第二十四話 魔王と魔王
両者の対峙は思いの外、静かであった。お互いの殺意もなく、魔力がぶつかり合って奔流を作ることもない。ただ、お互い棒立ちで、相手を眺めているような雰囲気すらあった。
セラとジョゴ、互いに混血種であり、そして、魔王を自称している。恵まれた体格を有し、帯びた魔力もまた強力だ。少なくとも、側で見ているフリエスもフィーヨもその実力は認めるところである。
「お前らは下がっていろ。そこに転がっている遺体を回収して、ラオのところまで行け」
静かな口調だが、同時に普段は感じない充足感を漂わせてた。
(なんだろう、これは。ラオ君と何か話していたみたいだけど、よっぽど楽しいことの取り決めでもしたのだろうか)
フリエスとしてはセラがやる気になってくれるのは喜ばしいことであった。実力がずば抜けて高いくせに、ほとんど動こうとしないのが常である。それが、堂々とジョゴを倒すと宣言したのだ。ならば、こちらが横槍を入れる必要もないと考え、言われるがままに下がることにした。
フリエスはイコの、フィーヨがユエの遺体を担ぎ、ラオをところまで駆けて行った。
そして、二人が下がったのを確認してから、セラは少しジョゴに歩み寄り、そして睨みつけた。
「随分と不細工な格好になってしまったな。それがお前の望んだものなのか?」
セラにとっては哀れというしかなかった。ジョゴは強かった。間違いなく英雄級と言っていい実力を備えていた。更なる向上の余地もあった。だが、その全てをふいにしてしまった。
仲間を殺し、恋人を喰らい、人間性を捨て去り、完全なる怪物となってしまった。厳しい研鑽ではなく、安易な収奪の道を選んだのだ。それがセラにはどうしようもなく腹立たしかった。
「望んだものだと? そんなわけあるか。私は生まれながらに呪われ、抗えぬ定められた苦痛と戦い続けることを強いられてきた。解放されるのは権利であって、願望などではない!」
ジョゴも目の前の男が腹立たしかった。同じ吸血鬼の混血種でありながら、すでに苦痛から解放されており、満月の夜以外は自由気ままに動き回っている。そんなセラはジョゴにとって妬ましい限りであった。
「権利とは勝ち取るものであって、与えられたりするものではないというのが俺の考えなのだがな」
力こそ法であるとセラは信じている。だから、強い者がそれ相応の態度を示し、端から見れば横暴に見える振る舞いさえ、力に応じて認められても良いと考えている。神という存在を基本的には嫌っているが、力ある存在としては認めている。無論、いずれは高みより引きずり下ろし、自らが最強の存在になることを目標に掲げてはいるが。
「ならば勝ち取り、奪い取るのを認めると言うのであれば、今宵の出来事をよしとするのだな?」
「いいや。お前のやったのは逃避であって、勝ち取るとは言いがたい愚行だ。何故、運命がお前を痛め付けるのであれば、その襟首を掴んで投げ飛ばさない? 運命に従い、世界に順応し、神に抗うことなく、河の流れに溶け込んでしまった。ハッキリと言おう。お前がここまで“弱かった”とは思わなかったぞ」
セラは運命という言葉を嫌っていた。それは戦うこと、抗うことを辞めた者の逃げ口上に過ぎないからだ。それを理由に逃げを選んだジョゴへの苛立ちはさらに高まっていった。
「黙れ! 生まれながらに呪われて、産着を着せた親を殺し、拒み拒まれ、今日まで生きてきた! その苦痛が、苦悩が、お前に分かるか!?」
