第十三話 予行演習 前編
再び夜が訪れようとしていた。すでに冒険者の面々は準備を整え、山道付近で待機する部隊、あるいは脇の崖で比較的緩めの場所を見張る部隊、もしくは後方から全体を見渡せる見張り台付近に待機する部隊、それぞれの場所を確保し、山から不死者が雪崩を打って押し寄せるのを今か今かと待ちわびた。
“不死者の祭典”それは『崋山国』ヒューゴ王国で行われる八年に一度の奇祭であった。百の満月の夜を経る毎に山から不死者があふれ出し、イーサ山の村々に襲い掛かるという呪いがかけられていた。それに対処するために、大陸中から冒険者が集い、不死者を狩るのだが、命がけだと言うのに功名心を満たす一大イベントとして冒険者の間では認知されており、百の満月の夜の前後では、さながらお祭り騒ぎの様相を呈していた。
そして、毎回最大の激戦地となるのが、ワーニという温泉村の周辺で、それを見越して腕自慢の冒険者が多数集結していた。雑魚はいらぬとばかりに、五等級に満たぬ部隊は締め出しを喰らうのが通例で、それを分かっているからこそ、本当に実力に自信のある面々しか集まらない。
また、そうした面々が集まるということは、その中で目を見張る活躍をすれば、その口々から雄姿を語られることとなり、一気に著名な冒険者の仲間入りを果たすこともできる。それを狙って、集まってくる者もこれまた多いのだ。
そんな中にあって、特に注目されるのが“等級外指定”、俗に特等級冒険者と謳われる冒険者の存在だ。すでに名の知れた冒険者の一団であり、その実力ぶりを拝める貴重な体験を味わえるのも、また醍醐味であった。事実、昨夜もその前評判に相応しい戦いぶりを見せつけ、村に駐留する者達から注目の的となっていた。
《混ざりし者》は前々から名前が売れている一団であったが、七等級と本来なら締め出しを喰らうはずの部隊である《神々への反逆者》も凄まじい活躍を見せており、すでに“等級外指定”だと認識されていた。
この二部隊合わせて計七名の集団であるが、今日は早くも最前線に立っていた。
「さて、そろそろ日が沈むわね。頑張って駆け上がりますか!」
沈みゆく夕陽を見ながら声を上げたのはフリエスであった。昨夜は村への到着が遅かったうえに互いの部隊の顔合わせもあって、最初は出遅れてしまった感があったが、今日は違う。睡眠をとり、食事も済ませ、気力体力ともに充実している万全の状態であった。
そして、今日の作戦はズバリ“敵中突破”であった。山道を駆け上がり、群がる不死者どもを蹴散らし、イーサ山の山頂にある火口湖を目指そうというのが今日の主旨だ。
これはジョゴから提案された作戦であった。百の満月の夜までは数日あるが、それまでに火口湖までの道筋や地形を把握し、本番時に有効活用しようというのがジョゴの提案だ。これに対して、地形の把握なら、不死者が鳴りを潜める昼のうちにやった方がいいのでは、という意見も出たが、ジョゴはそれに反対した。
「偵察は正確な情報を持ち帰ってこそのものだ。昼間に安全に進む感覚と、夜道を“妨害”ありで進む感覚とでは、大いに差が出る。なるべく本番に近い状態で行った方がよい」
これがジョゴの意見であり、これはすんなり皆に受け入れられた。やはり、夜道を進む感覚を身に付けておいた方がいいし、本番前の予行演習は重要だと意見がまとまったからだ。
ただし、それでは肝心の村の防衛がおろそかになるとの懸念もあったが、それもジョゴが否定した。一部とはいえ火口に向かって突出したとなれば、必ず知能を持った上位の不死者が食いついてくると考えたからだ。そうなると、山を下るのは数は多くとも雑魚ばかりで、村に駐留する面々だけでも対処は容易となる。そう周囲に説いたのだ。
これはジョゴ以外の他六名も納得し、山頂目指して駆け上がることが決定した。
なお、村に残る他の冒険者達の許可も欲しい所であったが、これはたまたまこの話を近くで聞いていたカトーが受け持つこととなり、他の冒険者達の了解を得ることがすんなりできた。
「いやぁ~、ほら、もしかするともしかするかもの話だが、今回で祭典の終幕を拝めるかもしれないしな。そうなりゃ大陸中で噂になり、吟遊詩人がこぞって歌い出す。そんな場面に出くわせんなら、一生分の働きに勝るってもんよ。最後に隅っこの方にちょこっと俺様の名前が入れば、それこそ万々歳よ」
