第四話 竜の涙
『崋山国』ヒューゴ王国の王都ベアホン。突然の竜襲来により一時は騒然となったが、英雄たる金髪の少女の活躍により、王都に舞い降りた白き竜は手懐けられた。
世間一般ではこのような話が流布しているが、実際のところ、やって来た白き竜ヴァニラは友であるフリエスを探し、街にやって来ただけであった。
まあ、名声向上に繋がるからいいかと、フリエス以下全員が納得の上、噂を放置することにした。
それからの一行の行動は、まず買い物であった。ヴァニラは現在人型に変身していたが、服の持ち合わせがなかったため、フィーヨの服を身に付けていた。そのため、まずはヴァニラの着る衣服を購入した。
変身が解けて破れることもあるため、予備も何着か購入し、ひとまずは人間社会に溶け込める準備は整ったといえよう。
そして、食料品などの旅支度を整えて馬車に荷物を放り込み、まずは王都郊外の森へと向かった。街道脇に馬車を停め、フリエス、フィーヨ、セラ、ラオ、ヴァニラの五名は森の中へと入っていった。
少し開けた場所を見つけると、そこでフィーヨは懐にしまっていた“それ”を取り出した。
「いよいよ、これの封印を解く時が来ましたか」
フィーヨは取り出したそれを右手に掴み、じっと見つめた。大きさは握り拳の半分程度の大きさで、封印のために何重にも布で包まれ、さらに呪符が貼られていた。それでもなお、魔力が漏れ出ているのか、熱い何かを手のひらに感じることができた。
そして、呪符を剥がし、巻かれていた布を取り除き、中身が現れた。それは鶏卵ほど大きさあるの宝石であった。石は透き通った透明で、取り巻く輝きは赤、青、緑、茶、白、黒、金の七色を帯びていた。
「おお、久しぶり見たのだ、《竜の涙》!」
ヴァニラは昔遊んだ玩具でも見るような眼差しで、懐かしそうにその宝玉を見つめた。
伝説級神々の遺産《竜の涙》は竜神アジューダと、六色の竜王の力が込められた宝玉だ。元々はアジューダの爪の先に、六色の竜王が自身の力を少しずつ付与していき、そして生成された宝石がこれである。
装備者に竜の力を付与し、竜のごとく炎を吐いたり、翼を生やして飛ぶことができるようになる。
しかし、適性に大きく左右される道具で、適性が低い者が使っても大した効果は得られないため、フィーヨはこれを封印してきた。他の神々の遺産と併用したとしても、消費魔力に見合うだけの力を得ることができないからだ。
しかし、適性の高いものが装備すると“化ける”道具であり、竜王ネイデルがそれと認めた者にのみ使うことを許していた。そして、現在における適性者は自身の娘と共にこの宝玉を預けた、竜騎士たるルイングラムであった。
《天空の騎士》ルイングラムはこの宝玉を握り、ヴァニラと共に東大陸全土を所狭しと転戦し、数々の武勲を上げてきた。特に彼の出身国である『信竜国』ルイングラミア帝国(旧名ヴァル帝国)においては絶大な人気を誇る英雄であり、信仰に近い影響力を有していた。
「さて、それじゃあ、始めましょうか」
「はいなのだ」
フィーヨは宝玉を乗せた右手を差し出し、ヴァニラもまた右手を出しだして、宝玉を覆いかぶせるように手を乗せた。フィーヨとヴァニラの手によって挟み込まれた宝玉は徐々に輝きを増し、七足の光が帯状になって周囲を飛び交った。
「「赤き炎の竜王よ」」
二人の呼びかけに応じ、赤い帯が二人を包み込んだ。
「「青き水の竜王よ」」
二人の呼びかけに応じ、青い帯が二人を包み込んだ。
「「緑の風の竜王よ」」
二人の呼びかけに応じ、緑の帯が二人を包み込んだ。
「「茶色の土の竜王よ」」
二人の呼びかけに応じ、茶色の帯が二人を包み込んだ。
「「白き光の竜王よ」」
二人の呼びかけに応じ、白い帯が二人と包み込んだ。
「「黒き闇の竜王よ」」
二人の呼びかけに応じ、黒い帯が二人を包み込んだ。
「「全てを束ねし金色の竜神よ」」
結集した光が最高潮に達し、七色の光の柱が天に向かって伸びていった。
「「輝きを取り戻し、いざ、大空を羽ばたかん!」」
詠唱が終わると程なくしてそれが収っていき、先程まで荒れ狂っていた宝玉の魔力は安定し、それを見計らってから二人は手を放した。
「同調完了。これで宝玉は目を覚ました」
