第三話 白鱗の竜姫
そこはヒューゴ王国の王都ベアホンの西地区にある広場であった。祭りの最中や、あるいは定期市の日には行商人が露天を広げ、活気の溢れる場所になるのだが、今日はごく少数の商人と買い物客がいる程度であった。ようするに、広場は空いていて、“上空”から眺めると非常に降りやすいと判断したのだ。
そして、空から一匹の竜が翼を羽ばたかせながらゆっくりと広場に降り立ち、ようやく到着したことに安堵したのか、“軽く”雄叫びを上げた。地面を揺さぶるほどの絶叫で、先程の羽ばたきでどうにかこらえていた露天商の天幕が、ブワッと吹き飛んでしまうほどであった。
飛んでいった天幕を眺めながら、竜は申し訳ないことをしてしまったと反省し、“なぜか”腰を抜かしている露天商に詫びを入れようと、ゆっくりと長い首を動かして、自身の顔を商人に近付けた。どういうわけかその店主は泡を吹いて倒れてしまった。
“なんで?”と思う竜であったが、そうこうしていると、完全武装の兵士が数十人もやって来て、槍や剣を構えて竜に向かって遠巻きに威圧してきた。
天幕を吹っ飛ばしたのがそんなに悪いことだったのかと益々反省し、竜は身を屈めて唸りながら何度も頭を垂れた。争うつもりは一切ないので、態度でそれを示した。
たが、それを威圧と判断した兵士の一団は、気圧されて後ろに下がり始めた。竜と本格的な戦闘に入るなど、間違いなく死を覚悟せねばならないからだ。
そんな緊迫して空気の中、その兵士達をかき分け、一人の金髪の少女が猛然と竜に向かって突っ込んでいった。
兵士達はその少女が誰であるかを知っていたので、歓声を上げた。あの今をときめく“英雄”が、武勇譚に新たな項目を書き加えようとしているのだと。
竜の方もその少女が“顔見知り”であったため、人や物を踏みつけないように気を遣いながら、ノシノシと歩み寄った。
「フリフリ、久しぶりなのだ!」
竜は駆け寄ってくる少女の名を叫び、久方ぶりの“親友”との再会を喜んだ。そう、少女の名はフリエス。竜にとっては、かつて一緒に旅をした仲間であった。
だが、その友は竜が思っていたのとは異なる反応を示した。
「この、バカタレェェェ!」
首を動かし、大きな顔を寄せてきた親友に向かって、フリエスは走ってきた勢いそのままに、飛び蹴りを鼻先に突き刺した。
矮躯のフリエスによる飛び蹴りなど、巨体の竜には効果はない。圧倒的な質量差があるからだ。それで竜の首が大きく仰け反り、涙目になりながら親友を見下ろした。
なぜ、効いたのか。それはフリエスの蹴りには“電撃”が付与されており、そのバチッときた感覚が、竜を仰け反らせたのだ。
人が静電気で思わず、手を引くのと大差ない。
「な、何をするのだぁ!?」
「アホ! バカ! マヌケ! 考えなしの脳天空っぽ! なんで、“素”の状態で街中に堂々と降りてきてんのよ!?」
「ほへぇ~!?」
反応から察するに、自分が何をしたのかを認識できていないようであった。フリエスは目眩をおぼえながらも、説教を続けた。
「許可も取らず、管制なしにいきなり着陸する奴がいる!?」
「それは“悪い”ことなのか~?」
「悪いことなの!」
本当に自分のやらかしを理解していないようであった。
「でも~、ここに来る途中、立ち寄ったレウマ王国では問題なかったのだ。王様もあちきを歓待してくれたのだ」
「その国と、そこの王様が特別なの!」
フリエスはだいたいの状況を理解し始めた。最初の訪問地が特別であったために、それが西大陸での常識や慣習だと誤認したようであった。
そもそも、レウマ王国は少し前までフリエス達が滞在しており、東大陸の事情にある程度触れている国である。しかも、国王であるフロンはフリエスの知己(信者)であり、西大陸の人間では最も東大陸に精通してるとも言える。おまけに、大陸間長距離通信の実験現場にいて実際に東大陸側と情報交換をしており、“竜”が一体、やって来ることも事前に把握していた。
