第一話 漆黒の貴公子
男は一人、街の大通りを進んでいた。十日ほど前までは人でごった返していた通りであるが、行きかう人々は日毎に減っていき、今では往時の半分にも満たない人の数であった。
男がいる場所は『崋山国』ヒューゴ王国の王都ベアホン、その大通りだ。少し前までは“不死者の祭典”という奇祭が開催され、不死者討伐のために大陸中から冒険者が集っていたのだが、今はそれらの人々は祭りの終わりと同時にその数を減らしていった。
元々、ヒューゴ王国は田舎の山国であるし、本来の静けさが戻ってきたということだ。今いる人々は祭り後の英気を養っている連中であり、あるいは祭典が終わってやって来た少数の観光客なのだ。
そして、大通りを行き交う人々の視線は、その大通りを進む男に集まっていた。ある者は憧れの眼差しを、ある者は逆に恐怖を、ある者は物珍しさからくる好奇心を、それぞれ含んだ視線であった。
そうした視線の先にある男、名をセラという。東大陸から海を越え、西大陸へとやって来た渡来者だ。東大陸においては《十三番目の魔王》などという二つ名で呼ばれていたが、西大陸では別の二つ名が定着しつつある。
「おい、見ろよ。ありゃ、《漆黒の貴公子》だぜ」
「あれがそうなのか! 次々と大物の不死者をぶっ倒したっていう」
「面構えも、漂わせる気配も、常人のそれとは全然違うな」
「まさに伝説級の英雄ってわけか」
などという声がセラの耳に入って来る。《漆黒の貴公子》というのが、最近セラに付いて回っている二つ名だ。黒で統一された装束と、整った顔立ちと立ち振る舞いが貴公子っぽいからと付けられた二つ名だ。
なお、命名元はカトーという槍使いであった。先頃の祭りにおいて何度か顔を合わせた冒険者であったが、祭りが終わると早々に旅立ってしまって、気が付いた時にはこの二つ名がすっかり定着してしまっていたのだ。
セラとしては不本意極まりない話の内容ではあり、余計な置き土産をしていきやがってと思ったが、いちいち訂正して回るのも面倒であるため、完全に放置している状態だ。
セラとしては、英雄ではなく、魔王として振舞いたいのであるが、周囲はそう思ってはくれない。暴走したり、あるいは覚醒している時の姿を見れば誰しもが魔王として認識してくれるであろうが、あの姿を拝んで五体満足ていられるのは、これもまた英雄級の猛者だけなのだ。
冒険者や一般人の話に上がる頃には、すっかり加工されて尾ひれがついたり、あるいは毒抜きされたりした内容になっていた。
(俺が魔王として君臨するのがそんなに嫌かい?)
セラは忌々しげに頭上に輝く太陽を睨みつけた。
吸血鬼でもあるセラにとって、太陽は天敵であり、この世で最も嫌う存在であった。神の魂が宿るとされるその輝きの源は、セラにとって倒すべき相手と考えていた。無論、まだまだ手の届く相手ではないし、届いたところで焼き殺されるのがオチだ。
まだまだ強くならねばならない。さらに世界の深淵を覗き込まねばならない。そう考えた上での、現在の珍しい単独行動なのだ。
セラは基本的に日中は動かない。日光に当たるのが嫌いであるし、それを防ぐための労力が勿体ないと考えているからだ。そのため、日中の移動は幌付きの馬車の中で横になっているのが常だ。旅仲間からはサボりだなんだとうるさいが、魔王は誰の指示も命令も受けないので無視している。
そして現在、三人の旅仲間、《小さな雷神》の二つ名を持つ魔術師フリエス、《慈愛帝》と呼ばれる軍神の神官フィーヨ、《子獄犬》と呼ばれる召喚士ラオは魔術師組合の方へ向かっている。祭典に関する報告書の提出と、色々と調べ物があるため、図書館に赴きたいのだそうだ。
どちらにも興味がなかったので、昼寝でもして過ごそうかと思ったら、冒険者組合への報告書を手渡され、届けてくれと頼まれたのだ。
まあ、他にすることもないし、たまの単独行動もいいかと考え、現在こうして通りを歩いているのだ。
そして、人々の注目を集めながら、あるいは時折聞こえる女性の黄色い声を無視しながら、目的の冒険者組合の建物前までやって来た。
前回訪れた際には祭典の真っ最中ということもあって、冒険者やそれらの相手をする行商などでごった返していたが、今は田舎にある組合支部の趣きを取り戻しつつある。
外観を軽く一望し、それから中に入ると、当然、中にいた全員の視線がセラに集まってきた。今をときめく大英雄の御登場である。注目するなという方が無理であった。
