第二十一話 分かれ道 後編
目の前の信じられない光景に、更なる悲劇と惨状が加えられた。頼りになる部隊の隊長格であったジョゴが、イコを文字通り“食べて”いるのだ。今朝方、イコがジョゴに想いを全て告げ、ようやく結ばれたかと思っていたのに、この有り得ない光景が目の前で繰り広げられていた。
それを目撃していたのは、“生きている”者ではラオ一人。あとは愉悦と共に祭典を主宰する呪いの髑髏と、頭上に輝きすべてを見下ろす満月くらいだ。
余りにもあり得ない光景、見るに見かねて、ラオを目を強く瞑り、そして顔を背けた。
そして、心の底から熱いものが込み上げてくる。それは怒りだ。この惨劇を呼び起こしたジョゴに対してではなく、これを防げなかった自分自身に対してのものだ。
四人で過ごした楽しい日々はもう戻ってこない。自分一人だけが残された。普段自分をおちょくってくる姉貴分のユエは穴だらけになった。イコは今、怪物に喰われている最中だ。ジョゴは怪物に成り果て、仲間であり恋人となった者を喰っているところだ。
それに対して、自分は何もできない。ただ、眺めているだけしかできない。目の前の光景を止めれるだけの力が何一つない。
戦ったところで、ジョゴには傷一つ付けれないだろう。
逃げたところで、背後には不死者が群れをなしている。とても麓の村まで辿り着くことはできないであろう。
何一つできない。ただ、目の前の見たくもない光景を、見ているだけしか自分にはできない。
無性に腹が立つ。怒りが込み上げる。何もできない自分自身に対して。ラオはその怒りを握っていた杖に込め、地面に叩きつけた。もちろん、それで何か変わるわけでもなく、気持ちが晴れるでもない。まったくの無意味な行動だ。
それでも何かやっておかなくては、自分自身が闇に喰われれてしまいそうになる。それは杖がへし折れるまで続けられた。
ラオは息荒く怒りを杖にぶつけたが、当然事態の打開になんら寄与するものではない。ただ疲労感と虚しさが募るだけだ。
「ラオ! 退きなさい!」
突然の大声がラオの耳に突き刺さる。すぐに顔を上げ、周囲を見回した。視界に飛び込んできたのは、自分の方に向かって必至で逃げ回っているフィーヨの姿が確認できた。もちろん、その後ろには大狼の姿をしたセラも迫っていた。
フィーヨはそのままラオに駆け寄ると、そのまま走りながら抱え上げ、さらに走った。
「フィーヨさん!?」
「思っていた以上に軽いですわね。もう少し肉付きをよくしとかないといけませんね」
まさか細腕の女性に抱えられらがら走るとは思ってもみなかったので、ラオは困惑したが、迫ってくる魔王を見て震えあがってしまい、動けなくなった。放たれる気配、威圧感、どれを取っても今までで出会った来た怪物の中では断トツの一番であった。
「こ、こんなのをずっと続けていたのですか!?」
「そうよ。喋ってると舌嚙むから、黙っておいた方がよろしいですわよ。あと、これが落ち着いたら、状況を説明してもらいましょうか」
フィーヨは枯れ果てた火口湖の中心をチラ見した。ユエが倒れ、ジョゴがイコに襲い掛かっている。すぐにでも助けに行きたいが、魔王との追いかけっこの最中なので、そんな余裕も隙もない。
「〈轟雷〉!」
天空より一筋の光が闇夜を貫き、迫りくる魔王に巨大な雷が直撃した。電光が辺りを照らす中、フィーヨはラオを放り投げると、そのまま急転してセラと向き合った。
ラオはいきなり離されたので、勢いよく転がっていったが、どうにか起き上がると、フィーヨはすでに術式の詠唱に入っていた。
「〈電撃鞭〉! 〈電光束縛陣〉!」
先程の雷を放ったのはフリエスであり、セラに駆け寄りながら左手からは電撃の鞭を生み出して、巨大な胴体に巻き付け、右手からは雷で編み上げた牢獄を生成し、セラを中に閉じ込めた。
セラは大きく雄叫びを上げた後、体当たりで雷を檻を破壊し、さらに電撃の鞭をあっさり食いちぎってしまった。
だが、時間稼ぎと注意逸らしには十分であった。
「光り輝く裁きの鉄槌を今ここに! 不浄なる者を打ち滅ぼす力を示せ! 〈軍神の投槍〉!」
