第五話 大空を飛ぶ
《神々への反逆者》の面々は、二手に分かれて行動することとなった。
一つは『酒造国』レウマ王国へと向かい、もう一つは『湖畔国』クレゴン王国へと向かうこととなった。そして、次なる満月の夜を迎える前に、ポリスムドールという魔術師組合本部が置かれている街にて合流することとなった。
そして、レウマへ向かうフリエス、ラオ、ヴァニラ、ルイングラムが郊外の開けた場所へと移動していた。一度準備のために買い物をして、それから徒歩で移動した。
「それじゃあ、変身を解くのだ」
ヴァニラはそそくさと岩陰に隠れ、服をパパっと脱ぎ去ると、本来の竜の姿に戻った。改めて竜の大きさにラオは驚き、それを見上げた。なにしろ、そこらの民家と同じくらいの大きさがあり、しかもこれでまだ竜としては成長途中だという。老成した竜がどれほど大きいか、実感できるというものだ。
「さて、んじゃま、さっさと準備しますか」
フリエスは先程購入した鞍を二つ用意した。ヴァニラの背に飛び乗り、ササっと器用に取り付け、首に鞍を固定した。
「それにしても、フリエスさん、器用ですよね。その鞍、馬に載せる物ですよね? 手を加えて、竜の騎乗用にするなんて」
テキパキと鞍を取り付けるフリエスを見ながら、ラオは感心した。実際、取り付けられていたのは馬の鞍だったのだか、フリエスが帯や鐙に改良を施し、竜騎用にしたのだ。
「私は『鋼鉄国』の出身だからね。鍛冶技術は一応学んでおいたし、工作系も覚えさせられたからね。これくらいなら軽い軽い。って、これでよしっと。戦闘機動は耐えられないけど、乗って飛ぶくらいなら、これで大丈夫よ」
「なら、行くのだ」
ヴァニラはラオの服を器用に口の先に咥えて、鞍の上に落とした。フリエスは落ちないようラオを帯で鞍に固定し、自分も鞍に乗って体を固定した。
「ルイングラムさん、行くわよ!」
フリエスの呼び掛けに応じ、ルイングラムも翼を羽ばたかせて軽く飛んだ後、フリエスの目の前に着地した。
ルイングラムは現在、小さな竜の姿をとっている。神々の遺産 |《竜の涙》を取り込んだことによる影響だ。
そして現在、“フィーヨと別行動できるか”という試験中でもあった。
これまでは、フィーヨの側にいるのが必須であった。そもそも、この世に留まり、体を維持するにはフィーヨが装備している神々の遺産《真祖の心臓》からの魔力供給が必須であった。
だが、今は《竜の涙》を取り込むことにより、その縛りを解かれている状態になっていた。
そして、すでにいくつかのことが判明していた。
まず、フィーヨと離れた際には、人語を扱うことができなくなるということだ。意識はある程度は維持できているようだが、知能は明らかに低下しており、喋ることも念話で意志疎通を図ることもできなくなっている。
しかし、身近な人々、特に同じ竜であるヴァニラの言うことには従っていた。つまり、現在のルイングラムは“よく懐いた飼犬”くらいの感覚で接するのがよいと判断されていた。
戦闘ではどの程度の役に立つかは未知数だが、さすがに先頃の竜騒動があるので、試し撃ちは出来ていない。レウマに着いたら試してみようという運びになった。
「むふ~、こうしてフリフリを乗せて飛ぶのは久々なのだ。ラオきゅんとか言うワンワンも、しっかり掴まっているのだ!」
「ワンワンて・・・。僕はですね、これでも」
「行くのだ! 大空はあちきのもの。いざ!」
ヴァニラに呼び方に不満の声をあげようとしたラオであったが、ヴァニラはそれを無視して翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がっていった。
竜に跨がって空を飛ぶというのは初めてであったので、ラオは鐙に取り付けられた手すりにしがみついた。
どんどんと高度が上がっていき、先程まで滞在していた街並みはみるみる内に小さくなっていった。眼下を走る街道も、指でなぞれるほどに細くなっていた。
風が服や髪を切り、バサバサと音を立てていたが、遥かに広がる雄大な景色が、それを忘れさせる程に初めての体験として、ラオの心に刻まれていった。
「巡航高度まで上昇完了なのだ」
ヴァニラがそう言うと、上昇を止めて太陽と地形の位置確認の後、レウマに向かって真っ直ぐ飛び始めた。
次々と変わりゆく眼下の景色に、ラオはただただ圧倒された。空を飛ぶという行為が、これほどまでに世界を変えてしまうとは、今までの自分には想像もできなかった。
「なんて・・・、なんて綺麗なんだ、世界っていうのは!」
「感動できて、大いに結構。初体験ってのは、良くも悪くも価値観に影響するもんよ」
なお、虎女に頼まてれいる筆おろしはさすがにするつもりのないフリエスであったが、それでも子犬の面倒はしっかりと見てやらねばと考えていた。まだまだ成長途中であり、魔術師としてどこまで伸びていくのか、それはこれからの自分の手解き次第だとも思っていた。
「フリフリぃ~、慣らし運転なのだ。いつもの“アレ”ですっ飛ばすのだ」
「おお、やるか、“アレ”を。ラオ君、ちょっと加速するから、しっかり掴まってて」
ラオを促されるままに手すりをしっかりと握り、それを確認した後に一人と一体は意識を集中させた。
「「風の精霊よ、大気を飛び回る自由なる者よ・・・」」
フリエスとヴァニラはそれぞれ詠唱を口にし始めた。召喚士であるラオの感覚には、二人の呼びかけに応じて風の精霊が集まってきていることに気が付いた。
