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フリーダムファイターズ ~月と太陽への反逆者~  作者: 夢神 蒼茫
第一章  雷神娘と黒鉄の人形
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第七話 神々の遺産

 五人のいる狩猟小屋の中は重苦しい空気が漂っていた。フリエスとフィーヨは机を挟んだ反対側に座すアルコを鋭い視線で睨みつけ、アルコの横に座すフロンはどう声をかけるべきかと悩みつつ、視線を行ったり来たりと動かした。


神々の遺産アーティファクト


 今の重苦しい空気は、セラの発したこの一言が原因だ。

 その一触即発の状態をこの状況を作り出したセラが、ニヤつきながら眺めていた。そして、さらの状況を進ませるべく、口を開いた。


神々の遺産アーティファクト、それは絶大なる力を有する兵器であり、力の大元であり、知識の源なのだ。お伽話だの伝説だのに、とんでもない道具が出てくるのはすでに知っているみたいだが、それが現実にあるとしたらば? 子供を喜ばせるだけの空想話の世界が、実話だったとしたら? 世界観が変わってこないか?」


 場の空気を一切読まず、セラがフロンに指摘すると、フロンはそれについて思考してみる。

 お伽話、伝説、あるいは神話、子供のころはこうした話に心躍らせたものだ。登場人物を助ける、あるいは悩ませる不思議な道具や魔術には事欠かない。もちろん、大人になった今となっては想像上の話だと考えてきた。

 だが、フロンはここ数日でその“常識”が崩壊していた。吟遊詩人の歌の中の存在でしかなかった英雄が目の前に現れ、常人ではできないことを平然とやって見せる。そうなれば、話の中に出てくるあの不可思議な道具の数々も実在していることになる。


「あの手の話が現実に起こるというのであれば、はっきりと言えば脅威です」


「我が弟子よ、神々の遺産(アーティファクト)とは遥かな昔に神が作ったとされる道具だ。その効力は様々じゃが、冗談抜きに国が動くほどの強力な物が存在する。そして、それらは大きく分けて三つに分類される。実際に神々が作ったとされる“神話級(ゴッズ)”。これは正真正銘の傾国の道具がゴロゴロしておる。ただし、神の恩寵か、あるいはその道具の適正がなければ使用するのは難しい。次に、大盗賊トブが神々から技術を盗んで作り上げたと言われる“伝説級(レジェンズ)”。大盗賊とその仲間達が鍛え上げたとされ、“神話級(ゴッズ)”に比べて使い勝手はよいが、効力が一段落ちる物が大半じゃ。最後に“古代級(エンシェント)”じゃな。統一魔導国時代に作られた物じゃが、前の二者の物まねの域を出ておらん。それでも今の技術で作られた物より優れておるから有用ではあるが、比較対象が“神話級(ゴッズ)”や“伝説級(レジェンズ)”になると粗悪品も同然じゃ。まあ、使い勝手のよさと、たまに大当たりもあるのが侮れないがのう」


 フロンに対しての説明を終えると、アルコは睨みつけてくるフリエスとフィーヨに視線を戻した。


「とまあ、こういう分類にしているのじゃが、東大陸ではどうかのう?」


 アルコの問いに、フリエスもフィーヨも睨みつけるだけで何も答えない。だが、アルコはそれを肯定と受け取った。

 それを確認してから、視線をセラに向けた。それに気付いたセラは頷いて、これも肯定と受け取った。


「先程の分類でいえば、俺が持っているのが“神話級(ゴッズ)”だ。女神かいぬしの持っているやつもな。元皇帝の持っているのは“伝説級(レジェンズ)”が二つだ」


「セラ、あんたいい加減にしてよ! なんでこっちの手札を晒すようなまねを!」


 フリエスの鋭い視線が今度はセラに向いた。まだアルコが敵味方の判断ができていない状況で、戦力を晒すようなまねは到底看過できなかった。敵になるかもしれない相手に、切り札の対処法を考える時間を与えるようなものだ。