セラがフリエスに気を取られている隙に、フィーヨは神への祈りを完成させ、その力を借りた神術を発動した。フィーヨが使える最強の攻撃術式であり、不死者や魔族に対して絶大な効果を発揮する軍神の力を借りた一撃だ。
天より降り注ぐ光が滝のようにセラに覆いかぶさり、けたたましい叫び声を上げながら光の中へと消えていった。
「やったか!?」
フリエスは急に飛び出してきてもいいように警戒しつつ、光が収まるのを待った。すると、地面に裸で倒れ込むセラの姿が現れた。
「効果覿面ですわね!」
どうにか暴走する魔王を静めることができ、フィーヨは安堵のため息を吐いた。
「ここまで散々暴れまわった上に、フィーヨさんの必殺の一撃が直撃したもんね。今夜はこれで打ち止めでしょうよ」
「それに、ここの漂う魔力の影響もあるでしょう。我々にはいささか息苦しいくらいの瘴気ですが、魔族にとっては香を焚いているようなもの。気分がそれで落ち着いたのかもしれません」
二人はそれぞれの手を出し、パンッとそれぞれの手を合わせて勝利を喜んだ。そうこうしているうちにセラが目を覚まし、少し呻きながら起き上がった。
「うぇ~っと、少しばかり眠っていたかな。おまけに体中がヒリヒリするぞ」
「軍神の一撃を喰らって、肌荒れ程度ってのが異常よ。あと、服着なさい、服!」
フリエスの言う通り、セラは全裸であった。巨大な狼に変身していたのだから、服などはとっくの昔に木端微塵になっていた。なお、腕に付けている神々の遺産《虚空の落とし穴》は健在であった。
「全裸に腕輪一つというのが、また何とも言えない妙な味わいがあると言いますか」
フィーヨは相変わらずいい体してるな程度の感想を述べ、セラの裸体を見やった。顔立ちは優男と言ってもいいほど整ったものであるが、首から下は筋骨隆々。並の鍛え方ではこうはならないであろう、肉体美を誇っていた。
ちなみに、フィーヨはどれほどいい男であろうが、心動かされることはない。全裸で現れようとも恥じらうこともない。兄と夫以外の男性は、本当にどうでもいいからだ。
「普段、見慣れているし、どうということはないだろう」
「黙れ。さっさと服着ろ。ラオ君がいろんな意味で戦意喪失するから」
フリエスとしては、目の前の男の裸など何度も見たのでどうということはないが、すぐ横にいるラオはどう反応していいのか困惑しているようであった。
「ああ、なるほど。風呂場でビクビクしていたのはそういう意味だったか」
「いえ、違いますから。全然違いますから」
ラオは全力で否定した。そもそも、温泉での一件は、筋骨隆々な二人に挟まれて入浴させられた上に、セラが両手に蛇を、ジョゴが武装して入ってきたのが原因である。セラの肉体がだけが原因ではない。
一通りラオをからかった後、セラがパチンッと指を鳴らすと、夜の闇が舞い降り、それが形を成していつもの旅装束になった。
「こんなものかな。さて、犬っころよ、状況を説明してもらおうかな」
セラは少し離れたところにいるジョゴを眺めながら尋ねた。すでに“儀式”を終えたのか、イコは地面に投げ捨てられていた。
思い出したくもない。口にも出したくない。そんな思いでいっぱいであったが、言わないわけにもいかず、ラオは吐き出すような感じでありのままを口にした。
「髑髏の結界を破壊するために、ジョゴさんとユエさんが突っ込んで行きました。ユエが結界を破壊しましたが、その直後にジョゴさんがユエさんを撃ち殺し、そのまま自害しました。イコさんが慌てて駆け寄ったところで、ジョゴさんが不死者、吸血鬼として復活してイコさんを食らった」
想像を絶する状況説明であった。フリエスもフィーヨも明らかな不快感を示して、顔をしかめた。
だが、セラだけは顔色一つ変えなかった。というよりも、元から“こうなること”を予期していたかのように冷めきった表情を見せていた。
「愚かな事よ。よもやこの道を選んでしまうとはな。せっかく面白そうなのと出会えたと思ったらこれか。なんと嘆かわしいことか」
