第二十九話 祭りの後
ワーニの温泉村に朝日が差し込め始めていた。闇を振り払い、ようやく光り輝く朝が訪れたのだ。
ゆうべは“不死者の祭典”の本番と言うべき百の満月の夜であり、それまでとは比べ物にならないほどの不死者が大挙して山から下って来た。まるで雪崩かと思わせるほどに次から次へと押し寄せ、麓の村々に迫った。
このときのために数多くの冒険者が集い、その災厄を押し留めるために奮戦した。朝日は、それが終わったことを告げる証なのだ。
だが、皆が真に興味を引くのは、夜明けも近づいてきたころに発生した地響きと光の柱であった。火口付近で強烈な激突があったことは、麓からでも幾人かは確認できたが、何が起こったかまではさすがに知る術はなかった。
それから程なくして、今度は大地が揺れ動き、悲鳴を上げ始めたのだ。これも火口付近で光の柱が上がると同時に収まっていき、今はどこも平穏を取り戻していた。
平穏を取り戻したと言っても、どこか重々しい雰囲気は残っていた。押し寄せる不死者の群れを撃退したとは言え、無傷とはいかず、重症を負って倒れたままの者や、あるいは物言わぬ骸に成り果てた者もいる。
しかし、それを覚悟のうえでやって来ているのだ。ワーニ村は祭典の度に激しい攻撃にさらされ、激戦地になることが決まっている場所だ。それを承知でやって来て、自らの腕と命を懸けて戦ったのだ。例え燃え尽きようとも、その戦いぶりは生き残った者達によって語られていく。
そうした雰囲気を振り払うかのように、朝日と共に英雄達が凱旋してきたのだ。意気揚々と火口を目指して出撃し、そして今、帰ってきたのだ。
英雄達の帰還は皆を湧かせたが、それでも布に包まれて担がれてきた遺骸を目にすると、その壮絶な戦いぶりを思わせた。全員が生還できなかったのは残念であったが、まずは無事にもどった四人の労を労った。
そして、それに応えるかのように、フィーヨが前に進み出て、新たに身につけた額冠を見せつけた。
「分かりにくいかもしれませんが、話に聞く呪いの髑髏は浄化され、輝ける額冠に姿を変えました。祭典を台無しにされた魔王モロパンティラは、報復として火山を爆発させようとしましたが、三人の献身によりどうにか抑え込むことができました! 尊い犠牲を払うことになりましたが、これでもう風光明媚な美しき山々が、死の気配を帯びることはないでしょう!」
それは祭典が今後開催されないことを意味していた。誰もが待ち望み、誰もが成し得なかったことを、七人の英雄が成し遂げたのだと高らかに宣言したのだ。
皆が諸手を挙げて喜んだ。ついに成し得た、後々までに語られる伝説の一幕に立ち会えたと、歓声が村の隅々まで響き渡った。
ある者は歓喜のあまり泣き叫び、ある者は英雄達に握手を求め、ある者は物言わぬ仲間に涙ながらに報告した。
そこへワーニ村の村長ウーノが人ごみをかき分け、英雄達の前にやって来た。
「英雄の皆さん、お疲れさまでございました! 数百年の長きにわたり、死の恐怖を振り撒いてきた山の暗部も晴れ渡り、輝ける偉業が残りました。さあ、約束通り、祝杯を掲げましょう!」
ウーノの呼び掛けに盛り上がりはいよいよ最高潮に達し、また大地が揺れ出したのかと思うほどに歓声が響き渡った。
そんな騒動を後目に、フリエスはふと山の方を見上げた。数々の激戦を繰り広げたイーサ山。朝日に照らされたそれは、数多の戦士達の墓標にも思えてきた。
「終わったわよ、イコ、ジョゴ、ユエ、あとそれからカトーさん。さようなら、勇者達よ。あたしはあなた達のことは決して忘れないから」
バシッ!
