第三十話 狂人の住処
“不死者の祭典”が終了して三日が経過した。その間、フリエス達は色々な意味で大忙しであった。それもそのはず。数百年、誰も終わらせることができなかった祭典を見事に終わらせたため、波のように人々が押し寄せたのだ。
まず、真っ先にやって来たのは勧誘組だ。この祭典は大陸中から有名無名を問わず、多くの冒険者が集まるため、有力な冒険者を自分の手近なところへ招こうと、各地の冒険者組合の支部からの誘いであったり、あるいは貴族や富豪のお抱えにならないかという誘いもあったりと、それは次から次へと誘いが舞い込んできた。
もちろん、フリエスはそれらをすべて断った。断る理由として、フロンの名前を使わせてもらうことにした。フロンは『酒造国』レウマの国王であり、それと“実質的”に契約を結んでいるため、他からの誘いを受けることはできないという話で勧誘を払い除けた。
当人が聞けば「いよいよ婚礼ですか!?」とても宣って歓喜するであろうが、フリエスにとっては防音用の壁程度にしか考えていない。
同じ理由で現在滞在する『崋山国』ヒューゴの組合支部長のマーベの誘いも断った。当初マーベとしてはそれなりに活躍すれば多少恩恵もあるか程度の考えであったが、その活躍ぶりが日増しに上がっていくのを耳にする度にもしやするとと考え直し、そしてついに成し遂げたと報告を受けた際には、歓喜のあまり椅子からひっくり返って、そのまま横になりながら歓声を上げたほどだ。
できれば手元に置いておきたかったが、古くからの知己であるレウマ支部のカミンから分捕るわけにもいかず、半ば社交辞令的に誘いをかけ、断られるとあっさり引き下がった。
「すいませんね。河岸を変えないって約束があるんで」
「まあ、そうだろうな。有力者の引き抜き、勧誘は早い者勝ち。そういう意味では、カミンに先を越されたというわけだ」
取り付く島のないフリエスの言葉に、マーベはやむなしと引き下がった。とはいえ、後々にまで語られるであろう伝説の一幕に立ち会えたことは幸運であり、マーベとしてはそれで十分であった。
詳細な報告は数日のうちに書きまとめるので、色々と手を貸してほしいと頼まれたマーベはそれを快く引き受けた。
まず、フリエスからの依頼は、ワーニ村に散っていった勇者達の慰霊碑やその功績を書き記した碑文の作成であった。費用はこちらが全額負担するからというフリエスの提案であったが、それはメンツの上で了承できないと断られた。歴史的な大事業を成した上に、金銭的な負担まで強いたとあっては、地元の人間の立場がないからだ。
当面は組合が資金資材を出し、功績に相応しい墓所や石碑が作られることになった。おそらくは伝説の名声に群がって、王国の重鎮や国王も資金提供を申し出てくるであろうし、組合の負担も最小で済むだろうという考えもあった。
フリエス達が次に向かったのは、魔術師組合であった。形骸化しているとはいえ、一応冒険者の部隊に加わっている魔術師は、任務の前後で各支部に報告するのが通例となっていた。
しかし、フリエスはこれを破り、冒険者組合で祭典の内容を聞き、さっさとワーニ村に向かったため、魔術師組合を無視した格好となっていた。
いい印象は持たれてないなと思いつつ、魔術師組合を訪れてみると、あろうことか実質的に閉店状態となっていた。
「なぜだか知らないけど、支部長を始め、主だった面々が全員残らず呼び出しを受けて、出かけられてしまったのだ。おかげでまともな業務ができなくなっています」
いきなり留守を任された年期の浅い事務方の魔術師が、あたふたしながら頭を下げてきてそう告げてきた。その状態では真っ当な報告はできないとフリエスは判断し、再度改めて訪問する旨だけは伝えておいた。どのみち、事後処理で数日はこの国に居座ることになるであろうし、そのうち帰って来るだろうと考えた。
その後、二日間は王都ベアホンとワーニ村の間を行ったり来たりする日々が続き、往復する度に祭りの終わりを告げるかのように人が少なくなっていった。元々、不死者討伐のために集まった冒険者達である。祭りが終われば、方々に散っていくのは当然の事であった。
何かと世話になったカトーのそんな中の一人で、仲間達と共に去っていった。