セラとしては残念極まることであった。セラは強くなることを至上命題にしており、そのための手段として強者と戦うことを望んでいた。ジョゴにしろ、ユエにしろ、セラはそれに該当すると考えており、いずれは“魔王”として勇者、英雄となった二人に挑まれるのではと期待していたのだ。
それが目の前の惨状である。つまらない結果だ、そう思わずにはいられなかった。
「セラ、あんた、“こうなること”を知ってたの!?」
セラの嘆きに反応したのはフリエスだ。先程の発言は、予期していなければ出ないはずの台詞であるし、不信感はフィーヨとラオにも移り、その視線もセラに向けられた。
「いくつか考えていた道筋の一つとしては予想していた。そこまで可能性は高くはなかったのだがな」
「セラ、あんたってやつは・・・!」
またいつものやり方か、フリエスは憤りと共にセラに詰め寄って、見上げるように睨みつけた。身長差がありすぎて、イマイチ様にならない。
「俺に怒るのは筋違いというものだぞ。そもそも、あの怪物に“成り下がった”大馬鹿者の引き起こした愚行こそ責められるべきで、俺の責ではない」
「一言くらい忠告してくれてもいいでしょう!」
フリエスにはそれは腹立たしくて仕方がなかった。現在の旅の目的は《狂気の具現者》ネイロウを探し出し、打倒することだ。そのためには英雄級の凄腕を揃える必要があり、まずは仲間集めという手順を踏んでいた。運よく《混ざりし者》と出会い、この任務が終わったらその件で協力を要請しようと思っていたのに、全てが水の泡となった。
しかも部隊の牽引役が怪物になって他二人を殺害するという最悪の結果が生じた。その可能性を予想していたのであれば、先に注意を払って回避することもできたはずだ。
にも拘らず、目の前の自称魔王は何もせず、傍観者を決め込んで成り行きを黙って眺めていたのだ。
「なあなあ、女神様よ、何もしなかった、何も話さなかったというのであれば、お前も同罪だ」
セラはフリエスの首の後ろに手を回し、軽々と持ち上げた。まるで首を掴まれて持ち上げられた子猫のようだ。
「俺はこいつらと出会ったとき、最初にこう尋ねたよな。『お前らの産着は何色だ?』とな」
セラの発言を聞き、フリエスは少し前のことを思い起こした。確かに、セラが二人にそう尋ねていたのは間違いなかったと記憶していた。
「いや、あれは白い産着が探知特化型、赤い産着が攻撃特化型って色分けでしょう?」
「違う違う。そういうことじゃない。そもそも白い産着の半吸血鬼が探知特化型なのは、赤い産着の同胞を探し当てるために備わっているものだ」
「はへぇ?」
フリエスは意味が分からず困惑した。
「『白き衣は汚れなき証。清浄なる魂は天へと召されたもう。赤き衣は不浄の証。呪われし魂は冥府魔道へ落ち行くなり』ってな。半吸血鬼の事を謳った昔話の一節だ。半吸血鬼はずば抜けて高い能力を有する者が多いが、それに対する代償がある。それは、赤い産着の半吸血鬼は生まれながらにして呪われていて、死後にその呪いが顕現し、完全なる吸血鬼として復活する。そして、それを見つけ出すのが白き産着の半吸血鬼の役目だ」
セラの説明を聞き、フリエスは驚きのあまり、目を丸くして絶句した。フィーヨとラオも同様に驚き、セラと呻き声をあげるジョゴを交互に見やった。
「赤い産着の半吸血鬼は呪われている。死ねば、完全なる怪物として復活するのだからな。自分がいつ死ぬのか、その際に周囲にどれだけの被害が出るのか、常にこの苦悩と共に生き続けることになる。だが、それを誰も理解してはくれない。普通の人間と半吸血鬼の見分け方なんてないからな。イコの場合、森の妖精の血が濃かったために、分かりやすい特徴が出たがあれは例外だ。普通なら、半吸血鬼かどうかを見分けれるのは、産着を見た者、つまり親だな」
「じゃあ、親が周囲に教えれば・・・」
「できると思うか? なにしろ、いずれ怪物になるのが確定している存在だぞ。隠すか、あるいは殺すかするだろう。殺して怪物になることが分かっているならば、事前に準備しておけば対処は容易だ」