何とも調子のいい話だとフリエスは笑ったものだ。最初に出会ったときは食堂で突っかかってくるアホだと思っていたが、意外や意外。随分と話せる人だと認識を変えた。結局、冒険者は何はさておき実力社会であり、特別待遇も実力が伴えばどんなものであれ認めるというのがこの業界の通例であった。食堂での一件は、そもそも実力を判断するための材料が身分証しかなかったので、雑魚はいらんという接し方であったが、相手が“等級外指定”だと分かれば手のひらグルリンである。そういう世界であるので、フリエスにしろ他の面々にしろ、気にはしなかった。
さらには現在行われている奇祭が、今回限りで終わる可能性である。特等級冒険者の部隊が二つも現れ、しかもそのどちらもが本番の夜に火口湖攻略を目指すと言っているのだ。伝承では呪いの源である髑髏が百の満月の夜にだけ姿を現すとされるので、それを解呪できれば祭りは今後開かれることはなくなるのである。つまり、それは後々まで語られる伝説となり、それを達成した七人は英雄として後世まで伝わっていくこととなる。
もし、その場面に出くわし、あわよくばそれなりに活躍して、自分の名前や活躍が伝説の中の一行分くらいは残せるかもしれない。後世まで語り継がれる、これは一種の“不死性”であり、永遠に名前だけでも生き残ることを意味する。こんな好機は中々訪れるものではない。カトーの考え通り、その目的に向かって協力すれば、成し遂げれるかもしれない。
特等級部隊の先行が好意的に受け止められたのも、まさにこうした発想あればこそだ。
「さて、そろそろ祭りの再開だな。イコ、まずは敵の配置や密度を調べてくれ」
ジョゴの言葉に応じてイコは無言で頷き、意識を集中させた。イコは桁外れの探知能力の有し、それこそ山全体を神の視点で眺めているかのように感じることが出来た。
(この能力だけでも、得難いものですわね。仮に神官を辞めてしまったとしても、これは正直欲しい)
イコの愛の女神セーグラの神官を辞めてしまうように勧めたのはフィーヨであった。とにかく、どうしようもないほどにイコはジョゴが好きなのだ。だが、添い遂げるためにはセーグラの神官の掟が邪魔にしかならない。だから、神官を辞めて好きな人と添い遂げてはと述べたのだ。
それに対して、イコからは確たる意思表示はない。まだ心の中で葛藤があるのだろう。冒険を続けるのであれば、神術を使える神官は有用であるし、その力を手放すのは惜しまれる。だが、それを補って余りある探知能力があるので、付いていくだけでも役には立てるだろう。
いっそのこと、小柄で素早いことでも活かして、密偵や盗賊あたりに転職するのもいいかもしれない。探知能力をさらに伸ばすのならば、そうした職の方が有利である。フィーヨとしてはそうするべきだと考えた。
「反応が増えてきました。掴みで二千といったところでしょうか」
「昨夜の倍か。敵さんも盛り上げてくるねぇ」
ユエは楽しそうに口笛を吹きながら、持っていた地図を広げた。村に置いてあった登山道の地図で、山頂までの道筋がおおよそではあるが把握できるしろものだ。もっとも、地図なので、今目の前でうろつく怪物達のことは記されておらず、それを確認できるのはイコだけだ。
「そうですね、こちらの道を進むのがいいかと。この道には“強い”敵が待ち構えていそうなので、麓への援護の意味でも潰しておくべきかと。で、帰りはこちらの道を下って、道の状態の確認をしておいた方がいいですね」
イコは地図を見ながら自分が探知した状況を話していき、次々と提案していった。軍隊で言うところの行軍参謀といったところで、その指示は自身が得た情報とすり合わせて極めて適格であり、見事なものだとフリエスもフィーヨも感心した。もし、フィーヨが皇帝のままであったら、間違いなく相当な高待遇で召し抱えようとしたであろう。
「んじゃま、行くとしますか! カトーさん、あとよろしく!」
すでに山道付近で前衛をやる気満々で待機していたカトーに手を振り、カトーもまた任されたと手を振って応じた。
そして、七人は山道を登り始めた。
まず前衛はフィーヨとユエの二人でいくことになった。ユエは拳術士であり、前衛を務めるのは当然としても、フィーヨが前衛を務めるのは、ジョゴを最後尾に配置したことと、神術が使えるのに前に出れる装備編成をしていたからだ。聖属性を付与された武器の一撃は不死者には極めて有効であり、十分前衛としての火力を備えていた。
