶやいて背を撫でているのは自分なのだから。
「あの男とお姉さんや姪は別の人間よ」
「そうだけど…」
「あの男に対する怒りや憎しみを二人に向けるべきではない、そうでしょ?」
リァンがそう言えばヤンには何も言えなかった。
リァンだって、あの悲劇から自分も他のものも切り離して考えないと、雁字搦めになってしまうとわかっていた。
あの男もされたことにどうでもいいことなんて一つだってない。
少しでも考えれば足を掬われて、動けなくなって、苦しみから逃れるために衝動的に自分を傷つけたくなってしまう。
でもそんなことをすれば、怒られるし、泣かれるし、最悪、寝台にくくりつけられて監禁されてしまう。
大切な人たちを傷つけないために自分で自分を律しているのだから…
リァンが自分自身を傷つければ、怒って、泣いて、寝台に括り付けるのは、ファナ姉さんなんだろうなぁ…