そして、その衝撃は突如としてやってきた。何かに押し出されるようにヴァニラの体が揺れながら急加速し、事前の警告がなければ振り落とされていたかもしれないと、ラオは思った。
必死で鞍に掴まっていると、徐々に揺れが安定してきて、ラオは目を開けて状況を確認した。
そして、驚いた。呼び出した風の精霊を用いて、ヴァニラは前方に風の幕を展開して空気を切り裂き、フリエスは切り裂いた空気を集めて後ろに向かって噴き出させていた。
「驚いたか、ワンちゃん! これぞ、あちきとフリフリとの合わせ技、風の合成術式〈高速噴出飛行〉なのだ!」
どうだと言わんばかりのヴァニラの声に、ラオは素直に感心した。実際、通常の飛行とは考えられないほどの速度差があり、これなら想定より早く目的のレウマにまで着けそうであった。
「ラオ君、これはね、実際のところ、対魔王用の必須術式なのよね」
「そうなのですか!?」
「ええ。これがないと、“空の魔王”ズゥツウに挑むことすらできないのよ」
ラオもズゥツウの名前は知っていた。かつて世界を混乱に貶めた魔王は全部で十二体存在したとされ、ズゥツウもそのうちの一体であったと伝えられていた。巨大な鷲によく似た姿をしており、大気を自在に操る能力を有していたとされている。
「前にイーサ山であたしが飛んできた屍竜を叩き落した術式覚えてる?」
「たしか、〈超下降気流〉でしたっけ? 強烈な下降気流を真上からぶつけて、飛んでいる相手を地面に落とすってやつ」
「そうそう、それ。んで、ズゥツウは大気を操り、それと同じ状態を好きなだけ作り出すことができるの。ズゥツウは空を飛んでいる。飛んでいるなら、こちらも飛ばなくてはならない。飛んだら何発でも飛んでくる〈超下降気流〉で叩き落される。後は上から一方的に攻撃される」
フリエスの説明を聞き、ラオは絶句した。空を飛んで攻撃しないといけない相手なのに、空に上がった途端に地面に叩き落とされるのだという。つまり、初めから勝負にならないのだ。
魔王が理不尽極まる力を有しているのは、すぐ近くの“実例”を見ているので、ある程度は理解しているのだが、聞く話全てが異次元な相手ばかりであり、どこまでそれに近付けるのかと、ラオも決心が揺らぐ思いであった。
「それで、解決策として考えられたのが、このやり方らしいのよね。人類の始祖トブ=ムドールは空を飛ぶ城を築き、天へと上げた。膨大な魔力が付与され、ズゥツウの攻撃にも耐えれる結界を張った。機敏には動けなかったけど、耐えるだけで十分だった。そして、その城から竜の大群が六色の竜王を先頭に、魔王に向かって突っ込んでいったのよ。城の魔力を用いて全員に風の幕を展開し、竜達は切り裂いた空気を収束して後ろに噴き出し、加速してズゥツウに迫った。最後はズゥツウに取り付いた竜騎士エルカロンの一撃でこれを倒した」
「なるほど。そうやって戦っていたのですか」
「で、これはそれを二人がかりで再現したというわけ。それぞれが前と後ろを担当することで、魔力消費を抑えつつ、巡航高度での高速飛行を可能にした」
ヴァニラが前方の大気を切り裂く風の幕を、フリエスが後ろに噴き出す風の噴射を、それぞれが担当しているということだ。一人ででもできなくもないが、並列思考による二つの常駐術式は魔力消費が激しいため、長距離移動のような時間のかかる作業時には向いていなかった。
「でも、空の魔王は本当に強くて厄介だったのだ。六色いた竜王も、母さんを除いてみんな死んじゃったのだ。他の竜族もたくさん死んじゃったのだ。だから、母さんは生き残りを集めて、東大陸に移り住んだのだ。竜族は静かに暮らしたいのだ」
ヴァニラは少し寂し気に語った。竜族もかつては人族同様に繁栄していたが、とにかく個体数の激減と、繁殖力の弱さが祟って、未だに勢力の回復には至っていない。だからこそ、竜王ネイデルは一族の者が安心して暮らせる場所を築き、その領域を今も守っていた。
「そういえばさ、ラオ君。こっちの大陸の竜ってどこにいる?」
「この大陸の竜は、『湖畔国』の湖に住んでますよ。湖竜って呼んでます。他にもいくつか生息地はあるんですが、水の中、あるいは土の中を住処にしていて、ヴァニラさんみたいに空を飛ぶ種類がいないんですよ」
「へぇ~、そうなんだ」
竜は空を飛ぶものだとばかり思っていたフリエスにとっては、新鮮な感覚であった。
「まあ、かつての記録で竜は空を飛んでいたことは知ってたんですがね。現に、先程言っていた屍竜も飛んでましたし」
「伝説の時代からの時の流れで、そういう風に体がなんらかの適応をしたってことかな。父さんが時間の経過とともに、体が環境に適応することもあるって言ってたから」
「そういうのを追ってみるのも、面白い研究の題材ですね」
フリエスとしても、ラオの提案には興味が湧いた。どうして翼という強力な武器を捨て、地上を生活の場に定めたのか。西大陸の竜を調べてみたいと思うようになっていった。
「二人とも、小難しい話は無しなのだ。フリフリ、気合い入れて、もっと飛ばすのだ!」
「よっしゃ! 景気づけにもう一段上げていくわよ!」
フリエスとヴァニラは展開していた術式の出力を上げ、さらに加速した。
眼下の景色はさらに早く通り過ぎていき、風を切る音も増していった。一目散にレウマ王国を目指して、白き竜は翼を羽ばたかせる。
~ 第六話に続く ~




