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「お前は相応しくない」と勇者パーティーをクビになった白魔導士ですがどうやら事情が違ったようです

まともな(?)勇者が書いてみたくて半ば思い付きで書きました。

「おい白魔導士。お前はクビだ」


 勇者ジーニアスが私を睨み付け心底面倒臭そうな、ぶっきらぼうな口調で言った。


「えっ・・・今なんて?」


 突然の言葉に思わず聞き返してしまった私。私たち勇者パーティーは王国北部のコアダンジョンを攻略し終えて地上へ戻ってきたところだった。

 勇者パーティーは6名。前線で身体を張る勇者ジーニアスと剣士ジェレミー、中段の斥候ブレン、後衛の黒魔導士フランソワ、聖女候補でもある僧侶ルーシー、そして白魔導士の私シャロン。私は2か月前に加入したばかりだったが他のメンバーもパーティーを結成してから半年ほどだから大差ないと思っていたのだけれど・・・


「はぁ?何度も言わすなよ。クビだクビ!お前は我が勇者パーティーに相応しくない」

「そ、そんな・・・」


 口元を醜く歪ませた勇者ジーニアスは右手の親指を下に向けて首の前で真横に滑らす。それを見た私はただ茫然と立ち尽くすしかなかった。


「ほら、これは手切れ金だ」


 今だショックから立ち直れない私に勇者ジーニアスが革の小袋を投げて寄越した。反射的にその小袋を受け取った私は思わずきつく閉じられた紐を解いて中身を見ようとしたのだが・・・


「ふん、ここで開けるんじゃねぇよ。はした金だとかケチだとか言う気だろお前」

「そんなつもりは・・・」

「ジーン、ここは一つ私にお任せを」


 黒魔導士フランソワがまるで勇者の下僕が如く慇懃さで一歩前に出た。戸惑う私を尻目に彼女は封印の魔法を小袋に施す。勇者パーティーに加わっているだけあって魔力の練り合わせも全く無駄が無い上に速い。私の手の中で革の小袋が微かに震えた。


「・・・これで良し。彼女が家に帰り着くまで開けられないようにしておきました」

「魔法の無駄使いしやがって・・・まぁいい。無駄使いついでに後でこいつの評価書をギルドに転送してくれ。いいか、いかにこいつが俺のパーティーに相応しくなかったか、詳細に書いておけよ」

「承知」

「まだいたのか。とっとに家に帰りやがれ」


 まるで害獣を追い払うかのように勇者ジーニアスは私へシッシと手を振る。助けを求めるように他のパーティーメンバーへと視線を向ければ・・・剣士のジェレミーは腕を組み威嚇するような鋭い目を向けていた。斥候のブレン、いつも軽口を叩いている彼は目を瞑り何も言わない。黒魔導士のフランソワはジーニアスの後ろでその表情は見えないが先ほどの態度だ。そして僧侶のルーシーは・・・明後日の方向へと向き跪いて祈っていた。

 私には後が無いのに、このパーティーをクビになるわけにはいかないのに・・・でも誰も引き留めてくれる人はいない事を私は認識した。


「お、お世話になりました・・・」


 今だに理解が追い付いてこない。だけれど自分の居場所がここには無い事だけは理解した私はペコリと頭を下げ、決して多くはない荷物を抱えてその場を離れた。


「勇者ジーニアス、最後まで私の名前を呼んでくれなかった・・・私、そんなに役に立たなかったのかな?・・・」



*****



 私の名はシャロン。師匠から一人前と認められ自分ではそこそこの腕前だと思っていた白魔導士だ。白魔導士は支援職、確かに目立つ活躍はしていないのは事実だ。それでもパーティーメンバーが思い切り戦えるよう、精一杯励んでいたつもりだった。バフにデバフに、そして補助で治癒魔法も・・・そっか、私が頑張っていたつもりだっただけで役に立っていなかったんだ・・・


