番外編6 ファナの嫁入り 7
兄の葬儀が済んでしばらくした後、カドが工房に訪れた。
応対に出てきた工房の長に挨拶をし、ファナの父親にも先日の葬儀の参列の礼を伝えた。
「あの、今日ファナは?」
問われれば工房長も父親も目を合わせて困ったような表情だ。
あの葬儀から帰ってきてから、ファナは工房の職人たちからも距離を取るようになったのだとか。本人は普段通り振る舞っているつもりなようだが、いつもより一歩二歩距離が遠い。
「そう言うこともあって、先日男に絡まれて以降は奥で女たちと作業をさせているんです」
「絡まれた?」
「最近変な嫌がらせがあちこちで多いでしょう?たまたまそれにあたってしまいましてね。本人はケロッとしていますが、他の娘たち含めて嫁入り前の娘に悪いことがあってはいけないし客対応はしばらく我々でやっているんですよ」
カドはファナに会わせてくれとその場で頼み込んだ。困った顔をする2人だが、その場に用があったのかファナが顔を出した。
「ファナ!」
「カド様」
ビクッと体を震わせ、ファナは普段より一歩多く距離をとった。
カドはそれ以上近づかなかった。
「先日はありがとう。今君が男に絡まれたと聞いて心配したんだ。今日はね、君に言うことがあってきたんだ」
ファナの胸が跳ねた。その一方で血が冷えた気がした。
「兄の嫁と事業を引き継ぐことになってね…子どももだが」
「そうでしたか」
「それでね、兄嫁が、もうすぐ私の奥方になるんだが、君を気に入ったみたいで、もしよければ、うちの店で働かないかい?」
工房長と父が驚いたように目を見張った。
ファナはすごく胸が痛んだ。
胸が痛んで目が熱くなったのがわかった。
自分はカドを憧れていて好きなんだな、と思った。仕方のないこととはいえ、別の女性と一緒になったカドの店で働くのは辛い。特に奥方が気に入ったと言うなら、私的な場にも一緒に行くこともあるだろうし、妻のいるカドを見るのは辛いと思った。
カドと工房長と父がファナの様子を伺っていて、ファナは何かを答えなきゃと思った。
「いえ、カド様のお店は私の家から距離がありますし、行き帰りに特に夜遅くなっては家族に心配をかけてしまうかもしれないので、申し訳ありません」
「私が送り迎えをしてもいい」
「奥方がいらっしゃって、お子さまが生まれる男の人に頼むようなことではありません」
ファナは反射的に答えたが、答えて悲しくなった。
この人は本当に自分ではない別の女性と婚姻を結ぶのだと気付いたのだ。
その人に憧れて少しでも好きだと思えば、どんどん悲しくなってきた。
「なら…」
「いくらカド様といえど、これ以上はやめてもらいましょうかね?」
カドが畳み掛けようとしたところに工房長が遮った。
「ファナはうちで預かっているんだ。嫁入り前に悪い噂がついたら嫁の貰い手が無くなっちまう」
「だったら私が・・・」
「なんだい?うちの娘を妾にしようなんざ考えてるわけじゃねぇだろうな。あんた、兄嫁をひきうけるんだろ?」
工房長と父親の乱暴な口調にファナは驚いた。普段は職人の中でも寡黙で、人当たりがいい人たちなのに。
「ファナ、奥に行ってろ。今後はこの人の応対しなくていい」
ファナは軽く頭を下げ、奥へと引っ込んだ。
その後、何やらやりとりとしていて、カドは追い出されるように工房を後にした。
ファナはしばらく工房が暇になりそうだと言うことで、工房に顔を出さず家にいることになった。