「ちゃんと俺のことは七行くらい、書いといてくれよな!」
また微妙に行数が増えていたが、そう言って意気揚々と去っていった。最初は色々とあったが、打ち解け合って助けてもらったこともあったし、またどこかで会いたいなとフリエスは思った。
今回の任務は完璧ではないが、目的を達成することはできた。ジョゴ、イコ、ユエという頼りになる戦力を得ることはできなかったが、ラオという磨かれていない宝石の原石は手に入った。これから伸ばしていけば、確かな戦力になってくれるだろう。
また、《真祖の頭蓋》と《多頭大蛇の帯》の二つの神々の遺産を手にすることができた。
頭蓋はフィーヨが装備し、その力を使って毎晩兄と夫との会話を楽しんでいた。不死者を強化する効果があるため、それを応用して二人の意識を鮮明にして、言葉を交わしているのだ。新月の夜だけの交流が、毎晩に変わったことは、フィーヨにとっては何よりの収穫であり、この一事だけでも今回の一件は彼女にとって大成功と言えた。
帯の方はフリエスの勧めでラオが装備することになった。現状、一行の中で神々の遺産で武装していなかったのはラオだけであったし、何よりかつての仲間達からの形見の品として背負わねばならない物であったからだ。
現在はフリエスらがあちこち駆けまわっている間、ラオはワーニ村の近くで訓練に励んでいた。始めて扱う《多頭大蛇の帯》を体に馴染ませるのに必死になっていた。
だが、忙しく動き回っている間に、あっさりと三日の時間が経過した。とうとう、会いたくもない狂人と顔を合わせる日が来てしまった。
火山の噴火を止める代わりに、フィーヨを一晩貸せという条件を出してきて、それを渋々ながら承諾してしまったのだ。噴火が迫っていた危機的状況とは言え、フィーヨを差し出さねばならなかったのは心苦しかった。
(逃げたいのは山々なんだけどなぁ)
そう考えるフリエスであったが、すぐ横にいるセラがそれを許してはくれなかった。逃げたら捕まえると堂々と宣言しており、逃亡はまず不可能な状態であった。
フリエスよりさらに落ち着かないのはフィーヨの方であった。検査という名目であったが、何をされるか知れたものではないし、兄と夫以外の男性にベタベタ触れられるのは嫌であった。当然、フリエス同様、さっさと逃げたかったが、魔王が立ち塞がっているので、逃げることはできない。
あとは、不埒なマネをしてきた場合、全力で暴れまわるだけだ。
こうしてその日の夕刻、フリエス、フィーヨ、セラ、ラオ、ルークの五名はワーニ村の近くの山林へと入っていった。ルークは隠密の調査で一行と離れる予定であったが、念のために今夜の一件が終わるまでは同行することにしていた。
「まあ、大丈夫だとは思うが、万が一にな。何事も穏便に終わってくれるのが一番だが」
ルークの一言にセラを除く全員が頷いた。そう、何事もなく終わってくれるのが一番なのだ。
セラとしては愉快な展開を望んでいるので、多少火遊びが発生してもいいかなと考えていた。
そうこうしていると、森の中を何やら冷たい風が吹き抜けた。自然の風ではないことはすぐに分かったので、一行の警戒度が上がった。
そして、森の中から風に乗って誰かがフワリとやって来た。
姿はよく分からない。黒一色の長衣を着込み、さらにフードを深々とかぶっているので、男か女かも分からない。ただ、《狂気の具現者》でないことだけは、漂う雰囲気や魔力から違うことだけは分かった。
「ええっと、あいつのお迎え・・・?」
フリエスは警戒しつつも目の前の人物に尋ねた。
「そうです。では、こちらへどうぞ。鍵は言の葉、開けよ扉、繋ぐ回廊を我は歩む、〈開門〉」
フードの中から聞こえてきたのは女性の声で、その女性がスッと腕を振り上げ、森の空気を指でなぞるかのようにゆっくりと振り下ろした。すると、“空間”に亀裂が生じ、その亀裂に指を引っ掛け、布をひっぺかすかのように開いてしまった。
「すごい! 〈開門〉の術式なんて初めて見た!」
興奮した声を上げたのはラオであった。〈開門〉は〈瞬間移動〉の上位術式だ。〈瞬間移動〉は術者が掴んでいるもの、ないし描いた魔法陣の中にあるものを飛ばす術式であるが、〈開門〉は開いた空間の裂け目に飛び込んだものを別空間に移動させる術式だ。