 勇者ジーニアスから渡された小さな革袋をギュッと握り締める。彼らと共に旅をして、その結果がこの子袋一つだった。悔しさにそれを投げ捨てたくなる衝動に駆られた。でも捨てられなかった。私には魔法病に侵された弟がいる。弟を治療する為に必要な物を用意するにはお金がいる。その為には悔しくてもお金になるかもしれないものは捨てることができなかった。

 そんな自分が浅ましく情けなかった。知らず内に涙が頬を伝う。私は1人、故郷の村への道を足取りも重く歩いて行った・・・



*****



「シャロンさん、お帰りなさい」


 3日後、弟が待つ故郷の村へと帰る前に私は街の冒険者ギルドへ立ち寄った。不思議な事に道中で全く魔物に遭遇しなかった。勇者パーティーを追放同然にクビにされた後では気乗りしなかったけれど留守中の弟の面倒をギルドに頼んでいた手前、立ち寄るしかなかった。2か月ぶりの帰還に顔見知りの受付嬢が取って付けたものではない、満面の笑みを浮かべて出迎えくれた。彼女の態度からしてまだ勇者パーティーからの評価書は届いていないのだろう。


 私の冒険者ランクはBランク、下はルーキーのFから始まり上はAとSだから上位と言えば上位だ。殆どソロで活動していて勇者パーティー以前にBランクやAランクのパーティーに短期加入していた事もある。それら全てから頂いた評価は最低ともいえるものばかりだった。


『戦闘において何の貢献もせず』


 大体がそうした評価だった。評価書では簡単に書かれているが口頭では聞くに堪えないほど口汚く罵られた事もあった。もちろん戦闘中はバフにデバフと懸命に支援してきた。だけれど誰にも気付いてもらえなかった。私の師匠は白魔導士の仕事とは気が付かれない事が一番、自然さを心掛けて支援魔法を行使するようにと指導してくれた。そうした方がパーティーメンバーが無理をせずクエストの成功率も上がるのだそうだ。私はその教えを忠実に守り師匠譲りの技である、モーションも詠唱も無しで支援魔法を行使していた。

 今のランク、それは私が個人でクエストを達成した実績だけで認められたものだ。弟の為に高額な報酬を得られるAランク以上への昇級を目指していたけれど、そうした臨時に加入したパーティーからのマイナス評価もあって果たしていない。だから報酬もさることながら勇者パーティーからの評価に期待していた。これが最後の機会とも言って良いほどの覚悟で臨んだのだけれど・・・それを思い返し私は口をきつく結ぶ。そんな私を受付嬢は怪訝そうな顔で見ていた。と、そこへカウンターの向こうの戸口から私の名前を聞き付けたのかギルドマスターが顔を出した。


「おい、シャロン!お前何をしてくれたんだ!」

「ぎ、ギルドマスター・・・」

「キッチリ聞かせてもらう。俺の部屋に来い!」

「はい・・・」


 ギルドマスターはギルド内に野太い声を響かせた。彼の態度からして勇者パーティーからの評価書は届いていたようだ。2か月前に勇者パーティーから指名された時もギルドマスターから怒鳴られたっけ・・・お前何をしてくれたんだ?って。その時、私もどうして指名されたのか解らなかったからしどろもどろになっていた。結局、勇者ジーニアスたちからは指名された理由を教えてもらえないままだった。


 私は項垂れたままカウンターを回り込んでギルドマスターの部屋へと入る。ギルド内にたむろしていた冒険者たちの視線が辛い。勇者パーティーに指名された時は羨望や嫉妬の眼差しを向けられたけれど、今は大量の侮蔑と少量の哀れみだ。ギルドマスターの部屋に入った私は応接のソファーへ座らせられた。てっきりギルドマスターの執務机の前に立たされると思っていたのに。そして受付嬢がギルドマスターと私の分のお茶を運んできた。思ってもいなかった応対に私はギルドからの除名を告げられるのかと思ってしまった。ソファーに縮こまりながら座る私の対面にギルドマスターが書類の束を持ってドカっと座った。


