第九話 会食
“不死者の祭典”それは八年に一度、『崋山国』ヒューゴ王国にて開かれる奇祭である。国の中心にあるイーサ山には魔王モロパンティラの呪いがかけられており、百の満月の夜を経る度に火口湖より死があふれ出し、不死者が麓の村々に襲い掛かって来るのだ。それを狩るために大陸中から冒険者が集い、さながらお祭り騒ぎとなる。
その日も百の満月の夜まであと数日というところまできており、山から不死者が下って来た。そろそろ数も増えてきており、その日の夜には千を超す数で押し寄せてきた。下級の不死者が大半であったが、徐々に強力な種類も増えてきていた。
イーサ山にはその周囲にいくつもの温泉村があり、普段は湯治や絶景の観光などで賑わっているのだが、祭典の最中は観光客ではなく武装した冒険者で溢れかえる。その温泉村の中にワーニ村と言う場所があり、地形や竜脈の流れなどの複合的な要素によって、毎回激戦地となる場所であった。現に、昨夜も本番前だというのに千を超す不死者が山から下りてきた。
だが、それをすべて撃退した。激戦地になることは分かっているので、腕自慢の猛者達が集っており、数は少なくても精鋭ぞろいなのだ。昨夜の千を超す群れも、五十人足らずで倒しつくしている。
そんな中にあって、一際目立つ活躍をしていたのが“等級外指定”いわゆる特等級冒険者の部隊《混ざりし者》であった。
まずは部隊の隊長格であるジョゴだ。ジョゴの腰には神々の遺産《多頭大蛇の帯》が身に付けられており、これは六つの弩と連動しており、まるでそれぞれが自らの意志でもあるかのように動き回る。そして、光弾、火矢、毒矢のいずれかを撃ち込むようになっている。さらにジョゴ自身の両手には鞭が握られ、近づく者を打ち据えた。その動きがさながら八本首の大蛇を彷彿とさせ、《八岐大蛇》の二つ名で呼ばれていた。
昨夜もジョゴは群がる不死者を二つの鞭と六つの弩で蹴散らし、山の上にあった弓隊の陣地に乗り込んで、これを殲滅している。
次に注目を集めたのが人虎族の女性のユエだ。ユエはジョゴが敵陣への切込みの際には囮役を務め、敵の耳目を集めることに成功している。その後は予備戦力として後方に待機し、意外なとこから湧いてきた不死者を迎撃したりと手堅い戦い方に終始した。そんな中で、飛来した屍竜を拳打一撃で仕留める場面を皆に見せつけ、大いに沸かせた。《剛腕の猛虎姫》の二つ名に相応しい雄姿と言えよう。
次に皆を驚かせたのは神官のイコだ。桁外れの索敵能力を有し、範囲も正確さも尋常でない規模でしっかりと読み取り、度々危うい攻撃に対しての警告を発して被害を最小に抑え込んだ。天より与えられし全てを見通す眼《天眼》とはよく言ったものだ。
なお、急に転げまわったり、投げ接吻をしだしたり、発狂したかのような叫び声を上げたりと、数々の奇行でも注目を集める結果となった。
最後に召喚士で人犬族の少年ラオは他三名に比べて地味な活躍であったが、それでも矢の雨から皆を守ったりと、十分な貢献をしていた。
さすがは特等級部隊だと、ごった返す食堂でも話題に上っていた。
だが、それ以上に人々の口に上っていたのは、最弱の部隊と思われていた三人組が、実は“等級外指定”に該当するのでは、という話題であった。すなわち《反逆者》を名乗るいつもの三人組だ。
なにしろ、フリエスは単騎で敵本陣に斬り込んで大将首を取り、フィーヨは急勾配を突っ切って弓隊を潰し、さらに屍竜を二体当時に倒していたのだ。あれだけの活躍をしながら七等級だと言って誰が信じるというのだろうか。
なお、セラの名前は人々の口には上がっていない。昨夜はほとんど働いてないからだ。唯一の仕事は屍人を同士討ちさせたことだが、それを目撃していたのはたまたま近くにいたカトーだけであった。
「はっきり言うぞ。あの七人組で一番ヤバいのは、俺の見立てではあのセラとかいう奴だ。間違いねえ!」
カトーはそう力説して止まない。カトーも四等級を得るまで場数を踏んできた冒険者である。様々な職業、種族を見てきたからこそ、それを感じ取ってしまったのだ。
