番外編6 ファナの嫁入り 12
コトンと音を立てて、義兄は盃を卓に置いた。
ちびちびと酒を飲みながら、昔の話をしてくれた。
姉が謹慎していたことは記憶にあるが、そんな裏話があったとは知らなかった。
それにしても、リァンの父親とこの義兄が知り合いで、めぐり合うかのようにリァンが自分たち家族の前に現れてからのこの一連の騒動につながるのかと思ったら背筋が寒くなった。
「リァンがヤンに縁づいたのは全くの偶然だよ。こういう縁の流れが運命と呼ばれるんだろうけど。リァンが現れなければ、まだティオベ殿との約束は道半ばだったろうけどね」
義兄の兄は実際自分たちが一時的に町を離れた先にいたし、すべてリァンの父があの日のために先を見越して準備をしてくれていたのだろう。
「もしかして、姉さんも知っていた?」
「ヤンからリァンを紹介された日に全部話したよ。そこから先は君も知っての通りのファナの悪女っぷりだ。いい女だろう、ファナは」
義兄がチラッと目線をくれると、裏話がわかった今、同意したくもなった。
「ティオベ殿の言う通り生き残って反撃して結果的に縁戚含め皇帝まで失脚させた。この町のために」
ザイードからの情報によると新しい皇帝が誕生したとのことだった。
義兄は酒の入っていない盃を手に持ちもてあそぶように手の中で回した。
「ところで、リァンの親父さんは何を考えていたんです?」
「ん?この町ってさ、東西南北に交易ルートがあるだろ?で、主だった権力の地からそこそこ距離がある」
トランがざっくり周辺図を思い浮かぶと確かにその通りだと思う。東の旅程が一番楽で、西が最も過酷とは言うが、どの旅程も過酷なのに変わりはない。
カドは手元にある皿やおちょこを使って、簡単に周辺地図を作り、説明し出した。
「この町に続く旅程が過酷とはいえ、この町を取るとね、戦略的にほかの権力の地への圧力になるんだ。簡単に言えば交易を牛耳って自分たちの都合がいいようにできるだろ?最悪軍隊を常駐させて、侵略の拠点にしたり、その意思を示したりさ。情報は隊商が伝えるからあっという間に広まる。この町は特に東に取ったら比較的手を出しやすい一方で、他の地に取られると危機に瀕するんだよね。つまり、ここは権力による争いの中心地になるんだ」
トランは義兄から説明されるようなことは今まで一度も考えたことはなかった。
義兄はフッと軽い笑みを浮かべる。
「でも、東西南北の旅程が過酷だから、この町の人間は昔からなるべくこの町はこの町の人間が仕切って自由に人の行き来ができるようにしておくべきだと考えているんだよ。必ず立ち寄るなら必ず金が落ちるだろ?金がおちると産業が増えて人が豊かになる。物も人も情報も金もこの町に集まるんだ。で、東の央都の連中がさ、この町の権益を狙って暗躍していた時に、うまみを求めて前の皇帝とその縁戚が手を出してきたってわけ。リァンの仇の男はその駒だね。薬と暴力がないと女も手に入れられない小物だ。ああいうのが執念深くて厄介だったりするんだけど」
考えもしなかった事実が義兄の口から飛び出した。目を瞬いたトランにカドは畳みかける。
「君さ、リァンの散財で増税された時、変だと思わなかった?」
「え?」
「増税なんて一地方官の権限で簡単にできることじゃないんだよ。あんなに何度も、頻繁に。だけど、実行された。この町は長いこと実質央都の支配下にはいっていたし、ティオベ殿が負けてからは央都の連中が幅を利かせてたからね、奴らのやりたい放題だったんだ」
トランは目を見開いた。
気づいていなかったからだ。
「で、あの騒ぎに乗じて取り返したんだ、自治権。央都のメンツを保つためにも一応地方官は置いてやるけど、自治権は俺たちにある。この町が砂漠を渡る風のように自由であること、この町に生きる人たちが、特に若い世代が自らの意思で砂漠だって渡っていけるほど自由で幸せであること、それがティオベ殿が命を懸けて戦った理由」
「でも、地方官の首を落とせても取り返せない可能性も、逆に報復を受けることもあったんじゃ・・・」
「そうだよ、だから、ティオベ殿の仕込みが効いたんだと思うよ。俺は良く知らないけど」
「まさか!!」
「そう、山ほど縁戚の悪事や不正の証拠が出てきただろ?出すには時機が来るのが必要だったんだよ」
義兄がニヤリと笑って、トランの背が震えた。
「でも、どうやって・・・?」
「ティオベ殿の手にかかれば噂もしきたりも陰謀もすべてが商品になったよ。この町で行きかう情報を手に入れてすべて組み立てたんだと思うよ」
「何者なんですか?リァンの親父は」
「後ろ盾もない辺境の一介の商人で俺の尊敬する先達。正直なところあの人がどこで生まれたかも誰も知らないんだ」
トランは喉を鳴らした。
そんな説明で納得できるはずもない。
「あの人は自分の娘が引き金になるとは考えていたかなぁ…」
ありとあらゆる情報が行きかうこの町では正しい情報を集めて組み立てれば、ある程度の未来まで見通せ、ほころびをつけば、自ら手を下さずとも敵を倒すこともできる、ということだろうか。
とはいえ、それができる才覚などほとんどの人が持ち合わせていない。
惜しい人を失ったと思う。
もっと情報の取り方や操り方を教えてもらいたかった。
そうしたら、東西南北の地をこの辺境の町から牛耳ることもできるんじゃないか。
だって、東西南北に交易路のあるこの町は世界の中心と言ってもいいじゃないか。
そんなことを言えば、大笑いするもののティオベは「己の幸せを超えた欲は身を滅ぼすぞ」と言いそうだ。