第八話 山登り 後編
時は少し遡る。山上より矢の嵐が降り注ぎ、皆が急いで遮蔽物の陰へと身を隠した。
イコの素早い警告により、待機中の冒険者への被害は回避できた。それぞれ、岩陰や木陰に身を潜め、次なる一手への試案に入っていた。
そんな岩陰の一つに、五人が集まって身を隠していた。フィーヨと《混ざりし者》の面々だ。イコの警告から素早く移動し、手近な岩陰に飛び込んだのだ。なお、ラオは風の精霊を召喚して風の幕を作り、前線で戦っている者達を守ったが、自分はユエに担がれて退避していた。
「さて、敵に“指揮官”がいる。早めに弓隊共々潰しておかないと、後々面倒になるな」
ジョゴは岩陰から顔を出し、山の上の方を見つめた。相手はそこまでの強敵はいないが、地形が厄介だ。高所を押さえた状態での弓隊による斉射は脅威となりえる。一方的に撃たれるだけでは、いつかこちらに損害が出てくる。それだけは容認できない。
「・・・いた、見つけました。このまま真っ直ぐ突き進んだ所に、明らかに隊伍を組んだ集団います。数は百五十から二百。おそらくは骸骨弓兵だと思います」
イコは山の方を指さし、敵が陣取っている場所を示した。
「傾斜が一番きつい所にありますね。坂というか、崖と言った方が適切な場所も見受けられます。なるほど、弓兵を展開するには申し分ない場所ということですか」
ラオは地形を見ながらそう判断した。少なくとも、容易には近付かせてもらえそうもないということは認識できた。
「なら、我がひとっ走り行ってくる。お前らは前線の奴等の援護を任せる」
「え、弓使いが敵中突破をやるのですか!?」
フィーヨが驚きの声を上げた。ジョゴは弓使いである。実際、腰には六つも弩を吊るしてある。射撃戦をやるならともかく、敵陣に斬り込むなど、常道から明らかに逸している。
(まあ、私やフリエスもそうだし、前に出る後衛職がいてもいいか。ペリエルも魔族を殴り殺してたし)
かつての大戦で活躍した《虹色天使》ペリエルは、弓使い兼魔術師であったが、必要に応じて突貫し、近接戦を行っていたことを思い出した。殴れる弓使いなど、初めてというわけではなかったので、フィーヨはヨシとした。
「では、援護のためにお供します」
「おいおい、マジかよ」
フィーヨの提案にユエが驚きの声を上げた。それは他の三人も同様らしく、目を丸くしてフィーヨを凝視していた。
見た感じ、フィーヨは細い体つきをしている。とても崖を上れるような屈強な体つきではない。それなのに、付いていくとは驚き以外の感情が湧いてこないのだ。
「ご心配なく。むしろ、ジョゴさんが遅れないか心配しているくらいですから」
フィーヨの静かだが威勢のいい発言にジョゴは思わず口笛を吹いた。
「いいね。そういう迷いもなく、威勢のいい言葉を吐ける女は惚れちまいそうだぜ」
ジョゴがニヤリと笑って応じたが、イコはまるでこの世の終わりのような絶望的な表情で、ジョゴを見つめた。次いでフィーヨを見たこともないひどい顔で睨み付け、今にも飛びかからん勢いで身構えたが、そこはユエが押さえつけた。
「では、ジョゴとフィーヨが上の奴等の片付ける。あたしが囮になるから、ラオは援護を任せる。イコはここで身を潜めつつ、状況把握に努める。これでいいな?」
ユエの言葉に全員頷いて応じた。なお、イコは納得してないのか、鋭い目つきでフィーヨを睨んだままであったが。
「イコさん、ご心配なく。私はお兄様とルイングラム様以外の男性には、毛ほどの興味もわいてきませんので」
この点については、フィーヨは一切のブレがない。両の袖口から二匹の蛇が顔を出し、そうだよと言わんばかりに首を縦に振っていた。
そして、一斉に動き出した。フィーヨとジョゴが山に向かって駆け出した。イコも思わず付いて行きそうになったが、ラオが暴走寸前の恋する乙女に足払いを食らわせた。見事に足を引っ掻けてしまい、顔面から盛大にこけた。
ユエもまた岩陰から飛び出して、“気”を練り始めた。全身が淡く輝き、暗い夜にはとにかく目立つ。上から眺めていれば、さぞ見映えがいいであろうし、魔力の流れから警戒もするだろう。狙い打ちする的としてはこれ以上にない。
実際、ユエを中心に無数の矢が撃ち込まれたが、ラオが再び風の精霊を呼び出し、これを弾いた。
「いい囮役ですね。このまま坂を登りきりましょう。イコさんが付いてこないうちに」
