第十八話 大狼
その日は曇天であった。空は朝日を少し地上に浴びせた後、すぐに雲がどこからともなく現れて光を遮り、昼過ぎには分厚い雲で陽光は完全に断たれた。不死者は太陽を嫌い、昼間は出てこないのだが、曇天や濃霧の場合はその限りではない。それほどの数ではなかったが、山から下り来る者もおり、本場を待ちきれないせっかちな来訪者の対応に追われることとなった。
今夜は待ち焦がれた百の満月の夜。“不死者の祭典”もいよいよ本番。来訪者も、歓迎する側も、どちらもやる気は十分だ。
早めの迎撃に出ていった者もいるが、最大戦力である七人組はこういうときに消耗させるのは得策ではないと、カトーが周りを説得して、七人を可能な限り休ませるように手を打った。
「いやー、カトーさんのおかげでゆっくりできたし、体調はバッチリね」
フリエスは大あくびをしながら、少し膨れた腹をさすった。よく寝て、よく食べて、そして、戦場へと赴く。気分も体調もいい状態だ。
他の面々もすでに準備は整っていた。セラのやる気のなさは相変わらずだが、フィーヨ、ジョゴ、ユエはすでに準備を整え、いつでも出発できる状態であった。イコとラオは少し緊張しているようで、若干の疲れが見えていた。まだ日没前だというのに、すでに戦闘は始まっており、その喧噪で気が散ってしまったためしっかりと休めていなかったのが原因だ。
「皆さん、目の前で戦闘しているというのに、よくぐっすり休めますね」
「ラオ君、こういうのは慣れよ、慣れ。戦う者にとっては休めるときに休んでおかないと、後が続かないわよ。特に今日は激戦、長丁場になりそうだしね。普段の冒険なら短期で片付くものも多いでしょうけど、ガチの戦場じゃあそういうわけにもいかないしね」
少し弱気になっているラオをフリエスはその背中を軽く叩き、気合いを入れてあげた。
「そういうものなのですか。そういえば、フリエスさんは戦場の経験は?」
「もちろんあるわよ。馬を駆って、父さんや母さんに付いて行って、戦場を走り抜けたもんよ。まあ、初陣とその次が地獄だったから、それ以降の戦場経験は楽に感じちゃうくらいだったわ」
などと昔話を笑いの種にするが、フリエスの初陣のときは散々であった。なにしろ、敗けが確定して時間稼ぎの籠城戦が初陣で、そこからの護衛対象を守りながらの撤退戦が二度目の戦場経験だ。しかも、頼りにしている両親が別の戦場に行ってしまって、指示を仰げる状態でなかったという、考えただけでも最悪の戦場だった。十そこそこの娘には、あまりにも過酷な状況と言わざるを得なかった。
それでも、どうにか切り抜けることができたのは、それまでの両親に施された訓練のおかげであった。
「敵襲があろうと、休めるときに休んでたからね、籠城してたときはさ。鬨の声を子守歌にして眠ってたわよ」
「いやはや、やはり見かけによらず、苛烈な経験をなさってきたんですね」
身長やら顔立ちを見比べると、ラオよりフリエスの方が若く見える。しかし、実際はフリエスの方がラオより倍は長く生きているのだ。しかも、戦乱渦巻く東大陸において、その渦のど真ん中にいながら、激動の時代を駆け抜けてきたのだ。
経験値という点では、ラオはフリエスの足下にも及ばず、ただただ舌を巻くしかなかった。
しばし雑談を交わしながら山の方へと進むと、既に溢れててきた不死者と戦闘になっており、何部隊かが交代で迎撃しており、本番直前の肩慣らしを行っている雰囲気すらあった。
その一団の中に、カトーの部隊も混じっているのを見かけたので、フリエスはそちらにも声をかけた。
「カトーさん、おかげでゆっくりできたわ。体力も魔力も充実してるし、予定通り先に行くわね」
「おう。村の守りは任せてくれや。あんたらは目的をしっかりと果たしてくれ」
カトーは拳を付きだし、フリエスもまたそれに合わせて拳を出し、それを軽くぶつけ合った。初対面の険悪な雰囲気は完全に消え去り、今ではすっかり仲良しだ。肩を並べて共通の敵と戦っていれば、その程度の事など忘れてしまうものだ。
