第十九話 分かれ道 前編
イーサ山とその周辺部での戦いは続いていた。“不死者の祭典”は百の満月を経る毎に、大量の不死者が山から湧き出し、周囲の村々を襲う。それを防ぐため、大陸中の冒険者が集まり、これを迎撃していた。
山道や降りてこれそうな崖には人々の注意が向き、各所の見張り台は不意な出現に対応できるよう、眼を光らせていた。要所要所に武装した冒険者、あるいは『崋山国』ヒューゴ王国の兵が列を成し、山崩れのごとく次から次へと押し寄せる不死者を倒していった。
数は多いが、手こずる強敵はまだ下りてきてはいない。それもそのはず、知能を有するような上位の不死者の多くは、山の上をひた走る一団に注意を向けていたからだ。
「よっしゃ! さらに撃破!」
思わず握り拳を作り、喜びを表現しているのはフリエスだ。山道や崖を山頂目指して突き進み、要所要所で難敵と出会っては、暴走中のセラに押し付け、それを倒させていた。
セラは現在、巨大な狼の姿をしている。“破壊衝動”が顕現した姿であり、目につくもの全てを潰して回っている状態であった。
今もフリエスが上手く押し付けた首無騎士をなぶるように噛み砕いている。指差した相手に強力な呪詛を放ち、死に至らしめる面倒な相手だが、魔王(暴走中)の手にかかれば余裕だった。現に向けられた指先から放たれた呪いを食べてしまい、逆に力が増してしまうという衝撃的な出来事があった。
哀れな首無騎士は突き出していた腕を食い千切られ、胴体も丸飲み。丹念に噛み砕いた後、ゴクリと飲み込んだ。
すでに、イコが言うところの“大物”を十体は片付けており、改めてセラの強さを思い知らされたと同時に、普段どれだけ怠けているかもしっかりと見せつけられる結果となった。
「やれやれですわね。セラがまともに戦ってくれれば、どれだけ楽か身に染みますわ。まあそれはさておき、逃げましょうか!」
フィーヨは再び目が合ったセラに背を向け、全力で逃げ出し始めた。すでにこの夜は何度も繰り返されたことだが、セラの心の乾きはまだ癒されない。どれだけの破壊と殺戮を繰り返せばいいのか、誰も知らない。知っているのは、夜空に輝く満月だけだ。
「さすがは祭りと言ったところね。邪神も魔王も大盤振る舞い。参加者全員を生贄の祭壇に放り込もうと、必死も必死! っと、八合目抜けて、九合目に差し掛かってきたわね」
フリエスは前回通った際に覚えておいた目印を視界に収め、目的地である火口湖までかなり進んできたことを確認した。
だが、前回の予行演習の時に比べて、消耗しているのは明らかであった。強敵はどうにかセラに押し付けているとはいえ、ずっと〈飛行〉を使用し、魔力を使いっぱなしであったからだ。後ろから迫ってくるセラから付かず離れずの距離を維持しつつ、前に立ち塞がる不死者の群れへの対処も怠れない。実に魔力と神経をすり減らされる戦いとなっていた。
もちろん、泣き言などは言わない。なにしろ、この作戦を考えたのは自分であるし、暴走するセラの相手をするのは毎度自分でもあるからだ。妨害者がいたとしても、一人で一晩相手し続けるよりは、遥かにマシだ。
「フリエスさん、フィーヨさん聞こえますか?」
逃げる二人の耳にイコの声が飛び込んできた。イコを含む、《混ざりし者》の四人はセラの後ろを駆けていた。セラの注意は前を走る二人が引き付け、セラが暴れて通りやすくなった山道を四人が後追いし、消耗を抑えて火口湖まで到達させるのが今回の狙いだ。
「イコ、そっちの具合は?」
フリエスは尋ねながらも、セラへの攻撃を緩めない。後ろ手にセラに向かって電撃を放ち、暴走する大狼の狙いが自分から外れないように挑発を続けた。万一にも脇道にでもそれてしまったらすべてが台無しになるため、定期的に電撃を撃ち込み、そして、逃げ回っていた。
「おかげさまで、全員ピンピンしてますよ。脇から上位死霊術士の集団が来ましたが、すでに退けてます。それより、“波”の端が見えてきましたよ」
イコの言葉は、フリエスが待ちかねた朗報であった。先頃の予行演習の際、この“波”の存在に気付いたことが最大の収穫であった。
火口湖にある呪いの大元から強烈な魔力と死の気配に誘われ、不死者が次々と現れることが分かった。これを“波”と考え、これに乗るような形で不死者が山から下りてくるのが、この祭典の概要であった。つまり、その波が途切れる場所が不死者の大群の端を意味し、そこまで抜けてしまえば敵の数は激減し、後は楽なのだ。