フリエスの養父トゥルマースが研究している《竜脈の駅舎》はこれの応用であり、開いている限りはいくらでも移送が可能な術式なのだ。
(迎えを寄こすとは言ってたけど、こいつも相当できる。助手が一人いるって言ってたけど、こいつがそうなのか)
フリエスの警戒度はさらに上がっていった。〈瞬間移動〉ですら使い手が少ないのに、その上位術式まで使えるとなると、どこの国や組織であろうとひっぱりだこだ。“助手”で収まるような腕前でないにも関わらず、狂人の助手に収まっているということは、それだけの何かがあるのだと判断した。
「では、女性二名はこちらにどうぞ。男性の方々はお招きしておりませんので、お迎えすることはできません」
「狂人はスケベ野郎であったか」
などとルークは言い放ったが。助手は特に気にもかけず、女性二名に早く裂け目に飛び込むよう促した。
「助手よ、一つ言っておきたいことがある」
セラは前に進み出て、助手のすぐ前まで移動した。返答次第では一撃で真っ二つにするつもりで、これでもかというほどの殺気をぶつけた。向けられてもいないのに、ラオが寒気で身震いするほどだ。
「こちらは約束通り、二人の身柄を差し出した。だが、あくまで貸し出しであり、期限は一晩だ。もし、約を違えた場合はそれ相応の報いを受けることになる、そうご主人様に伝えておけ」
こういう時のセラは本当に頼りになる、フリエスは一定の安堵を得ることができた。セラは嘘は付かないし、約を違えるようなマネは絶対にしない。そして、それは自分のみならず、相手にもそれを求めてくる。そして、約を違えれば、魔王の制裁が待っている。だからこそ、こういう念を押してくれるのは、正直助かるというものであった。
「承知いたしました。御主人にお伝えしておきます」
助手はセラに向かって軽く会釈し、それから再び女性二名の方を振り向いた。
「では御二方、急いでください。時間は有限だと魔王が吠えておりますれば、急がねば一晩では済まぬやもしれませんので、約を違いないためにもお急ぎください」
急かす助手に対し、二人は顔を見合わせ、頷き合ってから覚悟を決めた。
まずはフリエスが裂け目に入り、続いて、フィーヨが入った。それを確認してから、助手は残される三人に向かって会釈した後、裂け目に入って、それを閉じた。
あたりに静寂と涼しげな夜風が吹き抜け、まあ、送り出しは終わったなとラオとルークは安心した。セラは空間の裂け目があった場所をジッと見つめたままだ。
「大丈夫・・・でしょうか?」
心配そうに尋ねてきたのはラオだ。送り出した手前、もう今からではどうすることもできないが、やはり相手の拠点に乗り込む二人の事が心配でならなかった。
「現段階で、ネイロウがこちらと事を構えることはあるまい。あれだけ太い釘を打ち込んでおいたのだからな。もし、あおれがあるとすれば、検査の結果が自身の考えと大きくずれていた場合だろうな」
だが、それはないとセラは考えていた。ネイロウと会話したのは二度あるが、とにかく計算高く、動く時は勝ちを確信している時だけだ、というのが印象として残っている。それがわざわざ自分の住処まで敵対者を招き入れたのだ。検査というよりかは、確認に近いかもしれない。それがセラの考えだ。
「お前らは村に戻って寝ておくといい。俺は闇夜こそ冴えてくるから、一晩微動だにせず待つくらいは造作もない」
「随分とお優しい魔王なことで」
少し会わない間に丸くなったものだと、ルークは感じた。以前のセラはとにかく傍若無人で、気の向いたこと以外にはまともに動こうともしないわがままな存在であった。ところが今は、仲間の帰りを待ってやるくらいの感情が芽生えているのだ。
もっとも、仲間という存在と自身とが、どれほどの絆や縁で結ばれているか、その強度はルークの考えの及ぶところではなかった。
まあ、これならば安心かと考え、ルークは村の方へと消えていった。
ラオはと言うと、今夜は徹夜で過ごすつもりでいたので、落ち着かない感情を抑えるために、訓練を始めた。《多頭大蛇の帯》を起動し、撃つ訓練を行った。体を武器に慣らしておかねば、いざ戦闘になったときに役に立たないため、時間があればひたすら帯を起動して、訓練に励んでいた。
