11 ガラス工房のヤン 2
二人はそのまま無言のまま職人街まで歩いて行った。
職人街で「ガラス工房のヤン」というとそこそこ有名のようで、行き方を教えてくれた。
ガラス横丁はガラス工房が立ち並んでいた。
隊長は興味深げに通りから見える作業を覗き込んだりした。
ガラス横丁の一角にヤンの工房があった。
声をかけると出てきたのは人のよさそうな女性で、腹が大きく膨らんでいる。
産み月が間近のようだ。
腹の大きな女性が出てきたことで隊長は気まずそうにちらっとリァンを見やる。
女性はリァンと隊長という組み合わせに目を瞬かせ、頭の中にある顧客リストと照らし合わせてから
「どのようなご用件で?」
と聞いた。
「えーと・・・今朝ヤンさんにお会いして、興味のある商人がいたら案内してくれということで・・・」
リァンのざっくりとした説明を聞いた女性は、めざとくリァンの服の上のブローチを見つけた。
「あらあら、そうなんですか!あの子ったら、そんなお願いをするようないい人がいたのね。ヤンの姉です。弟たちの工房に時々手伝いに来ているのよ、さあさあ、入って!」
ヤンの姉に促されて工房に入った二人は、勧められるままに椅子に座った。
ザイードは姉という言葉を聞いてちょっとホッとした。
自分の気の回し過ぎでなくてよかったと。
隣のリァンは特に表情を変えていないようだ。
「あのこはちょうど今、材料を仕入れに出ちゃって、呼びに行かせますね」
ヤンの姉は小間使いの少年を呼び、ヤンにすぐ帰ってくるように伝えた。
ヤンの姉はリァンと隊長のために茶を注ぎ、それぞれの前に出した。
そして、ヤンが返ってくる前にと前置きをしたうえで取り留めもない雑談を始めた。
リァンのことよりも隊長のような商人がどういうところへ行き、何を扱っているかを「あらぁ!」「まあ、そんなことが!?」と大げさに驚きながら聞き出していった。
隊長もこういう反応はよくあるこのなのか、特に隠し立てせずに、面白そうな話をいくつも紹介する。
西の砂漠の向こうの話、東の都の話、一時期は南にも足を延ばしたこと。
皆見も東も西も行けるところまでいけば、海と呼ばれる場所に着くこと。
そこであった出来事、出会った人々、ヤンの姉に促されるまま話せば、いくらでも話せそうな気がした。
隊長とヤンの姉の話がひと段落したところで、ヤンが息を切らせながら帰ってきた。
「姉さん、客って誰?・・・ってリァン!?」
ヤンの驚きぶりを見て、ヤンの姉はにんまりと口角をあげる。
「ヤン、いい人がいるならお姉ちゃんにもちゃんと紹介してくれなきゃダメよ」
「いい人って・・・今朝会ったばかりで!!」
「何言ってるの!?今朝会ったばかりだって、彼女はあんたの渾身の作を身に着けてるじゃないの!!」
ヤンは姉に気おされるように一歩退く。
隊長は「渾身の作ねえ」と小声でつぶやき、にやりと笑う。
「いや、あの、それは・・・」
しどろもどろになり、顔を真っ赤にしているヤンに姉は「わかっていますよ」と落ち着きを払っていった。
「リァンさんはお客様を連れてきてくださったのよ。えーと、お名前は・・・」
隊長は椅子から立ち上がり、ヤンに向かって軽く会釈をする。
「彼女の働いている宿に逗留している隊商の隊長を務めていますザイード・ラーと言います」
「え・・と・・・丁寧にどうも。ガラス職人のヤンです。この工房は兄と一緒にしていて、姉は時々手伝いに来てくれまして」
ヤンも会釈をする。
「今朝、井戸のところでなにやら親密そうなお二人を見かけまして、今日宿にきた彼女がなんとも珍しい装飾品を身に着けているので、案内を願ったんですよ。物を見せていただいて、納得いくものであれば、行く先々で紹介できたら、と。もちろん、こちらの工房への材料の調達も相談に乗りますよ」
ザイードは商人らしい口調で説明をする。
ヤンの姉は今朝の話を聞き、「まあ!」と言って口を押さえながらヤンとリァンを交互に見やった。
今朝の様子を見られていたのかとヤンも思わず頬を染める。
ザイードとヤンの姉の視線が交わり、お互いに目線だけでうなずきあう。
「ヤン!ザイードさんを工房に案内して差し上げて!手元にある商品もぜひとも見てもらいなさい」
「はい・・・では工房を案内します」
ヤンはザイードを連れて行こうとしたときに、ザイードはヤンの姉に告げる。
「彼女は今日1日私が宿から案内に借り受けましてね。もしよければ、工房を見て回る間、お話相手にでもされますか?」
「あらぁ、素敵。リァンさん、お付き合いいただける?」
ヤンの姉の満面の笑みを見て、リァンは言葉もなくうなずく。
ヤンは姉の押しの強さを知っているのだろう。満面の笑みの姉を見て苦笑いを浮かべる。
ぱちりと二人の視線が合うと、「ごめん、よろしく」と言わんばかりだ。その恐縮さをみて、リァンはふわりと笑みを浮かべた。
その無言のやり取りをみて、ザイードとヤンの姉は満足そうに二人に気取られないようににんまりを笑みを浮かべた。