 だが、よくよく考えてみれば、セラも味方とは言い難いのだ。セラは飼い主に嚙みついてくる番犬もどきと言える存在だ。状況を面白おかしくするために、このくらいの余計な一言くらいはぶつけくるだろう。なにしろ、セラは自称魔王だからだ。

 そう考えると、フリエスは急に怒りが収まってきて、冷静さを取り戻した。こちらの手札を晒してしまったのだ。今度は相手の手札を探らねばならない。


「それで先程の質問の続きになるけど、お爺ちゃん、あんたは持ってるの?」


 フリエスは率直に問いかけた。素直な返事が戻ってくるとは思っていなかったが、取りあえずは尋ねて反応を見ておかなくてはならない。


「わしは持っておらんぞ。そんなもの持っていたら、こんなド田舎でのんびりしとらんわい」


「まあ、そういう返答になるでしょうね」


 フリエスは当然の返答に失望すら湧かなかった。神々の遺産(アーティファクト)は持つ者に巨大な力を付与する。切り札足りえる魔法の道具だ。

 遺産を持つ者の行動は二つ、情報を出して威圧するか、秘匿してここぞというときに使うかだ。東大陸のかつての英雄達は前者の選択した。魔王と戦うよう人々を鼓舞するため、力ある英雄が悪と立ち向かうという構図を分かりやすく見せつけるためだ。

 しかし、たった一人だけ、遺産の誇示ではなく秘匿を選択した者がいた。フィーヨの兄であるヘルギィだ。彼は表に出す遺産と隠し持つ遺産を使い分け、誰も彼も手玉に取った。


(まあ、だからこそ、状況的に絶対に倒すのが不可能だったはずの《狂気の具現者(マッドメーカー)》を仕留めれたわけだけどね。あれだけは感謝してもしきれないわ)


 フリエスにとっては思い出すのも忌々しい記憶だ。かつてフリエスは復讐のために狂える魔術師に身も心も捧げ、すべてを滅ぼす兵器となった。暴走させられ、戦わされ、そして敗れたのだ。今でも魂の中に刻まれるほどの苦痛が残っている。

 フリエスは頭を振って嫌な記憶を追い出し、再びアルコに視線を戻した。


「なら、質問を変えるわ。神々の遺産(アーティファクト)がある場所は目星が付いてるんじゃない?」


「うむ、その通りじゃ」


 今度は意外とあっさりなほど、求めていた答えが返ってきた。アルコが言葉を濁すかと思いきや、すんなり答えたことでフリエスは少し驚いたが、顔には出さずに話を続けた。


「で、それはどこかしら?」


「むろん『金の成る畑』じゃよ」


 アルコの回答はフリエスが予想していたそれであり、頷いてそれに応じた。

そもそも、葡萄畑が数百年も枯れずに実を結び続けるなどおかしな話だ。だが、その奇跡がなんらかの方法によってなされていると考えれば、答えは自然と出てくるものだ。


「自然の力に作用する魔力装置、といったところかしら。遺産かどうかの判断はできないけど、解いてみる面白そうな謎ではあるわね。ルークさんの故郷にある《無限の水瓶(エターナルポット)》みたいなのがあるなら、強引な手段に訴えてでも欲しくなるわ」


「ほほう、あの吟遊詩人殿の故郷にも遺産があるのですか。いかなる代物で?」


 フロンは興味津々にフリエスに尋ねてきた。何しろ、今まで伝説の出来事でしかなかった話が目の前に存在し、それが追い求めてきた『金の成る畑』の秘密にも関わることとなると、興味を持たない方がおかしかった。