中に入って、セラがまず向かったのは掲示板であった。各種情報の収集、あるいは伝言の確認のため、何はさておき掲示板から確認するのは冒険者の鉄則であり、必須事項だ。
すでに何人かが掲示板の前で情報の確認の行っていたのだが、セラが近づいてくるなりササッと前を開けてその場を譲った。さすがに、大英雄のすぐ横に立つのを憚ったためだ。
そんな行動をセラは特に気にもかけず、張り出された任務依頼書や伝言を確認して回った。ただ、特に目を引くものはなかった。
次に確認したのは、掲示板の横に貼りだされていた“番付表”であった。祭典の最中は冒険者の身分証が特別仕様になっており、討伐した怪物の数や種類を確認することができ、その結果が張り出されているのだ。
その中で一際目立つ記録を打ち立てた二名が、今回の祭典に関する話題の中心となっていた。
一人はもちろんセラだ。討伐数こそそこまでではないが、なんと言っても大物の不死者が討伐名簿にズラッと並んでいる。一等級冒険者ですら勝てるかどうかという強敵ばかりであるが、それをこれでもかというほどに羅列されている。何かの冗談かと疑いたくもなるが、数百年誰も達せられなかった祭典の幕引きを行っているので、誰もそれを疑う者はいない。
そして、話題に上がるもう一人はルーク=ラキートだ。こちらも東大陸からの渡来者で、かつての大戦で名を馳せた英雄の一人だ。かつての東大陸において勃発した魔王との戦争において活躍し、それに勝利を収めた英雄《五君・二十士》に数えられている。
ルークは《死出の調律》の二つ名で呼ばれ、呪歌と呼ばれる魔力のこもった歌を歌いことができた。それを用いて押し寄せる不死者を、次から次へと屠ったのだ。セラのような大物を倒したというわけではないが、なにしろ討伐総数が一万を超えている。これまでの最高記録を軽く抜いており、人々の注目を集めていた。
なお、ルークは現在、単独での調査活動を行っており、別行動中である。
この最高記録者二名が東大陸からの渡来者ということもあって、「東大陸の奴、超やばい!」などという雰囲気が生み出され、興味半分畏怖半分と言った感じで方々に噂が飛んでいた。
名声を得る、という点では今回の任務は大成功であったが、肝心の戦力増強という点では成功とは言い難かった。
今回の一件で知り合った《混ざりし者》と呼ばれる四人組の冒険者の加入に失敗したからだ。セラのいる《神々への反逆者》は戦力の増強を目指して今回の任務に参加したが、四人中、弓使いジョゴ、神官イコ、拳術士ユエを失い、召喚士ラオを新規加入するに止まったからだ。
失った三人は間違いなく英雄級の実力者であったが、“運悪く”戦死を遂げてしまった。ラオも才能としては確かなものであったが、まだまだ成長途中であり、一端になるのは時間がかかるであろう。
一通り紙媒体での情報収集が終わった後、受付の方へと足を運んだ。もちろん、今をときめく有名人であり、圧倒的な実力者であるセラに対して、受付係の女性は憧れと畏怖の眼差しでこれを迎えた。
「ようこそいらっいました、セラ様。本日のご用向きはなんでございましょうか?」
「支部長への面会は可能か?」
「はい。直ちにお呼びいたします」
支部長の都合も聞かずに即応対。というのも、支部長自身が《神々への反逆者》の面々が面会を求めた際には、他の業務より優先すると先に言い含めていたからに他ならない。
実際、受付係が呼びに行くと、すぐに一人の老人が軽い駆け足でやって来た。
「ようこそおいでくださいました、セラ殿。こうしてお会いするのは初めてですな。ヒューゴ支部長のマーベです。ささ、こちらへどうぞ」
マーベの案内で応接間へと通され、セラはマーベと机を挟んで腰かけた。
セラとマーベが面と向かって会うのはこれが初めてだ。この支部の出入りは旅仲間であるフリエスかフィーヨが訪問しており、セラ自身がここに来るのが初めてであったからだ。
マーベの方はセラの容貌についてよく聞いていたし、漂わせる雰囲気が明らかに常人と違うため、すぐにそれと認識できたのだ。
「それで、セラ殿、本日はどういった御用でしょうか?」
「まずは報告書の提出だな」
セラは持っていた木箱を差し出した。マーベは一礼してからそれを開けると、書類の束が入っていた。軽く数枚それを持って記された中身を眺めると、今回の任務に関する情報や体験談がズラッと書かれていた。