「んじゃま、予定通り先行して、広場のところからこっちは始める。出来る限り引き付けるけど、さすがに全部は無理そうだから、こっちも気張ってくれないと困るわよ。意気揚々と凱旋してきてみれば、村が無くなってたなんてのは御免だからね」
「その点は任せてくれや。そんな終わり方じゃあ、吟遊詩人も納得しないだろうしよ。そうだろう、皆の衆よ!」
カトーの呼びかけに、周囲にいた別の部隊も気勢を上げて応じた。今夜の作戦についてはあちこちに話して回ったので、皆がそれを了承していた。ただし、さすがにセラの暴走の件は公にはできないので、普通に突破して山頂に向かうことと、表向きにはなっていた。
「背後は任せな。そちらも頼むぜ。なにしろ、俺達が伝説に名が載るかどうかは、そちら次第だからな」
「そうね。知り合いの吟遊詩人に頼んで、カトーさんを一行くらいは載せれるようにするわ」
「おいおい、せめて三行は確保しといてくれよ」
笑い声や冗談が飛び交う。戦場とは思えないほどに明るく、それゆえに士気の高さが窺い知ることが出来た。これなら大丈夫だろうとフリエスは踏んだ。後方の心配をしなくても、前だけ見て進めば問題はなさそうだ。もちろん、できる限り強敵を誘引して、セラにぶつけることができれば万々歳だが。
「よっしゃ! じゃあ、行ってくるわ。あたしらが降りてくる前に、宴の準備でもしていなさいね!」
「おう、また後でな! 打ち上げンときは、例の幻の名酒ってやつを一緒に飲もうぜ!」
二人は手を振りあって別れを告げた。次に会うときは勝利の美酒に酔いしれる、そう約束を交わしてそれぞれの仲間の方へと駆けて行った。
そして、七人全員が揃うと、山道を登り始め、最初の目的地である山の中の広場を目指した。
***
途中の山道はすでに不死者が群れを成し、七人組に立ち塞がったが、まだ日没前ということもあって動きが鈍く、苦も無く予定していた広場に到着した。
余計な妨害がないよう、まずは広場周辺の掃討から始まった。イコの探知能力を活用し、近づいてくる敵を片っ端に倒していき、広場に近寄らないように結界で周囲を覆った。
この段階で、《混ざりし者》の四人は後方に下がり、広場から少し下がった地点で待機した。セラが暴走した後に、その標的にならないようにするためだ。
このため、広場に残ったのは、《神々への反逆者》の三人だけだ。
「そろそろ時間ですわね」
フィーヨは周囲の空気が変わりつつあることを感じ取り、両腕に潜ませていた蛇を呼び出した。彼女の持つ神々の遺産《真祖の心臓》であり、血を操り、あらゆる武具に変化する性能を持っている。両腕の蛇を剣に変え、いつでも戦闘を始めれる状態にした。
「この瞬間だけは、いつまでも慣れないわ。腹の底にズンッってくる感覚、嫌になるわ。しかも、今日は“破壊衝動”確定だもんね」
フリエスは億劫になりながらも、自身の立てた作戦であるのでそれ以上は言わなかった。無茶ぶりなやり方ではあるが、暴走するセラを戦力として組み込むには、これしか思い浮かばなかったから、やむを得ない選択でもあった。
「無駄口叩いている暇はないぞ。流れが変わった。そろそろ来るぞ」
セラは広場の中央に陣取り、腕を組んで立っていた。その足元には、まだ発動していない魔法陣が描かれていた。“食欲”、“性欲”、“破壊衝動”の発現による暴走。確率三分の一の“くじ引き”、どれが出るかは運任せだ。しかし、無理やり拘束するとそれから逃れようとするため、“破壊衝動”に切り替わることはこれまでの経験から把握していた。つまり、当たりくじをハズレくじに交換することができるのだが、普段ならそんなバカげたことは絶対にしない。
今日この日だからこそやる愚行だ。分厚い敵軍の壁をたったの七人で貫くのには、これが最良だと判断したからに他ならない。
かつて、百の満月の夜に火口湖まで到達した記録が、数百年の祭典の歴史の中でたった一件だけ存在している。最強の英雄であり、東西大陸どちらでも武名を轟かせた《剣星》ただ一人だ。