その点から、レウマ王国はフロンによる事前の告知や差配があっても不思議でなく、場合によっては国王自ら訪問者を来賓として歓待することすら有り得た。
逆に、ヒューゴ王国はそんな情報など一切ない。どころか、危険極まる奇祭が終了し、安堵の空気が国中を覆っている雰囲気すらある。そんな中でいきなり竜がその巨体を王都上空に現し、あろうことかそのまま着陸してきたらどうなるか、想像するのに難くない。
「まあ、あんたを一人旅させたこっちの不手際もあるし、あとで一緒に謝りにいくわよ」
「はいなのだ、フリフリ」
「うん。聞き分けがいいのは結構。会えて嬉しいわよ、ヴァニラ」
フリエスは先程蹴飛ばした親友の鼻先を撫で、ヴァニラもまたフリエスを潰さないように慎重に肌を寄せてきた。
この白き竜ヴァニラは、かつて東大陸で武名を轟かせた《二十士》の一人(一体)であり、その純白の姿から《白鱗の竜姫》の二つ名で知られていた。
生みの親であるネイデルは伝説の時代から存在する竜王であり、その姿は漆黒なのだが、子であるヴァニラにはそれが引き継がれなかった。だが、才覚の方はしっかりと受け継いでおり、ヴァニラは竜族では若い方の部類に入るのだが、魔術の才は抜きんでており、ネイデルを除けば一族でも最強の魔術の使い手であった。
それを駆使して、かつての大戦では相棒“魂の伴侶”たる《天空の騎士》ルイングラムをその背に乗せて奮戦し、数々の死闘を繰り広げてきた。
ルイングラムの死と大戦の終結により、元の巣穴でのんびりと過ごしてきたのだが、フリエスの誘いを受け、今度はフリエスを乗せて東大陸の方々を旅して回り、ヴァニラはルイングラムに準じる相方としてフリエスに親しみを持っていた。
「兵士の皆さん! こいつは手懐けましたんで、もう大丈夫です。吹っ飛ばされた商品はこちらで補填しますので、商人の皆さんも御安心ください!」
フリエスは少し離れたところで警戒している兵士や、あるいは商人などの野次馬に向かって叫んだ。実際、降りてきたときに比べて大人しくなっており、人々は安心した。
なにより、目の前の光景に人々は見惚れていた。“英雄”たる金髪の少女と、大人しくそれになびく白き竜。まるでおとぎ話の一幕にでも出てきそうな場面に、見入っていたのだ。
竜とは人族にとって、畏怖と魅了の対象である。鉄をも引き裂く爪、岩をも砕く牙、あらゆるものを焼き尽くす炎の吐息、生半可な武器ではかすり傷すら付けれない強靭な鱗、空を自由に舞う翼、どれをとっても人が持ちえぬ圧倒的な力の象徴である。しかも、とんでもない長寿の種族であり、平気で千年の時を過ごすことができ、それによって培われた膨大な知識や魔術も驚異の一言だ。
その力にあやからんと、貴族の中には自身の家門の意匠に、竜を用いた物がかなりの数が存在する。魔獣にして幻獣。恐るべき存在であり、魅了して止まない存在、それが“竜”なのだ。
それゆえに、怒れる竜と対峙することは死を意味し、絶対に避けるべき案件であった。同時に、それを討伐するのは戦う者にとって最高の栄誉であり、“竜殺し”は英雄のみに許された最大の勲章足り得るのだ。
そして、人々の前では、まさにそのまま絵画の額縁に収まりそうな光景が展開されていた。少女と、それに手懐けられた白き竜、新たな伝説の一幕が人々の記憶の中に刻まれた。
なお、少女が常識知らずの親友に説教しているだけなのだが、当人達の与り知らぬところで、勝手に名声が上がっていたのであった。
「ああ、やっぱりヴァニラでしたか」
そう言いながらやって来たのはフィーヨであった。予想していたこととはいえ、街中に堂々とその巨体で乗り付ける常識の無さに、頭痛を覚えていた。
「ヴァニラ、ダメでしょう。そんな大きな図体で街中に入ってきたら!」
「そうなのか~? 今まで怒られたことはなかったのだ」