「ルークさんの故郷は沙漠の真ん中にあって、かつては一滴の水もなかった岩と砂だけの場所なのよ。で、そこにあった山から紅玉ルビーの鉱床が発見されてどうにか掘ろうとしようするんだけど、あまりにも環境が過酷すぎてまともに掘ることができず、宝の山を前に指を加えてたそうよ。そこへカサーカという冒険者がやって来た。後に『紅砂国』エルディアの健国王となる人よ。カサーカは大陸各地の遺跡を巡る冒険者で、《無限の水瓶(エターナルポット)》もどこかの遺跡で入手したのよ。で、その道具は名前の通り、水をいくらでも呼び出せる力があり、その力を利用して灼熱地獄で紅玉ルビーを掘る傍らで土地改良していき、今ではエルディアの王都がそこにあるわ。現在の人口はたしか二十万くらいだったかしら。それだけの人と畑を養える水を水瓶だけで賄えているわ」


「二十万を養える水瓶ですか・・・。神々の遺産(アーティファクト)はそこまでの力が・・・」


 想像を絶するフリエスの話の内容に、フロンは絶句する。人を招き入れればいくらでも大きな都市を作れるが、それを維持するためには水や食料が必須である。領内の整備をする上では必ずぶつかる問題だ。

 水源や消費水量の問題を考えなくてもいいのであれば、どれほどの利が生み出されるか、領地経営に携わっているフロンにはよく理解できた。


「つまり、『金の成る畑』にも、そのような道具が使われていると?」


「まあ、そう考えるのが妥当じゃないかしら。いくらなんでも、何百年も生え続けている葡萄畑がある方が不自然よ。不自然、つまり“自然じゃない何か”がそこにある。・・・ということでよろしいですか、アルコ師?」


 フリエスは一通りフロンに解説してから、アルコに向き直った。アルコもフリエスの解説には異論はなく、むしろ異邦の遺産の話を聞けて上機嫌であった。


「そうそう。神々の遺産(アーティファクト)は凄いじゃろう。ぜひとも見てみたい、使ってみたい」


 アルコは目を輝かせながら言葉を発した。興奮を隠そうともせず、机を手で何度も叩き、杖で床を突いた。まるで無邪気にはしゃぐ子供のようであり、賢者にして強大な力を持つ魔術師には見えなかった。

 フロンはそんな師を始めて見た。無論、アルコが喜んだり、上機嫌に語る様は見たことがあるが、ここまで本性をさらけ出している姿は見たことがなかった。酒を飲んで理性の枷が外れていようとも、こうまではならない。


(あるいは、これこそが師の本来の・・・、本当の姿なのかもしれないな)


 知的欲求こそ賢者の糧か、齢八十を超える師がここまで健康的であるのにはとても喜ばしいことだ。フロンははしゃぐ師を見てそう思わざるを得なかった。

 そんなアルコはフィーヨに手を差し出した。


「だから、ほれ、お前さん方が持ってる遺産もぜひ見せてくれ」


「御老人、神の御許へ旅立つ準備はよろしいようですね」


 フィーヨもいよいよ殺気を隠すことなく目の前の老魔術師にぶつけ、両の袖口から二匹の赤い蛇が顔を出す。蛇もやる気満々なのか、口を大きく開け、今にも飛び掛からん勢いだ。


「それは《真祖の心臓(トゥルーハート)》だ。吸血鬼の王の心臓を精製して作られた魔法石だ。血を自在に操る力を付与してくれる。普段、フィーヨは蛇として持ち運んでいるが、その姿は変幻自在。魔力の込め方一つでどんな武器にも変わる。また、血流に魔力を注いで循環させることにより、肉体強化を瞬時に執り行えるのも使い勝手がいい」


 殺気だっている卓上のやり取りを他所に、セラが懇切丁寧に説明した。フリエスもフィーヨもすまし顔のこの男に拳でもお見舞いしてやりたかったが、どのみち無駄になると思って止めにした。そもそも、この欲望に忠実かつ口を閉じるつもりのない男が同席している時点で、情報を隠すことの方が無理なのだ。