英雄達が自身の体験をもとに書き記した記録である。これ以上の価値のある物など、この国のどこにもないであろう。
「素晴らしい・・・。素晴らしいですよ、これは! いずれは本にでもまとめて、後世まで残していきたいものですな!」
「あくまで情報、記録だからな。読み物としては面白みに欠ける。今少し、色艶のある中身の方がよかったかな?」
実際、もしも戦死した三人が生き残っていれば、かなりの色物になっていたかもしれないが、現実はそうではない。艶事はばっさり削られ、さらに“魔王ジョゴ”の下りも削除されていた。
セラとしてはありのままを記録として残しておきたかったが、それをラオが拒絶した。あくまで、三人は名誉の戦死。三人の名誉を汚すのを良しとしなかったのだ。
不都合な事実は残さない、セラはラオからこれに対する強烈な意思を感じた。
「まあ、その辺りは吟遊詩人のお仕事ですからな。我らとしては、こちらの方がいい」
「そうかい。ならいい」
セラは一々訂正する気もなかったので、その件は流すことにした。真実を広めたところで、ラオの機嫌を損ねるだけであるし、なにより面倒であるからだ。
「他の御三方はいかがなされましたか?」
「あいつらは魔術師組合の方に行っているよ。あちらへの報告と、あと調べ物があるとかで、図書館に寄るそうだ」
形骸化しているとはいえ、組合員の魔術師は冒険者の一団に加わっている場合、“出向”という形式で派遣されていることになっており、任務の前後でそれに関する報告をすることになっていた。今回の場合、事前報告は時間がなかったためすっ飛ばし、事後報告は相手方が不在であったために再度の訪問となっていた。
また、調べ物も色々とあるが、セラは読書が苦手であるため、図書館には近寄りたくなかった。そういうことは魔術師であり、同時に学徒でもあるフリエスやラオに任せておいた方がいいのだ。
「となると、次なる旅が待っているという感じですか」
「宛てがあるというわけではない、完全な行き当たりばったりだがな」
実際、四人の目的ははっきりしていたが、それに向かっての過程の部分がすっぽり抜けている状態なのだ。今回の任務にしても、情報が入ってきやすくなるように冒険者としての等級を上げておくと言う側面もあった。
それに関しては大成功であった。開始時は七等級であったが、今回の一件で大きく加点され、現在は二等級まで昇格していた。また非公式の等級である“等級外指定”、すなわち特等級冒険者と認識されていた。本来なら一等級がさらなる高難度の任務をこなして到達する領域なのだが、それを七等級が達成してしまったため、過去に例のない状態になっているのだ。
国が滅びかねない強力な不死者を七等級が次々と討伐するなど、本来ならば絶対にありえず、それゆえの歪な状態なのだ。
「その点で今日、ここを訪ねたということもある。高位の冒険者ならば、本来開示されないような情報を得られると思ってな」
「ええ。その点は保証します。こちらとしても、無理な任務を押し付けて、死体を生産するつもりはありません。ですが、あなた方は別格。本来なら出さない話もお出しします」
「話が早くて助かる」
魔王たるセラであるならば、どんな難しい話であろうともこなせる自信はある。二段階くらい落ちるとはいえ、フリエスとフィーヨも腕利きであるし、これも問題はない。
問題があるとすれば、ラオのことだ。ラオは実力的には他三名に比べて明らかに劣る。まだまだ修行中ということもあるが、とにかく経験値が足りていない。場数がものを言う場面においては、間違いなく足手まといとなるはずだ。
(まあ、不釣り合いな修行とでも思って、高難度の仕事を積極的にやっていけば、そのうちものにはなるだろう)
これがセラの認識であった。ラオの才能は買っているが、それを引き出すためには多少の無理も通すべきと考えていた。とにかく場数を踏ませ、経験を積み上げていくことが重要なのだ。
「では、求める情報なのだが、“魔王”に関する遺跡やら道具に関して、何か話はあるかい?」
「ほほう。魔王絡みのお話ですか」
さすがに特等級の冒険者は求める話が常人のそれではないと、マーベは感心した。
かつて、世界を混乱に貶めた“魔王”と呼ばれる存在がおり、全部で十二体いたとされる。伝説の時代、人族の始祖とも言われる大盗賊トブ=ムドールとその仲間達によって討伐され、各所に封印されたと伝承には残っていた。