強くなるために努力するのは好感が持てるため、セラはラオの訓練風景を時折チラ見しながら、二人の消えた空間を見つめ続けた。
***
飛ばされた先は、どこにでもあるような館の広間であった。掃除は行き届いているし、家具や調度品も中々の物が並んでいる。
「・・・普通よね」
フリエスは見てはならない物を見たかのように見回した。おどろおどろしい魔窟を創造していただけに、あまりにも普通な感じに拍子抜けしたのだ。
「ええ。前に訪れた拠点もこのような感じでしたわ」
フィーヨは以前、ネイロウに誘拐されたことがあり、以前の拠点に足を踏み込んだことがあった。そのときも、研究棟以外は品の良い豪邸といった感じであったのは覚えていた。
そんな二人の前に助手が進み出て、深く被っていたフードを脱いだ。隠されていた顔があらわになったのだが、それを見るなりフィーヨは腰を抜かしてガタガタ震え始めた。両腕に巻き付いていた蛇もにわかに殺気立ち、助手に飛び掛からん勢いで威圧した。
「ど、どうしたんですか、フィーヨさん!?」
いきなりの事態に状況が把握できず、フリエスは尻もちをついているフィーヨの体を支えた。同時に、助手を睨みつけ、あらわになったその顔をよく観察した。
助手は女性であった。といっても、齢は十六、七あたりと言ったところで、大人びた雰囲気と少女のあどけなさが同居したような顔立ちをしていた。髪は黒で、波打つほどに癖があった。瞳は金色をしており、見る者に強烈な印象を与える何かを放っていた。
「気に入っていただけたかね?」
不意に横の扉が開かれ、そこから館の主が現れた。《狂気の具現者》こと、ネイロウ=イースターリーだ。自宅にいるためか、いつも着込んでいる長衣は来ておらず、杖も握っていない。長上着に脚絆と、まさに普段着といった装いだ。
「あんた、フィーヨさんになにしたのよ!?」
「強いて言えば、感動の再会かな?」
ネイロウはガタガタ震えるフィーヨを見ながら、助手に近付き、ポンと手を肩に置いた。
「フィーヨのその二匹の蛇には思い出深い姿だろうからな。驚くのも無理はない。ほれ、ちゃんと挨拶しなさい」
ネイロウに促され、助手は一歩前に進み出て、身を覆っていた黒い長衣を脱ぎ捨てた。中からは紺地の長袖の服にスカート、フリル付きの白い前掛けと、まさに女給仕と評するしかない格好であった。
「改めましてご挨拶を。名をニーチェと申しまして、御主人たるネイロウ様の助手を務めさせていただいております。以後お見知り置きを、フィーヨ様、ヘルギィ様、ルイングラム様。そして、フリエス“お姉様”」
「・・・は?」
フリエスは混乱した。確かに、フリエスには妹はいるが、目の前の女性がそれでないことは確実だ。
(といっても、そろそろ身長抜かれているだろうな~)
実家の妹はそろそろ十二歳になる頃だ。しばらくは会っていないが、伸び盛りの年であるし、おそらくは時間が止まっている自分の身長を追い越しているだろうと考えた。
「・・・じゃなくて! あたしに妹はいるけど、全然似てないわよ!」
「まあ、そりゃそうじゃ。妹というより、同一体と言った方がいいかもしれん。なにしろ、お前を大元にして錬成した“人造人間”じゃからな」
「なんですと!?」
ネイロウの説明を聞き、フリエスは驚きつつも、フィーヨが怯えている理由を察した。なにしろ、かつての誘拐事件の際、フィーヨが目の当たりにした“雷神”フリエスは今のような子供の姿ではなく、大人の姿をしていたと聞かされていた。ならば、目の前のニーチェと名乗った助手は髪の色以外それに近しい姿をしていると言える。
かつての記憶が呼び起こされ、頭が混乱してしまうのも無理ないことであった。
「つまり・・・、こいつはあたしのそっくりさんってことか」
「本来の覚醒した姿なら二十歳くらいだと思うのだが、いささか可愛げに欠けていたので、この辺りで見た目は止めておいた。あと、紛らわしくなるからと、髪は黒にしておいたぞ」
そう言われると俄然興味がわいてきて、フリエスは自分のそっくりさんだというニーチェをしっかりと観察した。間近まで歩み寄り、顔はもちろん、手や足、体もじっくり眺めた。舐めるように見つめて観察し、ぐるりと周囲も見回して、再び正面に戻ってきた。
そして、注目した。そう、胸部にである。
(か、変わってない・・・!)