「他の奴らはまだ余力はあるだろうが、ある程度は本気を出していた。だが、セラは全然出してねえ。弱いだけじゃねえかと考えるかもしれんが、それはない。雑魚が戦場に放り込まれたら、怯えるか、戸惑うか、無理に強がるかだ。だが、セラはどれにも該当しねえ。どころか、あれは場馴れした雰囲気がした。獲物を見定めてる狩る者の眼だ。まあ、獲物がいなくて退屈している感じだったがな」
カトーはセラのことを熱く語ったが、他の仲間は半信半疑であった。
ちなみに、その七人だがこの食堂の中にはいなかった。人でごった返していて座れる席がなく、ここの二軒隣の一戸建て家屋を借り受けており、そこを使っているからだ。冒険者が集まっているので、すでに宿は埋まっており、村内の適当な場所で野営する者もいるが、食べ物と温泉にありつけるので、普段の野宿とは比べ物にならないほど快適だ。
そんな中にあって、一戸建てを用意されるのは、明らかな特別扱いであったが、それに対して不平不満を述べる者はいない。冒険者の世界は実力社会であり、有能な奴がそれ相応の待遇を得ることは当然と考える者達ばかりだからだ。そうした待遇が欲しいのであれば、そうした待遇を受けられるほどの実力を身に付ければいいだけの話だ。
しかも、昨夜の活躍ぶりをしっかりと見せつけられた後である。文句など出ようはずがなかった。
「今回の祭典、ひょっとすると、あの《剣星》すらできなかった、火口湖の攻略、拝めるかもしれねえぜ」
カトーは伝説に語られる一幕を直接拝めるかもしれないと、興奮冷めやらぬ雰囲気であった。ますます生き残らないといけない、カトーは伝説の生き証人になって見せると心の中で誓いを立てた。
***
食堂から二軒隣にそれなりの一戸建てがあり、そこは現在、《反逆者》の三人と《混ざりし者》の四人が滞在していた。
村長のウーノに頼んで、大きめの机と追加の椅子を用意してもらい、七人全員が座れるようになっていた。もっとも、セラは食事を必要としていないので、席には着かず、壁に背を預けて腕を組み、いつも通り全体を眺めれる体勢であった。
ただし、場の空気が少々悪かった。入口から見て、長机の左側に、フィーヨ、フリエス、ラオの順番で座り、右側にはイコ、ジョゴ、ユエの順番で座っていた。そして、イコがジョゴを気にかけながら横目でチラチラ見ながら、向かい合って座っているフィーヨを複雑な表情で見つめていた。
場の空気の悪さは、その状況がどうして発生しているかを、イコ以外の全員が承知しているからだ。
イコはジョゴに一目惚れしてからというもの、ずっと付いてきていた。気ままな一人旅を続けてきたジョゴにとっては、ある意味で目障りな存在であったが、次第に慣れてしまったうえに、イコの桁外れの索敵能力を大いに評価しており、ユエと知り合った段階で自然と部隊を組むようになった。
つまり、イコは出会った頃からジョゴに対しては病的なまでに一途であったが、ジョゴはイコに対しては恋愛感情を抱いているのかすら分からない。手のかかる妹程度でしかないからだ。
そんな中、この村で出会ったのが今まで見たことがないほどの美女フィーヨであった。ジョゴはフィーヨに興味があるらしく、度々その口から賞賛の言葉が飛び出していた。それがイコにとっては気が気でならないのだ。
実際、フィーヨは美人だ。一切の癖がない長い黒髪が涼しげな雰囲気を醸し出し、その立ち振る舞いも実に優雅だ。おまけに女性にしては背丈もかなり高く、もし長身のジョゴと並んで歩いていたとしても、身長差が気にはならないだろう。
一方、イコはどうかと言うと、金髪碧眼の綺麗な顔立ちをしているが、吸血鬼である父譲りの鋭い犬歯がそれを台無しにしてしまっている。森の妖精の母親からは尖った耳を受け継いでおり、ますます人族との容姿の乖離が悪目立ちしている。しかも、背丈も低いほうで、ジョゴと並んで歩けば、大人と幼児くらいに感じてしまうこともあった。