 結局、現状で打てる手は、晒された手札に上乗せして、相手を威圧する方法だ。かつてやっていた手法だが、鼓舞すべき兵や民もいないこの状況では意味のないことだ。なにより、割とフリエスもフィーヨも投げやりになっており、どうでもよくなっていた。


「フロンさんも見たでしょうけど、フィーヨさんの戦いぶり凄まじかったでしょ。戦場で返り血を浴びまくっても、いざ終わるときれいさっぱり宝玉の力で落とすから、優雅な姿を崩さずにいられるのよ」


「いつもお綺麗なのはそういうことですか・・・。ああ、実年齢と外見年齢が全然釣り合っていないのも、宝玉の影響ですね。血が操れるのであれば、若さを維持するのもそう難しいことではないはずですし」


 フィーヨは四十を過ぎた経産婦だ。美の衰えなどいくらでも目にしておかしくない齢だというのに、その肉体は全盛期のそれを保っている。不老不死が手に入る宝玉となれば、誰しもが欲しがるであろう。


「《全てを知る者(グラント・ワイズマン)》の話だと、百までは余裕で今の姿を保てるのだとか。条件さえそろえば、二百を狙えるとも言ってましたが・・・。まあ、旅は長くなるでしょうし、若い活力をそのまま維持できるのは大助かりですわ」


「いいのう、いいのう。わしもそういうのが欲しいのう。若いままでいたかったわ」


 アルコは袖口から見える蛇を羨望の眼差しで眺めた。不老不死は、誰しもが一度は考える究極の力である。神の領域に踏み込むことができるからだ。あらゆる方法が試され、そして、その多くは悲劇的、あるいは喜劇的な結末を迎えている。しかし、目の前の遺産を身につけておけば、それだけで不完全とはいえ人間では望みえない長寿を得ることができる。手に入れれるのであれば手に入れたい思う人間はいくらでもいるであろう。


「んじゃ、次はこれの説明をしましょうか。フィーヨさんが持ってるもう一つの遺産は、現在封印中で使えないから」


 フリエスは自身が身に着けていた首飾りを指で摘み、それを目の前のフロンとアルコに見せつけた。どうせセラが喋ってしまうのであれば、いっそのこと自分で語った方がいいのではと、半ばやけくそ気味な考えだ。


「これは《雷葬の鎌(デリートカッター)》よ。雷神、あるいは怒りの女神と呼ばれるフリエスの持つ巨大な鎌。ちなみに、私が女神と同じ名前なのは父さんがあたしを引き取った後、ちゃんとした名前がなかったことに気付いて、『んじゃ、雷神の力を降ろしてるんだし、フリエスでいいだろ』という感じで決められたわ」


 当時のことを思い出して、フリエスは思わず苦笑いしてしまう。いくら適性があって神話級(ゴッズ)の遺産を扱えるからと言って、女神と同名にしようなど誰も考えないであろうが、あえてそれをやってしまうのが《全てを知る者(グラント・ワイズマン)》という男である。


「鎌・・・ですか。首飾りであるのに?」


 フロンの目に映るのは、赤い宝玉の首飾りに過ぎない。どこをどう見ても鎌ではない。


「この宝玉の姿が仮の姿なのよ。巨大な鎌が本来の姿。でも、本来の姿をとるのには、色々と制約があるみたいで、未だに分からないことだらけなのよねぇ~」


 フリエスは指で掴んだ宝玉を弄りまわした。これについては未知の部分が多すぎて、その全容を把握できていないのが現状なのである。

 本来の姿である鎌の状態で戦ったのは、《苛烈帝》とやり合った一回だけ。魔王との決戦の時ですら、結局鎌を出すことができずに終わってしまっていた。

 魔王との戦いで、自分が全力を出せていれば、あるいは《英雄王》や《剣星(スターブレード)》が犠牲とならずに済んだかもしれないと、フリエスは今でも悔やんでいる。いくら神の力を降ろせたといっても、それを自在に使えないのでは意味がない。ここぞという場面で使うことができず、失いたくない物を失うのはあまりに辛すぎる。

