第二十七話 呪いの髑髏
愛の女神セーグラが引き上げ、今度こそ火口に平穏がやってきた。もっとも、女神同士の対話でとんでもない情報をいくつも手にしたフリエスの心中は暴風雨が吹き荒れていたが、それを悟らせまいと表面的には平静を装わねばならなかった。
「さてさて、じゃあ、早速神々の遺産を手にしますか!」
ウキウキな気分を装いつつ、フリエスは地面に投げ出されている二つの神々の遺産に近付いた。
ちなみに、地面に転がっているといえば、仲間三人の遺体もあるのだが、こちらはセラがすでに布で包んでおり、担いで持ち帰れるようにしていた。この場に埋めることも考えたが、火口湖が復活して酸の湖に沈むことも有り得たので、とりあえずは麓の村までは運ぶことにしていた。
「ラオ君、これはあなたが持っていなさい。神々の遺産で武装してないのはラオ君だけだし、持っておいた方がいいわ」
フリエスはジョゴが装備していた《多頭大蛇の帯》を拾い、それをラオに手渡した。生き残った四人の中では明らかに力量が劣っているのはラオである。武装でその差を埋めておかねば、今後の旅に支障が出るのは明らかであり、これは当然の判断と言えた。
ラオは戸惑いながらもそれを受け取ることにした。ジョゴほどうまく使えるかは分からないが、それでもセラに対して戦うと宣言した以上、無様を晒すわけにはいかなかった。今は無理でも、いずれは使いこなし、英雄級の実力を身に付けねば、死んだ三人に対して顔向けできないし、魔王との約を違えることになるのは避けたかった。
決意をもって帯を受け取り、それをギュッと握りしめた。返り血か何か分からないが、帯は血で汚れていた。連結している六つの弩も同様で、所々が黒くなった血痕が生々しくこびりついていた。
「いつも目にしていましたが、持ったのは初めてです。思っていた以上に重たいですね」
ラオは手にした帯の血痕を指でなぞった。これは誰の血だろうか。ジョゴか、イコか、ユエか、誰の血かは分からないが、その三人との記憶を背負い、生きていかなくてはならなかった。
少し躊躇った後、帯を腰に巻き、そして、しっかりと絞めた。
ラオは視線を布で包まれた三人の遺骸に向けた。決意の表情と共に拳を突き出した。
「ジョゴさん、イコさん、ユエさん、見ていてください。このふざけた世界をぶち壊し、いずれは神を高みから引きずり下ろしてみせます」
ラオの宣言はフリエスとフィーヨを驚かせるのに十分だった。まるで先程のセラのように、堂々と神に向かって宣戦布告をしたのだ。魔王ですらない、ただの子犬がである。
(なるほど。セラが買ったのはこういうところか。神々への不信感と向上心、確かに伸びるでしょうよ。でも・・・)
それは間違いなく茨の道となるだろう。セラに焚き付けられたか、それとも自分で考えた末の結論かは分からないが、ラオは恐ろしく困難な道を選択した。
フリエスはそれを止めるつもりはなかった。神々への不信感は自分も同じであるし、むしろ同志が出来たような喜びも感じた。実力的にはまだまだ子犬であるが、獄犬にすらなりうる逸材である。
これはしっかりと育てていかねばなるまい。そう思わずにはいられなかった。
そして、手に入れたもう一つの神々の遺産である《真祖の頭蓋》はフィーヨが持っていた。水晶を磨き上げたような髑髏をしており、月明かりを吸い取って輝いていた。
「あれだけ大暴れしましたのに、今は静かなものですわね。気配も魔力も落ち着いてます。ジョゴに粗方吸い上げられたからでしょうか」
フィーヨは手にした髑髏をあちこちの角度から眺め、コンコンと軽く叩いてみる。もし、これで魔力を帯びていなければ、調度品としてもよさそうなくらいだ。
だが、油断はならない。なにしろ、魔王モロパンティラの体の一部を使って錬成された道具である。どんな災厄を振りまくか知れたものではない。
「まあ、百の満月の夜も通り抜けて、魔力を放出しつくしたのかもね」
フリエスも近づいてきて、髑髏を指で突いた。不死者を軍勢単位で呼び寄せ、あれだけ暴れさえたのである。魔術具としては一級品であることは間違いない。
「では、大人しいうちに手早く装備しましょうか」
フィーヨは髑髏を自分の頭の上に乗せた。いきなり暴走することも考えられたので、両腕に巻き付く二匹の蛇は臨戦態勢だ。この二匹の蛇は髑髏の姉妹品である《真祖の心臓》によって生み出されたものであり、フィーヨの兄ヘルギィと夫ルイングラムの魂が宿っていた。
