第七話 神殿建立
フリエスらの一行は『酒造国』レウマの上空に差し掛かろうとしていた。かつては『崋山国』までは馬車で三週間に及ぶ行程であったが、今回は空飛ぶ竜に乗っての移動であり、僅か二日足らずの時間で到着した。
イーサ山での激戦を経ていたため、ゆうに半年は過ぎているような感覚であったが、レウマを出立して戻ってくるまでに二か月ほどしか経っていなかった。
「やっぱ、空の旅は早くていいね」
見覚えのある建物や景色が下に見えてきて、フリエスは改めて空の移動の速さを実感していた。
「そうなのだ。もっとあちきを褒めるのだ」
白竜ヴァニラは得意げに鼻を鳴らし、背に乗る二人と一匹に自身の凄さを誇示した。
ヴァニラに乗って各地を飛び回った経験のあるフリエスやルイングラムはそれほど驚きもしなかったが、空の旅が初体験であるラオには強烈過ぎた。なにしろ、今までの旅といえば徒歩が当たり前であり、たまに馬車に乗る程度であった。当然、空飛ぶ竜に比べて遅く、移動には時間がかかった。
眼下を流れる景色の切り替わる速さときたら、ラオのこれまでの常識を遥かに超えていた。
「もう着きましたか。いやはや、空の旅がここまで早いとは!」
「ぬはは、ワンちゃん、もっとあちきを讃えるのだ」
調子に乗ってヴァニラはグルっと宙返りをして、危うくラオを落としそうになったが、ラオも必死でしがみついてなんとか耐えることができた。
さらにレウマ上空を進み、国王のいる城館と、その側にある『金のなる畑』も視界に捉えることができた。ただ、フリエスの目のは記憶にない建物が増えていることを捉えていた。
その建物の場所は、城館から少し離れたにあり、神殿のような佇まいをしていた。
「あそこは・・・、確か、ルイングラムさんが吹っ飛ばした丘があった場所よね?」
かつて《狂気の具現者》ネイロウとやり合った際に、ルイングラムは竜に姿を変え、放った一撃により丘を吹き飛ばして、大穴を開けた記憶があった。その場所に目に付く真新しい建物が建てられているのだ。
「ヴァニラ、あんたが前に来た時は、あれ、あった?」
「あれは知らないのだ」
「てことは、数日のうちに建てたってことか」
嫌な予感がしてきた、フリエスはすくなくともそう感じた。大穴が空いた場所を整地して平坦にし、さらにあの規模の建物を建てるなど、数日ではまず不可能だ。相当強力な術を必要とするはずだからだ。
そして、フリエスは視線を『金のなる畑』に動かした。なにしろ、朽ち果てた畑を一撫でで元に戻してしまった魔術師を知っているからだ。あの神殿からは、それと同じ匂いが漂っていた。
「・・・まあ、悩んでもしかたないか。ヴァニラ、城館の前の庭に降下なさい」
「ほいきたのだ」
ヴァニラはフリエスの指示に従い、翼を羽ばたかせて降下していき、城館前の庭に着地した。羽ばたきによる猛烈な風や、着地の振動で周囲が騒然となった。
人がぞろぞろと集まってきたものの、ベアホンで起こったような騒動はかけ離れており、驚いてはいるが落ち着いていると言った感じだ。
なにしろ、数日前にも似たようなことがあった上に、その竜の背にはレウマにおいてかなりの有名人である少女が乗っていたからだ。
そして、人ごみをかき分けるように一人の青年が進み出てきて、それを見たフリエスもヴァニラの背から飛び降り、その人物の前に立った。
「お帰りをお待ちしておりましたぞ、麗しの女神殿」
「はいはい、戻ってきましたよ、フロンさん」
相手はフロン、レウマ王国の国王である。といっても、王位についてからまだ三か月程度しか経っておらず、王としての威厳はイマイチと言ったところではあるが、国内の混乱はほぼ収めたようで、フロンもその周囲の面々も疲れの色が見えない。
「白竜殿も感謝いたす。よくぞ女神を連れてきていただけた」
「お安い御用なのだ」
ヴァニラは鼻を鳴らし、フロンにドヤ顔を見せつけた。
「あとは・・・、セラ殿も随分とこじんまりとなされて」
「いやいやいや、違うからね」
冗談のつもりでいっているのであろうが、セラとラオでは見た目が違い過ぎた。ごっつい狼としょぼくれた子犬である。わざとでなければ間違いようのない姿だ。
ラオもゆっくりとヴァニラから飛び降りて、フロンの前に立ち、礼儀正しく挨拶をした。
「はじめてお目にかかります。フロン陛下の事はフリエスさんより“色々と”伺っております。僕はラオと言います。最近、フリエスさんらと同行することになりましたので、今後ともよろしくお願いいたします」
