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フリーダムファイターズ ~月と太陽への反逆者~  作者: 夢神 蒼茫
第二章  雷神娘と不死者の祭典
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第二十八話 要求

 噴火が間近に迫るイーサ山。揺れる大地に一人の魔術師が舞い降りた。名前はネイロウ=イースターリー。皆が《狂気の具現者マッドメーカー》と呼ぶ男だ。

 大きな古木でしつらえた杖を持ち、着ている物は飾り気のない灰色の長衣ローブといった、見るからに魔術師ですと言わんばかりの出で立ちだ。

 だが、少し前に出会った時に比べ、容貌は若くなっていた。以前は白髪交じりの頭髪に、多少しわが走った中年から初老といった感じであったが、今は髪の色も完全な茶髪で、顔も若々しくなっていた。


「あんた、その姿・・・」


「宴に招かれたのであれば、身形みなりはちゃんとしておかないとな。というわけで若返っておいた。前の時は急ぎで着替える暇がなくて失礼したよ」


 相変わらず出鱈目な奴だとフリエスは冷や汗をかいた。若返りの術があるのであれば、世界中の人々が求めるであろうし、事実若返りやら不老不死に関する伝説や逸話もいくつも存在する。ただ、大抵は不幸な最期を迎えるのが常だ。

 しかし、目の前の男はそれをまるで“今日の服装はどうしようか?”程度の感覚で成してしまっている。相も変わらず、規格外の存在だと思い知らされた。


「それで、愛しき我が娘よ、何か御用かね? 大抵のことは叶えてやるから、まずはパパに相談しなさい」


 娘だの、パパだの、フリエスの怒りは劇的に上昇していき、意識して抑え込まねば雷を周囲に撒き散らしそうになった。自分を娘と呼んでいい男性、自分が父親と呼ぶべき相手は一人しかおらず、それは目の前のふざけた魔術師ではない。まあ、養父も養父でふざけた魔術師ではあるが。

 とは言え、目の前の男に当たり散らすのは厳禁であった。残念なことに、現状、火山の噴火を止めれそうなのは目の前の男ただ一人なのだ。へそを曲げてサヨナラされては、どれほどの被害が出るか分かったものではなかった。

 フリエスはどうにか気持ちを鎮め、話を続けた。


「見ていたんなら分かってるでしょうけど、この噴火を止めて。かつて竜脈を操作したように、火山の力の流れを操作すれば、鎮めるなり被害を抑え込むなりできるでしょう?」


「ああ、その程度なら可能だ」


 火山の噴火を抑え込むのを“その程度”の一言で済ませてしまえるその不気味さ。フリエスは目の前の男への警戒を更に高めた。


「ただ、それには条件があるぞ」


「・・・それは?」


「パパと呼んで♪」


 その一言にフリエスは切れた。無言で腰に帯びていた曲刀サーベルの柄を握り、鞘から抜き放ってネイロウに斬りかかろうとした。

 だが、素早くフィーヨが背中に回り込んで羽交い絞めにし、フリエスの行動を押し留めた。


「フリエス、落ち着きなさい!」


「フィーヨさん、放して! こいつをズタボロに切り刻んでやる!」


「殺しても死なないから無駄です! ああやって挑発して、こちらを乱してくるのはいつもの手口ですし、とにかく落ち着きなさい!」


 フリエスはフィーヨに必死で宥められ、どうにか怒りを鎮めたが、鎖に繋がれた猛犬のごとく、解き放てばすぐにでも噛みつきそうな勢いだ。


「まあ、それは冗談だ。無理やり呼ばせても、楽しくはあるが、趣にかける。心の底からそう思ってもらわんことには、呼ばれ甲斐がないというものよ」


「・・・いいから、ちゃんとした条件を提示しなさい」


 フリエスのイライラはまた高まっていったが、揺れる大地が理性を呼び起こし、どうにか飛び掛かるのを抑え込んだ。


「うんうん、物分かりが良くて助かるよ。そうさな、一晩貸してほしいものがあるのだ」


「・・・ほへぇ?」


 思いもよらぬ要求に、フリエスの口から間の抜けた声が漏れた。


「ええっと、“よこせ”じゃなくて“貸せ”と?」


「うむ、その通り」


 フリエスとしては完全に予想外のことであった。手に入れた神々の遺産アーティファクトでも要求してくると思ったら、貸し出しの要求である。しかも、一晩という期限までしっかりと取り決めた内容なのだ。貸すということは戻って来るということでもある。それで火山を鎮めてくれるのであれば、悪い条件ではない。嘘をついている可能性もなくはないが、その場合は“よこせ”と要求すればいいので、貸し出しの要求ならば返すつもりでいるということでもある。