その二人の後ろにいるのはフリエスだ。いつも通り電撃を撃ちまくって前の二人を援護するのが役目だ。また、予備の前衛要員でもあり、二人が回復のために下がった際にその穴埋めを行うことも考えられていた。
隊列の中央にはイコとラオが並んでいた。イコは探知能力があるため、この七人隊列の指揮官的な立ち位置であり、探知中に攻撃されないよう中央に陣取り、ラオはその援護というわけだ。
その後ろにはセラが続いていたが、案の定フリエスとフィーヨからは“戦力外通告”が出されていた。余程の敵がでない限りは出番なし。一番邪魔になりにくそうな位置に置かれた。
そして、最後尾がジョゴだ。ジョゴは弓使いであるため、最後尾からでも前への掩護射撃ができ、後ろからの襲撃にも鞭や体術で対応出来るため、この配置となった。
なにしろ、たったの七人で数千の敵が待ち構える山を貫く作戦なのだ。いくら山道で側面からの攻撃がやりにくいとはいえ、前後を挟まれる可能性は高い。前後に戦力を振り分けるのは、当然考えるべき隊列であった。
山道を不死者の群れが塞ぎ、次から次へと七人んに襲いかかったきたが、数は多くともまだまだザコばかりだ。例え屍人が百体まとめて襲いかかってきたとしても、ユエの拳で吹き飛ばされるか、フィーヨの神術で浄化されて消え去るだけだ。うち漏らしも、フリエスの電撃とジョゴの火矢であっさり蹴散らされた。
とはいえ、すべてが順調だったわけではない。波のように絶え間なく続く怪物達、そうした眼前の大群に目をとられて、側面からの上位亡霊術士が五体も同時に現れ、崖上から飛び降りるかのように襲い掛かってきた。ユエが最前列より下がって、イコから治癒の術式を受けているタイミングだった。イコが治癒に回ったために部隊の索敵能力が低下し、それを謀ったかのような強襲。知恵のある上位種が、あるいはそうした索敵能力の高さに気付き、まずはということで、イコに狙いを絞ってきたのだ。
イコは索敵能力に関して言えば、並ぶ者なき力を有している。しかし、冒険者、神官としてはそこまで腕利きというわけではない。神官としては並より少し優れている程度で、それでも等級が高いのはジョゴやユエと行動を共にしていたことによる部隊としての加点があり、それによって等級を上げていたからだ。
五体の上位亡霊術士の骨の腕が一斉にイコのいる隊列中央に〈火炎球〉を何発も撃ち込んできた。直撃すれば大火傷、外しても爆炎で坂を転げ落とす、相手の攻撃の選択も、襲い掛かった時期も的確であった。
だが、その攻撃は一つたりとて、イコに届くことはなかった。飛んできた炎の塊、その悉くをセラが拳で叩き潰したのだ。崖から飛び降りるように仕掛けてくる五体の上位亡霊術士に対し、セラは崖の方に重力があるかのよう走って駆け上がった。飛んでくる炎の塊に自身の拳をぶつけて潰し、そのまま落下してくる上位亡霊術士の間を走り抜けた。
何事かと自分達の間を走り抜けていったセラの方を振り向いたが、それが間違いだった。セラに気を取られ過ぎてすぐ下にいたジョゴへの警戒が薄れ、ジョゴが放った六発の火矢への反応が遅れてしまった。これで五体の内、四体が火矢の餌食となり、まとっていた黒い長衣を真っ赤に燃え上がらせ、そして消えてしまった。
最後尾にいて、かろうじて火矢を喰らわなかった残りの一体が、隊列の後方に着地し、付近にいた不死者達に指示を飛ばして後方を攻撃した。
「させません! 我が召喚に応じよ、火蜥蜴!」
後方からの攻撃にはラオが素早く反応し、先程の〈火炎球〉で飛び散った火花を寄せ集め、その火を媒体にして燃え盛る赤い蜥蜴を呼び出した。火蜥蜴は大きく口を開け、迫ってくる怪物達に火を吐いた。炎に包まれ勢いよく燃え出し、その場に焼け崩れる者、あるいは崖から落ちる者など、様々であった。
どうにか撃退したかと思ったが、炎を割いて、眩い電光が迸った。先程の上級亡霊術士が今度は〈電撃〉を放ってきたのだ。狭い山道で一直線に飛ぶ〈電撃〉は有効な術式であった。
だが、これも失敗した。ユエと交代して再び下がったフリエスが、電光が飛んでくるのを目の当たりにし、ラオを守るようにして自分の体で遮った。なにしろ、フリエスは雷神の力を持ち、電撃系の攻撃を吸収する特異体質であるため、雷などは栄養にしかならないのだ。
「ほれ、倍返しよ!」
