第二十三話 新たなる反逆者
時は少し遡る。
セラの話を聞くなりフィーヨがジョゴに向かって飛び出し、フリエスがそれを慌てて追いかけた。その場に残されたラオはどうしたものかと思い悩んだ。
現状、自分のできることはなにもない。二人の後を追って加勢したとて、自分では明らかに足手まといだ。誰も彼も英雄級の実力者であり、修行中の自分の力ではまともに戦えるとは思えなかった。
かといって、その場を離れて逃げ出すという選択肢も取れない。なにしろ、今は“不死者の祭典”の真っ最中だ。二本の足で立っているイーサ山は現在、万を超す不死者でひしめき合っている状態だ。そこを突破して麓の村まで駆け込むことは不可能だ。
なにより、イコやユエの遺体をこのままにしておくわけにはいかない。また、怪物になってしまったジョゴをどうにもできないがどうにかしたいという気持ちでいっぱいである。自分だけ立ち去ることはできなかった。
前に出ることも、後ろに下がることもできない。つまり、ラオにできることは、結果がどうあれ、目の前の光景を見守ることしかできなかった。
身動きの取れない現状が歯痒かった。何もできない自分が悔しかった。どうすることもできないことに忸怩たる思いを抱き、涙を流すことしかできなかった。
そんな思い悩むラオに、大きな人影が目の前に現れた。他ならぬセラだ。
セラはラオの正面に立ち、顔を近付けた。吹けば息がかかるくらいの至近で、開いた口からは吸血鬼の証である鋭い犬歯が輝いていた。
「人犬族の少年よ、お前は力が欲しいか?」
セラの質問はラオの心を大いに揺さぶった。
当たり前だが、力は欲しかった。もし、自分にそれ相応の力があれば、目の前の惨劇を止めれたのかもしれない。
しかし、現実はそうではない。ジョゴに凶行を思い止まらせる防波堤になれず、ユエやイコを救い出すこともできない。無力な自分が残ったのではない。無力だからこそ、相手にされずに捨て置かれただけだ。だから、生き残ったのだ。
力があれば防げた。力があれば助けれた。力があれば変わらずにいられた。無力だからこそ、すべてを奪われた。
だが、安易な力への渇望はどうなるか。目の前のジョゴがそれを皮肉にも示してしまった。仲間を殺し、恋人を食らい、化物へと成り果てた。力を求め、呪われた体から解放され、全てを捨て去って得たものがあのおぞましい姿なのだ。
力は欲しい。だが、捨て去る覚悟もできない。
「悩める子犬よ、痛いのはほんの僅かな時間だ。すぐに何もかもから解放され、飛び跳ねる“ハイ”な気分になれる」
セラの煌めく犬歯が、ラオには眩しく感じた。
吸血鬼は噛み付いて吸血し、その際に相手の魂を汚して同胞にする能力を有している。もし、セラがラオの血を吸い同胞としたらば、ラオは急激に強くなれるはずだ。
何しろ、魔王直々のお誘いだ。セラの性格からしても、無下な扱いはしないだろう。それ相応の力を与えられ、今より確実に強くなるはずだ。
吸血鬼となれば、陽光を避ける生活を強いられるが、力は得られる。欲して止まない“力”が手に入る。
ラオは無意識的に前のめりになり、セラに全てを差し出そうかと思ったが、轟音が正気に戻させた。フリエスとフィーヨがジョゴ相手に様々な攻撃を繰り出している光景が目に飛び込んできた。
もし、自分に力があれば、あの中に混じり、ジョゴを抑え込めたかもしれない。
力は欲しい。だが、それではかつて仲間と呼んでいたあの化物と同じ道を進むことでしかない。ユエやイコの無惨な死体は、ラオにそれを思い止まらせた。
ラオはセラから一歩下がり、深々と頭を下げた。
「セラさん、折角のお誘いですが、お断りさせていただきます。力とは自らの研鑽と修練によって得るものであって、安易に与えられるものではありません。今は弱くとも、いずれはあなたと戦えるくらいには強くなってみせます!」
ラオは失礼かもしれないと思いつつも、それでも言い切った。あなたと戦う、と。
まだほんの数日しか付き合いのない目の前の男は、自分など及ぶべくもない圧倒的な強者だ。大災害に匹敵する相手を、軽く一撃で葬れるほど存在。魔王を自称するだけの力は確実に持っているのだ。
そんな彼が欲するものは、その力を存分に振るえる相手では、というのがラオを考えだ。強すぎて簡単に相手を倒してしまう。それはひどくつまらないことであるし、理解されない孤独に囚われているのかもしれない。