フィーヨは安定した宝玉を見ながら安堵のため息を吐いた。自分一人ではここまでの力を引き出すことはできないからだ。本来の使用者であるルイングラムならば、完全に使いこなしていたので全ての力を引き出せるが、フィーヨは適性が低いのでそれができない。
しかし、ヴァニラの補助があればその限りではない。自身の魔力にヴァニラの魔力を混ぜ合わせることにより、無理矢理宝玉の力を引っ張り出せるのだ。
「さて、あとは・・・」
フィーヨが次の行動に移ろうとした時、それは起こった。フィーヨの右腕に巻き付いていた右腕の蛇が宝玉を丸呑みにしてしまったのだ。さらにそのままヴァニラの体に飛び移り、ぐるりと首周りに巻き付いた。
「・・・はい?」
いきなりの事にフィーヨは頭が混乱し、思わず間の抜けた声が漏れた。しかも、巻き付いたルイングラムとヴァニラが目の前でじゃれ合い始めたので、ますます混乱に拍車がかかった。
「・・・起動せよ、《真祖の頭蓋》」
静かだが、妙に迫力のある声でフィーヨは額冠と化した神々の遺産を起動した。《真祖の頭蓋》には不死者を強化する力が備わっており、それを利用して死して蛇に身を変えた兄や夫と会話することができた。
そして、その影響下に入ったのか、ヴァニラとじゃれついていたルイングラムの意識は鮮明となり、状況を把握することとなって冷や汗をかき始めた。
「あ~、うん。すまぬ、フィーヨ。本能のままに動いたらこうなった」
「ほう。本能のままに、私の目の前で他の女と逢瀬を楽しんでいたと?」
言い訳できない状況に、ルイングラムはただただ焦るしかなかったが、その状況に更なる業火を投げ込んだのは、他でもないヴァニラであった。
ヴァニラはあろうことか空気を読まずに、ルイングラムの顔を寄せて頬ずりを始めてしまったのだ。
「あれですよ、あれ! 本能で動いた分、竜の感情が目覚めたっていうか、竜騎士の適性って言うか、ええと・・・。そう、力に引っ張られたんですよ、きっと!」
自分でも何を言っているか分からなかったが、とにかく適当言ってごまかそうと、フリエスが割って入ってフィーヨを宥めようと必死に話し始めた。
だが、そんなフリエスの努力を全力でぶん投げる愚者がいた。
「竜の目覚めと同時に引っ付いたのだ。つまり、あちきとルイングラムの相性はグンバツと言うことなのだ!」
「おいぃぃぃ! 余計な一言で、火に油を注がないで!」
呑気なヴァニラ、焦るフリエス、別の意味で焦るルイングラム、組み付こうとするフィーヨ、もはや収拾がつかなくなりつつある状況であった。
そんな中にあって、冷静なのが二人いた。
「なあ、子犬よ、現在のこの部隊に、“協調”という概念はあるのだろうか?」
「最初からあったかどうかも疑わしいですね」
「お前も言うようになったな。だが、その通りだ」
少し離れたところで騒動を傍観するラオとセラであった。とてもではないが、付き合ってられないと言う感じが二人からにじみ出ていた。
「どうするのが最適だと思う?」
「傍観。止めるよりも、発散させた方が良いかと」
「よし、それ採用」
かくして、セラとラオはこのまま騒動を眺めることに決定した。
そして、二人が傍観を決め込んだ時、さらなる変化が起こった。オロオロしているルイングラムの体が突如光り始めたかと思うと、その形状が大きく変化した。胴体部が膨れ上がり、手や足が生え、さらに翼も生えてきた。
すなわち、蛇から竜への変化。金色の鱗に覆われた竜の姿へと変わった。ただし、竜と言ってもその大きさは、人が抱きかかえられる程度の大きさであったが。
「ほう。支配率に変化が生じ、優先権が移ったか」
そう口にしたのは、フィーヨの左腕に巻きついていたもう一匹の蛇ヘルギィであった。ヘルギィは変化したルイングラムをジッと見つめ、それから首を動かしてその顔をフィーヨの鼻先に持って行った。
「どういうことですか、お兄様?」
「今まで、ルイングラムの体を維持していたのは、お前の持っている《真祖の心臓》であった。しかし、《竜の涙》を直接体内に取り込むことにより、そちらの影響をより強く受けるようになった、ということだ。つまり、ルイングラムはもうお前の制御下にない」
「なんですって!?」