「理解できんし、分かろうとも思わん。所詮、苦痛や苦悩なんぞ、味わった当人にしか分からぬことだ。分かり合う、分かち合うなど、おためごかし程度にしか思っていない」
セラはチラリと後ろを見やり、他の面々がいる方を眺めた。
「それでもなお、あの白き産着の半吸血鬼はお前に寄り添うと決めたのだ。いずれこの手で決着を付けねばならないと理解したうえで、お前を受け入れたのだ。拒み拒まれた道であったならば、なぜ拒むことなく抱き寄せた者を退けた? 逃避と言ったのはそういうことだぞ」
「魔王を称する者とは思えぬ思い遣りのある台詞だな」
「そこが貴様の限界だ。魔王がいつから思い遣りのない無慈悲な存在だと錯覚していた? 固定観念は良くないことだぞ」
なんという底の浅い考えなのかと、セラはますます目の前の男を卑下するようになった。こうして言葉を交わすだけでも腹立たしい。
「この世界は神が作った遊戯盤だ。魔王である俺さえ、駒の一つに過ぎん。ゆえに、世界を潰すと宣言したのだ。俺を含めた全ての駒が自由な意思を持ち、神より一人立ちして、気ままに楽しめる世界を作る。それが俺の“願い”だ!」
「その物言いでは、お前が新たな神になって、世界に君臨するようにしか聞こえんな。ならば問うが、神を引きずり下ろし、神のいる頂に到達したとして、貴様は何をしようというのかね?」
「そんなもんは知らん。頂とやらに向かって、駆け上がっている最中だからな。着いた後で考えるさ。だが、神とやらよりかは楽しい世界は作ってやるつもりだ」
セラは後ろを振り向き、手招きをした。その意を察したフリエスは急いでセラに駆け寄ってきた。
「さて、一応の確認だ。目の前の馬鹿野郎をどうする?」
「ぶっ飛ばす」
迷うことなき即答であった。イコの思いを踏みにじったジョゴをこのままにしておくことなどできなかったし、何より自分自信が苛立っていたからだ。
「ジョゴさん、いえ、堕ちたる者ジョゴよ、あんたの犯した罪は重い。私の飼犬があの世に送ってあげるから、イコとユエさんに詫びて来なさい」
フリエスは突き立てた親指を下に向け、ジョゴに向かって死刑宣告を発した。セラの言動には毎度不満を抱えるものだが、その実力には全幅の信頼を置いている。そのセラが“やる”と言い切った以上、その達成は約束されたようなものだ。
「愚かなことを言うものよな、フリエスも。仮にあの世とやらがあったとしても、天に召される者と、魔道に堕とされる者が交わるわけがなかろうて。会えぬならば詫びもできぬし、そもそも詫びる必要性すら感じておらぬ。力こそ正義、力こそ法、力ある者が勝手気ままに振舞って、何がおかしいというのか!」
「それはそれだけの実力を持った奴が言える台詞。そして、はっきり言わせて貰うわ。私の飼犬はあんたより遥かに強い。苦痛なく慈悲を以て殺されるか、生まれてきたことを後悔するくらいのた打ち回って死ぬか、選びなさい!」
「笑止! 生まれてきたことなど、とっくの昔に後悔しているわ! 賢しげに喋るな、神の成り損ないの小娘が!」
ジョゴは激高し、背中に蠢く蛇の一つがフリエスに向かって光弾を放った。狙いたがわずフリエスの顔面に向かって飛んだが、セラがそれを素手で受け止め、握りつぶした。
「せっかちな奴だな。生前のお前は、もう少し理性と良識に富んだ奴だったが、死と共に良心と堪え性が消え失せてしまったようだな」
セラは横に立っていたフリエスの両肩を掴み、自分の目の前で持ち上げた。フリエスは露骨に嫌そうな顔をしたが、やむ無しと諦め顔が出てきた。