その潤うことのない乾いた心を満たせるのは、闘争の血飛沫だけだ。戦うに能う存在に自分もなり、倒すと宣言する。それこそ目の前の孤独な魔王への最大の敬意、そう考えた末の言だ。
そして、それは当たっていた。セラはご機嫌な笑顔を作り、ラオに拍手を送った。
「やはり俺の見立て通りだな。四人の中で一番お前が強くなる、と。目の前の餌に食いつかなかったことは褒めてやる。食いついた愚か者はどうなったか、実例が目の前にあるからな」
褒められはしたが、ラオは特に喜びはしなかった。まだまだ自分が弱いことには変わりなく、目の前の状況を動かす力も知恵もないからだ。いずれ、ではなく、今この瞬間こそ力が欲しいのだ。
そんなラオの複雑な心中を察しては、セラはラオに向かって右手を出し、指を二本立てた。
「さて、人犬族の少年よ、俺は今、気分がよくて、機嫌が悪い。満月の夜は色々と複雑なのだよ。腹立たしいことにな。だが、勇気ある矮小な挑戦者に敬意を表し、お前の願いをかなえてやろう」
突き出した右手を軽く揺らし、二本の指を強調した。
「お前は今、二つの選択肢があり、どちらを選ぶかで迷っている。すなわち、進むか、引くか、だ。さらに言えば、戦うか、逃げるか、だな」
「その通りです。ですが・・・」
今のラオではどちらも選べないのだ。なにしろ、どちらを選択しても、“死”以外の結末が見えてこないからだ。安易な死を選ぶのは、勇敢ではなく逃避でしかない。少なくとも、今回の一件の結末を見るまでは、絶対に死ぬわけにはいかないのだ。
「悩むのは構わんが、悩んだところで結論は出ないのは自明だ。だから、その悩みを解決してやろう。なにしろ、お前の目の前にいるのは魔王だからな。お前がどちらの道を選択しても、すんなりかなえてやることができる」
セラはゆっくりとラオに歩み寄り、その横に立った。そして、その肩に手を置き、ラオの顔を覗き込んだ。ラオは緊張した。魔王を称する圧倒的な強者が、なぜ自分にここまで気にかけてくれるのか、全くわからないからだ。
「お前が戦うを選択した場合、俺がお前に変わってかつての仲間を始末してやる。お前が逃げるを選択した場合、俺がお前を麓の村まで運んでやる。どちらも、俺にとっては造作もないことだ」
セラの言葉に、ラオはさらに心中が複雑になった。魔王の助けを借りて勝つか、魔王の助けを借りて逃げるか、結局、自分では何もできないことの証明でしかない。
「恥じることはない。お前は自分が弱いことを知っている。お前は自分ではどうすることもできないと理解している。死を恐れているのではなく、何もできずに死ぬのは嫌だと思っている。だからこそ、なにも選択できなかった。だから、選択できるように、俺が手を貸すと言っている。さあ、選べ。どちらの道を選ぼうとも、それはお前自身が選んだ道だ。お前の意志で決定した未来だ」
選択肢ができた。進むか、引くか。どちらも選べなかったが、魔王の助力があれば、どちらも選ぶことができる。そして、すぐに選べと催促された。
当然、選択を急がなくてはならない。目の前ではフリエスとフィーヨが戦っている。様々な術式が眩い光となって飛び交っている。善戦しているようだが、見た感じは分が悪そうであった。あの二人を同時に相手できるほど、今のジョゴは強いのだ。
(どちらだ。どちらを選ぶのがいいんだ)
ラオは考えた。もし、戦うことを選択すれば、セラがジョゴを始末してくれるだろう。なにしろ、この前見せつけられた秘技〈冥葬〉がある。あれを使えば、ジョゴすら仕留めてしまうだろう。だが、それが正しいのだろうか? かつての仲間のことを他人任せにして、それで仲間達は納得してあの世とやらに旅立てるのだろうか。
逆に引いた場合はどうか。ユエとイコの遺体を回収し、セラにそのまま麓まで運んでもらう。そこで自分の安全は確保されるが、火口に残ったフリエスとフィーヨが今度は危うくなる。二人が逃げおおせたとしても、今度はジョゴが完全に自由の身となって、どこで何をするか分からない。ただ、そのうち強くなって倒しに行くという考えもできなくはないが、ジョゴに迫れる力を得るにはどれほどの時間がかかるか、正直なところ見当もつかない。
(他人任せの無様な勝利か、将来の自力勝利を狙う逃走か)
選ぶことすらできなかった状況から、選ぶことができる状況に変化したことは大きい。たとえ、魔王の力を借り受けたとしても。
だが結局、決断するのは自らの意志だ。魔王の“好意”で選ぶことができたとしても、あくまで魔王は強要をしてこない。どれを選ぶかどうかは、ラオ自身の決断なのだ。