 かつては神の力を欲した。怒りに身を任せて復讐を果たすために。だが、手にしてみたそれは、とても自在に使える代物ではなかった。捨てようと思っても捨てれなくなってしまった。もう、女神を取り込んでしまって体の一部となり、フリエスを離さなかった。

 これはもはや呪いだ。老いて朽ちることすら許されず、女神として彷徨うしかないのか、フリエスは同名の女神を恨まずにはいられなかった。だが、それはすべて自分に跳ね返ってくる。なんとも歯がゆく、やりきれない気分だ。


「ときに、フリエス殿、その同名の女神はいかなる存在なのでしょうか? 西大陸にはそのような名前の神は聞いたことがなくて・・・」


 フロンは記憶の糸を辿って、かつて見聞きした神話や伝説を思い出していったが、やはりフリエスの名を持つ女神の存在は思い当たらなかった。アルコも同様らしく、フロンと視線を合わせた後、何度も頷いて弟子に同意した。


「西大陸にはそのような女神はおらん。聞いたこともない。それならば、東大陸にのみ伝わっているということかのう」


 アルコも首を傾げて必死に思い出そうとしているが、やはり西大陸の神話等にはそれらしい記述も伝承もない、という結論に達した。

 ならばと、新たな疑問がすぐに浮かんできた。


「なぜ、西の大陸にはなく、東の大陸にはあるのか? 統一期に各所でまとまりなく散っていた伝説や神話は編纂され、知識や伝承の統一もなされたはず。何かそうせざるを得なかった理由でもあったというのかのう」


「師よ、あるいは統一の崩壊後に、西大陸において失伝する何かがあった、という線も・・・」


「なるほど、それも可能性としてはあるか。何らかの理由で消された、と」


 この師弟の反応を見る限り、本当に知らないようだと、フリエスは結論付けた。同時に、不思議な揺らぎも感じた。フリエスは同名の女神の力を降ろしているが、目の前の二人はその神を知らないと言う。ならば、存在しない神を降ろした自分は、いったい何者なのであろうか、と。そう考えた瞬間に何かが奥底から吐き出されるような感覚に襲われた。

 どういうことだと、フリエスは気力を振り絞って精神を落ち着かせた。そして、思考を堂々巡りさせたが、明確な答えが出せなかった。

 そんなフリエスを気遣ってか、フィーヨがフリエスの手を握ってきた。その手は冷たく、それとは真逆の温かみのある笑顔を向けてきた。


「神はいるのに、姿は見えない。そうかと思えば、目の前にいて、こうして手で触れているというのに、その存在を認めることができない。不思議なものですね」


「フィーヨさん・・・」


「フリエス、あなたが何者だとか、神か、人間か、などというのは私にもどうでもいいことです。あなたはあなた、私の大切な友人ですわ。こうして手を繋げる確かな存在です。思案に耽るのは結構ですが、何事も程々に、ですよ」


 ただ手を握って語りかけるだけだが、フリエスには癒しの奇跡をかけられているように感じた。フィーヨ自身は好んでいないが、《慈愛帝》の二つ名はやはり相応しいと思った。

 そんな場の空気を一切読まずに、セラはパンッと手を叩き、音を部屋中に響かせた。和やか雰囲気になった女性二人、議論を重ねる師弟二人、手を叩く音で一気に現実へと戻された。


「・・・、ったく。ええっと、なんだっけ? ああ、女神の説明だったわね」


 フリエスは心地よい雰囲気を潰されたやるせなさをセラに鋭い視線でぶつけてみたが、特にこれといった反応を見せなかった。結局、この男は自分中心、話を聞かないし場の空気も読まない。面白いか、つまらないかでしか判断しないのだと改めて痛感した。