そして、二人は魔力が安定する新月の夜にだけ、意識がはっきりとして言葉を交わすことができた。
髑髏を確保したのもそれを解消するためだ。二人は実質死んでおり、道具の力でこの世に留まる屍人と幽霊の中間に近い状態になっていた。《真祖の心臓》は不死者を操ったり強化したりする力を持っている。それを利用すれば、二人の意識を引っ張り出して、いつでも会話できるのではないかというのがセラの意見だ。
その確認作業のため、フィーヨは髑髏を装備するのだ。
フィーヨの頭に載せられた髑髏の目が怪しく光ったかと思うと、霧状に飛び散り、そして、フィーヨの頭をグルリと取り巻く額冠に変化した。
その途端、ブワッと魔力の渦がフィーヨを取り巻いたかと思うと、二匹の蛇も赤い煙のようなものを噴き出した。そして、額冠からにじみ出た白い煙と混じり合い、何事もなかったかのように煙も消えてしまった。
フィーヨは体を見て回したが、特にこれと言った変化もなく、戸惑った。
「同調は完了したみたいですが、変化ないですね」
「ならば、意識を落とし込んでみろ」
助言を飛ばしてきたのはセラであった。
「新月の夜の時のように、意識を集中させて二人の事を念じてみろ。そして、引っ張り上げろ。井戸から水を汲み上げるかのようにゆっくりとな」
フィーヨはセラに言われるがままに意識を集中させた。二人のことを念じるなど造作もなく、月一の感覚を引き出してきた。
額冠が光り始め、頭の中に何かが流れ込んできた。それは二人の声だ。
「お兄様! ルイングラム様!」
「おお、意識が繋がったか!」
「なるほど、これは大したものだ」
会話というよりかは、念話と言った方が適切であった。頭の中だけで会話が成立し、意識すれば相手にそれが伝わるような感覚だ。
三人にとってこれは大きな進展であった。
「長かった。本当に長かったです。これで心置きなく、お二人とお話しすることができます」
フィーヨは思わず涙を流してしまった。思えば、二人が死んでから二十年近く経過している。蛇の姿で側に居てくれても、自由に話すことのできないもどかしさに、いつも思い悩ませていた。それがようやく解消されたのだ。
無論、姿こそ蛇のままだが、はっきりとした意識が声となって頭の中に響いていた。
「驚くべきかな、魔王モロパンティラの逸品は。これで心置きなく話すことができる」
「そう思いたいのは山々だが、そう都合よいことばかりではないな」
浮かれるヘルギィに対し、ルイングラムはそれを窘めるように言い放った。当然、機嫌を損ねたヘルギィはルイングラムを睨みつけた。
「お前の言わんとすることは分かる。だが、今は喜びを嚙み締めろ」
「重要なことだからこそ、喜びの前に片付けるのだ」
二人は火花が散るほどににらみ合い、その間に鋏まれるフィーヨは困惑した。口論はいつものことだが、その理由が見えてこないからだ。
「あの、ルイングラム様、一体何を?」
「フィーヨ、感覚を研ぎ澄ませよ。興奮して気付いておらぬようだが、相当量の魔力を消費している。神々の遺産を二つ同時に起動しているのだから、当然と言えば当然」
ルイングラムに指摘され、フィーヨはようやく気付いた。そもそも、今夜は激戦に次ぐ激戦でかなり消耗している。興奮して疲労に対して鈍くなっていたが、意識すれば確かに体が重かった。
「気を緩めるな。呪いの髑髏を収め、気が抜けるのも分からんでもないが、ちゃんと麓の村に帰り着くまでが任務なのだ。消耗し過ぎて歩いて帰れませんでは格好が付かんだろう。それとも、魔王に担いでもらって下山するか?」
「それは絶対嫌です」
いくらなんでもそれは恥ずかし過ぎるし、なにより兄と夫以外の男に抱きかかえられるなど、フィーヨには耐えられなかった。
「そういうことだ。同時起動は消耗が激しいからな。戦闘でないからマシとは言え、多用はしない方がいい。そうだな、前のレウマ国にあったような竜脈の特異点か、あるいは寝る前くらいにするべきだ」
要は、魔力供給される場所か、回復できる手段がある場合にのみ解禁しろということだ。
「随分、きつい言い様だな、ルイングラムよ。せっかく、自由に話せるようになったというのに、少々控え過ぎではないか?」