「・・・、東大陸と西大陸とでは、事情が違うのです、事情が」
ヴァニラが主に活動していたのは、東大陸の西部と北部であった。西部はフィーヨがかつて治めていたスヴァ帝国が存在し、フィーヨ自身もヴァニラに跨って飛び回っていたこともあり、住人は皆が竜に慣れていたのだ。また、北部はルイングラミア帝国(旧名ヴァル帝国)があり、そこは『信竜国』の二つ名で知られるほど竜に対しての思い入れがあった。竜王ネイデルを神のごとく崇め、その一族を神よりの使いと認識しており、例え竜が街中に降りてこようとも、「神の御使いが来られた」としか思われなかった。
また、ヴァニラ自身もルイングラムと共に大戦を駆け抜け、《二十士》の一員に名を連ねており、一人と一体の雄姿は今なお人々の心の中に刻まれていた。つまり、どこへ行っても歓迎されたのだ。
これまでのヴァニラの活動範囲は人と竜の垣根が他とは比べ物にならない程に低く、ヴァニラもそうした認識の下で行動してきたのだ。
だが、場所が変われば人々の認識も変わり、対応にも差が出るのは当然であった。西大陸においてはそもそも接触する機会は少ないようで、竜などと言われても、冒険者以外はまず接触することのない、おとぎ話の中だけの存在のようであった。
(だからこそ、即座に対応できたフロンさんの適応力や胆力が凄まじいんだけどね)
初めて見たであろう竜に対して、何の問題もなく接するなど、常人にはまず不可能であろうし、それゆえにフロンの能力の高さを改めて思い知らされたフリエスであった。
「とにかく、その巨体は邪魔ですから、さっさと人型になりなさい」
「えぇ~」
ヴァニラは不満そうにフィーヨを見つめた。促されるままに人型になるのが嫌のようであった。
ヴァニラは優れた魔術師であり、最上位の変身系術式〈変幻自在〉を使用することができた。この術式は姿形を変えるのみならず、元の姿がどんな状態であれ、変身後の姿に質量すら合わせることができた。つまり、巨大な竜であっても、変身後は人族と同じ体重になれるので、本当にその姿になりきることができた。
もっとも、変身に慣れるまでは勝手に術が解けてしまうことがあり、寝ている最中にうっかり戻ってしまって、危うくルイングラムを圧死させかけることも過去にあった。
それ以降はフィーヨの忠告に従い、寝る時はなるべく元の姿で寝るようになっていた。
「フィーヨ、今、あちきは服を持っていないのだ。だから、変身したら素っ裸になるのだ。人族の世界では、素っ裸になっていいのは伴侶と侍女の前だけだと聞いているのだ」
「まあ、その認識は間違ってはいませんわね」
事実、フィーヨもかつてはそうだったのだ。皇帝だった頃は、自分の肌を晒していたのは、身の回りの世話をしている侍女などの世話係か、もしくは夫たるルイングラムだけであった。あるいは、自身の子供やフリエスなどの特に親しい友人と風呂に入るときなど、肌を晒す状況は限定的であった。
「にも拘らず、フィーヨはあちきに素っ裸になれと言ってきたのだ。つまり、フィーヨはスケベエさんなのだ」
「なんでそうなるのですか!?」
確かに、先程の認識であれば肌を晒せる人物は限られている。だからと言って、いきなりのスケベエ扱いはフィーヨにとって心外であった。
「そもそも、郊外の森にでも降りればよかったでしょう! それからそこらの動物を〈使役〉の術式で使い魔にでもして、私達に渡りを付ければ済む話だったのですよ」
「そんなことは知らなかったのだ。誰も教えてくれなかったのだ。だから、問題ないのだ」
「問題大ありです!」
やはりこの白竜との会話は疲れる、フィーヨはそう思わざるを得なかった。
人と竜である以上、考え方は当然違うし、他種族の社会への認識に隔たりができてしまうのは無理もなかった。
何より問題なのは、ヴァニラの“お嬢様気質”なのだ。