目の前のニーチェの胸部の大きさは、現在の自分の大きさと大差ない。ほとんど成長していないのだ。身長は伸びている。顔も少女から大人へと変わりつつある過渡期特有の大人の色気と少女の愛らしさの融合物に変化している。だが、頭一つ分ほどは背丈は伸びていようが、顔も大人に近づいていようが、胸はまるで成長していない。
その点が大いに気になるところであり、フリエスは思わずニーチェの両腕を掴んだ。目の前には平坦な胸部が視界を埋め尽くしており、しっかりと凝視しながら絞り出すように妙な声で尋ねた。
「成長ハ・・・、成長ハナインデスカァ?」
「そんなものはない」
ネイロウの口から放たれる無慈悲なる一撃。フリエスの魂に直撃し、そのまま崩れ落ちて四つん這いになった。
***
落ち着け落ち着け。あたし、落ち着けぇ・・・。これは罠だ! 罠に違いない! そう、これは狂人の精神攻撃に違いない! 私の気にしている箇所を強調して・・・、ん、強調? 強調するほど自己主張してないじゃん、これ! どういうことなの!? 出てないじゃん! まっ平のままじゃん! 成長してないじゃん! こんなの絶対おかしいよぉ! そりゃあ、今の姿は十と少しの年齢で止まっちゃってるし、二次性徴前だから体付きが子供なのは認めるよ。でも、目の前の“これ”はなんなのよさ!? 狂人の説明だと、こいつの体は十六、七歳でしょ。もう大きくなっててもいいじゃん! 背丈だって伸びてるんだし、胸も大きくなってもいいじゃん! フィーヨさんみたいなスンバラシイ体付きは高望みだろうけどさぁ、今と大して変わらないってのはどういうことなの!? 納得いかないわよ、こんなの! 神様、世の中不公平すぎますよ! って、神はあたしだ、コンチクショウメ! じゃあ、なに、これはあたしが悪いってか!? ふざけんなってぇの! 認めるかぁ、こんなん! 世界が、世界が悪いんだぁ、こんなの。世界が私をイジメるんだぁ、ぐぬぬ。お、の、れ、世界め、世界め、あたしをイジメるんなら、こんな世界なんてぶっ潰してやる。あたしみたいにまっ平にしてやる! ・・・いやいやいや、ダメダメダメ、まっ平違う。まっ平じゃない! あたしは成長する、絶対成長するから! 平原、絶壁、断固拒否! 巨峰とは言わずとも、程よい丘陵にはなるからね、絶対! そう、これはまやかしだ。偽物、作り物、そっくりさんであって、あたしそのものじゃない。違うからね、本当に! ああ、そうだ。こいつは人造人間。人造人間だと、説明されていた。つ、ま、り、こいつはあたしには似ているけど、あたしそのものじゃないってことは確定的に明らか! まあ、以前の研究資料の中にあたしの血肉を採取したのがあったのかもしれないけど、そうした奴から培養して人体錬成を行ったんでしょうけど、それはあたしじゃない。・・・あ、それだ! 人造人間を造り出す際に、薬品やら魔術具なんかを使っているでしょうし、それが体の生育やなんかに、悪影響を及ぼした可能性が“多分”あるはず。よって、こいつが成長していない理由はちゃんとある。よくよく考えてみれば、最初に罠だって言ったじゃん! これは狂人が偽物のあたしを見せびらかして、こっちが打ちひしがれるのを見て楽しむ、余興や愉悦的ななんかそれっぽいやつよ! お、の、れ、狂人めぇぇぇ! なんという高度な心理戦を仕掛けてくるのか! 危うく初撃で全部持って行かれるところだったわよ! 今に見てろよ、この変態野郎め! 乙女の純情を弄んだ罪は重いわよ! ああ、でも、あたし三十路越えてるんだし、乙女はさすがに無理があるか・・・。いやいやいや、見た目相応ってことなら、乙女と主張しても許される! あ~、待て待て、それは消極的。ちゃんと成長しないとダメ。乙女を卒業して、立派な恵体の大人の女性になるんだからね。気をしっかり持ちなさい、あたし。病は気から、成長は心の持ち様。魂がそれを拒絶しては、大きくなるものも大きくならない!