つまり、容姿と言う点では及ばない相手が現れ、しかもジョゴも興味があるときた。ジョゴに関しては常時視野狭窄状態のイコにとっては、由々しき事態と言えた。
なお、それはイコの勘違いでしかない。
ジョゴはフィーヨに惚れそうだと言ったのは、あくまでその実力に対してであり、男女のそれとして惚れたのなんだのという感情はない。
一方のフィーヨに至っては、ジョゴ以上に相手への男女としての関心はなかった。そもそも、フィーヨは腕に巻き付いている二匹の蛇以外には、男としての興味が一切ない。その二人に対しての思慕と敬愛は金剛石よりも固いと言っても過言ではない。
そうした二人の考えはイコ以外の全員に伝わっているが、肝心のイコには全然伝わっていない。余計な試案を巡らせすぎて、当人も何がどうなっているのかすら分かっていない様子なのだ。だからこそ、ジョゴに何か訴えかけるも、それが言葉として発せられず、フィーヨへのけん制を打とうにも、どうしていいのかわからず踏み込めない。恋する乙女の感情は複雑というか、無駄に絡まっている状態であった。
なお、その雰囲気を一番楽しんでいるのは、実はセラであった。セラはそもそも魔族である。人間の悪い感情がなによりのご馳走であり、楽しみでもあるのだ。今現在、この空間はイコから発せられる悪感情と、早くなんとかならないかと考える他全員分の鬱積が溢れている状態だ。セラにとっては何とも言えない居心地のいい空間であり、この渦がさらなる激流にならないものかと、戦闘とは違った楽しみを覚え、それを顔に出さないようにするのに必死であった。
昨夜の戦闘の総括でもやりながら、和気あいあいと食事できればよかったのだが、イコのせいでなんとも喋りづらい雰囲気を作り出してしまい、無言の会食となった。
そして、無言のうちに食事も終わり、さてどうしようかとなった段階で、フィーヨが席を立った。
「では、お皿を下げてきますね」
フィーヨはテキパキと空いた皿を重ね始めた。“元”皇帝とは思えないほどの庶民的な動きであったが、自分でやれることは自分でやるのがフィーヨの基本的な考えであり、下膳くらい普通やるのだ。
「少々数が多いな。私も手伝おう」
ここで動いたのがジョゴであった。イコの視線に対して、あえて導火線に点火する暴挙に出たのだ。フィーヨと同じように皿を重ね始め、それを運んできたトレイの上に載せていった。
なお、この段階でイコの脳内では思考が高速回転で進み、ジョゴとフィーヨが下膳を名目に家を出て、そのまま村外れの森の中で逢引したり、あるいは一緒に温泉に入る二人の姿を思い描いていた。
ここでイコの頭がその負荷に耐えれなくなり、鼻血を噴き出しながら椅子ごと後ろに倒れてしまった。
「またですか! フィーヨさん、治癒と輸血を!」
フリエスは倒れたイコを指さし、はやく治すようにフィーヨを促した。フィーヨもすぐに《真祖の心臓》を起動し、流れ出た血を綺麗にしてからイコの体内へと戻した。
「ジョゴさん、火に油を注ぐまねはやめてください」
ラオはジョゴを恨めしそうに睨みつけた。先程のジョゴの動きは明らかにわざとであり、こうなることを予想していながら動いたとしか思えなかったからだ。
なお、その横でセラとユエが腹を抱えて大爆笑していた。
「すまんな。荒療治のつもりであったのだが、どうもイコには効き過ぎたようだ」
ジョゴは気絶しているイコを抱え上げ、隣室の寝台へと運び込もうとした。
「ジョゴ、いっその事、そのまま“致して”しまえよ。その方がスッキリするって、いろんな意味でな。あたしらは温泉にでも入って、時間潰しておくから」
ユエは必死で笑いを堪えながら、寝室の方を指差しながらジョゴを煽った。ユエとしては、このままイコが毎度毎度暴走して倒れられるよりかは、吹っ切れる切っ掛けでも作ってやるのがいいのではと考えたのだ。
二人の関係が一回限りのものか、永続的なものになるのかは分からないが、やってみないことには結果が生じないのも事実だ。