セラの説明は理解できるが、フリエスは近来に感じたことのない不快感を魂の奥底から呼び起こされた。我が子を手にかけるなど、到底許されるべきではないが、怪物となって災厄をもたらされるよりかはと考えるのもまた親心なのだ。
「また、赤い産着の半吸血鬼が明確に自身の力を知覚した際に最初にやることは、“親殺し”なのだ。なにしろ、呪われた存在として自分を産み落としたのが、他ならぬ親なのだからな。大抵は錯乱して親を殺し、忌み子として郷を追われるか逃げ出すかだ。そして、自身が半吸血鬼であることの証が消えてなくなる。証明してくれるのは、産着を見た者だけだからな」
まるでジョゴの半生を見てきたかのように語るセラであったが、吸血鬼であるセラが近似種である半吸血鬼の特性について認識していても不思議ではない。なにより、この自称魔王は最低でも五百は齢を重ねていると公言している。その間に蓄えられた知識も膨大なはずだ。粗野で怠惰に見えるこの男も、その頭脳は侮りがたいものがあった。
「故郷を離れ、いつ自分が怪物になるかと恐怖しながら、半吸血鬼は生きていく。類稀な能力を有しているので、冒険者になる場合も多いが、基本的には単独だ。十分強いから一人でやってけるし、仲間なり知人縁者なりを殺すかもしれないという恐怖から人を寄せ付けない。そうして、孤独と恐怖を両肩に乗せて旅を続ける」
「恐怖故に人を近寄らせない。ただ一人、それを理解した上で、側に寄り添う白い産着の半吸血鬼を除いて・・・」
「そうだ。親以外で半吸血鬼を見分けることができるのは、探知特化型の白い産着の半吸血鬼だけだ。そして、白き産着の半吸血鬼は赤い産着の同胞を見つけると、それを告げてずっと付いて回るのだ。呪いが発現する“その時”までな」
セラの説明は、ジョゴやイコから聞いていた話と一致する。なんということだと、仲間であるラオは頭を抱え、そして涙した。自分は何も知らず、知らされず、ただ仲間として楽しく旅をしていた。寡黙なジョゴ、賑やかしのイコ、二人がその苦悩によって精神を蝕まれていたというのに。
相談してくれればよかったと思うが、相談されたところでどうしようもないことでもあった。はたして、怪物になることが決まっている仲間を、以前と同じように接することができるかどうか、それはラオ自身にも分からなかった。
分かった上で寄り添っていたのはイコだけだ。あのふざけた奇行の数々も、半分は自分の感情の赴くままに動いた結果かもしれないが、残りの半分は間違いなくジョゴを“孤独”から救い上げようとするあらん限りの慈愛の行動ではないだろうか。
全てを受け入れ、全てを受け止める、すなわち“絶対愛”。生まれながらの呪いに蝕まれていようとも、それも含めて愛によってジョゴを抱き寄せた。縁司る愛の女神セーグラの神官イコ、その行動はまさに信徒の鑑と評すべきものだ。
「それはこの上ない苦痛なのだろう。ジョゴが基本的にイコを突っぱねていたのも、いずれ自分を殺すのがイコなのだからな。赤い産着の半吸血鬼は死と共に呪いが発動し、完全なる吸血鬼として復活する。白き産着の同胞にはそれが分かっているから、死して完全に吸血鬼になる前に殺し切らねばならない。自分の返り血で白き衣を汚させまいとする、ジョゴなりの配慮もあったことだろう。それらを踏まえ、もう一度、今朝の二人のやり取りを思い出してみろ。見方が全然違ってくるぞ」
セラに促され、三人は今朝の二人のやり取りを思い浮かべた。表面の情報だけ拾い上げれば、微笑ましい告白の一幕で終わらせれよう。勇気を出して、ようやく正面から言えたのだから。
だが、セラの話を聞いた後では、そこに込められた含意があまりに物悲しく三人の脳裏に映った。
「いずれ自分の手で殺さなければならない愛する者への告白。それすら受容し、“その時”が訪れるまで寄り添うと誓った慈愛の精神。イコ、あなたという娘は・・・」
フィーヨはすでに動かぬ躯と化したイコを見つめ、そして涙を溢した。イコを煽っていた自分がなんとも浅慮に思えてきた。それがどんな苦難な道であることか、それがどれほどの苦悩に満ちた決断であったか、ようやく認識できた自分があまりにも恥ずかしい。