二十年前に起こった東大陸における戦乱も、封印されて魔王が蘇ったことに起因する。
なお、マーベの目の前にいる男こそ《十三番目の魔王》を自称しているのだが、旅仲間や一部の関係者以外は誰もその言葉を真に受けていない。
「役に立つかどうか分かりませんが、一件ありますよ」
「ほう、それは助かる」
意外とすんなり情報が出てきたことに、セラは機嫌を良くした。早く話してくれと言わんばかりに、何度も頷いて、マーベを急かした。
「セラ殿は“空の魔王”こと、大怪鳥ズゥツウについては御存じですな?」
「まあ、それ相応にはな」
セラも魔王を自称する者として、“同業者”の情報に関しては割と熱心に集めていた。直接会ったことのある別の魔王は、十二体の中でもごく少数であるが、魔王と直接会って話を聞いている分、他の誰よりも魔王については詳しいと言える。
「伝承によると、《天空の騎士》エルカロンが漆黒の竜王ネイデルと共に立ち向かい、これを打ち倒したとされています。また、トブ=ムドールも空に浮かぶ城を築き、これを助けたと言われています。私が知っている話とは、その伝説に語られる“空飛ぶ城”に関しての事です」
マーベは席から立ち上がると、壁に貼られていた西大陸の地図の前に立ち、セラにこちらへ来るように勧めた。セラもそれを受けて席を立ち、地図の前に立った。
「ここ、西大陸のほぼ中央にある『湖畔国』クレゴン王国。その象徴である巨大な湖カーター湖の水底に、巨大な城が沈んでいます」
「ふむ。それがかつて空を飛んでいた城であると?」
「少なくとも、伝承ではそう伝わっております」
セラは興味深そうに地図の湖を見つめた。もし、本当に伝説に語られる空飛ぶ城であるならば、間違いなく強力な道具が眠ってる可能性が高いからだ。
「このカーター湖自体、この城の落着時にできたと言われています」
「なるほど。城くらいの大質量の物体が落下すればそうなるか。しかも、それを浮かすために相当な魔力も込められているだろうし、その落着時の衝撃も凄まじいものだろうな」
「湖の表面積であれば、ここヒューゴ王国の国土面積より広いとされていますからな」
小国とはいえ、国一つが丸々入る大きな湖。当たりはずれは別にしても、見聞するには面白そうだとセラは思った。
「ただ、現在の魔術師組合の元締めがこの湖底遺跡にご執心のようで、何度も調査団を派遣しております。冒険者組合の方にも護衛を頼むと仕事の依頼もありましたし」
「今の元締めはムドール家の者だったか?」
「はい、その通りです」
人族の始祖とも言われるトブ=ムドールは数多くの子供を儲けたとされ、各地にその子孫を称する者達がいる。
セラの旅仲間フリエス=ムドールもそんな一人だ。もっとも、フリエスはムドール家の養子であって、その血脈は継いでおらず、一族に伝わる秘術も教わってはいない。
しかし、フリエスの養父トゥルマースは正真正銘トブの末裔とされ、その秘術を使うことができた。その実力は他の追随を許さず、東大陸においては間違いなく最強の魔術師であり、最高の賢者であるのだ。
そして、西大陸におけるムドール家の当主が、魔術師組合の長としてその地位にあることも、セラは以前から聞かされていた。
(西の大魔術師に会ってみるのも一興か。しかし、これはどうするべきかな)
マーベの情報から、現状、セラの取りうる選択肢は二つあった。西の大魔術師が湖底遺跡にご執心ならば、その調査団に自分達の部隊が加わるということだ。フリエスはいわば親戚筋であるし、冒険者としての実力も、祭典を終わらせたことを以て示している。調査団に加わることも難しくはないはずだ。
もう一つの選択肢は、西の大魔術師を無視して自分達だけで勝手に調査することだ。長年の調査を横から搔っ攫うことになるが、気を遣ってやるほどの義理も義務もない。それで怒って喧嘩を吹っ掛けられてきたとしても、それはそれで“面白そう”だ。
さてどうしたものかと、セラが物思いにふけながら地図を眺めていると、応接間の扉が慌ただしく開かれ、事務員が荒い息と共に入ってきた。
「なんだ、騒々しい。客人の前だぞ」
マーベは突然の乱入に機嫌を損ね、組合員を睨みつけた。だが、その事務員の言葉はすべてを吹き飛ばしてしまった。
「支部長、大変です! ど、竜の襲撃です!」
どうやら祭典は終わっていなかったようだ。祭りの余韻が残るこの町に、新たなる騒動が舞い降りた。
~ 第二話に続く ~