三人組と知り合って大願成就の大助となる、愛の女神の神託だそうだが、なるほど正しい。三人組の中にフィーヨという恋敵(誤解)が現れ、普段は意識していない(というか一方通行)の二人が接近してめでたく添い遂げる。大願成就ここに達せらる。完璧だなと、ユエは満足そうに頷いた。
「ユエ、お前なあ、妹を手篭めにする奴がどこにいる?」
「私は一向に構いませんが?」
キッパリ答えたのはフィーヨであった。フィーヨはもし兄が自分の体をご所望ならば、すぐにでも差し出すつもりでいた。血が半分繋がっているとは言え、愛してやまぬ大恩と敬慕が折り重なった絶対的な存在なのだ。自分の体程度ならば、すぐにでも用意することなど造作でもない。
「フィーヨさん、あなたの特殊な性癖と感情を世間一般に当てはめないで下さい。その物差しは明らかに歪んでるんですから」
フリエスはやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。フィーヨにとって体に巻き付いてる二匹の蛇のためならば、どんなことでもやってのける。フィーヨの行動原理の根幹と言える。
絶対的存在への真っ直ぐすぎるがゆえの歪みと、それに伴う周囲への視野狭窄状態。そういう意味では、フィーヨとイコはある意味で似た者同士と言えた。
「俺としては、次の満月まで取っておいてもいいと思うぞ。祭典の終幕を飾るのは、愛しあう二人の艶やかな華が咲き乱れる場面なんてのも、舞台劇の演目としては王道ではないかな。それまでは綺麗なままでいた方がいい」
「うっわ、魔王が恋愛について、らしくない台詞吐いてる」
セラの似合わない内容の台詞に、フリエスは気持ち悪い何かを見せられた感覚に襲われた。セラが恋愛について語り出すなど、普段の言動から最もかけ離れていると感じたからだ。
「お~、そりゃいいや。おい、ラオ、あたしらも終幕とやらに参加して、睦み合うとしよう。なぁに、なにしろ、祭りだ祭り。バカみたいに乱れた方がらしくなる」
妙なところから流れ弾が飛んできて、ラオはすでにユエによって捕縛されていた。決して逃さない絶対的な強者と哀れなる捕食対象、まさにそんな感じの大虎と子犬だ。
「なら、そこにフリエスとセラも加えて、御乱行と参りましょう。三組の営みで華咲き乱れる様は見物ではないかと」
フィーヨの余りにも無責任かつ無茶苦茶な発言であった。なにしろ、その三組の中に自分が入っておらず、完全に蚊帳の外であり、割りとどうでもいいからだ。
「ちょっと、フィーヨさん!? その三組の中にあたしとセラが入るわけ!?」
「当然でしょう。そもそも満月の夜なんですから、“強制的に”そうなってる可能性があるのですから」
「・・・また“くじ引き”かあ。今回に限って言えば、全部ハズレよね、まったく」
満月の夜、それは魔王のお食事が始まる合図でもある。よくよく考えてみれば、満月の夜はセラが暴走することは確定事項なのである。つまり、その相手をしなければならないフリエスも、当然“食事”に無理やり付き合わされることになるのだ。
「もしかして、百の満月の夜、あろうことか、私とセラは“戦力外通告”ってことなの!?」
「順当にいけば、そうなりますわね。先走りになりそうですが、存分にお楽しみください」
フィーヨの言葉にフリエスは絶望した。もし、目標通り火口湖の攻略を達成した場合、それは後々まで伝説として語り継がれていくであろう。そんな中にあって、女神と自称魔王が後世に残してほしくない“醜態”を晒すことになりかねない、というわけだ。《混ざりし者》とフィーヨが英雄として名を残し、女神と自称魔王がその横で“食事”なんぞしていた日には、どんなバカバカしい伝説が残ってしまうのか、考えただけで身震いがしてきた。
「じょ、冗談じゃないわよ! 絶対イヤ! っっっ無理!」
フリエスの叫びが村中に響き渡った。絶望的な未来が待ち受けていることを知ったフリエスは、その日だけでもセラを放逐したいと心から思った。
~ 第十話に続く ~