「で、“波”の端はどこ!?」
「火口湖周辺の敵の数が減って来てます。その輪が徐々に広がって来てますから、それで打ち止めかと思います」
やはり朗報であった。仮に火口湖まで駆け抜けたとしても、そこに敵が居座っていてはそれを排除しながらの解呪となる。敵が出払っているのであれば、その際の難易度が低くなるのは明白だ。
(が、問題はそれが罠という可能性・・・)
頭の回る奴がいた場合、一度本城を空城にして誘い込み、こちらが解呪に取りかかろうとしたところで襲いかかる、という策が考えられた。火口湖のカルデラで包囲されるようなことにでもなれば、それこそ逃げ場がない。
そうなると、とるべき手段は一つだけだ。
「イコ、こっちは“波”を抜けたら、そのまま縁をなぞるように外周部を走るから、そっちはそのまま火口湖に突入して!」
「分かりました!」
イコの威勢のいい声が返ってくる。あちらはまだまだ元気なようで何よりだった。そのために、フリエスは神経をすり減らす戦いを行っているのだから、そうでなくては困る。
敵の罠であると仮定した場合、包囲されるのを防ぐため、囮作戦の続行が妥当だと、フリエスは判断した。火口湖に突入し、呪いの大元にセラをぶつけようとも考えたが、最強の英雄《剣星》すら破壊できなかった髑髏だと聞いている。セラが破壊できる保証もなかったので、やはり術式による解呪が妥当だ。
「フリエス、後ろ!」
フィーヨからの警告が飛んできたので、何事かと振り向いたら、セラの体当たりで吹っ飛ばされてきた屍人の頭部がフリエスに直撃した。会話と思考で気が散った上に、前に注意を割き過ぎた結果、後ろからの飛来物への警戒が散漫になったためだ。
飛んでいるフリエスを落とすのには十分過ぎた威力であり、勢いそのままに、フリエスは山道に墜落した。何度か跳ねた後に、フリエスは受け身をとってどうにか起き上がったが、すぐに屍人の群れに取り囲まれた。
「邪魔! 〈電撃鞭〉!」
フリエスは雷の鞭を作り出し、群がる屍人達をなぎ払った。屍人達ははじきとばされ、同時に腐った肉が焼け焦げる嫌な臭いが鼻に突き刺さり、表情をしかめた。
しかし、セラから注意を外したのが失敗だった。フリエスが落下したのを見て、セラはそちらに跳び付いたのだ。すでに跳躍してフリエスに噛み付かんと大口を開けていた。
それに気付いたフリエスは、素早く横に飛び退いて、セラの牙から逃れた。
跳んだ先は急斜面であったが、〈飛行〉をすぐに発動すれば問題ないと考えた。だが、その読みは大きく外れることとなった。セラの着地の衝撃で飛び散った石つぶてが、フリエスの前頭部とみぞおちに直撃したのだ。普段ならば防ぐこともできたであろうが、咄嗟の回避と疲労の蓄積により、思っていた以上に反応が鈍ってしまっていたのだ。
フリエスは意識を断たれ、そのまま山下の方へと落ちていった。
「フリエスぅぅぅ!」
フィーヨの叫びももう届いていない。フリエスの小さな体は夜の闇に溶け込み、その姿を確認することが出来なくなっていた。
なにより、フリエスに気を向けている余裕はフィーヨになかった。二人で囮役を務めていた以上、その片割れがいなくなったということは、狼の姿をした魔王の牙の赴くところは一つしかない。
「くっ、ラオ君、聞こえる!?」
フィーヨはすぐに全力でその場を離れることを選択した。フリエスのことは彼女自身にどうにかしてもらうしかなく、自分も全力で逃げなくては死者の仲間入りしてしまうことは明白であった。
「フィーヨさん、どうかしましたか?」
「フリエスが吹っ飛ばされて、下の方まで落ちていったわ!」
悲痛な叫びが四人組にも伝わったが、今のフィーヨはとにかく必死だ。魔王相手に囮役を単独で務めるなど、はっきり言えば狂気の沙汰だ。
「だ、大丈夫なんですか!?」
「どっちに対して!?」
フリエスも危険だが、フィーヨも危機的な状況だ。とにかく逃げる以外の余裕がない。思考に頭を回せるほど、時間も余力もないのだ。
「とにかく、作戦は先程フリエスの言ったやつで続行! 私は“波”を抜けたら、そのままグルっと一周してくるから、そちらも急いで! とにかく急いで! 心配してくれるなら、早めに片付けて!」