「私とて、自由に話せるならばそうしたい。だが、魔力の消費量を無視できない以上、控えるのは当然だ。後先考えずにお喋りして、消耗した所にネイロウにちょっかいでも出されたら目も当てられん」
ネイロウの名を出されては、さすがにヘルギィも渋々ながら引き下がらざるを得なかった。現状、最も危険かつ厄介で、自分達を狙ってくるのは、間違いなくあの狂人なのだ。いつ襲ってくるか分からない以上、備えをしておくのは当然であった。
フィーヨとしても不満はあったが、月一の対話が毎夜になっただけでも良しとしなくてはならなかった。
「止む無し、か。フィーヨ、消耗しておるのは事実だし、今は控えておくとしよう。麓の村に戻って、祝宴を開くときにでもまた呼び起こせ」
「分かりました、お兄様」
フィーヨは起動していた《真祖の頭蓋》を鎮め、魔力供給を断った。途端に繋がっていた二人との意識がきれてしまい、二人は再び蛇に戻ってしまった。
フィーヨは名残惜しそうに両腕の蛇に頬ずりをした。
「ま、これで髑髏もバッチリ役立つことが分かったし、さっさと引き上げますか。いや、本気で今は寝台に飛び込んで休みたいわ」
フリエスとしては、今までの人生で一番寝台が恋しい気分であった。なにしろ、一晩で三度の“食事”に付き合わされたのである。魔力も体力も血液さえも、何もかもを絞り出され、体の中身はすっからかんな状態であるのだ。とにかくさっさと休みたいのだ。
「セラ、三人分の遺体はあんたが運びなさい」
「断る」
とりつく島もなくセラは拒絶した。
「はぁ? あんだけあたしの血肉を喰ったくせに、またいつものサボりなの!?」
「餌代分は働いた。それに、三人なら人手は俺抜きでも足りているではないか」
確かに、頭数で言えば遺体と運び手はそれぞれ三ずついる。だが、運ぶ遺体が重すぎるのだ。小柄なイコの体ならともかく、恵体のジョゴとユエの遺体はさすがに運ぶのは困難であった。少なくとも、痩せ型のラオや小柄なフリエスが運ぶのはまず無理だ。
「どう考えても無理だからね! あたしやラオ君の腕力じゃ、どうやろうともあの体付きのよろしい二人は運べないから!」
フリエスは抗議の声を上げ、ラオも何度も首を縦に振って不可能だということを強調した。
「フィーヨさん、二人同時にとか無理?」
「無理。絶対、途中で力尽きる」
フィーヨの持つ《真祖の心臓》を使えば、身体強化で二人分の遺体を担ぐこともできるのだが、さすがに今夜は消耗し過ぎているので、下山途中で力尽きるのが目に見えていた。
「やはり、お前が頑張る以外の選択肢はなさそうだな」
「ふざけんな! あんたが運べば済む話でしょ!」
フリエスが絶叫したそのときであった。最初はゆっくりと、そして、体感できるほどに山が揺れ始めたのだ。始めはゆっくりと、そして揺れ幅は徐々に大きくなっていき、立っている四人を揺さぶるほどに大地が悲鳴と唸り声を上げ始めた。
「え、な、なに、地震!?」
「というより、これは噴火かな」
「「「噴火ぁ!?」」」
妙に落ち着いてるセラの言葉に、他三人は絶叫した。今現在立っているイーサ山が火山であることは知っていたが、噴火の記録は数百年前にまで遡り、山が火を噴くことなど最近は全くなかったからだ。
「なんでまた急に噴火なんて!」
「知りませんよ。とにかく逃げないと!」
なにしろ、現在四人がいるのは火口である。もし、山が火を噴き上げるとしたらば、間違いなく吹き飛ばされるのはそこなのだ。運よく山の中腹辺りから噴煙や溶岩が噴き出してくれればよいが、とにかく山から下りて離れるのが先決だ。
「皆さん、あれ! なんか飛んできますよ!」
ラオが少し上空を指さすと、全員がそちらを振り向いた。よく見ると、それは鳥のようで、さらに近付いてくると、鳩であることが視認できた。
「え、こんな夜に鳩?」
一部の鳥を除いて、夜に飛ぶ鳥はいない。そうなると、それはただの鳥ではないことが推察できた。そして、その鳥はフリエスのところまで飛んできては、その肩に停まった。
「・・・ああ、これ、フロンさんが言ってた《伝言者》か」
フリエスは自分の指にはめられた指輪を見つめた。フロンに渡されていた《伝言者》という術具で、対となっている指輪を持つ者の下へ伝言を届けてくれる。片道なので一回しか使えないが、それでも急ぎ伝えたい言伝がある場合には有用と言えるだろう。