結論! 成長はまだある!
***
ようやく考えがまとまったフリエスは満身創痍ながらも立ち上がり、荒くなった呼吸を整えながらフラフラとまだ尻もちをついているフィーヨに歩み寄った。
そして、頭に輝く額冠に指を当てた。先頃手に入った神々の遺産《真祖の頭蓋》であり、不死者を大幅に強化する力が備わっている。
「魔力注入、強制起動! 二人とも、フィーヨさんを起こして!」
フリエスは頭蓋を無理やり動かし、フィーヨの両腕に巻き付いていた二匹の蛇を活性化させた。この蛇にはそれぞれ、フィーヨの兄ヘルギィ、夫ルイングラムの魂が宿っており、常に行動を共にしていた。魔力が安定する新月の夜には会話ができるのだが、それ以外の日は本能のままに動いていた。
しかし、《真祖の頭蓋》の効果により、魔力供給がなされている場合は、いつでも意思疎通が図れるようになっていた。
意識が鮮明になった二匹の蛇は、口をフィーヨの耳元に近付けた。
「「起きろぉぉぉ!」」
ちなみに、二人の発したこの声はフィーヨ以外には聞こえない。会話というより、装備者への念話のようなもので、周囲には届かないからだ。
二人の呼びかけにフィーヨも正気を取り戻し、フリエスに支えられながらどうにか起き上がった。
「やってくれましたわね・・・!」
「くっ、いきなり高度な精神攻撃をかけてくるなんて!」
「いや、なんもしとらんからな」
実際、ネイロウは何もしていない。強いて言えば、助手のニーチェを見せびらかしただけだ。
「御主人、この二人は何を焦っておいでなのでしょうか?」
「んん~、まあ、あれだ。勘違いの果てに、色々こじらせただけじゃ。常に冷静かつ確かな分析ができておれば、こういう醜態とは無縁でいられる」
「なるほど。ニーチェはそれを心掛けます」
ニーチェは荒い息のままの二人をよく観察していたが、フリエスはなにか奇声を上げながら手を交差させ、“×”を形作った。
「はい、ダメぇ! ダメダメダメ! 一人称を自分の名前で呼ぶのはヤバイ奴だって相場が決まってるんのよ! こんなのが妹だの、同一体だと、絶対無理ぃ! 認めない、認めないからね!」
「お前は一体、何を言っておる? なんか、適当な理由をこじつけて、無理矢理拒絶しとるようにしか聞こえんぞ」
フリエスの常軌を逸した態度はさすがにネイロウですら困惑した。こういう暴走する読めない相手は苦手なのだ。
(いや、これはトゥルマースの差し金か。あやつめ、適当な育て方をしているようで、ワシが苦手な“計算できないバカ”の因子をこやつに仕込んだのか。娘に無茶苦茶しよるのう)
ネイロウは自身が頭がいいことを知っており、世の大半の人々が遥かな底辺をさまよっていると考えている。大抵の場合は、自身の手のひらの上で誰しもが躍り狂うのだ。
しかし、それを狂わせる者が二種頼だけ存在している。自分と同等かそれ以上の切れ者か、想像を逸脱するほどのバカだ。
無軌道な“暴走”だけは計算できないのだ。
「・・・まあ、積もる話もあろうが、さっさと予定を済ませよう。検査じゃ、検査! フィーヨが嫌がると思って、女手を用意したのじゃぞ」
「それがこいつですか!?」
フィーヨとしては不満しかなかった。女手なのはよしとしても、姿形が見たくもない“雷神”フリエスのそっくりさんなのだ。かつての凄惨な光景を思い浮かべてしまう。はっきり言ってしまえば、これに弄られるのは精神衛生上よくない。
「あなた、検査だなんだと言って、結局は私やフリエスをからかっているだけでは?」
「わしはいつでも大真面目だが?」
「セラみたいな台詞吐かないで・・・」
はやりこの男の相手は疲れる。フィーヨは身に染みてそれを思い出させられた。
「とはいえ、約束は約束ですからね。違反したら魔王が何をするか分かりませんし、素直に従うとしましょう」
「そうそう、それでよい。ニーチェ、先に述べておいた項目をすべて検査せよ。記録が採れ次第、ワシの所へ報告に来るように」