「ふむ。後でたっぷり旅の事を、女神殿の事を中心に伺うとしよう」
一切ぶれないフロンにある意味でフリエスは安心し、そして、同時に脱力した。
「相変わらずだなぁ。・・・ヴァニラ、あんたもその図体だと邪魔になるから、さっさと着替えてきなさいね」
フリエスはヴァニラの着替えを入れていた鞄を放り投げ、ヴァニラはそれを器用に口で受け止めると、近くの森に向かって歩き始めた。
「さて、と。聞きたいことは山ほどあるけど、フロンさん、あの神殿みたいなのは何?」
「見ての通り、神殿ですが、何か?」
「・・・何の神殿かしら?」
「もちろん、私が敬愛するフリエスという女神を祀る神殿ですよ」
案の定であった。予想していたとはいえ、面と向かってあなたを祀っていますと言われるのは何とも言えずこそばゆく、言い知れぬ感情が湧いてきた。
「いつ建てたのよ!? ヴァニラが前に来た時はまだなかったって言ってたわよ!?」
「作ったのは二日前ですからな。ささっと完成させてしまいましたぞ」
「どこの誰が!?」
「アルコ師が・・・、あ、じゃなかった、ネイロウ殿が丹精込めて建立なさいましたぞ」
こちらも予想できていたことであったが、フリエスはフロンを睨みつけた。
「どうしてあいつと仲良く神殿なんて造ってんのよ!?」
「いい人じゃぁないですか。こうして、女神の新居を造っていただいたのですから」
どうやらフロンは以前の騒動の事をすっかり忘却の彼方へと追いやっているようであった。何はさておき、フリエスに関する案件優先。それ以外の事などどうでもいいと言いたげであった。
「凄かったですぞ。どこからともなく現れたかと思ったら、『フリエスの神殿拵えるぞ』と言って、まずは以前空いた大穴をまっ平にした後、建材を次々と運び込んできましてな。あれよあれよと言う間に神殿が出来上がったというわけです」
「竜脈の特異点がすぐ近くにあるから、術式は使い放題か。労力の無駄遣い過ぎる!」
すぐ側にある『金のなる畑』は魔力が溢れ出る地形になっており、それを吸収できる手段があれば、実質術式を使い放題となる場所である。それを利用できれば、確かに神殿の一つくらいならすんなり作れてしまうであろう。
「それに、神殿の手入れをするために、巫女も一人、連れて来てましたぞ。それも、女神様のそっくりさんを」
「はぁ!? って、まさか!」
フリエスはフロンの言葉を聞くなり、神殿の方へと全速力で駆けて行った。
***
駆け寄るフリエスの視界に捉えた神殿は、にわか作りとは思えないほど完成度の高い外観をしていた。全体が白大理石で造られ、荘厳な門構えに細工を施した柱の数々が見る者を圧倒するであろう。
また、入り口の扉の上には×字に飛び散る雷を掴む手が描かれており、あれがおそらくこの神殿における聖印なのだろう。
(雷神を表す表記としては合格よね)
フリエスは描かれた印を見ながらそう感じた。雷を掴む手という、雷神を祀る神殿の印としては分かりやすい。問題があるとすれば、それは祀られているのが“自分”だということであった。
そして、神殿の扉を開け、中に入ると、そこには一直線に赤い絨毯が祭壇にまで広げられ、数段上の段差の先には神像が飾られていた。黒光りする金属の像で、右手を上に伸ばしていた。そして、その右手には金かなにかの輝く金属で雷を形作り、それを掴んでいた。
雷神を表現する像としては、中々に分かりやすく荘厳であったが、やはり“自分”を祀っている神殿であるので、神像の姿は自身のそれにそっくりであった。
「ようこそ、雷神フリエスの神殿へ!」
にこやかな笑みと共に現れた巫女と思しき女性、それは自分のそっくりさんであった。背が高いことと黒髪である点を除けば、ほぼフリエスの姿がそのまま写ったかのような姿だ。
「やっぱり、ニーチェか!」
フリエスの叫びが神殿内に響いた。
ニーチェは《狂気の具現者》ネイロウの作り出した人造人間で、その基本設計にはフリエスの情報が使われていた。ただし、フリエス本人の肉体は十と少し年齢であるのに対しニーチェのそれは十六、七歳程度まで進められていた。
「あ、ご本尊の降臨ですね。お久しぶりです、“お姉様”」
「誰がご本尊よ! 勝手に神殿なんて造って!」
「王様の許可は貰ってますよ」
「そういう問題じゃなくて! あたしの許可がってことよ! あんな黒光りする像まで造って!」
神殿といい、その内装といい、どれをとっても“よくできている”のだ。適当に造りましたという雰囲気ではなく、間違いなく熱意と共に匠の技を駆使して建てました感がそこかしこから溢れているのだ。