フリエスは食らった雷を右手に収束させ、さらに自分の魔力も上乗せし、鞭でも振るうかのように横に払った。雷が舐めるように右から左へと飛び交い、迫って生きた不死者達を消し炭にした。
上位亡霊術士はこれにもどうにか耐えたが、すでにその運命は決まっていた。電光が収まり、どうにか耐えたと思った瞬間に、首と胴体にそれぞれ鞭が巻き付いた。ジョゴが電撃に合わせて鞭を繰り出したのだ。
「消え去れ!」
ジョゴが力を込めて鞭を握る両腕を広げると、縛られた哀れな亡者は頭、上半身、下半身の三つに引き裂かれ、そして土へと還っていった。
前衛の二人も押し寄せてきた不死者の群れをどうにか蹴散らし、ようやく片付いたと、フリエスは安堵のため息を吐いた。
「いや~、今のは少し危なかったわね。イコの索敵が緩んだのを狙って仕掛けてくるなんて、知恵の回る奴はどこにでもいるもんだ」
フリエスはとりあえず終始無難に第一波を凌いだことを喜んだ。もちろん、まだまだ道半ばであり、先は長く、油断はできない。火口に近付けばそれだけ空気の中に潜む呪いの濃さも増していき、現れる敵の質も上がっていくであろうからだ。
そこへ崖を駆け上がっていたセラが戻ってきて、フリエスの真横に着地した。
「ほい、ご苦労さん。てか、珍しいわね~。こんな序盤から積極的に動くなんて、あんたらしくないんじゃない?」
「あのチビの半吸血鬼は今回の重要人物だからな。こんな序盤で万が一にも消えてもらうわけにはいかん」
セラはまた索敵のために意識を集中し始めたイコを見ながら答えた。確かに、セラの言は正しい。イコの探知能力は間違いなく、今回の山道踏破の鍵を握っていると言ってもいい。万一にも本番前に退場なんてことになったら、大幅な戦力低下と考えねばならない。
(まあ、とにかく状況を面白い方向に動かしたいこいつのことなら、イコがいなくなるのは面白みに欠けるでしょうし・・・。でも、こいつの場合は前科もあるし、油断はできない)
フリエスの脳裏には、かつてのレウマ国での一件が思い出されていた。元宮廷魔術師のアルコが事件に関わっているかどうかでフリエスが迷っているときに、セラはすでに“黒”であると見抜き、さらにはアルコが偽物で、中身が《狂気の具現者》だと気付いていたにも拘らず、何も喋らずに状況の推移を眺めていたことがあった。
状況を面白くするためならば普通にそれくらいのことはしてしまうのが、自称魔王ことセラのやり口なのだ。その性格上、嘘は言わない。だが、情報をぼかしたり隠したりすることはままある。
つまり、万が一にもここでイコに倒れられると困るような何かが、すでにセラの頭の中で描かれていることを意味していた。フリエスにはそれがなんであるのかまでは分からなかったが、セラが“らしくない”行動をするときには、必ず裏があるということだ。
「・・・まあ、それはそれとして、イコ、この先はどうなってるの?」
フリエスはセラの行動の件を頭の隅に追いやり、ひとまずは火口を目指すという当初の目的を完遂するべく、頭を切り替えた。
「まだまだウヨウヨいますが、特に注意すべきはこの先の、これ、地図だと休憩できる広場がある地点ですか。ここに上位吸血鬼の反応が複数確認できます。次の山場は、この広場での戦闘になるかと思います」
「山道のような狭い地形ではなく、広場であるならば、数の利をいかせますね。どのみち、迂回はできませんし、進むしかありませんね。まあ、それを見越しての待ち伏せでしょうが」
フィーヨは地図を見ながら渋い顔をした。自身も皇帝として軍を率いて何度も戦場に赴いて指揮統率をこなしてきた身であり、その程度の戦術はすぐに見抜くことが出来た。数の利を生かすのであれば、とにかく相手を休ませずに消耗させることが重要だ。いくら英雄豪傑と言えど、休みなしで一晩中戦うなど厳しいにも程があるというものだ。
「まあ、いいさいいさ。本番までの腕慣らしには、せめてこれくらいはねえとな。さて、次のお客さんが来たみたいだぜ」
ユエの言う通り、進むべき山道からまた不死者が群れをなして姿を現した。ユエはイコによる治癒の術式と一呼吸付けたことで体力を取り戻し、また道を塞ぐ連中に突っ込んでいった。
「よっしゃ、次行ってみますか!」
フリエスの掛け声とともに他の面々もそれに応じて首を縦に振り、ユエに遅れるなとばかりに同じく山道を駆けていった。
火口までまだ道半ば。道を遮る者達の行列はまだまだ続く。
~ 第十三話に続く ~