 問題は“何を”一晩貸せと言ってくるかであった。


「・・・で、一晩貸してほしいのは何?」


「今、お前の側に立っている絶世の美女を一人」


 ネイロウの言葉に、その場の全員の視線がフィーヨに集中した。フリエスの側にいる絶世の美女など、フィーヨ以外にはいないからだ。


「・・・フィーヨさんを一晩借りて、何をするつもり?」


「人妻を一晩借り受けるということは、まあ、そういうことじゃよ」


 今度はフィーヨがブチ切れた。すでに両腕の蛇は剣に変わっており、血の気が引くような笑みをネイロウに向けていた。


「どうやら、死にたいらしいですわね」


 フィーヨは剣を構えて飛び掛かろうとしたが、フリエスに加えてラオもそれを一緒になって押し留めた。なお、セラは脇でニヤニヤしながら見ているだけであった。


「フィーヨさん、落ち着いて!」


「どきなさい、フリエス、ラオ! そいつを殺せないじゃないですか! ズタボロに切り刻んで差し上げますわ。何かの本で読みましたが、凌遅刑でしたっけ? 丹念に少しずつなますにして、肉醤ししびしおでもこしらえますわ!」


「殺しても死なないから無駄ですって! ああやって挑発して、こちらを乱してくるのはいつもの手口ですし、とにかく落ち着いてください!」


 必死でフィーヨを抑え込もうとするフリエス。その横では同じく押し留めようとするラオもいたが、正直ビクビク怯えていた。


(やっぱり、この人が一番頭おかしいな)


 ラオとしてはそう思わざるを得なかった。

 話が進みそうになかったので、ここでセラが動いた。取っ組み合ってる三人を後目にネイロウの前に立ち、まるで友人にでも会ったかのように穏やかに話し始めた。


「よう、久しいな。イカれた魔術師よ、息災でなによりだ」


「うむ、魔王殿も満月を浴びて絶好調のようじゃのう」


 お互い軽い牽制を入れ、それでニヤリと笑った。そして、互いに“今は”戦うつもりがないことも認識できたので、警戒を解いて話を続けた。


「まあ、ちょいと聞いておきたかったのだが、今宵の一件はお前の書いた脚本か?」


「いいや。これは完全に魔王モロパンティラの書いた脚本だ。私は一切手を加えてはいない。私ならば、今少し笑いを作る場面を差し込む。その方が、落ちた時の落差がさらに増すからな」


「なるほど。陰湿な魔王が書いた陰湿な物語というわけか。まあ、愛の女神が余計な横槍を入れて、一応は幸せな結末ハッピーエンドとなったわけか」


「それを言うにはちと早いがのう」


 実際、大地は揺れていて、噴火が間近に迫っていた。本当に幸せな結末ハッピーエンドを迎えようとしたならば、噴火の被害を抑え込んでから言うべきであった。


「それで、フィーヨを一晩とは言え、欲する理由は?」


「そりゃあ、あれよ。あんなことやこんなことをするに決まっておろう。ガワが二十歳で中身が四十歳とか、最高とは思わんか?」


 セラの背後からフィーヨの奇声が放たれ、フリエスとラオがそれをまた必死で押し留めているのだが、セラとネイロウはなんでもないかのように無視した。


「まあ、フィーヨが美人なのは認めるが、性格が“アレ”な上に暴れ回ったらお前のお家を壊されかねんぞ。いいのか?」


「寝室の造りは頑丈にしているよ。寝込みを襲われるのは嫌いでな」


「寝室の中に災厄を持ち込むのはどうであろうかな」


 まあ、自分も女神を無理強いして貪っているし、それもアリかとセラは考え直した。


「ネイロウ、お前は“人”だ。であるならば、人としての欲求が残っているし、女を抱きたくなることもあろう。いっそ、何人か綺麗どころを手近に住まわせておいたらどうだ?」


「可愛らしい助手を一名、住まわせておるよ。まあ、助手であって、愛妾ではないから手は出し取らんぞ。女は適当に誘拐してきて、一晩使いこんだら、そのまま実験室送りよ」


「なんとも無駄のないことで」


 他の三人は嫌悪感を覚えるであろうが、セラの感覚ならば別段大したことではなかった。なにしろ、セラは魔王である。フリエスという食べても減らない食料めがみを手にするまでは、普通にそこら辺の人間を襲っては、娘を攫い、食事にしていたのだ。