「全く、勇者ジーニアスのパーティーでとんでもないことしてくれたもんだよ」

「え・・・私は・・・」


 とんでもないことって・・・最低の評価を通り越してその下、いやそれが最低ならば今まではむしろ悪かった程度になるのか?などと思考が混乱する。そんな狼狽する私の前でギルドマスターは一枚の紙を読み上げた。その声は何処か愉快気なものに変わっていた事に私は気が付かなかった。


「Sランクが妥当、最低でもAランク」

「・・・は?」

「お前の評価書だ。勇者ジーニアスは大絶賛している」

「え?」


 思ってもいなかった事を告げられ私は間抜けな声で聞き返すしかできなかった。だ、大絶賛って何?最低評価の下ってそう言われるのだっけ?と、それくらい初めての高評価に混乱していたのだ。そんな私の様子をギルドマスターは楽しんでいるようだったが・・・それにも気が付いていなかった。後で受付嬢に聞かされて知ったくらいだった。


「勇者殿が送ってくれた戦闘詳報と併せて考慮した結果、ギルドとして白魔導士シャロンをSランク認定することにした」

「・・・見ても?」


 コクリと頷いたギルドマスターに軽く礼をして戦闘詳報を手に取る。少々癖の有る文字で記されていたそれは・・・


(これ、勇者ジーニアスの字だ!)


 彼が宿帳の記入とかをした時に見た程度だったが見覚えのある文字だった。癖の有る字が几帳面に並んでいるそれに視線を落とす。


『対トロル戦、戦闘開始直後にシャロンによる攻撃力強化支援、併せて相手の防御力減少支援を受ける。(中略)戦闘終了、味方の損害無し。適切な支援魔法により体力の温存がはかられ次戦への備えも万全の状態である』


 その戦闘詳報を見て私はポロポロと涙を流していた。初めてだった。私が支援魔法を放っていた事に気付いてくれたのは。しかもそこには私への賛辞が記されていた。そこで私はクビを言い渡した時の勇者ジーニアスの台詞を思い返した。今思えば、彼は私の能力が足りてないとは一言も言ってなかった。ただ相応しくない、それだけだった。そうか、能力だけは評価されていたのだな・・・


ゴトリ。


 思考を数日前の出来事に飛ばしていた私だったが、ギルドマスターがローテーブルの上に大ぶりな革袋を重そうな音と共に置いたことで現実に引き戻された。


「へ?な、なんですかこれ?」

「何って、勇者殿からお前への報酬という事で口座から出すようにとのことだ。1万ゴールドだ」

「は、はいーっ!?」


 勇者パーティーに加入する時、報酬は出来高制と聞いていた。それがまさか1万ゴールドだなんて・・・あまりの高額報酬に私は素っ頓狂な声を再び上げてしまった。

 ちなみに、1万ゴールドという金額は王都にちょっとした家が買える金額だ。この田舎町だったら豪邸が買える。2か月だけ加入していた報酬がこんな事になるなんて信じられなかった。ギルドマスターが言うにはそれだけの評価だったから胸を張って受け取れということだけれど・・・その革袋を持たされた時に腕が震えたのは重かったからではなかった。

 私は新たに発行されたランクの認識票を受け取るとギルドを後にした。高評価と高額報酬に半ば意識が飛んでいた私は渡された認識票が金色、つまりSランクだということにも気が付いていなかった。故郷の村へ戻る道中、ふと我に返って私の名前が刻まれた新しい認識票を見て間抜けな絶叫を街に響かせてしまった・・・



*****



「ただいま」

「あっ、姉ちゃんおかえり!」


 ギルドが在る街で1泊した翌日の夕方近く、私は故郷の村へと戻ってきた。村の中心から少し外れた我が家、粗末だけれど建て付けのしっかりした扉を叩き声を掛けると弟が迎えてくれた。その声は幾分元気そうなので安心する。