「あ、ちなみに、神殿建立の際に作った雷神の聖印ですが、あれは王様が一晩悩み抜いた末に仕上げましたわよ」
「フロンさん・・・」
本当にあの王様はどうしようもないなと、フリエスは頭を抱えた。有能なのは間違いないのだが、その力の使い方が妙な方向にばかり発揮されているような気がしてならない。
「それより、なんであんたがここにいるのよ?」
フリエスにとってはそれが何より気になる事であった。ニーチェが姿を現しているのであれば、確実にネイロウの意向を受けてのことであるのだが、それがよく分からないからだ。どうせろくなことではないのは確実だが、聞かないわけにはいかなかった。
「まずは当然ですが、お姉様の神殿を建てる事ですわ。神として神殿に祀られるのは、当たり前ではありませんか?」
「いや、誰も頼んでないし」
教団を作るという話は聞いていたが、ここまで本気な神殿を建てるのは予想の範囲外であった。最初はせいぜいちょっと祠を整備する程度と思っていたら、大教団ばりの巨大建造物だ。驚愕するのも無理はなかった。
「それにこんだけの建造物だし、費用とかはどうなのよ?」
「整地はニーチェがいれば問題ありません。近くに竜脈の特異点もありますし、魔力的にはこれ以上にない立地ですわ」
ニーチェの体内には《妖精の羽筆》という神々の遺産が内蔵されていた。あまり負荷をかけすぎると暴発するという欠点はあるものの、魔法陣を呪文感覚で行使できる道具だ。竜脈という魔力の供給元があるのであれば、大穴を整地して平らかにするくらい造作もないはずだ。
「材料はあちこちから盗んできましたわよ」
「神殿の建材を盗品で賄うな!」
罰当たりここに極まれりである。神聖な建造物を盗品で建てましたなど、まともな神経をしてれば言い放つことはできないはずだ。もっとも、ネイロウやその助手であるニーチェが、真っ当な神経や性格をしているとは、フリエスは微塵も考えていなかったが。
「ああ、でも、ご安心ください。ご本尊の神像はちゃんとした材料ですよ。ほら、お姉様の頭をかち割った“あれ”ですから」
「あの時の人形が材料なの!?」
以前起こったレウマ王国での騒動の際、フリエスは黒鉄の人形と死闘を繰り広げたことがあった。その際にゴーレムによって頭をかち割られており、フリエスの血がたっぷりと染みついていることになる。
神の血を受けた聖杯や聖槍ならぬ、神の頭をかち割った聖なる人形といったところである。
「罰当たりな聖遺物・・・」
「存在自体が罰当たりな女神ゆえ、当然と言えば当然かと」
「だったら、あたしの模倣品んであるあんたも罰当たりじゃない!」
「まったくもって、その通りかと思います」
こいつとの会話は疲れる、フリエスは心の底からそう思った。
そうこうしているうちに、何人もぞろぞろと神殿にやって来た。人型に変身して着替え終わったヴァニラと、それに抱えられた小さな竜の姿のルイングラム。フロンとラオも何やら色々とお喋りしながら神殿に入ってきた。
「ああ、いつ見ても美しい空間だ。心が洗われるようです」
恍惚とした表情を浮かべるフロンに対し、フリエスは寒気を覚えた。以前出会ったイコも突き抜けた信仰を持つ人物だったが、フロンもまた似たようなの雰囲気を出していたからだ。
「はい、皆様、お揃いのところで、早速お祈りを」
ニーチェは神像の方を振り向き、天に向かって両手を掲げた。すると、なぜかフリエスを除く他の面々もそれに倣って手を掲げた。
「雷の女神フリエスを讃えよ! 祈りし者には神の祝福を、罰当たりなる者には裁きの雷を! いざ、讃えよ!」
「「「女神フリエスを讃えよ!」」」
妙に声の合った祈りの叫びであった。
「ちょっとちょっと、なんでみんなこんなに息ピッタリに祈れるのよ!?」
あまりの光景にフリエスは叫んでしまった。
「女神の信徒として当然です」
と、フロンが答える。
「なんだか楽しそうなんで、ついついなのだ」
と、答えるヴァニラに、首を振って頷くルイングラム。
「何と言いますか、僕もやらないといけないような気がして」
と、答えるラオ。
「ちょっとニーチェ、洗脳か何かなの!?」
「お姉様、そこは“教化”と呼んでいただきたいですわ」
「根本的には一緒じゃない!」
かくして、本尊の意志を完全に無視して、雷神フリエスの教団が誕生した。
巫女一名に、王様、子犬、竜が二頭という色物尽くしの発足となった。
~ 第八話に続く ~