「ジョゴさん、イコさん、あなた方二人の道は最初から分かれていたのですか。どんな未来を描こうとも、最初から分かれていたいうことですか!」
決して動かすことのできない悲しい結末。何の力にもなれなかったラオは、自分自身の不甲斐なさを恥じた。どうにかしたいが、どうにもならなかった。ただ叫ばずにはいられなかった。
「死が二人を分かつまで。ありふれた字句の告白ではあるけど、そこに込められた意味が余りにも重すぎる。生まれたときからの呪い、いつ怪物に変わるとも知れぬ恐怖、誰も寄せ付けれない孤独、想い人を手にかけると決めた覚悟、そして、恋人の血肉で舗装された道を歩まねばならぬ後悔と罪過の道程。二人の結末は“最初から”決まっていた。汚れなき白き衣が返り血に染まる未来は、どうあがこうとも動かしようがなかった。それでも今だけは、二人の道が分かたれるまでは、ずっと一緒にいると誓いを立てた」
歯痒い。何とも言えない歯痒さ。フリエスは怒りに打ち震えた。このような過酷な生と死を与えられた二人への同情と、それを与えた神への怒り、それがフリエスを魂の奥底から感情を噴き出させた。
「だがなあ、現実は“こう”なのだよ」
セラはまだ掴んでいたフリエスの向きを変え、完全に怪物と化したジョゴを見せつけた。横たわるイコの死体が、その変貌ぶりを強く印象付けていた。
セラはフリエスを地面に降ろし、その背中から肩に手を置き、そして、その耳元で囁いた。
「ここからは俺の推察になるが、ジョゴも初めからこうするつもりはなかったと思っている。普通に任務をこなし、そのまま次へと、いつもの旅路を続けていたと思う。しかし、出会ってしまった。そう、俺とお前と、あと元皇帝にな。イコの受けた神託だったか、偽りの看板を掲げし三人組が大願成就の大助となる、ってのは。はてさて、その“大願”ってのは誰のお願い事だったんだろうな? そもそもその内容はなんだったんだろうな?」
神託や予言というものは曖昧な言葉を連ねる場合が多い。あとで誰となく都合よく解釈され、やはり予言は当たったなどと煽り立てるバカが多いのはそのせいだ。この神託も“主語”が抜け落ちているので、どうなってもおかしくはない内容なのだ。
「もし、ジョゴの願いであった場合、どうなると思う? ジョゴは密かに今回の件を考えていたとしても、それを実行には移せなかった。絶対条件として、ユエを始末しておくことと、イコを錯乱状態に落とすことが必要だからだ。怪物になる瞬間は無防備であるし、ユエならば一撃で致命傷を与えてくる。そこにイコの浄化の術式が入れば、ジョゴと言えどもひとたまりもない。つまり、ユエが前面の敵に集中せざるを得ない状況を作りつつ、イコとある程度の距離をあけれるようにしておかねばならなかったのではないかな。そうすれば、どちらに対しても隙を作れる」
セラのこういう場合の予測は恐ろしく正確で、そういう場面を何度も目にしてきた。フリエスは黙って頷き、話を続けるよう促した。
「そして、俺達と出会った。お前とフィーヨがイコを焚き付け、ジョゴへの告白を決意させ、完全に縛ることとなった。想いと言う名の縛りは強ければ強いほど、それを失った際に正気を保っていることはできないしな。なにより、吸血鬼として覚醒するならば、処女の生血はいるだろう? 手近に要る生娘はただ一人。ユエを後ろから撃ち、気が動転するであろうイコを捕縛して食べる。実に理に適ったものだな。そして、俺は魔王としての力の一端をあいつに見せてしまったことで、躊躇いの中に“力への渇望”を与え、最後の一押しをしてしまった。どうせ怪物になるならば、最強を目指そうではないか、とな。これにて、大願成就となりましたとさ」
「セラ、あんた、最後の一押しって・・・」