上手く障害物を利用しながら逃げ回っているが、補足される時間の問題だ。周囲に敵がいなくなれば、足の速さは同程度であるし、小回りを利かせて逃げれる自信はある。あとは、体力と魔力がどの程度まで持つかの勝負だ。
(フリエス、無事でいなさいよ)
だが、フィーヨも他人の心配をしていられる状況ではない。後ろからは魔王が迫っている。今はただ、ひたすらに逃げるしかなかった。
***
気絶したまま急斜面を転げ落ちたフリエスであったが、やがて目を覚ました。体のあちこちが傷つき、腕や足の骨も間違いなく折れている。神経だけは健在なようで、それらの痛みを律儀なほどに伝えていた。
だが、フリエスには回復する手段がある。雷神の力が備わっているフリエスは雷を吸収する体質であり、肉体の損傷時には自動で体中に放電されるようになっていた。意識を集中させ、さらに効率よく体に電流を流し、抉れた皮膚や肉、折れた骨などを治していき、どうにか体を起こせるまでに回復した。
「よし、なんとか歩けるようにはなったけど、かなり落ちちゃったわね」
付近の景色と眼下に見える村の明かりとの距離を計算し、だいたい六合目と七合目の境界辺りだと推察した。九合目に入ったあたりで落とされたから、また昇るのに時間がかかりそうであった。
しかも、先程は逃げ回って強敵をセラに押し付けるというやり方で突破していた。今は完全孤立状態。一人で突破するとなると、相当な時間を使うことになるだろう。それに、強敵と邂逅した場合、一人での対処に迫られることになる。
「どうしたもんかな~。悩んでいても仕方ないし、強行突破するか・・・。〈飛行〉で飛び越えると言っても、一人だけだと格好の的にしかならないし」
不死者の中にも飛行できる者もいるし、飛び道具を使う者もいる。そんな中を単独で飛び込むのは危険すぎた。しかも、先程までの追いかけっこで、かなりの魔力を消費してしまっている。電撃系なら魔力消費なしで使用できるが、それ以外の術式は普通に魔力を消費してしまう。できるなら、合流するまで魔力の消費は避けたいところであった。
などと悩んでいると、フリエスの耳に人の声が飛び込んできた。何かを探しているような感じで、声色から生者のそれであると感じた。
「おぉ~い、ちっこいの、生きてかぁ?」
「あの声は・・・、カトーさん!?」
フリエスは聞き覚えのある声に驚き、警戒しながらもゆっくりと声のある方に歩いて行った。すると、やはり、カトーの姿を視認でき、彼の部隊の他三名も一緒であった。
「おお、いたいた。どうやら大丈夫みたいだな」
カトーは手を振りながら駆け寄ってきて、無事な様子を安堵しながら軽く肩を叩いてきた。
「カトーさん、どうしてこんなところに?」
「弓隊潰しだよ。他の何組かの部隊と敵を蹴散らしながら上がってきて、うざったかった弓隊を潰して回ってたんだよ」
カトーの説明を聞き、フリエスは納得した。この祭りに参加した初日、高所に陣取った骸骨弓兵の集団を、フィーヨとジョゴが潰したのを思い出した。高い場所から弓を射かけられるのは面倒この上ないし、多少無理してでも潰しておくのは当然の判断と言えた。
「で、今しがた、弓隊は粗方潰し終えたんだが、お前さんが降ってくるのが見えたんでな。他の連中と分かれてこっちに来ちまったよ」
「それはわざわざどうも。こっちも面倒な相手を潰しながら九合目までは届いたんだけど、そこでしくじっちゃって、ここまで落とされたってわけ。まあ、あの様子なら火口湖までは辿り着けそうだけど、なんだか妙に頭の中がざわつくのよね」
怪我の修復は終わったが、どうにも上にいる仲間のことが心配であった。
「さすがに魔王に補足されて全滅ってことはないだろうけど」
「おいおい、魔王までいんのかよ。どうなってんだよ、上の方は!?」
なお、仰天するカトーであったが、その魔王とは面識があることを知る由もない。姿はちょっとばかり変わっているが、中身は全然変化していない。
「ここから再度上がり直すのは骨だし、このままカトーさん達と下山するのも手よね」
今から登り直して、間に合うのかという不安もある。なにしろ、こじ開けながら進んだ山道を、再びこじ開けて進まねばならない。膨大な労力を要することになる。
一方、カトーと下山するのは理に適った行動とも言える。このまま登っても間に合う保証はないが、麓ではまだまだ戦いは続いている。そこに加勢すれば、防衛線の強化に繋がる。一人の加勢と言えど、電撃系の術式を無尽蔵に放てる魔術師である。十分に役立つことはできるだろう。