(まあ、リガールさんなら、自分一人だけならどこからでも生還しそうだけどね)
フリエス自身も最強の英雄と訓練とはいえ戦ったことがあった。はっきり言えば、一蹴された。勝負にすらなっていなかった。一方的に蹂躙され、昏倒させられた。
その最強の英雄であっても、“不死者の祭典”を終わらせることができなかったのは、呪いの大元である謎の髑髏を破壊できなかったためだ。戦士としては最強でも、解呪するにしてもあるいは制御するにしても、魔術師なり神官なりがいないことには話にならない。
つまり、この祭典の幕引きを図るのには、髑髏をどうにかできる凄腕の術士を連れていくことが必須なる。幸い、この七人組の中に解呪を行える神官が二人もいる。どちらかが無事に火口湖まで到達できれば、目的は達したも同然だ。
そして、その役目はイコが負うことになっている。暴走するセラを誘引する囮役としてフィーヨが駆り出されたため、そうなったのだ。
フリエスとフィーヨが囮役を務めながら逃げ回り、暴走するセラがそれを追いかけ、残りの四人がこじ開けられた道を突き進む。それを繰り返して火口湖まで到達するのが、今夜の作戦の概要だ。
麓への援護の意味合いもあるため、道中の難敵はできるだけ排除し、山から下る敵を減らしていくことも考えねばならず、困難な道のりなのは間違いない。だが、それでもやってくれると信じて送り出してくれた者達は、眼下の村を守るために迎撃の準備をしているところだ。その信頼に応えてこそ、後々まで語り継がれる“英雄”となる資格が与えられるのだ。
「大気と魔力の流れが変わってきたわね。ああ、見えてきた」
強烈な風が吹き抜け、それが合図となった。イーサ山全体が薄紫色に淡く光を放ち、周囲には死の気配が一気に濃くなっていった。雲が激しく動き出し、吹き荒れる嵐のような風の渦は曇天を吹き散らして、その隙間から月の光が差し込む。無論、その形は真円。まごうことなき満月であり、こちらをのぞき込んでくる邪神の眼に他ならない。
「すごい数の反応です! 五千・・・、六千・・・。さらに増加中です!」
フリエスのフィーヨの耳にイコの声が突き刺さる。これは風の精霊を利用した通信術式で、ラオを操作していた。ラオの近くにいれば声を送れるし、精霊の姿が近くに見えるときはこちらからの声も送ることが出来た。
「こっちも来たわよ。そちらも備えておいて!」
フリエスの警告は少し離れているところに潜む四人に精霊を介して飛んだ。そして、目の前の自称魔王の体も変化を始めた。
山から発せられる死の気配が吹き飛ぶほどの強烈な魔力の流れがセラを中心にして巻き起こり、張っておいた結界が紙切れのようにあっさりと引き裂かれた。
「都合よく“破壊衝動”を引けたようですわね。今夜に限っては当たりですが!」
フィーヨも剣を構えつつ、自身とフリエスに補助術式をかけた。逃げねばならない、魔王から。捕まれば死あるのみ。だが、目の前の道はすでに不死者でいっぱいだ。うまく障害物を利用しながら山道や崖を登っていき、火口湖を目指さねばならない。今夜は長丁場の追いかけっこになりそうだと、フィーヨは身構えた。
「さて、怖い狼さんに食べられないように、必死で逃げるとしますかね」
フリエスは徐々に変わりつつあるセラを見ながら、いつでも駆けだせるように体勢を整えた。
そのセラはみるみるうちに姿が変わっていった。体が巨大化していって着ていた服が破れ、口が突き出してきたかと思うと、顔が狼のそれに変わった。全身が灰色の毛で覆われ、尻尾も生えてきた。ちょっとした家屋くらいの大きさとなり、前足を地面に叩きおろした。地響きが発生し、それに雄叫びも合わさって、まるで山全体が震えているようであった。
目は赤く、その先にはフリエスとフィーヨがいた。口からは獲物に食らいつくべく、鋭い牙を見せつけていた。
(すべてを壊せ! すべてを喰らえ! すべてを無に帰せ!)
