第十六話 逆転の発想
食堂の二件隣の一戸建ては村長の手配で、七人組の宿舎にあてがわれていた。住人は祭典の最中は危険だからと避難していて無人であり、そこを用意してくれたのだ。
中には全員が座れる椅子と長机が用意されており、全員そこに座していた。机の上には水差しと人数分のグラスが置かれていた。更にイーサ山の地図と情報が書き込まれたメモ書きが添えられており、いかにもこれから作戦会議といった雰囲気を出していた。
実際、そのための集まりであった。入り口から見て、左側にフィーヨ、フリエス、セラが座り、右側にイコ、ジョゴ、ユエが座っていた。ラオは正面奥側だ。
会議の雰囲気としては、先程の告白の件もあって、気分は高揚していると言ってもいい。実際、イコは幸せそうに笑っており、机の下では、その手をそっとジョゴの腕を掴んでいた。宣言通り、もうジョゴを離さないつもりのようだ。
ジョゴは特段気にしている様子もない。今までなら振り払っていたであろうが、今のジョゴは受け入れることを決めたので、イコの好きなようにさせておくようだ。
「では、作戦会議と参りましょうか」
フィーヨの声に反応し、イコを除く全員の表情が真剣そのものになった。こういう切り替えの早さも、一流の冒険者の証と言えよう。
イコもジョゴから無言の注意を受け、やむ無く手を引いた。ここで我を通さないのは、理性がまだあるからに他ならない。
と、ここでフリエスがサッと手を挙げた。
「あたしにいい考えがあります!」
「「「却下」」」
静かにかつ声を揃えて、フィーヨ、セラ、ジョゴが言い放った。あまりの揃いっぷりに、思わずユエが吹いてしまった。
もちろん、フリエスからすれば、不満以外の感情はわいてこない。
「ちょっと、なんでよ!? フィーヨさんとセラはまあいつも通りだけと、ジョゴさんまで、どうしてなのよ!?」
いつもの二人に関しては、それこそいつもの通り反対なり難癖は想定していだが、まさかジョゴまで反対してくるとは思ってもみなかったので、さすがに戸惑ったのだ。
「まあ、先日の“あれ”を目の当たりにした後ではさすがにな」
ジョゴの言う先日の件とは、盾を構えたフィーヨを先頭に、勢い任せに敵を蹴散らしながら山を下る、というフリエスが提案した件のことである。
旨くはいったものの、途中で勢いがつきすぎて山道から落ちかけたり、後先考えずに体力を消耗したりと、ろくでもないことになった。一応、どうにか下まで辿りたいたものの、次は慎重にいきたいと、ジョゴは思っていたのだ。
「見た目は派手だが、やってることはガキがドヤ顔で玩具を見せびらかすのと変わらん。力の誇示と宣伝という意味ではまずまずといったところだが、優雅さの欠片もない無様だったな」
「ですわね。今夜は今までにない規模で押し寄せて来るでしょうし、今少し慎重を期したいですわね」
セラとフィーヨのダメ出しが追加された。フリエスの献策は大抵こうなのである。成果はそれなりに出すが、余計なおまけや危険性が付帯しており、ろくでもないことが毎回起こるのだ。
「み、皆さんの言いたいことは分かりますが、取り敢えず聞くだけでも聞かないとダメだと思います。聞いてから、却下なり修正なりをした方が建設的です」
不貞腐れるフリエスに助け船を出したのは、ラオであった。ラオも《神々への反逆者》の三人組と知り合ってからというもの、すっかりこうした雰囲気に慣らされてしまい、引っ込み思案な性格も多少修正されてしまった。そのため、こうした場面での調整役は、だいたいラオが引き受けることになっていた。
「ラオ君ありがと。で、提案なんだけど、セラの体質があるから、明日はめちゃくちゃなことになると思う。それを逆に利用するのが私の考え」
フリエスの言うセラの体質とは、満月の夜に発生する魔王の食事の件である。空に満月という名の“邪神の眼”が輝くとき、邪神に帰依していない魔の眷族は暴走することになっていた。セラがそれに該当し、暴走した挙げ句、“食欲”と“性欲”と“破壊衝動”のいずれかの欲求を満たすために暴れるのだ。
「つまり、セラにくじ引きで“破壊衝動”を引いてもらう。本来ならハズレだけど、今夜に限っては別。ハズレが当たりに化ける唯一の夜になる」
「なるほど。つまり、暴走状態のセラ殿を敵の只中に誘導し、それを以て戦線をこじ開けるという算段か」
「そう。理解が早くて助かります」
ジョゴの理解の早さに感謝しつつ、フリエスは地図を指差して話を続けた。
「山頂付近で暴走させるのが、ある意味一番効率的かもしれないけど、本番の山頂がどういう状態なのか分からないから、それは止めといた方がいい。だから、この前に通ったこの広場を暴走させる地点とするの。日が沈む少し前にここまで移動して、そこでセラに暴走してもらう」
