番外編6 ファナの嫁入り 6
ファナは休憩室に長兄嫁を連れて行き、長椅子に腰掛けさせた。
その手を握っていると段々と長兄嫁が落ち着いてきたようで、長兄の店の使用人にあとを任せて休憩室から出た。
休憩室から出たところにカドが座り込んでいた。
「カド様」
「ああ、ファナ、ありがとう」
カドは笑顔を見せるが、その笑顔には力がなく疲れ切っている。
「カド様も少しお休みされては?奥方様は中で休んでらっしゃいますから」
「うん…」
そうは言うもののカドは立ちあがろうともしなかった。
カドが軽く手招きすると、ファナは心配そうにカドに近寄り側に座り込んだ。所在無げなカドの手が手のひら同士を合わせるように指を絡めファナの手を握り込んだ。
「ファナの手は温かいね、なんだか安心するよ」
「先ほど奥方様にも同じことを言われました」
「もう少しだけ握っていてもいい?」
「は…はい…」
そのまま2人は無言だった。
ファナの顔が熱くなってきた。カドに真っ赤な顔を見られないように俯く。
そのためカドの瞳に宿った熱に気づかなかった。
しばらくしてカドが優しくもう片方の手でファナの髪を撫でた。
ファナが顔を上げてもそのまま髪を撫で続ける。
「カド様、恥ずかしいです…」
「ファナは可愛いなぁ…」
そう言われてファナの胸が痛んだ。恋愛対象外だと言われた気がしたのだ。
「カド、花を咲かせる前に手折るのではないよ」
そう声をかけてきたのは大店の主人である、先日会ったカドの先達だ。その後ろには先ほどおいてきてしまった父がついてきていた。
「ティオベ殿」
「お悔やみを伝えにきた。兄の奥方は落ち着いたかい?」
「ええ、ファナのおかげで少し落ち着いたようですよ」
「そうか。よかった。ファナ、先ほどは見事だったな。悪口と噂ばかりを立てていた連中があの後そそくさと逃げ出したぞ」
ファナは不安そうに視線を泳がせた。年若い自分がでしゃばったことをして、後々何かを言われるんじゃないかと思ったのだ。
「君は我が友人の奥方と弟を守ったのだ。君は私が連中の噂から守ると約束しよう」
「ありがとうございます」
ティオベはニコリと笑みを作った。底知れぬ笑みだなと思った時、ティオベの視線で自分は服を一枚ずつ剥ぎ取られ、裸の全身をくまなく舐めるように見られ、その指で体中くまなく弄られる感覚に陥った。
体の奥底から突き上げられるような感覚を覚え、恥ずかしくて紅潮するよりも、寒気が走り恐怖で体が固まった。助けを求めるようにカドの手をギュッと握ってしまった。
「ファナ」
ファナはカドに声をかけられて恐怖に体がびくりとするものの男が怖くて顔が見られなかった。
「兄のようだと君が考えていても、男が君を妹のように考えるとは限らないよ。どんな男でも考えているのは今君が感じとったよりもはるかに乱暴なことだ。君の意思や気持ちなどはいくらでも無視するぞ。君の優しさ、気遣い、心遣いにつけ込んで君をいいようにしてやろうと言う男がこれからどんどん出てくるから、男と2人きりになるのは気をつけなさい」
次にカドの指が髪に触れた時、びっくりしてカドの手を振り解いて、手の届かぬところに飛び退いた。
パッと振り向くとカドが傷ついたような表情を見せたが、ティオベの言葉が頭の中から離れずファナは逃げるように立ちあがり父親の元に駆け寄った。
「父さん、ごめんなさい」
「いや、お前がちゃんとした娘で鼻が高いよ、では我々はこれで失礼します」
父親が2人に挨拶をした。父親の背に付いて行こうとした時、傷付いたカドの表情が目に入って胸が痛くなった。それと同時に怖くてその場から逃げるように挨拶もそこそこに立ち去った。
立ち去ったファナとその父親を見送ってからカドはティオベに目をやった。
傷ついたような目つきではなかった。
「何をしたんです?」
カドは立ち上がり服についた埃を払った。
「若い娘は視線に敏感だね。このお兄さんは悪い人だよって教えただけさ。うちの娘にもちゃんと教育しておかなきゃな、つけ込まれないように男のズルさをさ」
「私は!!」
「あんな若い娘の優しさに漬け込もうとするなよ、みっともない」
「10も年下の妻や若い娼妓を可愛がっている貴方に言われたくない」
「そうさ、可愛がって大輪の花に育てているのさ。君のやり方だと途中で枯らすよ」
ググっとカドの喉がなった。
「あの娘が他の誰かに手折られるならいっそ私が…」
「妾にでもするつもりか?君は兄の奥方を引き取らなきゃいけないだろう」
「そうですけど…」
あんなに激しく泣き喚く兄嫁を兄の喪に服してしばらく経ってから娶るのかとうんざりした。
別に初恋の相手でもないし、どちらかと言うとあの激しさは苦手な部類だ。
「人生上手く行きませんね…」
「上手く行かないと思うから上手く行かなくなるんだよ」
「心得ます」
本当にこの人には敵わないな、と思った。
「(人生)上手く行かないと思うから上手く行かなくなるんだよ」
至言…心得ますぅ…