「で、心の準備はいいか、女神様?」
「良いも悪いもないでしょ。あんたの好きにしなよ。ただし、あの大馬鹿者をきっちり反省させた上であの世に送り出してやりなさい」
フリエスは何度かの深呼吸の後、ゆっくりと目を閉じた。そして、これから起こるであろうことにも覚悟を決めた。
「では、始めるとしよう」
「久しぶりなんだから、あんまし痛くしないでよね」
「保証しかねる。昔から女の扱いは雑なんだよ」
セラは大口を開け、ゆっくりと露わになった鋭い犬歯をフリエスに近付けた。そして、月明りに輝く牙がフリエスの首筋に突き刺さり、血が滴り落ちた。
セラは保証はしないと言ったが、実際のところ、痛みは差し込む一瞬だけであった。吸血鬼の食事は牙を突き立てて血を吸うことだが、その際に激痛を伴うと獲物が暴れ、上手く血を吸うことができなくなる。そのため、牙には強烈な快楽物質が分泌され、血を吸われている最中は苦痛が快楽へと変じ、夢でも見ているかのような錯覚に襲われることとなる。
フリエスも例外ではない。何度も味わってきた感覚だが、未だに慣れも耐性もできていない。ただ、目の前の魔王の糧として喰われるがままである。
血と共に、魔力も体力も気力も、何もかもが吸い上げられていく感覚だ。抵抗もしなかったとはいえ、僅かに動いていた腕も力を失い、ただ重力に従って手も足もブラブラ地面に向かって揺れ落ちた。
もし、普通の人間ならばこのまま絶命し、魂が汚されて怪物へと変じてしまう。だが、フリエスは既に魂は神の力が付与されているため、吸血鬼が介在できる余地などない。そのままの状態で生き残るのだ。
しかし、死なないからと言って、大丈夫なのかというとそうでもない。何しろ、体の中身をすべて吸い取られたに等しい状態なのだ。指一本動かすのですら思うようにならない。
そんな抜け殻のようなフリエスから牙を抜き、食べ終った肉の骨でも投げ捨てるかのように、フリエスの体をポイッと放り投げてしまった。
力なく飛ばされるままのフリエスであったが、上手くフィーヨが受け止めて事なきを得た。
「コラァ! 雑に扱うのにも程があるでしょうが!」
離れた所にいるフィーヨから抗議の声が飛んできたが、セラはもちろん無視した。と言うのも、体の中で起こりつつある変化に酔いしれ、それに構っているところではないからだ。
「ジョゴ、貴様は先程、魔王を称していたな。それがいかに浅いか、その目で確かめ、その体で体験し、その頭に刻み付けろ。そして、この俺に懺悔し、その慈悲にすがり付くがいい!」
言い終わるなり、セラの体に変化が生じ始めた。上半身の衣服が弾け飛び、全身の筋肉が徐々に膨張し出したかと思うと、次に灰色の獣毛が全身を覆い始めた。また、顔つきも人のそれから狼の顔へと変わっていき、突き出した口からはさらに鋭さを増した牙が見えていた。腕も一回り大きく筋肉で膨張し、爪も徐々に伸び始めた。
だが、悠長に変化を持つほど、ジョゴはお人好しではなかった。同化したイコの能力が、最大級の警戒を発し、即時攻撃を促したからだ。
六匹の蛇から全力で光弾と火炎弾を織り交ぜながら連続でセラに撃ち込み、さらに両腕には強烈な毒を付与しながら鞭のようにしならせながら伸ばし、変身中のセラを打ち据えた。
そして、その体は霧散した。文字通り、霧にでもなったかのように、気配すらなく、完全に消えた。
だが、イコの能力はすぐに消えたセラを補足した。
(真後ろ・・・!)