ヴァニラを人族に置き換えた場合、その立場は間違いなく“深窓の御令嬢”であった。なにしろ、卵より産まれて二百年は経過しているが、ルイングラムによって外の世界に連れ出されるまで、住処である洞穴と水浴びに使っていた湖、餌の狩場であった周囲の山々が行動範囲であった。
言ってしまえば、屋敷と近所の散歩道しか出かけたことがない、ガチのお嬢様なのだ。
そして、周囲にいるのは子供に激甘な卵の産み手である竜王ネイデルと、竜王の子として大切に面倒を見てくれる一族の面々だけなのだ。環境的には徹底的な甘やかせ体質が染みついていた。
その結果、ルイングラムによって外の世界に連れ出されると、見るもの全てが目新しい刺激に満ちた世界に魅了され、周囲の迷惑に鈍感ということも相まって、数々の問題行動を引き起こしていた。
「あちきも人族と過ごしているうちに、“恥ずかしい”という概念を覚えたのだ。だから、人型で肌を晒すのはフリフリとフィーヨとマスターの前だけにしているのだ」
「待った! なぜ、先程の制限の内側にルイングラム様が入っているのですか!?」
「ルイングラムとあちきは“魂の伴侶”なのだ。だから肌を晒しても問題ないのだ」
悪意のない無邪気な発言であったのだが、フィーヨにとっては宣戦布告に等しい発言であった。怒りのあまりこめかみをピクピクさせて、右手はしっかりと握り拳が作られていた。
「伴侶・・・、伴侶ですか。ええ、そうですか。それは私への挑戦とみなしますよ?」
「なんかフィーヨの機嫌が悪いのだ」
敵意むき出しのフィーヨと、鈍感極まるヴァニラ。なんとも言い難い空気が漂い、どうしたものかとフリエスは頭を抱えた。
(やっぱ、こいつ呼んだの失敗だったわ)
実力的には申し分ないのだが、無自覚な煽りや宣戦布告を乱発し、次々と騒動を引き起こすのは、やはりいただけなかった。ここは自分がどうにか手綱を締めねばと思い知らされた。
「あ~、フィーヨさん、取りあえず落ち着きましょうか」
「一発殴ってからでいいですか?」
「ダメです。お願いですから、大人しくしてください」
フリエスはどうにかフィーヨを落ち着かせようとするのだが、握り拳は未だに解かれない。あともう一押しでもあれば、間違いなく激発するだろう。普段は淑女のお手本のような所作をしているが、一皮むけば嫉妬に狂う一人の女でしかない。
なお、騒動の根幹である右腕の蛇は、落ち着くようにフィーヨの頬や首筋を何度も小突いていた。左腕の蛇は止めるつもりはないらしく、むしろもっとやれと言わんばかりにニヤついていた。
「いいですか、ヴァニラ。ルイングラム様の伴侶は私。あなたとルイングラム様の関係は“戦友”であって、伴侶ではありません。そこのところはしっかりと認識していなさい」
「えぇ~。独り占めはよくないのだ。伴侶は何人でもいいのだ。三人で一緒にお風呂に入った仲なのだ。気にしてはいけないのだ」
「〈限界突破・腕力増強〉」
いよいよぶちギレたフィーヨは握り拳に魔力を集中させ、渾身の一撃をもってヴァニラに殴りかかかろうとした。
しかし、そこはフリエスと後からやって来たラオに阻まれた。二人は必死でフィーヨを挟み込み、殴りかかろうとする動きを止めた。
「「フィーヨさん、落ち着いて!」」
「どきなさい、二人とも! このバカ竜に立場というものを教え込んで差し上げます!」
殴りかかろうとするフィーヨに、それを抑え込む二人。そんな三人の横をスッと抜けて、ヴァニラの前に立つ者がいた。三人と別行動をしていたセラであった。
セラはヴァニラの前に立つとその巨体を見上げ、ヴァニラもまた別の顔見知りの登場を喜び、首を動かして顔を近付けた。
「悪い狼さんが現れたのだ。久しぶりなのだ」
「おう、悪い狼さんのご登場だ、竜族の姫君よ」
そう言うと、セラは女物の服を一式、ヴァニラに差し出した。ちなみに、それはフィーヨの予備の服で、竜による襲撃の一報を聞いて、こうなる事態を予想し、荷物の中から持ってきたのだ。