いきなり背後から手刀で頭頂部を叩かれたので、フリエスは頭をさすりながら振り向くと、そこには見知った顔が立っていた。
「え、うぇ、か、カトーさん!?」
「お前なあ・・・。なにそれっぽい字句付けて気分出して、俺まで抹殺しようとするかな」
そこにたっていたのは、間違いなくカトーであった。二本の足も付いている。幽霊でもないし、屍人でも成さそうだ。正真正銘、生きたカトーで間違いなかった。
「カトーさん、よく無事だったわね!」
「おう! 俺は死ぬときは老衰で死ぬって言ったろ? そう簡単にゃ死なねえよ」
再会を祝して、二人は握手を交わした。手のひらから伝わる熱い魂は間違いなく生者のそれであった。その背後からはカトーの部隊の他の面々も揃っていた。
「ここに全員が揃ってるってことは、どうにか薬の効果が麓まで持ったってことですか?」
「いいや、やっぱり下までは持たなかった」
カトーらの部隊はもしも危機的状態に陥っても逃げれるようにと、透化薬と屍人紛香を所持していた。姿と生者の気配を隠し、素早く逃げれるように準備していた。しかし、フリエスを助けるために深入りした上に、肝心の薬を半分フリエスに渡してしまったため、逃げれるかどうかの不安があった。
「なら、上手く切り抜けれたってこと?」
「それも違う。薬が切れて、囲まれて、どうにか切り抜けようしたんだが、途中で力尽きちまった。ああ、こりゃ終わったなって思ったときにな、とんでもなく強ぇ奴が助けてくれたんだ」
そう言うと、カトーは少し離れたところに背を向けて岩に腰かけている人物を指さした。その人物はすべての装束が赤一色で統一されており、今は弦楽器を演奏しているようであった。僅かに耳に入って来るそれは、死者の魂を慰めているかのようにどことなく物悲しかった。
「あれは・・・」
フリエスはそちらの方へと速足で駆け寄ると、自分の予想が当たっていたことを確信した。
「やっぱり、ルークさん!」
ルークと呼ばれた男は演奏を止め、立ち上がった。ウードの弦をもう一度弾き、そしてフリエスの方を振り向いた。年は五十の手前といったところの中年の男性だ。立派な髭を生やし、胸元辺りまで延びていた。セラほどでないにしてもかなりの偉丈夫で、年を感じさせない若々しさを鍛え上げられた肉体から漂わせていた。
「久しいな、小さな女神フリエスよ。元気そうでなによりだ」
そう言うと、ルークはフリエスの頭を撫でてやり、フリエスは気恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「もう、ルークさんったら、いつまで私を子ども扱いするつもりですか」
「もう少し背丈が伸びるまでだな」
口元は髭で隠れているが、間違いなくニヤついているであろうとフリエスは思った。出会った頃から姿が変わってないのであるから、やむを得ないかもしれないが。
「なんでぇ、あんたら知り合いだったのか」
フリエスに付いてきていたカトーが興味深そうに二人を眺めた。双方の戦いぶりを見せつけられた身としては、その桁外れの実力に関心を抱いているのだ。
「ええ、この人はルーク=ラキートさん。父が仕えていた国で、宮廷音楽家を務めていた人よ。武芸全般に通じ、学識も深く、しかも一流の演奏家であり、さらには呪歌の使い手でもあるのよ」
ルーク=ラキート。かつて東大陸の大戦において活躍し、《二十士》の一人にも数えられる英雄で、《死出の調律》の二つ名で知られている。《英雄王》の側仕えにして宮廷音楽家でもあり、数多の戦場で勇名を轟かせた。更に吟遊詩人、文芸家としても名が知れており、大戦を元にして作られた叙事詩『主なき地の伝説』の著者でもあった。
東西大陸の航路開拓事業にも率先して協力し、第一陣として西大陸に赴き、各地で歌を歌いながら東大陸のことを喧伝して回っていた。
「すまんな。本当はずっと前にこの国に着いていたのだが、各村を回っていたのだ。君らが来ているのは耳に入っていたから、最終日には合流しようと思っていたのだが、思いの外移動に時間がかかってしまってな。君らが出払った後にワーニ村に着いてしまっまのだよ」