(さて、どうするべきか。登るか、下りるか)
重大な分岐点だ。仲間の下へと参じたい気持ちが強いのだが、間に合う保証はない。下山すれば確実に防衛線の役には立てる。無理を推しての登山か、確実性の下山か、フリエスは悩む。
そんな時だ。カトーはにこやかな笑みとともにフリエスの肩をポンと叩いた。
「行ってこいよ、これくらいの山道、お前さんなら何とでもなるはずだ」
カトーは豪快に笑い、フリエスを何度もポンポン叩いた。
「それにそろそろ時間切れみたいだ。気配が濃くなってきてやがる」
カトーは握っていた槍を強く握り、付近をぐるりと見回した。フリエスも蠢く気配を感じ、不死者が近づいてきているのがすぐに分かった。不死者は生ある者を嫌い、それへの感知能力を持っている。まして、今は死の気配が満たされた空間の只中にいる。そこに生者が入り込めば、すぐにでもばれてしまうであろう。
長居し過ぎた、お喋りが過ぎた、フリエスは自身の迂闊さを悔やんだ。
「他の部隊は下がったが、俺らは前に出ちまったからな。こうなることは考えられた。自己責任だし、気にすんな。それより、ほれ、とっておきの一品だぜ」
そう言うと、カトーは懐から薬瓶と何かが入った小袋を二つずつ取り出し、それのうちそれをフリエスに一つずつ手渡した。
「これは・・・、透化薬に屍人粉香」
「ご名答。さすがに一瞥して分かっちまうとは、やっぱすげえな、お前さんは」
カトーの言わんとすることは理解できた。だが、これを使うということは、目の前の男が危機的状況になることも意味していた。
すでに敵の気配は近いし、ほぼ囲まれていると言っていい。血路を切り開くか、なにかしらの術式か道具でも使用するかして脱出するのが定石と言えよう。
そのための道具がカトーの手に握られており、それをフリエスに渡すということは、その後の展開が見えてしまうというものだ。
「いざって時のために仕入れてたんだが、ここが使いどころだろうな。透化薬で姿を消し、屍人粉香で臭いや気配も誤魔化す。これですり抜ければ、上まで行けるんじゃねえか?」
カトーの言は正しい。この二種類の道具を併用すれば、かなりの距離を強行突破せずに進めるのは間違いない。上手くすれば、徐々に下りてくる“波”を越えれるかもしれない。
だが、それではカトーの部隊が危険に晒されることになる。
「二人で半分ずつなら多分、下の連中のいるところにまで届くだろうが、四分の一じゃきついかな」
「なら、受け取るのことはできないわ」
「構わねえよ。俺はお前さんに賭けたんだよ。だから遠慮なく使って、俺らに気にせず行ってくれ」
カトーはフリエスの背を叩き、さっさと行くよう促した。
「お前さんらが祭典の終幕を飾ってくれりゃあ、俺らも英雄譚に五行くらいは載るだろう」
「なんか微妙に増えてる」
「へっへっ、だから行ってくれ。今夜で確実に終わらせるためにな。なぁに、俺は老衰で死ぬって決めてんだ。こんなところでくたばる予定はねえよ。なあ?」
カトーは仲間の方を見やると、全員が頷いて応じた。誰も全く死ぬつもりはなさそうだ。
「そうそう。俺、フィーヨさんにお酌してもらいながら、例の名酒を飲むんだ」
「え~、俺はユエさんにお酌してもらう方がいいわ」
「なら、俺はそこのちっこいので我慢するわ」
我慢とはどういう意味か、と危うくツッコミそうになったが、そこは口には出さずに飲み込んだ。恐怖を誤魔化すために必死で笑い話を興じているのだ。それに水を差すのは、無粋というものだ。まあ、酌程度なら付き合うか、フリエスは目の前の男達の心意気をしかと受け止めた。
「分かりました。行って、決着をつけてきます。そちらも、どうか無事に麓まで行ってください」
「おう。土産は呪いが解けた例の髑髏でいいぞ。それを盃にして祝杯でもするか?」
「フフッ、趣味悪いですよ」
フリエスとカトーは頷き合い、そして、それぞれの目的地へと走った。フリエスが向かうは山の頂、カトーらが向かうは下の村、それぞれにはそれぞれの役目と仕事がある。走り始めた両者は、もう振り向くことなくひたすら走った。
フリエスは薬を飲み、粉をふりかけた。
(薬の効果はそれほど長くない。駆けれるだけ駆け抜ける。“波”の状態によっては、駆け抜けれるかもしれない。待ってて、みんな!)