「フィーヨ殿もあやつの性格が分かってきたではないか」
軽口を叩きながらも、フィーヨとジョゴは傾斜部に迫った。
「それにしても、ラオ君がイコさんを足払いをするとは思いませんでしたわ。もう少し穏便に抑えるかと思いましたよ」
「言って聞くようなら、イコのことでは苦労せん。ラオも加入してから二年近くになるからもう慣れてるよ。ユエのおちょくりにはまだ慣れてないがな」
話しているうちに、崖のすぐ目の前までやって来た。登れなくもないが、両手を使って登坂していては、上からの攻撃の格好の餌食だ。
だが、二人は止まらない。
「〈限界突破・脚力増強〉」
フィーヨが発した言葉に反応し、その足に強力な魔力が流れ込んできた。フィーヨが持つ神々の遺産《真祖の心臓》は血液を操る力があり、それを用いて身体強化を行うことができた。
崖にも等しい急勾配をものともせず、軽い足取りでどんどん上へと登っていった。
「《多頭大蛇の帯》よ、起動せよ」
ジョゴが身に付けていた帯が輝きだし、それに呼応して接続されていた六つの弩も動き始めた。
(やはり、あれは神々の遺産でしたか)
強力な魔力の流れを感じ、フィーヨは動き出した帯を見つめた。六つの弩全部がそれぞれ意志を持っているかのように動き、上にいる怪物へ次々と光弾を放った。さらに、ジョゴ自身の両腕には鞭が握られ、岩などの突起物に巻き付け、器用に崖を登っていた。
(なるほど。二つの鞭に六つの弩、八つの首を擡げる大蛇のごとしですね。二つ名の《八岐大蛇》の由来はこれですか)
八岐大蛇は“蛇王”とも呼ばれる十二魔王の一角を占める強力な存在だ。山のごとく巨大な体を持ち、八つの頭を自在に動かして、目に付く生き物すべてを捕食した。暴れまわった後は大地が腐り、実りなき不毛な大地を晒す恐ろしい存在として語り継がれていた。
伝承では大盗賊トブが酒や食べ物に遅効性の強烈な呪詛を仕込み、それを喰らって徐々に弱った蛇王を仲間数人がかりで仕留めたとされている。
そして、かつての魔王と同じ名を持つ猛者が目の前にいる。帯に連結された六つの弩は連結部の紐がそれなりに伸びるようで、どの角度に対してでも撃てるようになっていた。前後左右どこにも死角はなく、接近する者は両手の鞭で打ち据える。体の鍛え方から、体術もかなりの練度に達しているようであった。
つまり、ジョゴは遠近どちらもこなせる弓使いだということだ。敵陣に切り込んで弓隊を潰すと豪語したので弓を使う者としてどうかと思ったが、目の前で繰り広げられる戦い方を見せられては納得せざるを得なかった。
「フィーヨ殿のその道具もいいですな。武器に変化し、使用者への永続強化ですか。山の上まで走るのに大丈夫かと思いましたが、なるほど、こちらの方が遅れ気味ですな」
ジョゴは少し上を進むフィーヨに対して、率直に感心しているようであった。フィーヨに帯同する二匹の蛇はすでに剣へと変化させており、目の前に現れる不死者を次々と切り伏せていた。先程までの優雅な立ち振る舞いをしていた神官と、目の前の女性が本当に同一人物なのかとジョゴが疑うほどの奮戦ぶりであった。
「ジョゴさんも大したものですよ。その帯、使い勝手がよさそうですね」
「今は魔力を収束して撃ち出す通常の光弾を使っていますが、魔力の指示一つで火矢と毒矢を撃つこともできます」
「それはますます使い出のある品で」
フィーヨも相手の持つ武具に素直に感心したが、それを余すことなく使いこなしている目の前の男こそ、フィーヨの求める存在であった。
フリエスの考えもそうだが、とにかく《狂気の具現者》との対決には手数が欲しいのだ。それも、かつての戦争で活躍した英雄級の猛者を求めていた。フィーヨとしては、すぐ横にいる男はそれに該当すると確信しており、そのうち協力を求めねばと考えるに至っていた。
英雄級の腕前を持ち、しかもすでに神々の遺産まで装備している。これを勧誘しない手はない。フィーヨはいきなり当たりを引き当てたこと喜んだが、まずは目の前の仕事を片付けねばと気持ちを切り替えた。
そして、イコが指し示した地点へと到達した。案の定、骸骨弓兵が隊列を組んでおり、息を合わせて斉射しているのを確認できた。