考える時間はそう長くない。目の前で戦う二人は、明らかに押され始めている。早々に参戦しなければ、押し込まれてしまう可能性があった。
そして、ラオは口を開いた。ありのまま、今自分が考えている思いをそのままセラにぶつけた。
「魔王セラ、僕は第三の選択肢を選びます」
「ほう・・・」
戦うか、逃げるか、ではなく第三の選択。セラはその答えがなんであるのか、ラオの言葉を聞き逃すまいと注力した。
「僕は齢で十五を重ねただけの若輩者です。あなたに比べれば、ほんのわずかな時間しかこの世界にいません。ですが、この一夜の出来事にて、この世界の事が嫌いになりました。世界を神が創造したのであれば、神というのは随分と悪辣な存在に思えてしまう。慈悲も教導もなく、享楽に耽るだけの指し手のように感じます。だから、僕はあたなにこう述べます。魔王セラよ、一緒に世界を潰しましょう!」
期待以上の答えが返ってきた。いい意味での裏切りだ。セラは近頃にない喜びを覚え、高らかに笑った。何度も何度もラオの肩を叩き、よくぞ言ったと褒め称えた。
「ジョゴを倒すでもなく、自らを逃がすでもない。“世界”を潰すと言ったか! それも一緒に、と。いいぞいいぞ、人犬族の少年よ。・・・いや、失礼した。ここまで立派な狂気に囚われたのだ。もう子供扱いをしては失礼だな、召喚士ラオよ」
セラは狂喜した。自分の見立ては間違いでなかった。むしろ、予想を超える反応を貰えた。神を引きずり下ろし、世界を潰す。この域に到達したのは、自分を除けば《狂気の具現者》だけであった。
フリエスとフィーヨの考えもそれに近いが、それでもまだ弱かった。潰すというよりかは変えると言った方が適切だからだ。だが、ラオは違う。ここまで明確に世界を潰そうという意志を示したのだ。
セラは空を見上げ、満月を睨みつけた。遥かなる高みに存在する神のいる世界。見下ろす邪神の眼に向かってセラは吠えた。
「聞こえたか! 見知ったか! お高く留まった神とやらよ! 今、この瞬間に新たな反逆者が誕生した。だが、これでも不十分だ。俺とラオが肩車をしても、お前らの世界には手が届かぬ。しかし、ここに可能性が生まれた。俺と考えを同じくする者が現れたということは、さらに増えるということだ。二人で届かぬのであれば、百人で肩車をしよう。百人で届かぬのであれば、千人で肩車をしよう。それでもダメならば、万人にて積み上げよう! それこそが我ら《神々への反逆者》の進む道だ!」
改めての宣戦布告。だが、先程と違い、今は二人での宣戦布告だ。ラオを天に輝く満月を睨み、神への敵意を露わにしている。ほんの小さな援軍だが、それでもセラの心は満たされた。
「さあ、召喚士ラオよ、今宵一夜限りではあるが、俺はお前の召喚獣となってやろう。魔王を召喚できたのだ。今ならなんでも叶うぞ。さあ、遠慮なく言え。これからやるべきことを、やって欲しいことを、この魔王に言ってみろ!」
セラは改めてラオと向き合い、そして言葉を待った。今の自分であるならば、どんな願いでもかなえてやれそうだ、そんな高揚とした気分に満たされている。どこまでも、なんでもやってやる、最高に爽快な気分であった。
ラオにもその高揚感は伝播していた。やるべきことは決まっている。やりたいことも見えている。遠慮も必要ない。すべてから解放された。ラオを一呼吸深く吸い込み、そして言い放った。
「魔王セラに対して、僕は願い給う。この狂った世界に囚われ順応してしまった、哀れな化物を討滅せよ! かつて仲間と呼んだ者であろうと、容赦すること一片もなし! その爪を以て肉を裂き、その牙を以て魂を砕け!」
「承った、召喚士ラオよ」
セラは踵を返し、ゆっくりと戦う三人の方へと歩き始めた。
「ラオよ、よく見ておくがいい。神を追い落とすと宣じた魔王がどれほどのものか、しかとその眼に焼き付けておくといい。それがいずれお前の目指す目標となり、通過点となるのだ。何しろ、神は魔王よりも強い。俺を越えねば、目指す頂には手が届かぬぞ」
かくして、魔王の進撃が始まった。本気を出すのはいつ以来だろうか、ああ、前の魔王と戦ったときか、そう考えながらセラは進み出た。
目指すは神。だが、当面の相手は魔王を自称する愚か者。さっさと潰して次へ行こう。セラの足取りはいつになく重く、それでいて軽やかであった。
~ 第二十四話に続く ~