「あまり気が進まんな」
フリエスの策にセラはやる気のない返事で応じた。満月の夜は毎度のこととはいえ、自分の意識のないときに、めちゃくちゃにされるのがなんとなしに気に入らないのだ。
「あんたに選択権はないわよ。どういう状況であれ、満月の夜は暴走することが決まっている。で、今回に限っては相手している暇はない。不死者の大群をぶち抜いて、火口湖まで到達しないといけないんだし。しかも、火口湖で例の髑髏を解呪する際に、どんな妨害やら横槍やらを入れられるか分かったものじゃないから、戦力は温存しておかないといけない」
「なるほど。つまり、《神々への反逆者》の皆さんは戦線に穴を穿つ役目を負い、僕ら《混ざりし者》が空いた穴から山道を駆け上がり、火口湖に突入して解呪を担当する、と」
あまりに過激な作戦に驚きつつも、ラオはそれもやむ無しかと頷いて応じた。事前にセラの暴走については聞いており、“戦力外通告”が確定しているセラをどうにか参戦させるのには、ある意味でこれが最適解だと判断したからだ。
「そう。セラを放置することはできないから、無理やりにでも連れて行かないといけないけど、どのみち暴走中は制御の効かない攻城兵器が好き放題暴れる感じになるんだし、こうでもしないと無理」
「それは承知してますが、そうなると、私とフリエスが囮役で、セラに噛み付かれろと」
損な役回りだと、フィーヨは嫌そうな顔をした。セラと戯れるのはいつものことだが、今回は周囲に不死者がわんさかいる状態であるし、険しい山道での戦闘になる。普段とは比べ物にならない難易度となる満月の夜を満喫することになる。
「フィーヨさんがうんざりするのも分かるけど、暴走したセラを戦力として組み込もうとした場合、こうでもしないと無理ですよ。山道や崖を逃げ回り、邪魔になりそうな強敵にセラを押し付けて、どうにか倒してもらう。無茶苦茶だとは思うけど、それが最良だと私は判断したわ」
フリエスはそう言い切り、そして、全員を見回した。セラの暴走の件を加味して、他に意見はないのかと目で訴えかけた。
「まあ、これが一番妥当かな。あとの選択肢としては、フリエスとセラをどちらも隅っこにどかしといて、他の五人で火口湖へ向かうってところだが、大穴空いた戦力で果たして行けるかって不安もある」
ユエとしてはそれでもよかったが、相当厳しくなることは確定しているのでなんとか避けたいところであった。セラは強いが、余程の相手でない限りは置物状態だ。しかし、フリエスは無尽蔵に電撃系の術式を撃ち込める。狭隘な地形では、敵が一列に並ぶので、一気にぶち抜ける電撃系の術式があるのとないとのでは、戦術に大きな差が出てしまう。できれば、フリエスは同行してほしいが、それだと放逐されたセラが何をするのか分かったものではない。
この相反する条件を満たせるのは、結局フリエスが提案した策しかないということだ。
「まあ、セラさんの戦力を無駄にしないようにしますと、暴走状態での誘因となりますね」
イコとしては、囮役を引き受けてもらうには少し引け目を感じていた。なにしろ、今回の作戦の最大の目玉は、火口湖に沈む呪いの髑髏の解呪である。その大舞台をわざわざこちらに回してもらうなど、なんだか申し訳ない気分になるのだ。
「まあ、今回の作戦成功の鍵は、なんと言ってもイコ次第ですからね。突破の際の索敵と、突入後の解呪。解呪は神官の役目ですが、私は囮役になった場合、イコに任せなくてはいけませんので、よろしくお願いしますよ」
フィーヨにそう口にされると、イコの両肩に急に何かがのしかかってきた感覚に襲われた。なにしろ、フィーヨが口にした台詞は、作戦が成功するか失敗するかはイコの活躍如何である、と言ったようなものだからだ。
イコは無意識的にジョゴを握っていた手に力が入った。ギュッと握りしめ、不安を打ち消そうとしたら、ジョゴが振り向いてイコを見つめてきた。視線がぶつかり、イコは思わず顔を赤らめた。
「イコ、今夜の成功はお前にかかっている。厳しいとは思うが、お前ならば成し遂げれると思っている。明日の朝日を笑顔で迎えれるかは、お前次第だ。分かったな?」
「は、はい! 頑張ります!」
ジョゴにそこまで言われては、イコとしては自分の有らん限りの力を振り絞らねばと奮起した。明日の朝日を笑顔で拝む、そして皆に祝福されながら愛する人と添い遂げる。
(愛の女神セーグラ様、全知全能なる麗しきお姿の我が主人よ、感謝します。あなた様の導きにより、この地を訪れ、よき出会いがありました。その方の後押しで勇気を振り絞ることができ、想い人と結ばれようとしています。大願成就が目の前に来ております。ああ、女神様、セーグラ様、感謝を、大いなる感謝を!)