 その時、懐に入れていた革の小袋が僅かに震えた。私が家に帰り着いたことによって黒魔導士フランソワが掛けた封印が解けたのだった。私はその小袋を取り出し口を結んでいた紐を解いた。そして中身を取り出して・・・固まってしまった。


「う、嘘でしょ・・・これって竜の泪・・・」


 革の小袋に入っていたのは魔物避けの魔石、それと『竜の泪』と呼ばれる宝石だった。それと四つ折りにした手紙が入っていた。弟宛てのその手紙は勇者ジーニアスが書いたもので「早く元気になれ」とだけ書いてあった。

 魔物避けの魔石も入っていたなんて・・・恐ろしく貴重な古代の遺物であるそれは中級程度の魔物まで効果を発揮するものだった。どおりでここまでの道中、一切の魔物と遭遇しなかったわけだ。確かこれだけでも1万ゴールドは下らないのじゃなかったっけ?

 いや、それよりも『竜の泪』だ。この宝石の値段なんて有って無いようなものだ。そもそも発見される量が少なすぎて存在は伝説と化しているくらいだ。弟のような魔法病という非常に稀な現象を治す為には必須の道具であるが、実際のところ手に入れる事は諦めていたものだ。大金が必要だったのも『竜の泪』を用いた根治より緩和治療に掛かる費用の為だった。

 私がこの宝石を欲しているとは勇者パーティーの誰にも言ってなかったはずなのにどうして知っていたのだろう?手紙からして偶然高価な物だからと報酬として入れたわけでないだろう。間違いなく彼はこのことを知っていた。それにしても、一体何処で手に入れたのだろう・・・


「あ!あの時!」


 数日前のコアダンジョン攻略、最下層の奥に潜んでいたダンジョン主、ドラゴンゾンビを斃した後に黒魔導士フランソワと斥候ブレンが何かを見つけ勇者ジーニアスに渡していたのを思い出す。あの時、ジーニアスは一瞬だけ私の方を見たのだけれどその顔は喜んでいるのか悲しんでいるのか複雑なものだった。


(もしかして、ジーニアスはこれを見つけたから私をパーティーから追い出したの?弟の元へ、治療の為に帰らせる為に・・・)


 私はもう一度、ジーニアスが書いたメモ書き程度の手紙に視線を落とす。クセのある彼の字はぶっきらぼうな物言いなのに何処か暖かい。そうか、彼が私を相応しくないといったのは私が冒険者をやっている目的を知っていたからだ。確かにそのとおりだが、弟の治療に掛かるお金を稼ぐ他にも目的が有って勇者パーティーに参加したというのに・・・


「もうっ!分かったような事をやらないでよ!」


 突然叫んだ私に弟が驚いたように目を丸くした。



*****



 王国北部のコアダンジョン攻略後、勇者パーティーは東部へと移動していた。次はこの地のコアダンジョンだ。王国国内の6つを攻略することによって魔王本域への道が拓けるという。

 現在彼らは攻略ルートの構築を行っていた。ダンジョン第1層のベースキャンプからルートを伸ばしボス手前のアタックキャンプまで到達していた。無理な力押しをせず万全の準備で臨む、一般人が抱く勇者パーティーのイメージと異なり彼らの攻略は華々しさとかけ離れている。一見粗野な印象を周囲に与える勇者ジーニアス。だが彼は無謀と勇気だけで魔王には勝てないと知っていた。

 そしてこの日の攻略を終えた彼らはベースキャンプへと戻ってきた。次の攻略でアタックキャンプを経てダンジョンボスに挑む・・・その予定だった。


 食事を終えメンバーは交代で休憩に入る。ベースキャンプは黒魔導士フランソワと魔道具によって強固な防御結界が張られていた。だが彼らは経験則からそれに身の安全を委ねる真似はしない。交代で見張りを行うのもいつもどおりだった。