ヘルギィの言葉はフィーヨにとって、“離婚しました”としか聞こえなかったのだ。フィーヨは慌ててルイングラムを掴み、その口に無理やり手を突っ込もうとして、フリエスに止められた。
「だから、フィーヨさん、落ち着いてって!」
「ルイングラム様、今すぐ宝玉を吐き出してください! そして、蛇に戻ってください!」
「しっかりはまってしまって、無理だと思う。すまぬ、フィーヨ」
「やっぱり、あちきとルイングラムの相性はグンバツなのだ!」
「あなたは黙ってなさい!」
「だからみんな、落ち着いてぇ!」
騒々しいことこの上なく、四つの口から嬌声絶叫が森の中に響き渡った。
(なるほど。フリエスさんが連れて来たくないって言ってた理由は、こういうことだったのですか。これは納得です)
騒動を見ながら、ラオは思い知らされた。フリエス曰く「騒々しいから連れてこなかった」とヴァニラを東大陸に置いてきたと聞かされており、長年の相方に対してそれはあんまりでは、と考えていたが、目の前の惨状を見た後では妥当であったと考え直した。
街中への許可なし着陸もそうだが、ヴァニラはとにかく周囲への配慮がなさすぎるのだ。思うがままに行動し、考えなしに口に出し、その後の影響を考慮しない。天衣無縫と言えば聞こえはいいが、社会的生物である人族の世界では、騒動の種になりやすいのだ。
竜族のような頭数の少ない世界とは、やり方も考え方も違うため、しっかりと手綱を握っておかないと、事態がとんでもない方向に転がっていきかねない。フリエスがヴァニラを置いてきたのも、未知の領域である西大陸においては、戦力よりも騒動の発起点になる点を重きに置いた結果であった。
そして、実際のところ、それは的を射ていた。
この場合、上手くまとめて取りまとめれそうなのは、騒動の渦中にないセラかヘルギィが止めに入るのがよいであろうが、二人は全く止めるつもりがなく、むしろもっとやれと言わんばかりにニヤつくだけであった。女神が、あるいは義弟が、困り果てる顔を見るのが楽しくて仕方がないのだ。
(結局はこうなるのか)
ラオは深いため息の後、水の精霊に呼びかけた。腰に下げていた水筒から水の塊を取り出し、言い争う面々の顔面に向かってぶつけた。いきなりの水に全員が驚き、水塊をぶつけてきたラオに視線が集中した。
「皆さん、これでは話が一向に進みません! そろそろ今後の段取りについて話し合いましょう」
この場の最年少であるラオからの説教は、殊更聞いたのであった。文字通り、熱を帯びた空間に冷や水を浴びせ、場を鎮静化したのだ。
(何かあったら、毎回この役回りを演じることになるのか)
これなら《混ざりし者》にいたころの方が、胃に優しかったと痛感するラオであった。だからと言ってかつてを懐かしむことはできても、もうあの頃には戻れないのだ。なにより、新たな仲間は騒々しくはあるが、決して悪い人達ではない。
(まあ、魔王が混じってたり、人ですらない方も多いんですけどね)
なにしろ、現在の顔触れは、女神、魔王、元皇帝とその兄(蛇)と夫(小竜)、竜、そして人犬族である。よくもまあ、これほど多種多様な面々が揃ったものである。
「まあ、ラオ君の言う通りなのは確かだし、話を進めましょうか。どこか行きたいところがある人はいますか?」
「はいなのだ」
挙手したのはヴァニラであった。フリエスとフィーヨは嫌な予感しかしなかったので、露骨に渋い顔になったが、まあとりあえずは聞くかと続きを促した。
「この前立ち寄ったレウマ王国で、王様がフリフリを呼んでいたのだ。是非にも見せたいものがあると、言っていたのだ」
「フロンさんがねぇ・・・」
やはり嫌な予感は当たっていたと、フリエスは頭を抱えた。離れた場所で繰り広げられていた祭典の状況を分析し、裏の呪いの点まで考察した頭脳は、間違いなく切れ者であることの証であった。しかし、その使い方に偏りがあり、フリエスへの求愛に注がれたりする点は悩ましかった。
「んじゃ、レウマに戻るか」
「こら、セラ! 勝手に決めないでよ」
「後援者からのご依頼だぞ。無下に断る気か?」
セラの指摘にフリエスは答えに窮した。フロンからは大量の路銀に加えて、手土産用の上等な葡萄酒まで用意してもらった上に、馬車まで用立ててくれた。旅が楽になったのは事実であるし、その誘いを無視するのは、さすがに不義理が過ぎるというものであった。