「ああ、そうだったんですか。それは巡り合わせが悪かったですね。残念」
ルークが加入していれば、戦術に大きな手を加えられたのだが、済んでしまったことを悔いてもしかたがなかった。
「あ、ルークさん、冒険者の登録してるんだ。ちょっと見せて」
フリエスはルークが冒険者の身分証の札を下げているのを見つけ、それを手にとって調べた。祭典の特別仕様になっており、討伐した怪物の数や種類が記載されたりするのだ。
これを元にして活躍度合いの順位表を作成したりするので、祭典の後の余韻とも言うべき楽しみとなっていた。
そして、ルークの札を調べ終わったフリエスは驚愕した。
「討伐数・・・、一万超えてる!?」
「はぁ?」
文字通りの桁違いの討伐数に、カトーから変な声が漏れた。
「カトーさん、討伐数一万て、凄いかな?」
「凄いなんてもんじゃねぇよ! だいたい、腕利きって呼ばれる連中でも千超えるのもそうそういない。どんだけ頑張っても二千行けばいい方だぞ。なのに、一万は破格すぎる! 余裕の新記録だ!」
カトーは興奮して、他の面々にもルークの札を見せて回った。案の定、他の面々も驚きの声を上げた。
「ちなみに、ルークさん、どうやって数を稼いでたの?」
「呪歌の鎮魂歌をひたすら歌ってた。湧けば湧くだけ私に寄って来て、勝手に消滅していったからな」
「あぁ~、納得。雑魚ならいくらでも狩れるわ、それだと」
呪歌は歌声に魔力を乗せ、様々な効果を発揮する特殊な術式だ。普段なら補助に回ることが多いのだが、不死者相手なら話は別だ。魂を鎮める歌声は偽りの命を持つ者には効果的であった。
上位の不死者ならば耐えれようが、押し寄せて来るのは下位の連中だ。歌声の餌食にしかならず、ルークの討伐数が飛躍的に伸びることになった。
そんな驚くカトーらの横から、今度はいつの間にか寄って来ていたセラが自分の札を見せ付けた。カトーがそれを見ると、こちらも尋常でないことが記されていた。
「な、なんじゃこらぁ!? 血塗られし亡霊術師王に獄竜、亡者の帝王、堕ちたる魂の選定者、首無騎士、公爵吸血鬼て、どんだけ倒したんだよ、あんた!」
「ちなみに、それ全部単独撃破よ」
フリエスの補足に、カトーもその周囲にいる人々も驚きすぎて顎が外れかかった。国一つ滅ぼされかねない最上位の不死者の目白押し。しかもそれを単独撃破。すぐ横にいる男は異次元の存在なのだ。
カトー自身、セラが一番強いと予測していたが、見せ付けられた力は予想の遥か上を行っていた。
なお、この記録はセラが大狼になって暴走していた時の記録であり、それもちゃんと加算されていたことになる。
「ああ、もう! それじゃあ、私は全く討伐数を稼げてませんわ!」
不満の声を上げたのはフィーヨであった。なにしろ、昨夜のフィーヨはほぼひたすらに逃げ回っていただけで、討伐数はほとんど増えていなかった。魔王から逃げ回り、魔王に準ずる相手と激闘を繰り広げたのは間違いないが、“討伐”はできてなかったので、討伐数としては加算されていなかった。
「なあなあ、皇帝陛下よ。これはどう見ても、俺の方が部隊への貢献度は上だよなぁ? この役立たずのお荷物が!」
にやにや笑いながらの、セラによるフィーヨへの挑発。実際、撃破による功績はセラがぶっちぎりの状態であり、フィーヨとしては言い返す言葉が浮かばなかった。
意趣返しとはいえ、こうも言いたい放題なのは憤激に値するのであった。
(ありゃりゃ。しかも、ジョゴを倒したのはイコだから、あれは経験値泥棒になっちゃうのか)
ジョゴの暴走の件は表沙汰にできないので、記録として残っていないことは幸いであったが、苦労の割には得た物は控えめと言わざるを得ない。《真祖の頭蓋》は有用であるし、フィーヨ的には最大の報酬と呼べるのであろうが、イコ、ジョゴ、ユエという腕利きを三人も同時に失うのは、フリエスにとって痛すぎた。
(あいつの誘いに乗った以上、戦闘は起こる可能性が高い。腕利きはいくらでも欲しい)
幸いルークと合流できたのは僥倖であった。あとはこちらに渡海したヴァニラと合流できれば、更なる戦力増強に繋がる。