ニーチェは恭しく頷くと、実験棟のある方の扉を開け、フィーヨを招き寄せた。
「蛇のお二人さん、フィーヨさんをお願いね。そのあたしもどきが妙なマネをしたら、“二つある心臓”を同時に破壊しちゃっていいから!」
フリエスの物騒な声援に、二匹の蛇は何度か頷いた。最終的に頼りになるのは、やはりあの二人ということになる。
そして、フィーヨは扉の向こう側にニーチェと共に消えていった。
「さて、検査が終わるまで、時間があるし、茶でも飲みながら待つとしよう」
ネイロウはそう言うと、別方向の扉が開いた。フリエスは警戒しながらもネイロウの後についていくと、そこはごく普通の応接間であった。部屋の中央に机と椅子が並び、部屋の中には家具や調度品が置かれていた。
「・・・、ここも普通ね」
「あのなぁ、フィーヨもそうじゃが、おぬしもわしを何だと思っておるのじゃ?」
「変態」
即答で答えた後、フリエスはその体を部屋の隅にあったソファーに投げ出した。机を挟んで話す気はないという意思表示であった。
「礼儀作法がなっとらんのう」
「使う相手を選ぶのよ」
「親しき仲にも礼儀ありというじゃろうが」
「誰と誰が親しいって?」
どうも話がかみ合いそうになかった。そうこうしていると、部屋の中に人型の大きさの人形が入ってきた。レウマ国で戦った黒鉄の人形によく似ているが、こちらの素材は銀でできているようだ。
手に持つ金属板の上にはお茶の用意がなされており、それを机の上に置いていった。
「なるほど。ゴーレムを家政婦、下男として使っているわけか」
「さすがにニーチェだけでは屋敷の管理をするには手が足りなくてな。この屋敷自体、竜脈の力を利用して守られており、存在次元をずらして隠されている。招きもせんやつは見つけることすらできん。そして、竜脈の魔力で満ちておるから、ゴーレムは半永久的に動くことができる」
「ふぅ~ん」
さらりととんでもない発言が飛び出したが、フリエスは気のない風を装い、分析した。
(待て、こら。存在次元をずらすだと? てことは、狭間の世界か、この館の座標は。それじゃあ、見つけるのが難しいわけだ)
以前、愛の女神セーグラが話した通り、この世界は人々が暮らす物質の世界と、神々等が住まう精神の世界に分けられている。表裏一体と言ってもいいが、その表と裏の間には二つの世界を繋ぐ僅かな狭間が存在すると言われている。
〈瞬間移動〉等の移送系の術式はこの狭間に干渉し、物質の影響を受けない通路を利用する感覚だとされる。
だが、物質の世界の住人にとって、狭間の世界は極めて不安定であり、一時的な利用ならともかく、長く居座ることは精神の世界に引っ張られる危険があり、そのまま物質を崩壊させ、精神体となってさまよう可能性が高い。
にもかかわらず、ネイロウの屋敷はそれを維持しているのだという。世界のどこにでもいて、どこにもいない状態とも言える。なにしろ、狭間の世界は物質の世界の干渉を術式等の方法を使わない限りは受けないので、どこにでも移動が可能ということだ。特定の位置取りをしていないので、屋敷ごと世界のどこへでも移動できることを意味していた。
「まあ、それも完璧ではないがな。実際、魔王めがすでに屋敷を捉えている」
「え、そうなの?」
フリエスはソファーから起き上がり、ネイロウとは机を挟む形で椅子に腰かけた。真面目に会話する気はなかったのでソファーに寝そべっていたのだが、どうやらそうも言ってられないようなので、相手の話を聞く気になったのだ。
「あやつの装備している《虚空の落とし穴》をただの回避用の道具としか思っておらんようだが、実際は“異空間に干渉する”道具なのだぞ。言ってみれば、別の世界と繋がって、その世界の力を引っ張り出す行為。普段、あやつが使っておる“虚空”も、あれは原初の世界より呼び出した“何もない”状態を一時的に纏っているにすぎん。何もないから、何も起きず、ただすり抜けるだけ」