 この二人の差は、胃袋に収めるか、実験の材料として有効活用するか、その程度の違いでしかない。


「で、フィーヨを連れていく本当の理由はなんだ?」 


「調査、あるいは観察、とでも言っておこうか。別に取って食おうというわけではない。どうしても調べておきたいことがあるのだ。なにしろ、フィーヨは生と死の狭間を乗り越えた、たった一つの例外であるからな」


 ネイロウの言う通り、フィーヨはかつて流行り病で死んだことがあった。それを良しとしなかった兄のヘルギィが自身の部下である魔術師ミリィエに命じて蘇生実験を行わせ、そして、それが実を結んだ。長らく魔術に関わってきたネイロウであったが、死者を蘇らせたという話は聞いたことがなく、まさに目の前の美女は格好の研究素材というわけだ。


「とか何とか言って、フィーヨさんをいじくり回す気でしょう!?」


 フリエスとしては目の前の狂人マッドにフィーヨを委ねるつもりはなかったし、そのいやらしい口調を吐き出す口に電撃を叩き込んでやりたかった。とはいえ、噴火を鎮めるように交渉している最中であり、それはさすがに控えた。


「ひどい言い様じゃな。そこの魔王と同じくらい誠実だというのに」


「誠実という言葉を辞書で引き直してこられてはいかがですか?」


 当然ながら、フィーヨも不機嫌を通り越して殺意を放っていた。不埒なマネはなしであろうとも、目の前の男に根掘り葉掘り調べられるのは絶対にお断りであった。


「あ、セラさんと同じくらい誠実だってことは、“嘘”は絶対に言わないってことですよね?」


 ラオの指摘にフリエスとフィーヨはハッとなったが、それもすぐに頭の中から追い出した。確かに、セラは嘘をつかない。だが、情報をぼかしたり隠したりして、知らず知らずのうちにとんでもない状況を押し付けてくることは多々あった。嘘をつかないという点では確かに誠実であるが、出された札をひっくり返すととんでもない罠が潜んでいるという不誠実の塊でもあった。

 ラオの指摘が正しかろうと、容易には飛びつけないのだ。


「我が娘よ、心配ならお前も一緒についてくればよい」


「ふざけんじゃないわよ! 誰がホイホイ出かけますか! それと、娘言うな!」


 いちいち癇に障る喋り方にフリエスもとうとう体から雷がほとばしり、眼に見える電光という形で相手を威圧した。


「まあ、受諾するも拒否するもそちら次第じゃが、あまり時間もなかろうて。さあ、どうする?」


 実際その通りであった。揺れが徐々にだが強くなってきており、噴火が迫ってきている感じがひしひしと伝わって来ていた。

 拒否して逃げるか、受諾して鎮めてもらうか、二つに一つだ。前者を選べば噴火が発生し、周辺に甚大な被害が及ぶことは間違いない。後者を選べば麓の村々も難を逃れれるが、フィーヨを狂人マッドの手に委ねることになる。

 どちらも一長一短、選びにくい状況だ。


(でも、失われた命は戻らない)


 噴火で周辺が吹き飛べば、そこにいる人々は災厄に襲われ、多くの人命が失われる。そして、それは絶対に戻ってくることはないのだ。

 だが、後者はそれを回避できる。とにかく、今は被害を回避すべきで、向こうが提示した条件は握りつぶすなり、ごまかすなりして逃げるという手段も取り得た。


「・・・いいわ、そちらの条件を呑む」


「フリエス!?」


 フィーヨは勝手に話を進めるなと言わんばかりの勢いでフリエスに詰め寄ったが、そこにフリエスは小さな声で耳打ちした。


「嫌なのは分かりますが、今は火山の鎮静化が優先です。適当に相槌打って、喉元過ぎればなんとやらです」


「うう、わ、分かったわ。でも、火山が鎮まったら、全力で逃げますわよ」


 とりあえずは表面的には話がついたので、二人はネイロウの方を振り向いた。


「不本意ではありますが、条件を受諾します。ですから、火山を鎮めてください」


 本来なら絶対に出ない言葉であったが、選択の余地はなく、フィーヨは絞り出すように吐き出した。

 ネイロウは満足そうに頷き、そして、セラを見つめた。


「互いの承認は得られたので、契約成立じゃな。魔王殿、お主が立会人でよろしく頼む」


「心得た。もし、二人が契約不履行で逃げたしたりしたら、責任をもって身柄を拘束しよう」


 魔王からは逃げられない。二人は早々と逃げ道を塞がれてしまった。


「こらぁ! あんた、どっちの味方よ!?」


 フリエスは猛抗議の声を上げたが、セラは笑って応じた。


「味方も何も、俺は“誠実”な魔王だからな。交わした契約は履行するし、履行させる。それだけだ。それとも、数多の名声に彩られた女神様が、まさか邪悪な魔王よりも不誠実である、と?」