ジョゴは気配を察知したと同時に後ろ回し蹴りを放ち、気配のした方を蹴飛ばした。だが、これも空振り。そこにはもう何もいなかった。
「何を怯えている? 俺はこっちだぞ」
声の方を振り向くと、先程までセラの立っていた場所にセラが立っていた。変身が完了したため姿は変わっていたが、その漂う気配は間違いなくセラであった。
「それがお前の・・・」
「そう、これが女神を贄とし、顕現した“魔王”セラの姿だ」
灰色の毛並みの人狼族を基軸とした姿であるが、毛先が金色の輝きを放ち、尻尾が揺れる度に周囲の空気をビリビリと震わせた。
美しい、ジョゴの率直な感想であった。魔王とは、真なる魔王とは、神々しいまでの気配を漂わせるものなのかと素直に感心し、称賛した。
そして、同時に思った。この力を手にすることはできないのかと。
「ああ、これは返しておくぞ」
セラはどこからともなく取り出した、二匹分の蛇の頭部をジョゴに投げ渡した。その時、ジョゴは初めて気付いた。背中の蛇が左右一匹ずつ切り落とされていることに。
「な・・・!」
「なんだ、見えてもなく、感じてもなかったか。あの娘から探知能力を引き継いでもその程度か」
セラは心底がっかりした口調で吐露した。仮にも魔王を名乗る者が軽い挨拶程度の攻撃すら、反応もできずに狼狽するなど、腹立たしいと通り越して呆れてしまっていた。
ジョゴはすぐに痕跡を辿り返した。すると、僅かだが、自分のすぐ横を通って後ろに回り込み、それからさらに横を通って元の場所に帰ったであろう、魔力の痕跡に気付いた。
「バカな・・・。二回横をすり抜けて、その際に左右一匹ずつ斬り落としただと!?」
「なるほど。探知能力はちゃんとしているが、探知できても反応速度が体への順応をしきれていないようだな。吸収したばかりだ。やむを得ないか」
セラは右腕をぐるりと回し、それから僅かに前傾姿勢を取った。
「では、もう一度だ」
言い終わると同時に、セラの体が突然に弾けた。その次の瞬間には電光と化した何かが突っ込んできて、ジョゴはそれに対して反射的に手刀を叩き込んだ。
だが、腕が千切られた。鋭利な刃物どころか、完全になくなったかのように綺麗に消え去った。
背中に回り込んだ反応があり、ジョゴは今度は背中の蛇で迎撃を行った。先程斬られた蛇は再生できてないので、合計四匹の蛇が一斉に気配のする方を振り向き、炎を浴びせた。
だが、すぐに炎は止められた。セラが残りの四匹の蛇を、手早く斬り落としたからだ。
さらに再び横をすり抜け、今度は右足をもぎ取ったうえで元の場所へと帰っていった。片足となり体勢が崩れたジョゴはその場に倒れ込み、セラを見上げると、そこには腕や足、蛇の首を握っているセラが、先程以上にがっかりした顔で立っていた。
「無様だな。ほれ、返すぞ」
セラは斬り落とした体と蛇の首をジョゴに投げつけ、倒れるジョゴを見下ろした。
「さあ、早く再生して立てくれたまえ。そろそろ目が慣れてきたころだろう? もう少し粘ってくれ、“自称”魔王殿」
「うひぃ!」
ジョゴは悲鳴を上げつつも、散らばった各部位を繋ぎ合わせ、どうにか立ち上がった。あまりのことにすでに汗は乾ききり、荒々しい呼吸だけがジョゴに残った。
「この程度で息を荒げてどうする? かつて俺と戦った者達は、《英雄王》も、《天空の騎士》もこの程度容易く対処してみせたぞ。《剣星》にいたっては、初見で反撃まで入れてきたぞ。仮にも魔王を名乗ったのだ。それくらいはやってくれたまえ」
セラは一歩前に進み出た。ジョゴは無意識的に一歩下がってしまった。恐怖、困惑、それらがジョゴの心の中を占め、下がらせてしまったのだ。
「お、お前は、お前は何者なんだ!」
「魔王だ。そう名乗ったはずだ。そうだな・・・、まあ、《神を捕食する者》とでも称しておこうか。俺は月に一度、お前の言うところの神の成り損ないを食べ続けてきた。さらに、俺の持つ神々の遺産《虚空の落とし穴》を利用し、精神体をあちらの世界に飛ばして、時間があればずっと鍛錬に励んできた。まあ、いつもの二人からすれば、サボりに見えただろうがな」