もし、セラの予想が当たっているのだとすれば、躊躇していたジョゴの背中を押したのは、このすぐ側にいる自称魔王ということになる。産着の件もそうだが、嘘は付かずに情報をぼかして、あるいは隠して、この惨状を生み出したことになる。前回のレウマ国での事件もそうだが、魔王はすべてを見透かし、全てを傍観し、全てを狂わせる。
だが、セラを責めることはできない。なぜなら、狂ったと言えるのはジョゴの方であって、セラの方ではないからだ。予防措置を取らなかったが、煽ってけしかけることもしなかった。自称魔王を責めるのは、筋違いなのだ。
それでもフリエスにとってセラの行動は、腹立たしいことこの上ない。
そんな怒りに震えるフリエスを無視して、セラは天を見上げた。そこには真円を描く月が存在した。満月の夜、魔族は邪神に見つめられ、その威を讃えるのが常だ。だが、邪神の帰依しない不埒者は魂に刻まれた邪神の刻印によって暴走させられる。セラも先程まで暴走させられたが、散々暴れまわったので今夜の分の強制奉仕は終わってしまったようだ。
いつの頃ぶりか、満月をまともに見るのは久々であった。だが、セラには懐かしさも風情を楽しむつもりもない。ただただ怒り、それを闇夜と満月に向かって吐き出した。
「なあなあ神様よ、あんたらは本当にどうしようもないくらい残酷だよなぁ!? あんたらを信じて祈りを捧げ、あんたらを信じて贄を捧げ、あんたらを信じて人生すら捧げた! その結末が“これ”か!」
セラの指さす先には、怪物に成り果てたジョゴと、それに食い殺されたイコの死体があった。神託を信じた者のなれの果てだ。
「魔王を自称する俺なんかより、余程、魔王やってんじゃねぇか! それとも、この世界にいる神様ってのは、どいつもこいつも邪神に類する者なのか!」
セラの語気がさらに強くなっていく。これほどまでに怒りを露わにしたことはない。少なくとも、付き合いの長いフリエスもフィーヨも、見たことのないセラだ。魔王と言うよりかは、まるで咎人を窘める聖者のごとき振る舞いにも見えてきた。
「人々を欺き、嘲笑うのが神であるならば、俺は断固としてこれを拒絶する! この世界には、神などいらぬのだ! 故に魔王セラがここに宣ずる! 我こそは月と太陽に扮した神を追い落とす者なり! 我こそが《神々への反逆者》だ! 覚えておけ、お高くとまった有象無象どもが!」
自称魔王から発せられた、神々に対しての明確な宣戦布告。フリエスは自身も神であることすら忘れ、それに同調してしまいそうになった。普段は怠惰な怠け者でしかない男が、今夜に限って言えば猛々しく、同時に神々しくもその目には映った。
そのすぐそばでは、フィーヨが膝を突いて自身の信じる軍神への祈りを捧げていたが、不意に目を見開き、起き上がった。
「軍神マルヴァンス様よりのお言葉をいただきました。『弱きである者が高みを望んだ結末である。分相応を心掛けるか、あるいはそれに見合うまで鍛え上げるか、どちらかを選ぶべきであった』と」
フィーヨは軍神より与えられた言葉をそのまま周囲に伝えた。それを聞くなり、セラは大声で笑った。
「ああ、その通り、その通りだ、軍神よ。お前の言葉は正論だ。高望みし過ぎた結果があれだ。情けない奴め。ジョゴ、お前はもっと高みに登れたはずだ。戦友の絆を断ち、それを背後から撃ち殺し、恋人の掴む腕を振りほどき、その汚れなき血肉と魂を喰らう。それで得られたのがあの姿だ。ああ、なんという情けない姿か! 軍神、お前とは本当に気が合うな。数ある神の中でも、お前とだけは話が通じそうだ」
セラは基本的に神を嫌っている。邪神、至高神、どちらに与する者であれ、目の前にいれば殴りかかってしまうほどに嫌っている。ただ、軍神マルヴァンスだけはそれなりに評価している。どんな理由であれ、強大な敵と戦おうとする者の勇気と胆力を賞賛し、その行いを肯定するからだ。
神に喧嘩を売るフィーヨに対してもそれは変わらず、自分の下に手放さずに置いていることからも、口先だけではなく本物の気骨ある神であると、セラも認めるところであった。
一通り叫んですっきりしたのか、セラは一度深呼吸をしてから、ジョゴの方を見直した。
「とはいえ、叫んだところで状況が好転するでもなく、さて、どうしたものか・・・。ん?」