セラの頭の中にはそんな言葉が繰り返し響いていた。そして、魔王であろうとも、その声に逆らうことはできない。魂に中に刻まれた邪神の刻印がうずき出し、邪神に服さぬ愚かな魔族に、無理やり言うことに従わせる強制の言葉だ。
壊したい、何もかもを潰したい、セラの精神はその言葉に支配され、もはやそこには魔王としての矜持も理念もない。獣性と暴力性のみが、セラの心の中を埋め尽くした。
「それじゃあ、始めるとしますか! 〈電撃〉!」
フリエスの指先はセラに向けられ、その先から眩い電光が発せられた。狙い違わず雷が命中したが、当然ながら傷一つ付かない。大狼と化したセラには、生半可な術式など体毛だけで弾いてしまうのだ。
だが、怒らせるのには十分であった。セラは天に向かって再び雄叫びを上げ、二人に飛び掛かった。
「〈限界突破・脚力増強〉!」
フィーヨの足が赤く光だし、力がフツフツと沸き上がってきた。足が軽くなり、どこまでも走り抜けれそうな感覚をフィーヨは覚えた。
一方、フリエスは〈飛行〉の術式で、その体を宙に浮かせていた。
そこへセラが飛びかかり、二人は左右にそれぞれ跳んでそれをかわした。かわしたものの威力は凄まじく、前足で踏み抜いた地面は大穴が空き、つぶてが方々に散った。
「ほいほい、狼さん、手の鳴る方へ♪」
フリエスは体を浮かせながら、少し離れたところからセラに向かって手を叩き、音や小馬鹿にした表情で挑発した。
セラはフリエスの挑発に乗り、大きく吠え、そして再び飛びかかった。
(よし、食いついてきた。あとは、逃げ回るわよ!)
フリエスはフィーヨと軽く視線を合わせて頷くと、山道の方へと逃げ出した。当然、セラもそれを追いかけ、その巨体を無理やり山道にねじ込んだ。
山道を駆け上がると、不死者が群れをなしてフィーヨに襲いかかったが、フィーヨはそれを跳び越え、崖から突き出していたデッパリに着地した。
その後をセラが突進してきて、不死者の群れを弾き飛ばした。巨体での体当たりとあってその威力は絶大であり、衝撃でバラバラになったり、あるいは弾き跳びされて崖下へ真っ逆さまに落ちていった。
「足止めにもなりませんわね!」
フィーヨは慌てて次々と足場を変えて、山を登っていったが、当然、セラも執拗に追いかけてきた。
「ラオ君、聞こえる!? 予定通り、セラが食いついてきたわ。そっちもセラに近付き過ぎないくらいで追って来て。山道はセラが散らかしてるけど、残敵がいくらかいるから!」
「・・・分かりました! そちらも気を付けてください!」
通信の術式なので若干の時間差はあるが、それでも離れた場所にいる仲間と意志疎通できるのは、今夜の作戦では大いに助けとなっていた。
「フリエスさん、聞こえますか! イコです」
「お、索敵は続けてる?」
「はい。そのまま山道を進むと、そろそろ“大物”とぶつかります。気を付けてください!」
イコの探知能力も今回の作戦の鍵だ。これだけ四方八方囲まれ、しかも山道ばかりで逃げ場もほとんどない。どこから奇襲を受けるか分からない状態なのだ。しかし、イコの索敵によってその危険性を大幅に減らすことができる。
しかも、今のように難敵の所在をいち早く掴むことができ、それに合わせた動きができる。
(索敵と情報共有の重要性を改めて痛感するわね)
フリエスの母ヘルヴォリンは将軍として数々の戦場を渡り歩き、フリエスもその姿をよく覚えていた。そこで、母が斥候や伝者に小まめに指示を出しているのをよく目にしていた。
そうしたこともあって、情報の収集と共有の重要性はしっかりと認識しており、今夜の作戦でもそれが発揮されていた。
そうこうしていると、フリエスは少し高めに飛んで、大物がいるという地点を眺めた。するとそこには竜が視認できた。しかも、目が怪しく光り、顔が朽ちかけていた。
(あの大きさ、不死者化した古竜! 獄竜だわ!)