イコは自分ほど幸せ者はいないと、神に向かって感謝した。神のお告げでは、ワーニ村での出会いが大願成就の大助となる、と示されていた。お告げは当たっていた。肩を並べて戦える良き戦友と出会い、勇気がなかった自分を後押ししてくれた素敵な女性とも出会えた。
何もかもが順調だ。あとは祭典の終幕を飾ることが出来れば、すべてが光り輝く。不動の名声、皆からの祝福と賛辞、そして、愛する人とのこれからの時間。何もかもが尊く思えてくる。自分が生まれてきたのは、まさにこの時のためだとイコは確信した。
「さて、他に質問は?」
フリエスはさらに詰めるべき点がないかと尋ねると、ユエが手を上げた。
「セラが暴走する際に、三大欲求のいずれかが顕現して暴れ出すのは分かった。だが、確率三分の一だ。もし、“破壊衝動”ではなく、“食欲”や“性欲”が出てきた場合はどうするんだ?」
「その場合も考えて、広場で待機する際、セラにはあたしとフィーヨさんが結界の中に閉じ込めておく。もちろん、全力で暴走したら破られるでしょうけど、それが切っ掛けになる。無理やり抑え込まれことにより怒りが溜まり、それが“破壊衝動”の呼び水になる。つまり、“食欲”や“性欲”を引き当てようとも、無理やり“破壊衝動”に変えてしまうことができる。逆はできないけどね」
普段なら、絶対にやらない愚行だ。毎月一度の雑事とはいえ、暴れまわるセラを相手にするのは文字通りの意味で骨が折れる。それならば、血を吸われるか、体を貪られるかした方が、遥かに楽なのだ。
「なるほど、了解した。やっぱり難儀な体だな、お前さんは」
ユエはセラのことを同情しつつ、それでも邪神に頭を垂れない一本気な点を評価した。
「ところで、だ。なにやら勝手に話が進んでいるようだが、俺の意思確認や意見はどうなんだ?」
「暴走するのが確定してんのに、意思確認もクソもないでしょ! あんたは黙ってなさい」
フリエスはセラを睨みつけて黙らせた。難癖やいちゃもんはいつものことではあるが、あまり会議が長引いては体力回復の時間が削られるというものだ。日が沈む前に山の中腹にある広場まで進まねばならないとすれば、夕刻前には山に入る必要がある。休憩できる時間がいつもより短くなるのは確定しており、あまり長々会議をやるつもりはなかったのだ。
セラは肩を竦め、もう何も言うまいと口を閉じた。
「んじゃま、作戦の確認をするわよ。まず、日没前に山の広場まで進み、そこでセラを暴走させる。囮役はあたしとフィーヨさんで務めるから、他の四人はセラが開けるであろう戦線の穴から山道を駆け上がる。イコは索敵で進行方向の様子を探ること。得た情報はラオ君が風の精霊でも飛ばして、あたしかフィーヨさんに伝言する。で、火口まで来たらそのまま突入して解呪を行う。セラが必要ならそのままぶつけるから、火口付近であたしとフィーヨさんはそのまま追いかけっこを続け、必要に応じて追加で突入。これでどうかしら?」
「異存ない」
ジョゴは即答で答え、他の面々も頷いて応じた。セラだけは面白くなさそうにそっぽを向いたが、フリエスはそれを肯定と受け取り、全員の了承を得たと認識した。
「んじゃ、これでいきますね。さっさと休憩して、今夜の本番に備えましょう」
こうして、本番前の最後の会議が終わりを告げ、時間まで眠りにつき、回復に努めた。
“不死者の祭典”、いよいよ本番の百の満月の夜が訪れる。火口湖を攻略し、皆が無事に明日の朝日を拝めるのか、それは誰にも分からない。
~ 第十七話に続く ~