 そして、軽くため息を吐いてから説明を続けた。

 雷神フリエスは神話にほとんど登場しない。だが、神話の終幕を語るうえで絶対に欠かせない存在だ。至高神イアと名が失伝した邪神がそれぞれ同調する神を率い、いつ終わるともしれない戦いに明け暮れていた時、女神フリエスは誕生した。神々がぶつかり合ったその後に残る互いの強烈な思念と神力が混ざり合い、怒りとそれを象徴する雷の化身として誕生した。数多の神の力が備わった女神フリエスは最強の存在となった。

 全ての神をその巨大な鎌で首をはね、肉体は大地へと、魂は精神世界へと追いやり、文字通りの皆殺しにして世界に平穏を取り戻したのだ。そして、最後に残った至高神と邪神もいよいよ女神の裁きを受ける番となったが、首をはねられる直前に自身の目を抉り、空高く投げた。自らの存在を誇示し、足跡を残す目的であったそれは太陽と月になり、大地へと帰った神々の肉片からは天使や悪魔、竜や巨人、そして人間等、神のいなくなった世界を彩る存在が誕生した。一人残ったフリエスは物質世界と精神世界の境界の門に立ち、神がむやみに物質世界に干渉しないように見張っている。


「とまあ、こんな感じよ。何か気付いたことは?」


 一通り説明を終え、フリエスは向かい合う二人に問いを投げかけた。そして、すぐに返って来た。


「神話の終幕は同じですね。ただ、神々の滅びは“自滅”が原因なのですが」


「自滅・・・ですか?」


「そうです。いつ果てることなき神々の戦いは神々自身を消耗させ、ついには肉体を維持できなくなるほどにまで衰えさせた。そして、滅び去り、辛うじて残った神々の魂は精神世界に逃げ込んだ。太陽と月の誕生も同じ感じです。至高神と邪神が倒れる前に、最後の力を振り絞って目玉を空に投げつけ太陽と月を生み出した。つまり、滅びの原因が、自滅か女神の裁きか、という点だけが違うということです」


 フロンの説明を聞き、フリエスは言い表せない違和感を覚えた。統一期には文字や言語まで統一されており、伝説や伝承も編纂されて“知の統合”がなされていたのは、目の前の二人とのやり取りで認識できた。では、なぜ神話の終焉だけがこうも違うのか、これは探ってみる価値があると感じた。


「興味深いのう。歴史学的なものか、あるいは政治的な理由か、はたまた天使か悪魔の差し金か、調べてみる価値はありそうじゃ」


「師のおっしゃる通り。せっかく始まった東西大陸の交流、大いに進めていくべきでしょう。統一崩壊後の分裂期に何があったか、面白いものが見れそうですな!」


 アルコもフロンも実に楽しそうに語り合う。根っからの賢者、学者ということだろう。今の危機的状況をすっかり忘れてしまっているかのようだ。


「お前ら、何回逸脱する気だ。一向に進まんな。今にもゴーレム軍団に包囲されたらどうするんだか・・・。まあ、それはそれで面白そうではあるが」


 セラは少々イラつきながら、さっさと本筋に戻せと促した。セラにとって神話の講義など、興味の範疇外であり、目の前のやり取りは退屈極まりないことであった。


「分かってるわよ、まったく・・・。て、あんたの遺産の説明がまだじゃない。自分だけ手札伏せて先に進むなんて許さないわよ」


「なんのことだか・・・」


「こんにゃろう。あとで電撃をたっぷりお見舞いしてやろうかしら」


 フリエスはすっとぼけるセラを睨みつけた。セラは目を閉じてそれを無視し、フリエスも改めて視線をフロンとアルコに戻した。


「で、この馬鹿野郎が持ってる遺産は《虚空の落とし穴(フォールス・クレバス)》と呼ばれる腕輪。虚空、あるいは混沌とも呼ばれる“無”を呼び出すことができるわ。“無”を呼び出している最中は思考以外の行動ができなくなる代わりに、ありとあらゆる行動を無効化することができるわ。空を切る、みたいな感じであらゆるものがすり抜ける。“無”から戻ってくる際の着地狩りさえ気をつければ、どんな攻撃もかわせて便利よ」