「・・・仕方ない、一度戻るかな~。他に行きたいところがある人は?」
「冒険者組合からの情報がある」
今度の挙手はセラであった。
「大陸中央部にある『湖畔国』クレゴン王国とやらに、“空の魔王”ズゥツウに関する遺跡があるそうだ。なんでも、伝説に語られる空飛ぶ城が、そこの湖底に眠っているそうだ」
「ほう、それは興味深い。是非行ってみたいものだ」
乗り気になったのはルイングラムであった。ルイングラムは《天空の騎士》の二つ名で呼ばれており、それは魔王ズゥツウを倒した大英雄エルカロンと同じ呼び名であった。いわば、自分にとっては遥か古の大先輩でもあり、同じ竜に跨る者として、その伝説に触れてみたいと考えたのだ。
「あちきはそこにはできれば行きたくないのだ」
この反対意見は、あろうことかヴァニラから漏れ出た。好奇心旺盛で何事にも突っ込んでいくヴァニラにしては珍しく消極的な発言であった。
「あそこは空の魔王と六色の竜王が戦った古戦場なのだ。母さんから何度も聞いた、他の竜王達が眠る墓所でもあるのだ。怖いから近付きたくないのだ」
「なるほどね。なら、そこは保留ってことにしましょうか」
フリエスとしては嫌がる親友を無理やり連れていくことはしたくないので、取りあえずは保留ということにした。無論、是が非でも行かなければならない理由があるのであればその限りではないが、現段階では無理を押して出かける理由はなかった。
「となると、やはり図書館に行きたいというのもありますが、喧嘩別れしてしまいましたしね」
ラオとしては情報整理や今後の方針決定のためにも、図書館へと足を運びたかったが、魔術師としての身分証を叩き付けて組合を出てきた手前、さすがに組合所属の図書館を利用するわけにはいかなかった。
「しまったな。軽く身分証を手放すんじゃなかったわ」
フリエスとしては相手の態度に問題ありと考えていたので、その点では反省をしていなかったが、図書館を利用できなくなった点は見過ごせなかった。
「ならば、なおのこと、レウマに戻った方がいいのでは?」
そう提案してきたのはルイングラムであった。ルイングラムは翼を羽ばたかせ、ヴァニラの腕の中から逃れると、フリエスの目の前で着地した。
「図書館での情報収集が必須であれば、レウマにもあるだろう? あそこの支部長ならば、ある程度は話は通しやすいはず。多少の目溢しくらいはあるだろうよ」
「た、確かに」
「で、それでも情報量が不足であれば、もっと大きな街の支部に出掛ければいい。レウマの支部長に紹介状でも書いてもらえれば、まあなんとかなるだろう。そのための“名声”だからな」
ルイングラムの指摘も最もであった。ヒューゴの支部の面々は自身の権益を侵されたから不機嫌になっていただけで、凄腕の魔術師であれば普通なら唾を付けておきたいと考えるものだ。ここではないどこか別の支部であれば、便宜を図ってくれる支部も当然あるはずだ。
「さすがはルイングラム様! これで浮気がなければさらに褒めれたのですが」
「棘のある言い方だな、フィーヨ。この姿では神々の遺産の力に抗えなかっただけだというのに」
ルイングラムとしては浮気をしたつもりなど一切ないのであるが、フィーヨはそう思ってはくれなさそうであった。どうにかせねばと考えていると、今度はフィーヨの左腕に巻き付いていたヘルギィが顔をニュッと出してきた。
「さらに付け加えるとだな。レウマには竜脈の特異点がある。フリエスよ、父親に助言を乞うべき案件がかなりあるのではないか?」
ヘルギィの指摘は正しかった。フリエスはまだ公開していない情報がいくつもあり、それを養父であるトゥルマースに相談したいとも考えていた。新月までにレウマに戻れれば、それが可能であった。
東西の大陸の間には巨大な海があり、連絡を取り合うとなると数か月を要することになる。だが、地中を走る“竜脈”という魔力の流れを用いれば、大陸間長距離通信を行うことができた。ただし、魔力が安定する新月の夜に限っての話であるが。
「でも、今からレウマに戻るとなると、結構な日数になりますね。次の新月までには間に合わないと思いますよ」