セラがジョゴをじっくりと見つめると、ジョゴが例を呪いの髑髏を掴み上げているところであった。それが霧状に消えてなくなると、その飛び散った霞をジョゴが吸い込んだ。途端にジョゴの体からあふれ出る魔力や瘴気がさらに強くなり、背中に生えていた六匹の蛇も二回りほど太くなった。
「なるほど、そういうことか。おい、皇帝陛下、朗報中の朗報だぞ」
この惨状を前にして朗報とはなんであろうか、三人の耳はセラの次なる言葉を待った。
「あの髑髏、どこかで感じたことのあるものだと思ったが、よくよく考えたら、お前の持っているそれと同じ気配だ。つまりあれは神々の遺産《真祖の頭蓋》で間違いない。取り込まれて気配が鮮明になったから、ようやく気付いた」
「ああ、つまり、これと姉妹品というわけですか」
フィーヨは自身が持つ《真祖の心臓》を眺めながら言った。魔王モロパンティラは三つに引き裂かれて封印され、それぞれが道具に加工されたとは聞いていたが、まさか目の前にそれが現れようとは驚きであった。
「魔王モロパンティラの体を基にして作られた道具は三つあり、それぞれに特色が振り分けられた。頭蓋には“不死者”としてのモロパンティラを、心臓には“吸血鬼”としてのモロパンティラを、子宮には“魔術師”としてのモロパンティラを、それぞれの特色を付与される形で生成された」
「なるほど。つまり“不死者の祭典”の原因は、不死者を呼び寄せ操る魔王モロパンティラの残滓と、それを形造っていた神々の遺産が原因である、と」
「それを発動させるために満月の光を浴び続け、溜めに溜めた魔力とそれを餌に不死者を呼び寄せ、百回目の満月の夜に吐き出していた、というところかな」
様々な事象を検証した結果、セラはそう結論付けた。フリエスとフィーヨも異論はなく、あの髑髏を制御し、鎮めてしまえば祭典の終幕となるのは間違いなさそうだ。
「それで、朗報というのは?」
「お前に取り憑いている例の二人だが、そいつらは半分死んでいるようなものだ。つまり、意識はある程度保てているが、本質的には不死者であるとも言える」
セラの言い方はフィーヨにとって不本意であったが、学術的に検証して突き詰めていけば、今言ったことに間違いはないであろう。
「そうなりますわね。それで髑髏をどうしようと?」
「あの髑髏は不死者に活力を与え、強化するようにできている。低級の奴らであれば、軍勢単位でも操ることが可能だ」
それは今回の任務に関わってから随分と思い知らされてきた。波のように押し寄せる不死者に何度襲われたか分かったものではない。
「つまりだ、二人を不死者と捉えた場合、あの髑髏が有効に働く。俺の考えが正しければ、魔力供給さえできていれば、新月の夜という月一に囚われることなく、いつでも会話することができるということだ」
「〈限界突破・全身強化〉!」
フィーヨは《真祖の心臓》を使って極限まで自分を強化し、ジョゴに向かって脇目を振らず突っ込んでいった。
「判断が早い! フィーヨさん、待って!」
フリエスも慌てて駆け出し、放たれた矢のごとく飛び出したフィーヨの後を追いかけた。
その慌ただしい光景を眺めながら、セラは腹を抱えて笑った。
「素晴らしいな、見事な判断力だと感心する。即断即決とはまさにこのことか。あの二人が絡むと、本当に早いな、あの元皇帝は」
結局のところ、フィーヨの価値基準は兄と夫があくまで中心ということだ。先程までの涙は嘘ではないが、人には必ず優先順位というものが付きまとう。ヘルギィとルイングラムを救えるならば、他はどうでもいいという発想は決して揺るぎないということだ。
「さて、騒がしいのがいなくなったことだし、こちらも済ませてしまうとするか」
セラは棒立ち状態であったラオに歩み寄り、その正面に立った。何事かとビクつくラオに対して、セラは両手をその肩に置き、ゆっくりと顔を近づけていった。
そして、その口には、先程ジョゴがイコを喰らったそれと同じく、鋭い牙が輝いている。
~ 第二十二話に続く ~