「しかし勿体なかったですね」

「何がだ?」


 消耗品の在庫確認をしていた斥候ブレンが唐突に口を開く。その声にランプの下で戦闘詳報を作成していたジーニアスが視線を上げぬまま反応する。少し前まで彼は皆から隠れるようにしてそれを書いていたのだが数名から「バレてるから」と言われ最近はこうして付けている。ちなみに彼が戦闘詳報を書いていたのはクセ字の矯正を目的にしていて恥ずかしかった・・・というのが隠れて付けていた理由だ。


「シャロンですよ。彼女クラスの白魔導士なんてそうそういなかった。おかげで戦闘支援系の魔道具の消費が湯水の如くですよ」

「シャロンはそれだけの価値が有ったってことよ・・・えっ、今の時点で5万ゴールド分を消費しているの!?あはは、彼女本当に凄かったんだね」


 寝たと思っていた黒魔導士フランソワが唐突に話に割り込んで来た。彼女はブレンが付けていた在庫管理表を覗き込むと呆れたような笑い声を上げた。シャロンが抜けた穴は魔道具やポーションの類で補うしかなかった。その量は今の時点でも大変な事になっていたが、ダンジョンボスに挑むとなると更に増えるのは確実だった。時間を掛ければ半分程度に抑えられたかもしれない。だがのんびりやって良いのではなく、出来るだけ早く攻略を進めなければならないのも事実だ。慎重に進めるのとのんびりやるのは違う、そういうことだった。


「そのとおりだ。だからなんだ。あいつは弟を救う為に冒険者をやっていた。俺たちと目的が違う」

「だからパーティーに相応しくなかった・・・と」

「そういうことだ」


 さすがに書き続ける気にならなくなったのかジーニアスは面倒そうに顔を上げた。


「だが、シャロンと同等の白魔導士なんているのか?」


 見張りの当番についていた剣士ジェレミーが周囲へ警戒の視線を向けたまま話に参加する。


「うーん、王国最高の白魔導士と謳われたスティングラー師とか?」

「スティングラー師は実戦よりも理論だと本人も言っていたとおりだ。同道は望めん。それにだ」


 フランソワがそれくらいしか代替は思い付かないと思案顔で口にした言葉をジーニアスは即座に否定した。


「あいつの師匠でもあるスティングラー師が言っていたとおりだ。あいつは望みうる最高の白魔導士だ」

「つまり、代わりはいない」

「ああ、そのとおりだ。だからなんだ?俺たちは勇者パーティーだ。立ちはだかる敵はあらゆる手段を用いて倒し進む・・・前に戻っただけだ」


 いい加減にしろとばかりに書きかけていた戦闘詳報を乱暴に放り出すジーニアス。そのままジロリとメンバーを見回す。見張りのジェレミー以外、彼へ顔を向けている者たちは何か含んでいるような笑みをしていた。嫌な予感がしたのかジーニアスは露骨に顔をしかめたのだが、それを見た僧侶ルーシーがニンマリと笑う。


「て言うかさ、シャロンってジーンの好みだよね」

「・・・ああ」

「うわっ、あっさり認めちゃうし!」


 清楚な女僧の姿とは裏腹な、少々蓮っ葉な喋りにジーニアスは何故かあっさり頷く。これ以上関わって玩具にされるくらいなら・・・と開き直った結果だったのだがそれは失敗だった。


「そう言うなよ。こいつ、本人の前では照れていつも以上にぶっきらぼうになっていたのだから」

「そうそう、照れまくってシャロンって名前すら呼べなかったもんな」

「そこまで純情キャラだっけ?」

「えーっ、名前を憶えていないだけだと思ってた」

「そこまで馬鹿じゃねェ!」


 数日に及ぶダンジョン潜り、ジーニアスの「正直さ」は娯楽に飢えていた仲間たちにとって格好の息抜きの道具だった。やいのやいの言われて遂に彼は怒鳴る。


「うるさい!お前ら寝ろ!お前は見張りをちゃんとやれ!」

「おいおい、俺は一言聞いただけだろ?」


 最初に絡んだきり、背中で聞くだけで見張りの勤めを果たしていたジェレミーは不満の声を漏らす。もう一言くらい文句を付け加えてやろうかと思った彼だったが何かが近付いてくる気配を感じた。