さらに言えば、正式に《神々への反逆者》に加わったラオの育成にも力を入れねばならない。まだまだ子犬の域を出ない魔術師であるが、その才覚はセラが太鼓判を押すほどの逸材だ。勧誘だけでなく、育成も今後の大きな課題となってくるだろう。
(父さんと一回会いたいなぁ。あたし、育てられることはあっても、育てる方はまともにやったことないからな~)
フリエスの父トゥルマースは東大陸最強の魔術師にして最高の賢者である。フリエス自身、トゥルマースの手によって鍛えられてきた。術式の強化よりは、術の運用法、活用法に重きに置いた訓練で、戦闘中の判断の速さはそこから来ていた。
(まあ、次の新月まで半月あるし、それまでにラオ君の癖や特徴を把握して、いい訓練方法を教えてもらうとしますか。その前にこなさなきゃいけない雑事があるけど)
フリエスにとって頭が痛いのは、ネイロウとの約束だ。できれば会いたくないのだが、火山の噴火を鎮めてもらった手前、どうしても顔を合わさざるを得ない。仮に逃げようとしも、セラが逃がさないと宣言している以上、それも不可能だ。
どうあがこうとも、狂人の住処にご招待されることになるのだ。
「そうそう、フリエスよ、残念なお知らせがあるのだ」
そう話しかけてきたのは、ルークであった。ただでさえ重い思考で頭がいたいのに、さらに残念なお知らせとは。フリエスは不満げにルークの方に振り向いた。
「せっかく合流できたのだが、私はこれから南方へ出かけねばならんのだ。秘密裏に調べたいことができたのでな。祭典に参加してたのも、そこへ向かい途上だったのだ」
「えぇ~、そんなぁ」
フリエスは一気に脱力した。一人でも強力な援軍が欲しい状況で、せっかく合流できた英雄級の猛者とまた離れねばならないからだ。
「調べものでしたら、同行しますけど?」
「“秘密裏”にと言っただろう?」
そう言って、ルークはセラの方を振り向き、またフリエスの方に向き直した。
「ああ、すいません。納得しました」
「そういうわけで、本当の合流は調べが終わってからだ。すまんな」
二人の危惧はセラの存在であった。セラは吸血鬼であり、闇と夜に愛される種族だ。並外れた身体能力に嗅覚を始めとする感覚器官の能力も高い。はっきり言えば、隠密行動ならば間違いなく最高の逸材と言えよう。
しかし、何事にも“面白さ”優先である。ここでネタ晴らししたら面白いな、などと考えたら隠密行動を辞めて暴露する側に回ることが考えられた。最高の隠密者でありながら、最悪の道化師にもなる、とにかく不確定要素の多すぎる存在なのだ。
秘密裏の調査であるならば、まず排除しておきたい存在だ。
「行き先はここから南にある『金鉱国』ドルブグ首長連合国だ」
「ふ~ん。ラオ君、どんなとこか知ってる?」
フリエスは近くにいたラオにドルブグについて尋ねた。なにしろ、フリエスは東大陸出身なので、西大陸の地理には疎い。ラオは西大陸の住人であり、最近まで学徒であったのだ。知っているかもしれないと思っての質問だった。
「ドルブグは国の名前にもなっているドルブグ族を中心に数十もの大小部族が集まってできた部族連合国家です。各部族の首長が大集会と呼ばれる会議において国の方針を決定するそうです。また、二つ名の通り、豊富な金鉱山を有し、国土の半分以上が砂漠や荒れ地でありながら、とても豊かな国だそうです」
「部族連合の国ねぇ。そんなんで国としてまとまるの?」
「基本的には内輪揉めが多いみたいですよ。どこかしらの部族同士が武力衝突するのが日常茶飯事だと聞いています。まあ、武力衝突と言っても、決闘者と呼ばれる代表戦士が戦って、事案の決済がなされているそうです。ですが、そんな国情なので戦い慣れしていて兵が強いことと、対外大同盟という“国外”の勢力と戦になったときは団結して戦う取り決めがなされているようで、それを恐れて他国との戦争はないみたいです」
ラオの説明でおおよその国情は理解できた。強さで事の成否を決めるとは、中々に過激なやり方だ。弱小部族であっても、一人優秀な戦士を抱え込めば、大部族相手でも意見を通すことが出来るのだ。