 言い返す言葉もなかった。そう、セラは平然と主人(めがみ)に噛みついてくる飼犬(まおう)なのだ。しかも、魔王よりも不誠実という看板は、フリエスとしては絶対に背負いたくもない肩書きであった。

 当然、フリエスもフィーヨも焦った。


「ど、どうしましょう!? あの二人に追い回されたら、絶対に逃げられませんよ。私、嫌ですよ、お兄様とルイングラム様以外の男性にあれこれベタベタ触られるのは!」


「わ、分かってます。こうなったら、危険を承知で堂々と相手の拠点に乗り込みましょう」


「正気ですか!?」


「まあ、落ち着いて、フィーヨさん。父さんも言ってたけど、あいつを倒せるのは、巣穴から出てきたときか、巣穴に招かれたときだけ。今は火山を鎮めてもらわないとダメだから攻撃できないけど、あいつの拠点に入ってから暴れまわればいいんです。倒す手段はなくても、相手の研究を妨害できます。あわよくば、資料を持ち出せるかもしれない」


「どのみち、それしか手は無さそうですね」


 二人によるヒソヒソ話も終わり、改めてネイロウと向き合った。


「で、今日明日、いきなりご招待は勘弁してくれるわよね」


「まあ、さすがに消耗しきっておるしな。調べるにしても、体調が良好な状態が望ましい。我が家に招くのは、三日後でどうであろうか?」


 ネイロウの提案に対し、フリエスとフィーヨは顔を見合わせて確認した。互いに無言で頷き、可とした。


(三日あれば、消耗した魔力は戻せるし、色々と準備もできる。見てなさいよ、狂人マッド!)


 なお、これから助力を願う相手に対して、一切の感謝もなかった。利用できるものは利用する、このようにフリエスは完全に割り切っていた。


「では、今度こそ完全に契約成立じゃな。三日後の夕刻にでも迎えを出すとしよう」


 そう言うと、ネイロウは杖で地面を何度か突いた。すると、大きな魔方陣が現れ、そこから放たれる光がその場にいた全員を包み込んだ。


「ちと大掛かりな術式になるので、退避してもらうぞ」


 どうやら、発動した術は転移系の術式のようであった。ネイロウを除くその場の全員が違う場所へと飛ばされてしまった。



                 ***



 次にフリエス達の視界が戻ると、そこはワーニ村の近くにある小高い丘であることが分かった。


「帰りの手段まで用意してくれるとは、気前のいいことで」


 遺体を担いで下山しなければと考えていたが、これなら村まですぐ近くであるし、難なく運べることができそうであった。

 そして、先程までいたイーサ山の山頂部を見上げると、大きな光の柱が吹き上がったかと思うと、少しずつ揺れが収まり、程なくして完全に地響きが止んだ。


「・・・、荒ぶっていた精霊の動きも収まりました。噴火の兆候は認められません」


 ラオが周囲の精霊を眺めながら言い放った。そこでようやくフリエスもフィーヨも安堵のため息を吐き、ようやく全ての任務クエストが完了したことを実感できた。


「終わり、ましたか」


「みたいね」


 とは言え、狂人マッドに大きな貸しを作ってしまい、しかもそれを三日後に取り立てに来ることが確定していた。任務クエスト自体は完了したが、借金の支払いはまだ残っている状態だ。


「まあ、今はこれで良しとするべきではないでしょうか? もうこれで、不死者アンデッドにも、噴き出す炎にも悩まされることはありません。“不死者の祭典アンデッド・カーニバル”は今日この日を以て終幕フィナーレです!」


 ラオの掛け声に全員が頷いた。

 祭りは終わった。払った犠牲も大きかった。しかも、片付けはまだ残っている。それでも今は終わったことを喜ぼう。

 新たなる門出を指し示すかのように、東の空からは太陽が昇ろうとしていた。眩しい朝日が、生き残った四人を照らし出していた。



               ~ 第二十九話に続く ~

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