番外編6 ファナの嫁入り 9
「ファナ、実は君に一つお願いがあるんだ」
「はい?」
「カドが一人で立っていられない時は、その時は私や次兄殿も側にはいられない時だと思うから、カドに手を貸してあげてくれないか?カドが立ち上がれるように側にいてあげてほしいんだ」
ティオベの言葉の真偽はわからないが、なんだか嫌な予感がして、言葉に詰まってしまった。
「そんなことはそうそう起こらないようにするんだけどさ、私たち大人がね。それでも無垢な優しさが側にあってほしいこともあるんだよ」
ますますティオベの言葉がわからなくなってしまった。
「大丈夫、君たちは私たちがちゃんと守るよ」
そういわれてファナはうなずいた。実際ティオベはカドの長兄の葬儀の時の行動が変に伝わらないようにファナを守ってくれていたのだ。
ティオベがファナに何かを言うたびにハラハラする様子を見せるカドは何かに似ていると思った。
自分を目の前にした弟たちだと思いいたり、兄のように慕うカドが急に小さな弟のように思えてきた。
「それにカドは私にとって大事な弟みたいなもんだ。大事な弟の側に君みたいなしっかりした娘がいると私たちも安心する」
話を聞いていて、ファナは自分が長子で弟が二人いるからこんな意味の分からないお願いをされているんだと思った。
「はい、カド様が必要な時は手でも胸でもお貸しします。弟を慰めるつもりで。最近は弟たちにも逃げられちゃうんですけど」
ティオベは思わず噴き出した。
「カドに胸も貸してくれるのかい?それに、弟か・・・君は2人弟がいるんだっけ?うん、そのくらいでいてくれていいよ。ずいぶんデカい弟だな・・・ダメだ、おかしい」
ティオベは大笑いをする。立ち込めていた暗雲を払ってしまいそうな勢いだった。
「カドを頼んだよ、ファナ」
「はい」
ファナが父親を伴って、店を出るとカドはフルフルと震えだした。
「あんた、この前まで俺にさんざん手折るなとか、枯らすなとか、みっともないとか言っていたくせに」
「彼女は保険だよ、我々が負けたときのね」
カドは息をのんだ。
「負け戦なんてあなたらしくない」
「今回はさ、相手が悪いよなぁ。なんで皇帝やその縁戚まで出てくるわけ?こっちは一介の商人だよ、後ろ盾もない辺境の。どう策を弄しても勝てる気がしないよ。カド、君は必ず生き延びろ。彼女は君が立ち上がるための最後の最後の保険だよ。仕込みはしておくから、反撃の機会を待て」
「はい、奥方と子どもたちはどうするんです?」
「逃げ場は確保してあるんだ。だけど、どこまで影響が出るかわからないし、ずっとは効かないからラシード隊長に任せてあるんだよ。妻と子も君は気にしなくていいよ。縁があったら助けてくれると嬉しいけど」
「俺がやることは、生き延びること?」
「そう、そして、反撃の機会を待って、すべてを取り戻すことだ。この町の自由のために」
「また、難しいことを・・・」
カドがぼやくとティオベはカドの肩をポンポンと叩いた。
「君ならできるよ。彼女が手も胸も貸してくれるって言っただろ。この際だ、彼女のやさしさに付け込んで、弟のように甘えさせてもらえ。女のやさしさは男の勇猛さをはるかに超える。そういう意味でも彼女は最後の最後の保険なんだ」
「使わないことを期待しますよ」
「ほんとそれ。でも、もう賽は投げられたからね、後戻りはできない。私は君にも彼女にも幸せでいてほしいんだ」
「わかってます」
ティオベは首から下げていた鎖をしゃらしゃらと音を立てながら取り外した。
鎖の先には手のひらで握れるくらいの大きさの筒状の飾りがついていた。
鎖をカドの首から下げた。
カドは胸の下あたりにかかった筒状の飾りを手にするとティオベを見やった。
「これは何ですか?」
「ああ、筒を覗くと遠くのものが大きく見える遠眼鏡だよ」
カドは驚きのあまり目を見開いた。そんなものは東西南北の話を聞いていても聞いたことがなかった。とは言え、幼い頃からティオベがこれを覗いて夜空を見上げていたのを見たことはあったが。
「遠くを見渡せるように御守りだ。彼女のことも自分のこともこれからのことも手元ばかりを見ずに遠くも見渡しなさい」
ニコリと笑うティオベが少し儚げに見えた。
この人の教えはありがたく受け取ることにしている。
「ありがとうございます。どうやって手に入れたんです?」
「ああ、昔ね。犬からお礼にもらった…」
本当か嘘かわからない調子でいうティオベにムッとしつつも、きっと本当のことは教えてもらえないだろうなと思った。
「また、そういう冗談ばかり…」
「あはは。いいじゃないか、嘘も真実もこの世界の一部だよ」