 フリエスの説明を聞き、フロンがかつて体験した黒い煙の正体がようやく判明した。森での戦いで、フリエスが放った強烈な電撃を、セラが呼び出した黒い煙のようなものですり抜けた。そして、それに自分も巻かれ、同じく電撃をやり過ごした。


(あの何もない空間、あれが虚空か。原初の世界であり、世界の終末でもある。邪神はあれで世界を満たそうというのか)


 邪神の目的は原初への回帰だと伝わっており、それを僅かだが体験してしまったフロンは、やはり邪神とは相容れないと感じた。あんな何もない世界は、あまりにも面白みに欠ける。何もないからある意味平和であるとも言えるが、それでもあの虚空は拒絶したい。


「さて、これで遺産の説明はこれで一通り終わりましたね。で、この後はどうします?」


 フィーヨが皆に問いかけた。とれる手段は限られているので、どうするか、ではなく、どれにするか、が正しい尋ね方だ。


「仮面の剣士を捕まえて全部吐かせる、これが一番手っ取り早い。次に、『金の成る畑』が目的だと仮定した場合のだけど、畑を調べて秘密を探る。この二手かしらね」


「フリエス殿の意見は絶対やらねばならぬこととして、消極的ではありますが、一度我が伯爵領に戻り、戦力を整えるというのも一手かと」


 現状、できる行動は三手。どれからやるべきか、これが思案のしどころだ。

 仮面の剣士を捕まえる。これが一番であるが、位置を把握できていない。もちろん、遭遇すれば捕まえる自信はある。ゴーレム軍団など、対処法さえあれば大した脅威にはならない。

 次に『金の成る畑』を調べる。これは学術的にも興味を惹かれる題材だ。上手くすれば、神々の遺産(アーティファクト)が手に入る可能性もある。

 そこにこそ考えねばならない問題がある。『金の成る畑』に神々の遺産(アーティファクト)があると仮定し、且つ、それをすでに仮面の剣士が手に入れている場合だ。物によったら、遺産一つで国の情勢が左右されるほどの代物だ。それが先んじて取られていた場合は苦戦は免れない。どういう効果の道具かは未知の物だが、警戒してもしすぎることはない。

 故に、フロンが提案した第三手も選択肢に入る。領地に戻って人を集める。戦の常道から言って、兵数を整えて手数で押し切るのは当然の選択だ。だが、トゥーレグ伯爵領の兵士長が敵方に寝返っていた以上、領地に戻るのも危険な状態だ。領内にも敵方に寝返っている者がいる可能性が高い。


「どれを選択しても危険というわけですか」


 フロンはどうしたものかと頭を抱えた。現状、自分は司令官なのだ。暫定的とはいえ、トゥーレグ伯爵家の当主であり、三人組の雇い主でもあるのだ。師はあくまで助言のみで、決断は結局自分がしなくてはならない。