ジョゴは驚愕した。セラが強いのは認識していたが、予想のそれを遥かに凌駕していた。どころか、まだ強くなろうと日夜研鑽に励んでいたという。しかも、“神”を食べ続けるというのも、よくよく考えてみれば恐ろしいことだと今更ながら思い知らされた。
まさに、別次元の存在。“魔王”を名乗っているのは、大仰な看板でもなければ、遊び心の表れでもない。正真正銘、圧倒的強者の義務として魔王を名乗っているのだ。目の前の男を止めようとすれば、それこそ本物の神でも呼んでこなければ不可能だということだ。
だが、その結論に達したことろで、ジョゴは却って吹っ切れた。これを倒さなくては意味がない。全てを捨てて手にしたものが無意味なものでなかったと証明するためには、絶対に避けては通れぬ壁であり、倒して真なる魔王とならねばならなかった。
ジョゴは両手を広げ、セラの次の行動を待った。速度に差がある以上、仕掛けるよりも、待ち受けて返す方がいいと判断したのだ。
「ふむ。それでいい。覚悟を持たぬ相手と戦ったところで、勝ち負けに関わらず味気ない者であるからな。では、行くぞ!」
セラが再び前傾姿勢となり、ジョゴに突っ込んだ。電光のような早さであったが、ジョゴは先程とは違って冷静だった。
六匹の蛇は方々に光弾を次々と乱射し、腕からも魔力を収束させた弾丸を放った。
そして、セラは元の位置に戻った。しかし、左腕が失われた状態となっていた。
「ほう。早速対処してきたか。やはりこうでないと、戦いとは呼べんなぁ」
セラは無くなった左腕のある場所を眺め、意識を集中させると、すんなり新しいのが生えてきた。ちゃんと動くかも腕を動かして確認し、それから再びジョゴに視線を戻した。
「魔王セラよ、お前は速い。だが、速すぎるがゆえにそれが弱点にもなりえる。冷静に対処すれば、どうということではないな」
ジョゴの取った方策は“弾幕”と“精密射撃”の合わせ技であった。背中の蛇から方々に射撃を行ってセラの移動経路を絞り、そこへ腕からの射撃で狙い撃つというやり方だ。弾をばら撒く方位や密度を調節し、上手く誘い込んで強烈な一撃を撃つ。速度が速すぎる分、命中時の相対速度によってダメージが増大し、体への損傷が想定以上のものとなって表れるのだ。
これが可能なのも、イコの能力がやはり大きい。ジョゴの力だけでは弾幕は張れても、狙撃の精度は大きく落ちるし、先読みからの誘い込みも難しくなる。
「見事見事。夫婦の共同作業はいい感じにできているではないか」
セラは素直に感心し、拍手を送った。皮肉なことに、“一緒になる”という約束は果たされ、戦闘においてこれ以上になく伴侶の能力が活躍しているのだ。
「余裕だな、魔王セラよ。貴様の攻撃は近接戦に特化している。性格から察するに、殴りこんで直接相手に一撃を加えることに至上の喜びなり、価値を見出しているのであろう?」
「その通りだ。気に入らん奴は直接ぶん殴るのが私の主義主張なのでな。射撃戦もできなくはないが、基本的には殴り合いが好みなのだよ」
「つまり、間合いにさえ入れなければ、削っていって勝つことはできるということだ」
もちろん、それは容易でないこともジョゴは承知していた。先程の合わせ技にしろ、僅かな隙間から接近を許すことも考えられるし、損害覚悟で突っ込んでくる可能性すらある。だが、それでもやらねばならない。勝たねば、全てを犠牲にして怪物になろうとも手にした力が無価値という烙印を捺され、自分の全てが否定されるからだ。
「では、間合いを詰めさせてもらおう。なに、簡単なことだ。お前とイコの番の力を見せてもらったように、魔王と雷神の番の力を見せてやろう」
セラは再び突撃前の前傾姿勢を取った。
なお、少し離れたところにいるフリエスはセラに番扱いされるのが気に入らなかったが、色々と搾り取られたままなので抗議の声を上げれるほどの元気はなかった。
「では、行くぞ。しっかり防げよ!」
セラはまたしても正面からジョゴに向かって突っ込んだ。