最強の竜が不死者になった、最悪の相手だ。知能も高く、術も使え、吐息攻撃も行ってくる。単純な力押しなら、古竜よりも強い。しかも、不死者ならば弱点となる炎属性にも耐性がある。
もしこんなものが現れたら、大した備えのない小さな国ならいくつも滅ぼされる危険性のあるとんでもない強敵だ。
「フィーヨさん、この先、獄竜!」
「いきなりですか!」
フィーヨとしても、いきなりの強敵登場に悲鳴を上げた。分かっていた事とはいえ、やはりめちゃくちゃな作戦だと今更ながら思い知らされた。
フィーヨの視界にも獄竜が入った。
恐ろしくもあるが、同時に美しくなんとも言えない魅力があるのも、竜という存在だ。芸術品の題材になったり、あるいはその力強さに憧れて家紋に竜を使う貴族も多い。時には信仰の対象にもなる。
だが、目の前の竜にはその優雅さや美しさが微塵も感じられない。鱗は汚ならしく血で汚れ、顔も骨が見えるほどに朽ちている。とてもこれを崇めようとは誰も思わないだろ。
「早速、生け贄がやって来たか。矮小なる人間よ、今宵は魔王の・・・」
朽ちたる竜が何やら喋っているようだが、二人はそれを無視して横をすり抜けた。
自分を無視して通り抜けたことに驚愕し、長い首を後ろに向け、走り抜けた二人を睨み付けた。
「どこへ行こうというのか!」
獄竜は更に構わず走り去ろうとする二人にいかり、その背中に向かって炎を吹き掛けようとした。
だが、そのときだ。いきなり首を噛みつかれた。何事かと向き直すと、巨大な狼が首に牙を突き立てていた。鉄よりも固いはずの竜の鱗すら、セラの牙にかかれば穿つのも容易いのだ。
「な、なんだ、貴様は!」
獄竜は走り抜けた二人から、火炎吐息の標的を狼に切り替えた。器用に首の角度を調整し、炎を吹きかけた。
だが、セラは後ろに飛び退いて炎をかわし、着地と同時に突進して体当たりを食らわせた。先程噛みついていた箇所に狙い違わず命中し、首がもげてしまった。
更に追撃として跳躍からの踏み付けで、首がもげた竜の胴体を押し潰し、あっさりと倒してしまった。もはや動かなくなった竜の胴体の上で再び雄叫びを上げ、その視線は再び二人に向いた。
「噛み付き、体当たり、踏み付けの、見事な三連撃ね。獄竜も鎧袖一触だわ。暴走してるとは思えない巧みな技だと感心するわ」
睨み付けてくるセラを見ながら、フリエスは素直に賞賛した。普通に戦えば、かなり苦労する相手だというのに、それをあっさりと撃破したのだ。魔王を名乗るのも当然と言えた。
もっとも、その資格がないからこそ、現在暴走しているのたが。
「ゆっくりしてる場合でもないのですけどね」
フィーヨは足下の石を拾い、それをセラに投げつけた。もちろん、表面の灰色の毛に弾かれたが、再び二人に向かって駆け出してきた。
「火口湖まではまだありますけど、逃げ切りましょう!」
「ですわね!」
二人は逃走を再開し、再び山道を登り始めた。
セラもそれ目掛けて突っ込んでいき、巻き添えになる不死者が次々と吹っ飛ばされていった。
魔王の開く宴“不死者の祭典”はまだまだ始まったばかり。その様子は天に輝く満月が見据えていた。邪神の愉悦の笑い声が聞こえてくるかのような、そんな禍々しい夜は続く。
~ 第十九話に続く ~