「それで、だ。私が最近仕入れた情報によると、とある弱小部族に“風神ウーラム”の加護を受けた戦士が現れ、連戦連勝らしい」
「ウーラム・・・。ウーラムねぇ」
フリエスにはウーラムの印象はあまりいいものではなかった。というのも、東大陸においてウーラムは邪神に与する存在とみなされているからだ。それでも全面的な嫌悪感を抱かないのは、ある一人の英雄がウーラムの巫女であるからだ。
「《砂煙の血刃》の顔が、ラケルさんの顔がちらついてくるんですけど」
「私もそう感じた。行方知れずのあいつが、流れ流れてここまで来たのか、という予想が、いや、願望があるのやもしれんな」
「だったら、危険じゃないですか? ルークさんとラケルさんの相性は最低を通り越して最悪です。いきなり背後から刺される可能性の方が高いです!」
フリエスが危惧するのも無理はなかった。ルークとラケルはどちらも東大陸南部の出身であったが、ラケルの所属する部族を文字通りの“族滅”にしたのは、他ならぬルークの父親であり《五君》の一人に数えられる《炎帝》であるからだ。
ちなみに、《五君・二十士》の内、親子の関係にあるのは二組存在する。フリエスとその養父母がそれであり、ルークと《炎帝》がもう片方の組だ。
そんな血塗られた因縁のある二人が肩を並べて戦っていたのは、その間に《英雄王》という偉大過ぎる存在がいたからだ。ルークは《英雄王》の近侍として、ラケルは《英雄王》の第三妃として、それぞれ英雄の中の英雄に仕えていた。
その《英雄王》が亡くなる日に、ラケルは小さな娘とともに姿を消した。《英雄王》がいたからこそラケルは留まっていたのであって、それがいなくなった途端に姿を消してしまったのだ。
とは言え、王妃と王女の出奔という出来事に一時は大騒ぎとなったが、このことを予期していた《英雄王》の遺言状に、ラケルを決して探してはならない、と記されていたため、結局はその行動を黙認せざるを得なかった。それ以降、彼女とその娘の動向は不明のままであった。
「まったく、面倒なことよ。あの男のせいでいつまでも祟られる」
「そのことなのがですね、ルーク」
遠慮がちに話しかけてきたのはフィーヨであった。
「あなたの御父君が、《炎帝》が御病気で、そろそろ危ういという話が来ています。さすがに東大陸へ帰れとはいくらなんでも無理ですが、大陸間通信は可能です。何か最後に言伝でも」
「不要だ」
きっぱりとルークはフィーヨの言を断った。父親を“あの男”呼ばわりしていることからも、その関係は完全に破綻していると言ってもいい。
「私はあの男に捨てられた。だから、あの男に会うこともなければ、かけてやる言葉もない。そのまま呪われて死ぬがいいさ。フィダ族の呪詛がようやく届いたのだと、清々する思いだ」
ルークの雰囲気は隠しようのない嫌悪感に満ちていた。それほどまでに自分を捨てた父を恨んでいるからだ。
ちなみに、フィダ族はラケルの所属する部族あり、現在は《炎帝》の手によって“族滅”の憂き目にあっており、存在していない。
「気持ちは分からないでもありませんが、あちらはあなたのことを気にかけておられます」
「あいつの死に際の感傷に付き合うつもりはない。それが息子としての義理や義務だと言うのならば、それを捨てたあいつに、父親としての義理や義務を果たしてからにしろ、とでも伝えておけ!」
いよいよルークの口調も荒くなってきた。
「ルークの言い分はもっともではありますが、フィダ族の襲撃の際は命がけで、《炎帝》をお守りしていたではありませんか」
「あれは父を救ったのではなく、主君の同盟者を助けただけだ。あの場面で死なれては、その後にどれほど影響が出たか、分からないわけがありますまい?」
それはフィーヨもフリエスも納得せざるを得ない言葉であった。
大戦当時の東大陸南部は魔王側に与したフィダ族によって、荒れに荒れている状態であった。その対処のため、《英雄王》は同盟者であった《炎帝》を救うべく、南方へと兵を進めた。それに帯同する形でルークも帰るつもりのなかった故国の土を踏むこととなった。