ジョゴはすぐに弾幕を張って迎撃した。イコの能力を吸収していなければ、補足が困難なほどの速さだ。だが、正面はすでに弾で埋め尽くした。仮に損害無視で突っ込んできたとしても、腕の方にも魔力の収束は完了している。弾幕を抜けた直後にお見舞いしてやればよいのだ。
だが、セラの動きはジョゴの予想を上回った。隙間のない弾幕が命中したにも関わらずセラの体は発光しながらすり抜けて、ジョゴのすぐ横でピタリと止まり、その肩に手を置いた。
「な・・・!」
「距離を詰めたぞ」
セラはそのまま腕を下に向かて力を込め、ジョゴの腕を肩ごと圧し潰した。ジョゴはもう片方の腕に魔力を収束させ、セラの顔面に向かって手刀を突き刺そうと繰り出したが、またしてもサッと走り去り、元の場所へと戻っていった。
「ぐぅ、なんだ今のは・・・!」
ジョゴは落とされた腕を拾い、無理やり傷口に押し当てて接続させた。
弾幕は命中したはずだ。だが、セラはそれをすり抜けた。強引に突破したのではなく、すり抜けたのだ。現に傷一つ付かずに涼しい顔をして立っている。
「これが雷神の力だ。雷を放出したり、吸収したりするのしか見せてなかったが、雷そのものに体を変化させることができるのだ。体に恐ろしく負荷がかかるから、多用はできんがな。現に、あいつと出会ってからこの技を見たのは、片手の指で数えれるくらいしかない。なにしろ、使った後はしばらく行動不能になるからな」
などと説明しつつも、セラは平然としていた。気配や表情からも負荷で苦しんでいるようには見えない。優雅に、あるいは傲岸にジョゴを見つめるだけであった。
「さて、今の一撃は防ぎようがないみたいだが、そうなら次で終わるぞ。先程のはただ掌撃で腕を潰しただけであったが、こういうこともできるんのだ」
セラの腕が変化した。不死者から不浄なる命をもぎ取る六本指の死神の腕〈冥葬〉だ。
「雷神の力で確実に距離を詰め、こいつでお前の出来立ての偽りの心臓をもぎ取る。それで終わりだ。呆気ない終幕だな」
「ぐぅっ・・・!」
ジョゴは必至で考えたが、魔王と雷神の合わせ技を防ぐ手立てが一切ないのだ。セラとの戦いで最重要なのは、絶対に距離を詰めさせないことだ。仮に〈冥葬〉がなかったとしても、近接戦では絶対に勝てないからだ。弓使いと拳術士、殴り合いならどちらが有利か、考えるまでもないことだ。
だが、相手には弾幕をすり抜けて詰めてくる方法があり、こちらにはそれを防ぐ手立てがない。
(防げない。確実に一撃を喰らう。ならば!)
ジョゴは腰を深く落とし、右腕を握りしめ、そこにありったけの魔力を集中させた。
「ほほう。虎女の〈虎砲穿通〉を真似てきたか。下手な弾幕を張るより、一撃にすべてを乗せる。あわよくばこちらとの相討ちというわけか。・・・面白い!」
セラとしても申し分ない緊迫感を楽しむことができた。お互いの一撃は必殺のものなる。先に当てた方が勝ち。悪くない、どころかとても楽しい戦場であった。命と魂を削り合うこの感覚は、セラをこの上なく興奮させた。
「それでいい。先程は弱い奴めと罵ったが、訂正しよう。たとえ、神々の遺産の二重乗せによる借り物の力だとしても、仲間を喰らい獲得した汚れた魂であったとしても、決意を以て戦うことを決めたのだ。魔王との闘争を是としたのだ。それには応えてやれねばな」
セラも再び前傾姿勢を取った。だが、先程と違い、右腕には黒き死神が舞い降りている。偽りの心臓をもぎ取れば、それですべてが片付く。
一方のジョゴも全力だ。背中の六匹の蛇は大きく吸い込み、周囲に漂う魔力や瘴気を有らん限り飲み込んだ。そして、それを握りしめた右腕一点に集中させた。
いつ動くのか、いつ仕掛けるのか、互いが相手を粉砕する未来を描き、そして、動いた。
セラが真正面からジョゴに迫った。その黒き右腕でジョゴの仮初の命を奪い取ろうと、全力で駆けた。
この瞬間にジョゴが仕掛けた。背中の蛇の内、一匹だけが迫って来るセラに対し、炎を吹きかけたのだ。真っ赤に盛る炎がセラを包み込み、その視界を塞いだ。
(これは効果がない。ただの牽制。次の一手で決まる!)