「さっさと着替えるがいい、〈闇の帳〉」
セラの言葉に世界が反応し、近くの建物の影が急に伸びたかと思うと、それが漆黒の帳となって周囲の人々からの視界を遮り、ヴァニラの姿を見えなくしてしまった。
そして、セラは持っていた服を闇の中に投げ込み、ヴァニラもそれを受け取った。
少し間をおいて帳が消えてなくなると、先程までヴァニラがいた位置には、一人の女性が立っていた。それもフィーヨのそっくりな姿の女性である。
「やっぱりその姿ですか・・・」
フィーヨは現れた女性を見て、頭を抱えて嘆いた。
「これで慣れてるから仕方ないのだ」
女性から、ヴァニラの声で返答があった。そう、このフィーヨのそっくりさんこそ、人型の姿をとっているときのヴァニラなのであった。
ヴァニラがルイングラムによって外の世界に連れ出され、初めて深く関わった人族が、他でもないフィーヨであったからだ。そのため、最初に変身したのがフィーヨであり、その後も長らく付き合っていたので、人型に変身する時にはフィーヨになってしまう癖が付いてしまっていたのだ。
なお、身長を始めとする体型、容姿に至るまで完全に一致しており、並んで立たれたら余程深く気配を探らないと分からないほどであった。実際、影武者として入れ替わっていたときもあったほどだ。
それではさすがに紛らわしいと、ルイングラムの提案を受け、髪の色だけは変えることにしていた。フィーヨが黒髪なのに対し、ヴァニラの場合は白銀の髪という具合だ。
「ふむ、問題なさそうだな」
「セラ、感謝するのだ。でも、下着がないから、妙にスースーするのだ」
「さすがに下着まで荷物袋からは漁っては来れなかった」
相変わらず、妙なところで紳士的な自称魔王であった。
フリエスは人型になった親友に改めて抱き着き、再会を祝した。ヴァニラもまた、満面の笑みでフリエスを抱擁した。
「よし。これで仲間は揃ったわね!」
「なのだ!」
かくして、東大陸より新たな渡来者が現れ、先行していた者達と合流することとなった。複雑な表情を浮かべるフィーヨを除けば、皆がその新たな仲間を歓迎した。
***
その微笑ましい光景が繰り広げられている場所から少し離れた物陰に、二人の男がその光景を眺めていた。一人は先程、魔術師組合の席において、末席に座していた支部の幹部であり、もう一人はフード付きの外套を深々と被っているので、その姿は分からなかった。
「あれでよかったのですか?」
支部の幹部が謎の男にそう尋ねた。
「ああ、上出来だ。これで遠からず、奴らはポリスムドールに向かうであろう。事前に他の幹部を煽り、敵対的な感情を植え付けたのはよかった。君の働きに私は満足している」
男は懐から小袋を取り出し、それを幹部に渡した。中身はお金のようで、ジャラリと効果がすれる音がその場に響いた。
「あくまでそれは今回の手間賃だ。計画が上手く進んだら、君の出世は約束する。もっと大きな支部の、それも支部長の席は確約するよ」
「ありがとうございます」
幹部は恭しく謎の男に頭を下げ、受け取った小袋を懐にしまいこんだ。
「しかし、奴らが本部に出向いたとして、元締めと戦うでしょうか?」
「そちらもそちらで、すでに手は打ってある。あとは、“西のムドール”と“東のムドール”が噛み合ってくれればいい」
「二虎競食でございますか」
「そう。そして、漁夫の利はこちらで貰い受ける。せいぜい派手に噛み合ってほしいものだ」
そして、二人は別々の方向へ歩き始め、謎の男は大通りの方に向かって足を進めた。その頭の中に、組み立てた計画を思い浮かべながら。
(クク・・・、もうすぐ始まるぞ。こんな辺境地の奇祭などではなく、大陸全土を揺るがす阿鼻叫喚の祭りがな。さて、天空の城を巡る争奪戦、果たして勝つのは、“西のムドール”か、“東のムドール”か、それとも“我々”か)
謎の男の姿は大通りの人ごみに消えていった。
~ 第四話に続く ~