鳩はフリエスの肩から耳に向かってフロンの声で囁いた。
「おお、麗しの女神よ、私の愛の言の葉をお届けいたします」
「よぉ~し、この鳩は焼き鳥にしよう」
フリエスは鳩を鷲掴みにして、自分の顔の前に持ってきて、イライラを全面に押し出した表情で睨み付けた。
「ほらほら、フリエス、鳩さんが可哀想だから止めなさい」
フィーヨは伝言役を締め上げようとするフリエスを宥め、鳩を取り上げた。優しく撫でてやり、話を続けるように促した。
「私なりに“不死者の祭典”を調べてみたのですが、これは魔王モロパンティラの呪いが関わっていると分かりました。昔話の類いですが、モロパンティラの不死者としての一面が作用していると思われます」
「情報が古いぃぃ!」
フリエスは鳩に向かって思わず叫んでしまった。フロンの伝言の内容は間違っていないのだが、いかんせん情報が古かった。
とはいえ、文献なりで調べたりしたのであろうが、しっかりと分析できているのは流石と言わざるを得ない。
「ここからは私の推察になるのですが、魔王の呪いは二重構造になっているのではないか、というものです。つまり、不死者を呼び出すのが表の呪いで、それによって裏を隠す。そして、裏の呪いは火山の噴火。要するに、祭典で火山に蓋をして、祭典の元凶を取り除くと蓋が外れる、というものです。対策を考えられてから、元凶を取り除いた方が良いかと」
「「・・・ほへ?」」
鳩から発せられるフロンの声に対して、フリエスとフィーヨは間の抜けた声を出してしまった。
要するに、フロンの考えでは、呪いが外れると、別の呪いが飛び出しますということだ。祭典の終幕には、祭りの終わりを祝して盛大な篝火が闇夜を照らし出すのだ。
「情報が半日遅いぃぃぃ!」
フリエスはフィーヨの手の中にあった鳩を掴み取り、それに向かって大声で叫んだ。
「なんで鳩なんかで来るの!? 燕とか、隼とか、もっと速いのがあるでしょ!?」
「ほらほら、鳩さんに八つ当たりしないの」
そうこうしているうちに鳩は役目を終えたのか、元の指輪へと戻ってしまった。
「ああ、もう! フロンさんの考えが正しいなら、栓をしていた瓶を開けたってことじゃない! 中身が飛び出しちゃうわよ!」
「そのようだな。さすがは魔王モロパンティラ、二重の罠を仕掛けておくとはなんと陰湿」
などと言いながらも、セラは腹を抱えて大爆笑していた。セラ自身もはめられた側であるが、周囲の右往左往ぶりがあまりにも面白過ぎて、笑いが自然と込み上げてくるのだ。
「どうしよう、どうしよう、フィーヨさん!」
「どうしましょうと言われましても、どうしようもありませんわ!」
「うぅ~、あ、そうだ! 栓を開けたのなら、もう一回栓をすればいいのよ! フィーヨさん、《真祖の頭蓋》を一度外して、もう一回火口の中心に安置してみて!」
考えている余裕もなかったので、フィーヨは額冠と化した頭蓋を取り外そうとした。だが、どうやっても外れず、しっかりと頭にはまってしまっていた。フリエスも慌ててフィーヨの頭にはまる額冠を強引に引っぺがそうとしたが、びくともしなかった。
「は、外れない!? なんで!?」
「そりゃ、呪われてるからだろ。魔王の体を錬成して作り出した術具だ。一度身に付けたら外れないなんてのも十分考えれる」
セラの指摘はもっともであり、フィーヨは解呪の術式を額冠にかけた。すると、今度はどういうことか、両腕に絡まっていた二匹の蛇が輝きを放ち、解呪の術式を弾いてしまった。
「ええ!? どういうことですか!?」
フィーヨは兄と夫が全力で解呪を拒んだことに驚いた。
「ああ、なるほど。頭蓋と心臓は姉妹品だから、相性が良すぎて実質同一の道具とみなされたようだな。つまり、二つの神々の遺産は連動していて、片方を解呪なりで外そうとした場合、もう片方も自動で外れるみたいだ」
「つ、つまり・・・?」
「頭蓋を外そうとしたら、心臓も捨てるということだ」
「それを捨てるなんてとんでもない!」
フィーヨは半ば発狂気味に叫んだ。心臓の方には兄と夫が宿っており、それを捨てるということは、兄と夫を捨てるのと同義であった。当然ながら、そんなことを良しとするフィーヨではなかった。
また、二人が解呪を無意識的に弾いたのも、それを感覚で理解していたのかもしれない。