その際、当時は敵であった《砂煙の血刃》ラケルに襲撃され、《英雄王》や《炎帝》、さらにはフリエスの養父母である《全てを知る者》や《剣の舞姫》まで危うく殺されかけたのだ。
凄腕の暗殺者が万の軍隊よりも恐ろしい存在であることを、まざまざと見せつけられた。
幸いなことに、密かに付き従ってその存在を隠していたことが功を奏し、ルークは標的から外れており、その活躍もあって危機的状況を脱した、という過去があった。
それでもう義理は返したつもりでいるので、これ以上は本気で関わりたくないというのがルークの偽らざる本音であった。
「なにより、“皇帝陛下”よ、あなたこそご尊父になにをしたのかお忘れか? 他人の家庭に他者が口を挟むのは正直不快でしかない」
そうまで言われると、フィーヨとしては返す言葉もなかった。フィーヨ自身、自分の父親に“何もしなかった”からだ。
フィーヨとルークはそれぞれ、皇女や皇子として生を受け、そして、父親に捨てられた過去を持つという点では一致している。
両者に違いがあるとすれば、大きく三つの事柄が存在する。
片や皇帝まで上り詰め、片や放浪の吟遊詩人。
片や生まれた直後に捨てられ、片や後継ぎとして期待されながらいきなり切り捨てられた。
そして、両者の最大の違いは、フィーヨには命がけで救い上げてくれる身内が一人だけとはいえいてくれたのに対し、ルークにはそんな存在などいなかったことだ。
あえて言えば、フィーヨにとってのヘルギィは、ルークにとっての《英雄王》なのだが、自分が放逐される一因になったのもまた《英雄王》の存在そのものでもあるため、その感情は複雑であった。
そして、フィーヨは自分の父親の最後に“何もしなかった”のだ。
フィーヨの政策や行動は、基本的にはヘルギィの踏襲である。兄の残したものを守り抜くことを核とし、国を運営してきた。そして、それは父親に対しても適応された。
ヘルギィは父である皇帝を幽閉し、その地位を簒奪した。そして、フィーヨは幽閉を選択したヘルギィの行動を全面的に肯定し、自分が帝位に就いた後も死ぬまで幽閉を解かなかった。
気が狂って死んだときも、ろくな葬儀すら行わず、あろうことか無名の死体として共同墓地に埋葬した。仮にも皇帝であった者に対しては余りにも哀れな最後であったが、フィーヨの視点で見れば、生まれてすぐに自分を捨てた親の義務を果たさぬ怒りの対象であり、敬愛して止まぬ兄ヘルギィを冷遇した愚者でもあるのだ。
フィーヨの価値観はあくまで兄と夫が中心であり、それ以外、身内に関わること以外は割とどうでもいいという考えなのだ。その“身内”をどの程度まで広げるかが、正直曖昧であったりもする。
こういう具合に、少しやな空気に包まれ始めた面々であったが、それを止めたのがあろうことか魔王であった。
「なあなあ、お前さん方、久方ぶりに顔を合わせて辛気臭いこと言い合って楽しいか? 今は祭りの打ち上げ中だぞ。飲むか、歌うか、踊るかだろう」
まさか魔王からそのようなツッコミが入るとは思わず、ルークは思わず笑ってしまった。
「魔王セラよ、君は変わったな。こういう粋な物言いをするようになったとは」
「俺は変わっちゃいねえよ。元からこうだ。単に、辛気臭いのしか周りにいなかっただけだ。だいたいなあ、かつてお前らが戦った魔王軍の幹部の顔触れを思い浮かべてみろ。戦闘以外でドンチャンする奴がいると思うか?」
「確かにいないな」
セラの言葉は説得力があり過ぎて、ルークも納得せざるを得なかった。確かに今は祭りの後の余韻に浸りつつ、新たな絆を確かめ合うのが妥当であった。
「セラに言われるなんて、世も末だわ。でもまあ、散っていった幾人もの勇者の死を嘆くよりも、これからのことを考えて、今はパァ~ッとやるべきなのは事実よね。さあ、みんな、約束通り、幻の名酒を空けるわよ!」
フリエスの掛け声に応じ、周囲の面々どころか村総出で鬨の声が上がった。
勝った! 成し遂げた! その事実は動かない。犠牲は大きかったが、それだけは間違いない。
今は飲もう。そして、歌おう。もう目の前にある山から死と炎が溢れ出ることはない。
祭典は終わった。今はただそれを喜ぼう。
~ 第三十話に続く ~