そう説明されると、フリエスは妙な身震いを覚えた。普段は何気なく使っているが、使い方次第では世界そのものを消してしまえるからだ。もっとも、あの腕輪の力の許容範囲がどの程度かわからないので、一概にもその通りとは言えないが。
「あやつめ、今、こちらをジッと観察しておる。先程、おぬしらを連れてくる際に〈開門〉を使ったから、ここの“現在の座標”が補足された。しかも、すでに繋がっておる」
「ええっと、つまり、ここがセラの垂らした釣り糸と針に引っかかっているってこと?」
「まあ、そんなところじゃな。一晩という約束を違えた場合、屋敷を釣り上げて、無理矢理に物質世界に顕現させるつもりなのじゃろう」
ネイロウとしては、逃げ切れるならばこのまま二人を拉致すると言う選択肢も用意していた。できる事ならば、手元に置いて色々と試したいことがあったからだ。
だが、魔王に目を付けられてしまった。もし、戦闘になった場合、勝てる確率は五分五分と見ており、そのような分の悪い勝負をするほどネイロウは勇敢でも無謀でもない。基本的には勝てる勝負しかしない主義であり、一分でも負ける要素があれば、それを修正してから動き出すのだ。
つまり、現段階ではセラと敵対関係になるつもりはなかった。付かず離れずの状態のままの方が、今のところは望ましいというわけだ。
「フリエスよ、なんだかんだで魔王に愛されておるのう」
「餌としてね」
「フフッ、本当にそれだけかのう。今は見た目も性格も生意気な子供かもしれんが、まあ、そのうちニーチェのような姿になれると考えれば、先物買いと言えなくもあるまい。ほれ、どこかの国の話じゃが、可愛らしい少女を連れ去った王子が、少女が大人になるまでじっくり育て、それから恋仲になったという話を聞いたことがある」
フリエスにとっては初めて聞く話であるが、随分と身勝手な話だなというのが率直な感想だ。だが、それより、目の前の狂人がセラと引っ付けようとする感じがしてならないのは奇妙でならない。一体、なんの利益があってそんなことを言うのか、全く見えてこなかった。
「そう、それよ。あんたの助手、随分と変わった体の構造してるわね」
フリエスは話題逸らしとして、ニーチェの話を持ち出した。
「あいつ、心臓が二つもあったわ。人の体で言うと、“脳”に当たる部分にもう一つ心臓が入ってた」
「ほほう、胸ばかりに注意が向けられていると思いきや、ちゃんと観察できておったのか」
「うっさい、黙れ」
相変わらず挑発行為を忘れないネイロウの喋り方にフリエスはイライラしたが、いつものことなので落ち着いて話を続けることにした。
「あやつには、以前手に入れた《妖精の羽筆》を移植してある。言ってみれば、おぬしの模倣品の生体型の器に自我を与えてみたのじゃ。つまり、あの黒鉄の人形の生身形態というわけじゃ」
「なるほど。第二の心臓に羽筆を入れて、その心臓で魔力と意識を全身に巡らせているってわけね」
「予備動力の意味合いもあるがな。どちらか片方の心臓が生きておれば、活動に支障はない。まあ、戦闘行動だと、さすがに動作は鈍るがな」
羽筆で“脳”を代用できるのであれば、脳の部分に別の臓器を載せるというぶっ飛んだ発想だ。心臓が二つあるのであれば、普通の体よりも血液、魔力ともに循環させやすくなり、能力向上に役立つ。ただ、実際にそれを試してしまうのが、狂人の狂人たる所以である。
他人が躊躇しそうなことでも、試してみるかですんなりやってしまうのが、ネイロウの怖い点だ。
「さて、フリエスよ、我が愛しき娘よ、フィーヨの検査が終わるまでの間、一勝負といこうか」
「・・・、勝負の内容は?」
椅子に腰かけ、机を挟み、両者の間に火花が飛び散る。
こうして、静かだが激しい戦いが始まろうとしていた。
~ 第三十一話に続く ~