「・・・接近中の気配、単独・・・音は軽そうだ」


 手を小さく上げつつ皆に聞こえる程度の小声で警告を発する。それを受けてメンバーたちは臨戦態勢を取る。全員が注視する方向、キャンプ地の広場に通じる通路の角に魔法の灯り特有の白い光が薄っすらと見え始める。ベースキャンプとはいえここはダンジョンの奥地だ。他の人間がやって来るとは思えずあえて誰何はしない。その明かりは迷いなく、確実な足取りで接近してきた。


「・・・大丈夫、敵じゃないよ」


 地面に片耳を付けて足音を聞いていたブレンが確信したように顔を上げた。本当はもっと前にその足音が何なのか判別していたのだが、まさかと思い確信できなかったのだ。彼の言葉に幾分か警戒を解いたものの皆が通路を凝視している中、光源を中空に浮かべた人影がそこにはっきりと見えた。汚れたダンジョンの中で一際目立つ白を基調とした装束を纏った、亜麻色の流れるような髪の女性だった


「皆さん、やっと追い着きました!」


 快活な声を心地良く響かせたのはシャロンだった。



*****



 目の前には勇者パーティーの面々がそれぞれ武器を携えて立っている。私が姿を現した時に誰もそれを構えていなかったという事は斥侯ブレンが誰の気配か既に識別していたのだろう。ちなみに、勇者ジーニアスから持たされた革の小袋に入っていた魔物除けの魔石のおかげでこの階層まで単独でも難なく降りてくることが出来た。

 魔導ランタンに照らされたパーティーの面々を見渡す。

斥侯ブレンは嬉しそうな顔をしていた。

剣士ジェレミーは一瞬目が合うと笑いを堪えるように天井を見上げた。

黒魔導士フランソワは微笑みを浮かべながら小さく手を振ってきた。

僧侶ルーシーは・・・祈りの姿勢を取って背を向けたが肩が震えている。

そして勇者ジーニアス。彼は納得できないとばかりに憮然とした顔をしていた。


「ジーニアスさん!」


 彼の名前を呼んで私は大股で歩み寄る。それに合わせて他のパーティーメンバーはどうぞどうぞとばかりの仕草で数歩下がる。


「お前ら・・・」


 それを苦々しげに見回したジーニアスはその表情を一層歪めて私と対峙した。


「・・・何しにきた?」


 意外とその声に棘が少ないように感じたのは気のせいだろうか?それよりも戸惑いのような感情が混ざっているような?それが漏れだした事に対してだろうか、彼は一瞬舌打ちをしつつ横を向いた。もう一度彼の視線がこちらへ向くのを待って私ははっきりと告げた。


「私も一緒に連れていってください!」

「駄目だ。お前は俺のパーティーに相応しくないと言ったはずだ」


 言下に私の希望を否定するジーニアス。先ほどの戸惑いの色はなく、怒気を孕んだ声だった。

 もちろんこれで食い下がるわけにはいかない。私には目標があるのだから!私は更にもう一歩、彼の前へと踏み出す。


「それは・・・私が弟を助ける為に冒険者をしているからですか?」

「・・・そうだ」

「だったら!・・・私は弟が安心して暮らせる世界である為にあなたたちと一緒に行きたいです。それでは駄目ですか?」


 偽りの無い私の本音だった。弟の病を治したところで世界が魔王軍に攻め滅ぼされれば彼の未来は無い。もちろん弟だけじゃない。親を亡くした私たち姉弟の世話を焼いてくれた村の人たち、一緒に遊んだ友達・・・皆の未来を守る力が少しでも私に有るのならばジーニアスたちと一緒に戦いたい。おこがましい思いかもしれないけれど、自分はそうしたかった。