レウマ王国からは馬車でヒューゴ王国にまで移動したため、その日数はしっかりと覚えていた。とてもではないが、次の新月までには戻ることができそうになかった。
「何を言っている。馬よりも早い乗り物が、今しがた手に入ったであろう?」
ヘルギィは首を動かし、その瞳をヴァニラに向けた。他の面々も一斉に視線をヴァニラに合わせた。
「すっ飛んでいけば、余裕で間に合う。空いた時間は図書館にでも繰り出せばいい」
「さすがはお兄様! 妙案ですわ!」
「うむ、もっと誉めろ、妹よ」
ヘルギィがフィーヨの賞賛を受け、ルイングラムの方を向き、ドヤァと言わんばかりの顔を浮かべた。そして、両者の間で目と目がぶつかり、火花を散らした。
「なんか言いたいことがあるのか、クソ雑魚皇帝。折角だ、試し打ちに我が炎の吐息で黒焦げにしてやろうか!?」
「フン! 妻帯者を称しながら、他の奴と逢瀬を楽しむクソボケの分際で。ひとおもいに心臓を潰して、楽にさせてやろうか!?」
両者譲らず、殺気立たせて睨み合い、一般人ならばそのまま窒息しそうな、とんでもない場の空気になった。
だが、意外な人物がそれを止めた。両者が睨みあう中、平然とその間に割って入ったのは、なんとセラであった。
「俺はヘルギィの意見に反対する。竜に跨って飛んでいくなど、願い下げだ」
「お、高所恐怖症とか?」
「んなわけあるか、アホ女神」
フリエスのツッコミを軽く流し、セラが向けた視線の先には先程まで使っていた馬車があった。
「お馬さんが可哀そうだろう。このままここで放置するなど、彼らに対して礼を失する」
意外な発言であったが、フリエスはすぐにその意味を察し、セラを睨みつけた。
「何言ってんのよ! あんたの場合、単に日中の移動が億劫だから、日差しを避けれる幌付きの馬車を手放したくないだけでしょう!」
「そうだよ」
セラは人族、人狼族、吸血鬼の三種族混血児であり、吸血鬼の血が太陽を拒むのだ。日の下での移動はセラにとっては面倒この上ないことなので、できれば日の当たらない場所を確保した上で移動できる、幌付きの馬車というのは捨て難いのであった。
「誰か、このバカ魔王を棺桶に放り込んで! んで、そのままヴァニラの尻尾にでも括り付けて、ブンブン振り回しながら飛んでいくわよ!」
「棺桶運ぶとか嫌なのだ。まして、中身が挽肉とか、勘弁してほしいのだ」
「おいおい、挽肉になるまで振り回す気かよ。怖いお姫様だな」
またしても協調性のなさと我欲の優先を前面に押し出し、議論が空回りを始めた。我田引水という言葉がこうまで似合う人々というのも珍しく、よく旅を続けて来れたなあと、一歩引いた場所にいるラオは頭を抱えた。
(まったく、セラさんまで・・・。協調性という言葉が息をしていませんね、ここの部隊は)
とはいえ、ラオ自身もその部隊に所属しており、素知らぬ顔を決め込むわけにもいかなかった。
「では、提案なのですが、部隊を一度、二つに分けるのはどうでしょうか?」
ワイワイ議論を続ける面々に対して、ラオが割って入り、一同の視線がラオに集中した。
「まず、一組目がレウマ王国に戻る組。ヴァニラさんに乗ってレウマに向かい、図書館での調べ物や国王との謁見、並びに東の大賢者への助言を乞います。もう一組は『湖畔国』クレゴン王国に向かいます。ヴァニラさんと別行動をとっているうちに、多少の事前調査を行って、本格的に取り組むべきかどうかの判断をしてもらいます。これでどうでしょうか?」
ラオは全員を順々に見回したが、これといった反対意見も出なかったので、話を続けた。
「で、分ける組み合わせですが、レウマ組がフリエスさん、ヴァニラさん、ルイングラムさん、それと僕で行きます。で、クレゴン組はフィーヨさん、セラさん、ヘルギィさんとなります」
「よし、それでいこう!」
「ラオ君、私に死ねと!?」
ラオの提案に対して、元皇帝の兄妹が歓声と悲鳴を同時に上げた。これは予想していたことであったので、ラオは落ち着くように促した。
「この組み合わせには、ちゃんと意味があります。まず、時間の関係上、手早く移動しなくてはなりませんから、レウマ組にヴァニラさんは必須。で、国王の呼び出しがあるので、フリエスさんも必須。図書館での調べ物があるので、こちらに僕も行かなくてはなりません」