「じゃあ、実質外せないってことじゃないですか! 噴火はどうにもできないと!?」
ラオも当然ながら大慌てだ。火山を鎮める手段もなく、今はとにかく一刻も早く、火口から、火山から離れなくてはならなかった。
「はっはっはっ、さすがは魔王モロパンティラ、闇の女王の二つ名はハッタリではないな。こうも陰湿な罠を仕込ませているとは驚きだ」
「同業者を褒めて感心してる場合じゃないでしょ、セラ! そのうち、山から火が吹き上がって、ここら一体が飛び散る岩石とか溶岩で埋め尽くされるわよ」
「だろうな。さてさて、不死者に埋め尽くされるのと、溶岩に埋め尽くされるのと、どっちがマシなんだろうな? 女神様はどちらがお好みだ?」
当然、どっちも願い下げだと、フリエスは吐き捨てた。どちらを選択しても、待ち受けるのは死という名の終焉だけだからだ。神である自分はともかく、人間がそれに耐えれるとは思えない。
現在、イーサ山の周辺には大陸中から冒険者が集ってきている。それが数百人も村ごと吹き飛ばされたとなると、その被害は大変なものとなる。冒険者組合は所属員の多くを失うことになり、怪物の討伐能力が低下することになる。下手をすると、大陸規模で治安の悪化を招くかもしれない重大案件だ。
「ああ、でも火山を止める手段もないし、今から麓の村々を回って避難誘導ってのも、時間的には無理そうよね。どうしようもないじゃん!」
「そうだな。まあ、祭典を終わらせた名声と、火山を爆発させた失態。棒引きでトントンてくらいか。新しい神々の遺産が手に入ったし、収支としては多少稼いだってとこか?」
この状況下でも、セラはいたって冷静であった。そもそも他人がどうなろうと知ったことではないので、火山が噴火して周囲にどれ程の被害が出ようが興味がないのだ。
「なんとかならないんですか!? 噴火を止める術式とか、ないんですか!?」
ラオの焦りは最高点に達したが、すでに他の三人も無理だなという結論に達していた。
「噴火は地中に溜まった炎と大地の集合物が暴走することによって引き起こされる物。かつて精霊がそれぞれの役目を明確に与えられる前の、垣根のない混じった精霊だしね。それを操れるのは、混沌の時代を生きた神くらいよね。まあ、ようするに、天地改変をできるような奴じゃないと・・・」
そこまで喋って、フリエスは気付いた。セラとフィーヨも気付いた。天地改変を行える魔術師が、たった一人だけ存在することを。そして、その魔術師はまず間違いなく、この光景を眺めているであろうことも。
「一人いるわね」
「一人いるな」
「一人いますね」
三人は顔を見合わせた。都合のいい人物がたった一人だけいる。だが、問題は手を貸してくれるかどうか、貸してくれたとしてどれだけの法外な報酬を吹っ掛けられるか、知れたものではなかった。
「・・・呼ぶ?」
フリエスとしては呼びたくなかった。だが、もう迷っている時間もなかったので、嫌々ながらも二人に同意を求めた。
「俺は一向に構わん」
「嫌ですが、嫌と言える状況でないのも事実。交渉次第・・・、ですかね」
セラは同意、フィーヨは条件付きで同意。ならば、自分も同意せざるを得ない。呼びたくもなかったが、そうも言ってられないのだ。
フリエスは呼吸を整える意味で何度か深呼吸をし、天に向かって叫んだ。
「狂人! どうせこの状況をどっかで観察してるんでしょ! 出てきなさい!」
フリエスの絶叫が揺れる大地と共に夜空に響き渡った。
そして、その結果はすぐに現れた。すぐ近くの地面に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、そこへ眩い光とともに一人の魔術師が現れた。
見間違うことなきその気配。フリエスに神の力を降ろし、かつてのフィーヨを誘拐し、魔王セラと楽しませることを約した稀代の大魔術師、《狂気の具現者》ことネイロウ=イースターリーだ。
「皆々様からの御指名、恐縮の極み、と言った方がいいかな、我が愛しき娘よ」
現れたネイロウに四人分の視線がぶつけられる。殺意が二人分、興味が二人分だ。
ネイロウはそれを心地よく感じ入り、揺れる大地のごとく心を揺さぶった。今宵はまた、いちだんと楽しい夜になりそうだ、と。
~ 第二十八話に続く ~