「弟の治療はどうした?」

「私の師匠が引き受けてくれました。材料は揃ったから必ず治してくれるって」


 『竜の泪』を手にした私は早速弟の治療に取組もうとした。何をすべきか解っていたけれど私の実力だとどれだけ時間を費やすか分らなかった。そんな時、師匠のスティングラー先生が何の前触れもなくフラリとやって来た。彼はこれこそが自分の得意分野だから任せろ、安心して旅に出ると良いと送り出してくれた。

 それを聞いた瞬間、一歩下がって事の成り行きを見守っていたブレンやフランソワが一斉に噴き出した。


「お前ら・・・」


 眉間に皺を寄せて彼らを睨み付けるジーニアスだったが全く効果はなかったようだ。ジェレミーにいたって腹を抱えて笑い出す始末だし、ルーシーにいたっては蹲り地面を叩いて笑い声を上げている。ルーシーの笑い声なんて初めて聞いた気がする。

 私はというと・・・一体どういうことなのかと取り残された気分だった。一体何が彼らのツボにはまったのか判らない・・・少なくとも笑いの対象は私ではなくジーニアスだというのは間違いないようだけれど。

 そんな彼らに諦めの境地に達したのか、ジーニアスは大きな溜息を吐く。そして再び私へ視線を合わせる。その目からは先ほどの怒気は消えていた。そのまま暫し見つめ合う。絶対に私から視線を外すつもりは無い。ジーッと彼の赤茶色の瞳を見つめる。


「チッ・・・好きにしろ」


 耐えきれなくなったように、舌打ちをしつつ彼は背中を向けた。好きにさせてもらえるのならそうさせてもらう。元よりそのつもりだったし。それにしても、彼でもここまで肩が下がるのだね・・・などと思うくらいにその背中は力がすっかり抜けている。そのままジーニアスは大きく息を吸い込むと気合を入れるように自分の両頬を何度も叩いている。


「シャロン!」

「はい!」


 あれ?ジーニアスが私の名前を呼んだ?返事をしてから私は彼に初めて名前を呼んでもらった事に驚いた。名前を呼んだと同時に振り返ったジーニアスだったけれど、彼は何とも気まずそうな顔をしている。一瞬私と視線を合わしたものの、慌ててあらぬ方向をキョロキョロ見ている。はて?と、私はコテリと首を傾げてしまった。

 その様子にブレンやフランソワから「ヘタレ!」と笑い声が飛ぶ。それを睨み付けて黙らせたジーニアスは深呼吸をしながら私と再度向き合った。

 そして・・・


「・・・よろしく頼む」

「あ、はい」


 姿勢良く気を付けをした彼は直角か?と思えるほど腰を曲げ、深々と頭を下げた。反射的に私もそれに倣う。釣られておいてだけれど、なんなのこれ?後のブレンたちは揃ってガクンと躓いたように姿勢を崩したかと思ったら爆笑しているし・・・



 暖かく?勇者パーティーに再び迎えられた私はその後ジーニアスたちと旅を続ける事になる。私たちが目的を達成するのはまだまだ先だ。でも、この仲間たちとだったら必ず出来ると信じている。

 そうそう、ジーニアスが戦闘時以外で私の名前を呼んだのはあの1回だけだ。その理由は彼の態度から何となく察したけれど・・・私も彼に特別な感情が全く無いわけではないのだけれどね。うん、せめてもう1回名前を呼んでくれたら先の事を考える・・・そうすることにした。


純情なんですよ、勇者君は(笑)

誤字報告ありがとうございました!


主人公のシャロン、名前の由来はROSSOの名曲であるシャロンから。チバさんが亡くなったという現実をまだ受け入れられません。多分、この先ずっと受け入れられない気がします。

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[気になる点] タイトル!バーティーになってますで! [一言] 感想は後日改めてm(_ _)m
[一言] 大変失礼な事を書いている様な気がしますが、ご容赦を。 お書きになった2篇の短編に感銘を受け、また作者様のお名前(当然Twitter名?)からも納得(謎)でした。普通ならここで連載を拝読すべ…
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