ジョゴはセラがどうくるのか、一瞬たりとも見逃すまいとさらに意識を集中させた。
そして、炎を貫き、電光がジョゴに迫った。
(後ろ・・・!)
ジョゴはイコの能力を全力で奮い、電光の赴く先を予測した。それは、電光で走り抜けて背中へ回り込み、そこから〈冥葬〉で撫でてくると先読みした。
ジョゴは電光が通り抜けると同時に左足を軸にして体を半回転させ、後ろを振り向いた。そして、実体化する機を見計らい、溜めに溜めた右腕の力を一気に解放した。
掴んだ機は完璧だった。だが、“空振り”した。行き場のない必殺の一撃の力は虚しく空を切り、何事もなかったかのように静かであった。
そして、背中に手が添えられる。ジョゴのほんの斜め後ろにセラが立っていた。
「虚と実の織り交ぜだ。言ったはずだぞ、雷神は無尽蔵に雷を繰り出せると。お前が捉えたと判断したのはただの雷で、燃え盛る炎の中にいたのが俺だ。炎による目暗ましはお前自身にかかっていたのだよ。先読みし過ぎた目の良さと判断力が逆に仇となったな」
セラからの死刑宣告文であった。
やられた、誘われて自分から背中を晒してしまった。ジョゴはその最後の瞬間を口惜しさと共に迎えねばならぬことを悔やんだ。だが、その瞬間は訪れなかった。
咄嗟に跳躍して距離を開け、セラの方を振り向くと、そこには信じられれない光景が展開されていた。
“イコ”がセラの死神の腕を掴み、必殺の一撃を止めていたのだ。
「な、なんだと・・・?」
ジョゴは信じられない光景に驚きつつも、目の前の出来事を冷静に分析し始めた。
イコは死んだ。それは確実だ。なにしろ、自分自身が血を吸って殺し、心臓が止まるのも確認している。目の前で動いているのがおかしいのだ。
ならば、自分と同じく不死者として覚醒したのであろうか。だが、それはない。白き産着の半吸血鬼の魂は汚されることなく、神の下へと導かれるはずだ。何より、目の前のイコからは不死者特有の死の臭いが一切感じない。
そもそも、神の御許へ行くはずのイコの魂は自分が無理やり取り込んでいる。いわば、イコの肉体は抜け殻も同然だ。
はっきり言って、ジョゴには分からないことだらけだ。
動揺しているのはセラも同様であった。決闘に水を差された怒りよりも、状況の特異さに感情を持って行かれていた。
まず、イコが自分の腕を掴み、止めたという点だ。死体が動いて止めに入るなど、あり得ないことだ。気配から不死者になっている雰囲気でない。そもそも、イコの細腕で完全体の魔王となった自身を押し留めるなど、明らかに異常なのだ。
なにより、目の前の“イコ”の姿をした物体からは、桁外れの存在感と力が溢れていた。ガワは本物だが、中身は完全に別物だ。
「てめぇ、誰だ!?」
セラは自分の腕を掴む女性を睨みつけた。魔王に凄まれたのであるから、普通ならば尻もちをついて怯えるか、そのまま気絶、死亡というのがお約束だ。だが、目の前のそれは一切の怯みがない。それどころか、笑顔で返してくる。
不気味な立ち姿だ。その姿は先程、ジョゴに血を吸われたままだ。白い長衣は自身の血と泥で汚れ、その首筋には生々しい噛まれた傷跡が残っている。その姿での笑顔だ。見る者は間違いなく困惑するであろう。
そして、女性は静かに口を開き、セラの問いに答えた。
「セーグラ。わらわの名はセーグラ。縁を司る者なり。汝らの言の葉を借り受けるならば、愛の女神とでも名乗ればよいかのう」
~ 第二十五話に続く ~