「なら、ルイングラム様は必須ではありませんし、クレゴン組でもよいでしょう?」
「いえ、ここはあえてフィーヨさんとルイングラムさんには別行動を執ってもらいます」
ラオの発言に納得いかないようで、フィーヨは不満たらたらの視線を子犬にぶつけるが、魔王に認められし子犬はもうその程度ではひるまなかった。
「先程の儀式の結果が気になりましてね。現在、ルイングラムさんは《竜の涙》の影響下にあり、フィーヨさんとの縛りが薄れている状態です。そこで、別行動をとっても大丈夫かどうかの試験を行いないというわけです。今後、こういう機会がないとも限りませんし、戦力、人員を裂かねばならない場面もあるかもしれません。余裕があるうちに、試せることは試しておいた方がいいかと」
「よし、賛成!」
食いつき気味にヘルギィが賛同を示した。
「フィーヨ、今後の情勢を考えると、知恵の回る子犬の言う通り、部隊を分けて行動することもあり得るのだ。ここは提案に乗るべきだと思うぞ」
「ですが・・・」
そして、フィーヨの視線には再びルイングラムを抱きかかえるヴァニラが飛び込んできた。自分とそっくりさんなので、その感情たるや複雑怪奇であった。
「ルイングラム、また一緒に空を飛ぶのだ!」
「あ、ああ、そうだな」
困惑しつつもそう答えるしかなかったルイングラムであったが、これでもかと突き刺さるフィーヨの視線が痛すぎた。汗が滝のように流れ落ちるのも、やむを得ないことであった。
「で、クレゴン組の方ですが、こちらはフィーヨさん、セラさん、ヘルギィさんでお願いします。セラさんは馬車の管理を、フィーヨさんは馬車の御者と、ヘルギィさんは二人の仲裁をお願いします」
「仲裁って、喧嘩すること前提かよ」
セラは思わず噴き出しそうになった。拾った子犬が早くも部隊の参謀役に躍り出て、方針決定の主導権を握りつつあったからだ。認めた相手の成長は見ていて楽しいものだ、とセラは思った。
「ええ、残念ながらクレゴン組は危険がいっぱいです。なにしろ、“満月”の到来とともに、崩壊することが確定していますから」
「あぁ~、そっか、いつもの“くじ引き”が待ってるか」
危うく忘れかけていた事実を思い出し、フリエスは冷や汗をかいた。
セラは魔族でありながら邪神に帰依しておらず、その代償として満月の夜は暴走することになっていた。“食欲”“性欲”“破壊衝動”の三大欲求のいずれかが形となって現れ、それに沿った暴走を行うことになっていた。
そのため、今回の振り分けで別行動を執り、もしそのまま満月の夜が到来した場合、実質フィーヨ一人で対処することが決まってしまう。
「危ない人を一人で対処しろと!? 私は嫌ですから、やっぱりルイングラム様はこちらに」
「まあ、満月が来る前に合流すれば問題なかろう」
“危ない人”であるセラが抜け抜けと発言し、フィーヨからの鋭い視線が飛んできた。セラはそれを無視して、ラオが荷物の中から地図を取り出し、それを広げ始めたので、そちらに視線を移した。
「セラさんの言う通り、満月までに合流すればいいんです。そこで、合流する場所と時間を指定しておきます。場所はここ、ポリスムドールです。時間は満月の前夜ということにして、今からおおよそ二十日くらいになりますか。ヒューゴからクレゴンまでは、馬車でだいたい十日ほどで移動できます。で、クレゴンからポリスムドールまでは、四、五日で移動可能だったはずですから、事前調査に五日は時間をかけれますので、これでどうでしょうか?」
理路整然としたラオの説明と提案に、他の面々は納得せざるを得なかった。当然、最後までフィーヨはごねていたが、ヘルギィとルイングラムの必死の説得により、渋々ながら別行動を承諾した。
かくして、《神々への反逆者》は二手に分かれて行動を開始する。
『酒造国』レウマ王国に向けて、フリエス、ラオ、ルイングラムが再び竜の姿に戻ったヴァニラに跨って大空へと飛び立った。
それを見送った後、『湖畔国』クレゴン王国に向けて、フィーヨ、セラ、ヘルギィの三名が馬車に揺られながら街道を進んだ。
果たして、この別行動がいかなる結果をもたらすのか、今のところは誰にも分からない。
~ 第五話に続く ~