 そんなこんな皆の視線を集める中、フロンが悩んでいると、アルコが持っていた杖で床を突いた。木の床がドンと鳴り、皆の視線が一斉に集まった。


「何者かが林道をこっちに馬を走らせておる」


 上空を旋回させていた使い魔のカラスが、何かを捉えた。アルコは意識を集中させ、カラスを走ってくる馬の方へと飛ばせた。

 そして、林道を馬で走っている者の姿を捉えた。剣、鎧、外套マントとありきたりな装備であったが、仮面で顔を隠しているので、どこの誰かは識別できなかった。


「確か、例の下手人は仮面をつけておると言ったな。それらしい奴がこっちに向かっておる。あそこからなら、ここまで一本道。目指しておるのは間違いなくここじゃろうて」


 アルコはフロンにそう告げると、腰に剣があるのを確認してから、フロンは待ってましたと言わんばかりに喜び勇んで小屋から飛び出した。


「探す手間が省けた、ってことでいいかしらね」


「ですわね。さて、参りましょうか」


 フリエスとフィーヨも椅子から立ち上がり、フロンに続いて小屋を飛び出した。

 小屋の中にはセラとアルコの二人が残ったが、互いを見つめ合って動こうとはしなった。見えない何かで牽制しあってるかのように。


「・・・さて、自称魔王殿はどう見る?」


「疑問点が二つ。まずは、ここの存在がばれたことだ。ここは知っている人間の数が少ないんだろう? なぜここにまっしぐらに駆けてくる? なあ、まるでここにいる誰かが知らせたみたいじゃないか?」


 この狩猟小屋は村の者か、アルコからここのことを聞いているごく少数の者しか知らないはずだ。ならば、ここに向かってくる仮面の剣士はこのいずれかに該当する。あるいは、今現在ここにいる誰かが教えたか、ということにもなる。

 この小屋周辺にいるのは五人だ。フロンと三人組は常に行動を共にしているので、この四人はない。唯一アルコだけが浮いている状態だ。


「使い魔を複数放って、村を含めた広範囲を見張るという手もあるが、それでは逆探知に引っかかる可能性が高い。フリエスもフィーヨもお前の使い魔以外は探知していないから、この可能性もないだろう」


「ほうほう、それは一大事。・・・で、もう一つの疑問は?」


 アルコは答えるつもりは一切なく、すっとぼけてセラの追求を流した。セラもどうせ答えないだろうと思い、特に気にもせず話を続ける。


「戦力の考察だ。今、仮面の剣士は単騎でこちらに向かっている。もちろん、どこかに伏兵やらがいるかもしれんが、とりあえず現在は単独行動中だ。追跡部隊がことごとく蹴散らされているというのに、なぜ単独行動という危険な行動に出れたのか。考えられる可能性は二つ。単独でもこちらに勝てると踏んだか、あの仮面の剣士は単なる使い走りで、黒幕は別にいるか、だな。使い走りなら失ってもいいからな」


「それはお主の推察に過ぎんのう。詰めるには情報不足じゃ」


「ああ、その通りだ。本当にこちらに対処できるだけの戦力があるかもしれんしな。凄腕の魔術師が一人いるだけで変わる戦況なんぞ、珍しくもない」


 セラはそう言い放つと、アルコの動きを一切見逃すまいとジッとその姿を見つめた。だが、アルコは汗一つかかないうえに、心臓の鼓動も乱れがない。ただニヤけるだけだ。余裕に、不敵に、笑うだけであった。


「何度でも言うが、詰められはせんじゃろう」


「だな。あんたは頭が切れる。尻尾は出さない。・・・いや、出しても掴ませないと言った方が適当か。掴ませる時があるとしたら、それはすでに決着がついたときか、掴んでもらった方が面白いと判断した時だな」


「そうじゃのう、そうじゃのう! その時が速く来るとよいのう」


 アルコは実に上機嫌だ。まるで、同好の士を見つけた時のような喜びであった。椅子から立ち上がると、壁にまだもたれ掛かっていたセラに近寄り、意味ありげな笑みを向けた。


「セラとやら、ワシはお主が好きだ。ワシと同じ匂いがする。こうして語らうのは楽しい。じゃが、戦うのはもっと楽しかろう。お主の力、見せてほしいものじゃ!」


「それは爺さん次第だ。俺は力の安売りはしないんでな」


「そうか、そうか! よいよい、少しばかり張り切るかのう」


 アルコはセラの回答に満足したのか、飛び出していった三人を追って小屋の外へと歩き出した。セラもそれに続き、小屋の外へと出ていった。

 まもなく始まる、仮面の剣士との対決。だが、そこにおいて、予想だにしないものの出現により、混迷の度合いはさらに深まっていくことを、フリエスもフィーヨも知らない。

 セラだけは、大事になると半ば期待して、その時を待った。



                ~ 第八話に続く ~


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