フリエスは目指す山頂を見ながら、不死者の群れを巧みにかわしながら走った。薬が効いているので、相手は気付かない。だが、上位の連中なら勘づくかもしれないので、急ぎつつも慎重に駆け抜けた。
カトーの献身を無駄にしないためにも、フリエスは一心不乱に山頂を目指した。
***
その頃、山頂付近では、〈混ざりし者〉の四人がいよいよ火口湖に乗り込もうとしているところであった。
フリエスが立てたセラに強敵を押し付けて強行突破を図る作戦、これが思いの外、成功した。四人はここまで余り消耗することなく到達でき、これから全力で一戦をやるならば、十分すぎるほどに体力も魔力も有り余っていた。
「では、突入するぞ」
ジョゴの掛け声に他全員が頷き、火口に突入した。
数日前、予行演習で訪れた際は、鮮やかな緑色の湖が存在し、周囲も毒気で覆われていたのだが、今はどちらも消えていた。湖が無くなり、ポッカリと大穴が空く格好となった火口の中心には、報告にあった水晶か何かでできた透明な髑髏が置かれていた。誰が見ても一目で分かるくらい禍々しい魔力を漂わせ、この祭典の主催者であることを主張していた。
「あれが例の髑髏ですか。正直近寄りたくはないですね」
イコは遠めに見える髑髏を睨みつけ、あからさまに嫌そうな顔をした。探知能力に優れたイコだからこそ、髑髏より放たれる邪悪な気配に誰よりも嫌悪感を示したのだ。
「だが、あれをどうにかするのが今回の最大の目的だ。退くなんて選択肢は端からないんだよ」
ユエはすでにやる気満々で、腕をポキポキと鳴らし、いつでも突っ込めるように身構えた。
「ダメですね。火口の中の魔力も精霊の働きも歪んでいると言うか、不安定と言うか、全然言うことを聞いてくれませんね。通信は不可能です」
ラオは先程までは風の精霊を使って風に声を乗せ、離れた場所を逃げ回っているフィーヨとやり取りをしていたのだが、火口に入った途端にそれが途切れた。風の精霊が何かを嫌がり、逃げ出してしまったからだ。呼び戻そうとしたが、呼びかけに答えてくれず、ラオとしては自身の得意技が封じられた格好となってしまった。
「そりゃこの魔力の淀みだ。精霊も嫌がるだろうて。イコ、フィーヨ殿とセラ殿の様子は?」
ジョゴの問いにイコは精神を集中させ、セラの気配を探った。
「ちょうどこの火口の対角線上付近を走ってますね。反応が蛇行したり、あるいはぴょんぴょん跳ねてることから、フィーヨさんも上手く逃げれてるようです」
現在、フィーヨは暴走するセラを一人で受け持ち、その牙から必死で逃げ回っているところだ。魔王相手にたった一人で追いかけっこをするなど、正気の人間のやることではないが、そもそもフィーヨがまともな人間だとはこの場の全員が思っていなかったので、まあ大丈夫だろうと考えた。
「とはいえ、あまり時間をかけれんのも事実だ。一気に終わらせるぞ!」
ジョゴは自身が装備する∤神々の遺産《多頭大蛇の帯》に全力で魔力を注ぎ込んだ。連結していた六つの弩がそれに応え、同時に六つの光弾を髑髏に向かって放った。
狙いは正確で、光弾の軌道はどれも髑髏に命中する軌道をとった。だが、命中する直前に見えざる壁に阻まれ、途中で霧散してしまった。
「結界か。やはり飛び道具ではどうにもならんか。ならば!」
