砂漠の姫は暁をもたらして 6
折も折、部族長は東西交易をしているザイードの話を聞きつけ、何とかしてその孫の情報を知りたいと持ち掛けてきたという。
わざわざザイードの隊商が休憩で逗留している砂漠の小さな町に押し掛けてきたものだから、その町は大騒ぎになった。
大急ぎでしつらえた客間で部族長と向かい合わせたザイードは聞かされた話に喉を鳴らした。
「こどもを引き取りたい」
さらには、皇帝が失脚したことを知り、子どもだけと言わず妃も引き取ろうと部族長が思ったらしかった。
初対面の大きい部族の部族長が威厳をそのままに、しかし、孫であろう東で生まれた子を思って、必死に涙をこらえている姿に一人の人としての本来の姿をザイードはみた。
出奔したというリュート弾き同様、優しく争いごとの好まないそういう人なのだろうと。
強くあれと言う西の流儀に従ってきたのは間違いないと思われた。
「できる限り力になりましょう。うまく行ったら、今後はいい商売相手になってくれませんか?」
一通り話を聞いて、指をすり合わせながら、ニヤッと笑ったザイードを見て、部族長は目じりをぬぐい、頭を下げた。
「もちろんだ。合わせてもう一仕事、頼みたい」
部族長が口にしたのはこの辺りの情勢を一気に変えるだろうことだったし、この話に上手く嚙ませれば、あの砂漠の最初で最後の町にとって良い話はないとかんがえた。
ザイードはこの町に戻ってくる間に部族長からの手紙を何通も受け取った。
手紙を届けに来る部族の若者がザイードを探して疲弊しているのが気の毒で、後半に受け取った手紙をもたらした若者は隊商で受け入れこの町に連れてきて、西に帰る隊商に引き渡したくらいだ。
「どうにも愛情があふれすぎる親父さんでね」
ザイードが呆れたようにつぶやいたが、ゼノはどの口が言うのかと思った。
「西の男は情に厚いのだな」
「ああ、なんでも長になるには力だけでは足りないのさ。時には敵すらも赦すような寛容さも必要になる」
「寛容さと冷酷さの共存が可能とは知らなかった」
ザイードはゼノに言われてがりがりと頭をかいた。
きっとリァンの仇うちのことを暗に匂わせているのだろう。
「ゼノ殿には情報が入ったらぜひとも共有をしてほしくてね。あの男の血筋の話だからなるたけ嬢ちゃんたちの耳には入れたくねぇ」
「ザイード殿がこの話を私にするということは、部族長への引き渡しをこの町で行うことを考えているのだろう?」
「ご明察。状況にもよるだろうが、東から戻ってくる際、妃と子どもを連れてくることになる」
「ほお…いかにも今回の話、うまくいくと確信しているようだ」
「この機会にな、デカい取引をしたいのよ、俺も」
ザイードの言葉にゼノは訳知り顔で頷いた。
「ほお、その話、我々もぜひとも噛ませてもらおう」
「もちろんだ。この町でしばらくの静養と環境に慣れること、言葉にも慣れてもらわないと砂漠は超えられない」
「慣れぬものを連れていくには人手も必要だろう」
「ああ、部族長が人を連れて来る」
と言うことは、長期的にこの町あるいはゼノの町で妃と子を匿う必要があるのだろう。
そうなれば、この町でのこと、いくら耳に入れたくないとはいえリァンを始め、カドやファナには耳に入れておかなければいけないだろう。
多少噂になるにしても、真実を知る者は最小限にとどめたい。
「リァンには私から話をしよう」
静かに言えばザイードに睨まれた。
「西の言葉を教えるには熟達したものが必要だ。それに、西の掟では、部族にもよるだろうが、よほどの緊急事態でもない限り夫婦ではない男と女が同じ部屋にいられないだろう。隊商に言葉を教えさせるのは酷だろう。リァン以外の適任が思い浮かばぬ」
「さすがはゼノ殿。砂漠の掟も熟知されているのであれば、心配がないな」
「私を試したか?」
「さあて、ねえ・・・」
ゼノが睨み返せば、ザイードは口の端に笑みを浮かべ軽く目をそらした。
「見た目の熱苦しさに反し、喰えぬ男よ」
「ゼノ義兄さんは見かけ通りと言いたいが、その懐の深さはどうすれば作れるんだい?」
「優しいだけでは喰われてしまうからな」
「あんたも苦労したんだねぇ…」
2人でふっと笑いあった。
おっさん2人が褒め合っているのは需要があるのだろうか・・・?
人生いろいろありますよねぇ…