砂漠の姫は暁をもたらして 3
「期限は状況に応じる、だ。回答になったか?ヤン」
店の入り口からかけられた声に一同目を丸くする。
「兄上!」
「ゼノ様」
「義兄上…」
「お義兄様」
それぞれの呼び方で呼ばれたのはカドの兄のゼノだ。
伝令が早馬で手紙を届けてゼノが戻ってくるにしてもどんなに早くて2日、3日かかるだろうと思っていたが。
ヤンの回答がすぐ出ることもその内容も承知の上で、この近くに来ていたに違いない。
「義兄上。オレたちは新婚です」
「知っている」
「なぜ引き離そうとするのです?」
「リァン1人で来いと書いたつもりはなかったが?」
手紙を見れば1人で来いとは書いてはいないが、どう見てもリァンの力が必要な書き方だ。
「婚礼式でも言っただろう。君たちの力が必要な時はいつでも巻き込むと」
「言われましたが…」
「今回の件、東に行ったザイード殿にも早馬を出して協力を仰いでいる。下手すればザイード殿が命を落とすかもしれない」
「また人の命を盾にとるんですか」
ヤンがギリっと歯を鳴らすとゼノは冷たい視線をヤンに投げかけた。
「お前が足を踏み入れたのは見知った誰かの命が常に危険に晒される世界だ。その人が理解しようとせざると関わらずだ」
「望んで踏み入れたのはわけではありません」
「言い訳をしているうちにザイード殿が命を落とすかもしれぬ。カドやファナ、リァンにも累がおよぶかもしれぬ、それくらいは考えるが良い」
「いつも考えています。どうすれば守れるかと」
「一人で守り切れるものでもあるまい」
「う…」
「私に協力して私からお前がいなくてもお前の家族を守る助力を引き出してみせろ」
ヤンとゼノはバチバチと視線で火花を散らした。
どちらも一歩も引かないが、ゼノはまだまだ余裕でヤンの方が押され気味だ。
それに…
「ヤン、行かせて。私は姐さんが悲しむ姿を見たくない」
ザイードが命を落とすかもしれないなら、誰よりも悲しむのはレンカだ。
レンカがザイードと一緒に幸せになろうとするのが嬉しかった。
だったらその幸せを守りたい。
とはいえ、その幸せを守るためにリァンが相談もなく動けばレンカは間違いなく怒るだろうが。
「俺はリァンと離れたくない…」
「ちゃんと戻ってくるから。お願い…」
これではこの前と一緒だ。
ヤンには一度心を決めたリァンを止められなくて、ただ手を離すしかなかった。
あの時リァンはヤンを守るためにヤンから離れた。
今度はレンカとザイードを守るためにという。
「俺も行く。義兄上、リァンを連れて行くのなら俺も行きます」
否定されても詰られてもヤンはついて行くつもりだった。
リァンを止められないのなら、自分がリァンの隣に行けば良い。
そのために力をつけたのだから。
「もちろんだ。リァンの護衛が必要だ」
ゼノがニヤリと笑い、ヤンは眉根を寄せた。
「どんな危険なことをさせるつもりですか?」
「リァンには2人の女性と1人の子どもの側にいて、西の言葉を教えてやってほしい」
「それで危険があると?」
カドの声にゼノは深く息をついた。
言葉を教えること、相手は女性と子どもであるというなら大きなトラブルもなさそうだ。
それにも関わらず護衛が必要とは一体何が起こるというのか。
「ある。なぜなら、女性は我らが失脚させた皇帝の皇太子の妃とその母親だ。あの地方官の実の姉と姪にあたる」
ゼノの言葉に一瞬空気が冷たく凍り付いた。