ジョゴは二本の鞭を両手に握った。特等級冒険者が使うだけあって、この鞭も特別に誂えた代物で、聖なる力が付与されており、不死者を始め、邪悪な存在には効力を発揮するようになっていた。
「へっ、近接戦ならあたしの出番さね!」
ユエが気合いを入れるために天に向かって叫び、そして髑髏に向かって一直線に駆け出した。
「イコとラオはこの場で待機。周辺を索敵して、邪魔する輩がいないか調べろ。髑髏の展開する結界を破壊したら、解呪に取り掛かるぞ!」
ジョゴは二人に指示を飛ばすと、ユエに少し遅れて駆け出した。
イコはその指示に従い、周辺の索敵を念入りに行った。その結果は大きな反応が二つ。目の前の髑髏と少し離れたところを駆けているセラだ。“波”もすでに火口からは離れており、邪魔しそうな存在はいなかった。唯一の懸念事項は、解呪に時間をとられて、セラが乱入してくることだ。
「とにかく、早く終わらせないと。ジョゴさん、ユエさん、お願いしますよ」
結界を破壊して、それから解呪だ。周囲を警戒しつつ、イコはすぐにでも駆け寄れるよう身構えた。
「貧相な髑髏野郎め、一撃で吹っ飛ばしてやるぜ! 喰らいな! 〈虎咆穿通〉!」
ユエの雄叫びと共に全ての気が右腕に集中し、丸太を彷彿とさせるほどの剛腕を髑髏に向かって突き出した。当然、先程光弾を弾いた結界がそれを阻んだが、光弾とは一撃の重さが違った。結界にヒビが走り、そして、割れたガラスのように粉々に砕け散ってしまった。
「っしゃあ、見たか!」
見事に自身の拳にて、髑髏に張られていた結界を貫き、思わず笑みがこぼれた。
だが、それがユエの見せた最後の笑みとなった。
ドス! ザシュ! ブス! グサッ! ズブシュ! バシュ!
ユエの体を“六つの光弾”が貫いた。足を、腹を、心臓を、腕を、頸部を、頭を、光弾が貫いた。薄れゆく意識の中、ユエが倒れ込みながら後ろを振り向くと、そこにはジョゴが立っていた。六つの弩からは全力で放った後であろうか、少しばかり煙が立っていた。
なぜだ、どうしてだ、だがユエには考える時間すらない。何もわからぬまま、ジョゴが自分を殺したという理解不能な事象を抱えたまま、ユエは息絶えた。
「「・・・え?」」
理解できていないのは、少し離れていたイコとラオも同様だった。ユエの一撃が結界を貫き、その直後にジョゴの放った光弾がユエを射抜いた。何が何だか、二人には理解できなかった。
ジョゴほどの腕利きが誤射するとは思えない。では、なんであろうか?
その答えを考える時間もなく、事態はさらに動き出す。ジョゴが腰に帯びていた短剣を鞘から抜き、そして、それを深々と自分に突き刺した。狙い違わず心臓の位置で、捻り、抜き、そして、血が噴き出した。ジョゴは夜空に輝く満月を仰ぎ見た後、それを眺めながら仰向けに倒れた。
倒れてからも、血が噴き出すのが止まらない。衣服や装備もその血で赤く染まり、意識が薄れていく。満月に手を伸ばし、それを掴もうとするが、当然ながら届くことはない。
そして、腕は力なく崩れ落ち、ジョゴもまた命の灯を己の鮮血にて消し去った。
「ジョゴさん! ユエさん!」
イコは狂ったように倒れた二人に向かって叫ぶが、その声が二人に届くことはない。
死が二人を分かつまで。イコの言葉通り、ジョゴとイコの道は分かたれ、もう二度と交わることはない。
~ 第二十話に続く ~