フィーヨはジョゴに待機を促す合図を手で送り、自身はそのまま隊列に向かって突っ込んだ。本来なら矢の嵐で蜂の巣にでも成りかねないが、フィーヨは二本の剣をくっ付けて巨大な盾に変化させた。撃ち込まれた矢はことごとくを盾に弾かれ、盾を構えたフィーヨはそのまま隊列に突っ込んだ。勢いよくぶつかってきた“壁”はご丁寧に並んでいた骨の集団を弾き飛ばし、十体近くが粉々になって吹っ飛ばされた。
それを見計らったかのごとくジョゴが物陰から飛び出し、六つの弩を連射しながら突っ込み、距離が詰まると鞭を振り回しながら四方八方へと撃ち続けた。
その時であった。少し離れた場所に強烈な光と共に雷が天から降り注いだ。フィーヨはそれがフリエスの放ったものだと気付き、しかも周囲の不死者の動きが鈍ったことも確認できた。
(指揮系統が切れた! どうやらフリエスは“指揮官”を片付けたようね)
そうなると、もはや周囲にいるのは烏合の衆だ。指揮官が討たれ、まともな判断能力を失った集団など、どうあがいても脅威足りえない。フィーヨは盾を槍斧に変化させ、力任せに右へ左へと振り回した。得物が振るわれる度に骨が弾け飛び、物言わぬ躯として土へと帰っていった。
二人の奮戦もあって、問題となっていた骸骨弓兵はすべてが蹴散らされ、もはや周囲には一体の不死者がいなくなっていた。
弓兵が片付いたことを知らせるため、ジョゴは空に向かって何発か火矢を放った。程なくして麓から何度か発光があり、確認できたことを知らせてきた。なお、知らせてきたのはイコであり、発光した同じ回数だけジョゴがいるであろう火矢の打ち上げ地点に向かって投げ接吻をしたのだが、当然ながらジョゴの目には映っていない。
フィーヨとジョゴは眼下で繰り広げられる光景を注視した。当然、不死者達は麓の村を目指しており、まだまだかなりの数が山道を、あるいは崖を下に向かって進んでいた。
だが、下にいる連中はしっかりとそれを抑え込んでいた。山道はそもそもそれほど幅員がないので、通行止めをするのにはやり易い地形だ。無論、数に任せて押し込んではいるが、防衛側も交代要員が後ろに控えている。穴を開けずに代わっていれば、この夜を凌ぎきることも難しくはない。
また、別方向からも襲撃されているようで、山道以外の場所でも戦っているのか、何かが光っているのが見えた。後方に予備戦力を配置していたので、そちらの対処も問題なさそうだ。
「さて、ジョゴさん、これからどうしましょうか?」
「そうですな。ここいらのはすでに一掃しましたし、下の戦線も安定しました。今夜の山場は凌いだといったところでしょうかな。まあ、昨日は魂喰いが十体ほど現れたそうですから、もう一波乱くらいはありそうだが」
二人がどうしようかと悩んでいると、そこへ小さな人影が近寄って来るのが感じ取れた。一瞬倒し損ねた奴でもいたかと思ったが、それはすぐに杞憂だと気付いた。駆け寄ってきたのがフリエスであったからだ。月明りに照らされて、巻癖のある波打つ金髪を輝かせる姿は妖精かと思わせる愛くるしい姿だ。
「フィーヨさん、ジョゴさん、やっほぉ~。こっちも片付いたみたいね」
フリエスは周辺に散らばる骨の残骸を見ながら述べた。無数の人骨が転がるおぞましい風景ではあるが、幾度となく視線を潜り抜けたこの三人にとっては、別段驚くべき景色でもなく、日常の一幕でしかなかった。
「フリエスもお疲れ様。指揮官はどうでしたか?」
「上級吸血鬼とその取り巻き連中ね。まとめて消し炭にしたわよ。やたら口達者な奴で、多分力を得てからそんなに経ってないイキッたガキみたいな馬鹿野郎だったわ」
フリエスは率直な感想を述べた。力を得たならそれを振るって見たくなるのもわからなくもない。なにしろ、今は祭典の最中だ。命のやり取りをしているとはいえ、あちらもこちらも浮かれた祭りの雰囲気に酔っているのだろう。
かくいう、フリエスもまたその一人だ。千を超す不死者の大群など、なかなかお目にかかれるものではない。しかも、まだこれで下手な役者による前座の演劇でしかないのだ。本番に近付くにつれてどうなるか、まだまだ先の読めない展開だ。
しかも、本夜祭と言うべき百の満月の夜には、火口湖攻略という一大イベントが待っている。呪いの大元であり、あるいは神々の遺産とおぼしき髑髏が安置される危険極まる場所だ。それを攻略できたらば、その名声は広く知れ渡ることになるだろう。
考えただけで興奮してくる。なるほど、まさに祭りだ。祭りならば、はしゃがねば損と言うものだ。
「さて、あたしにいい考えがあります」
フリエスは偉そうに腕を組み、眼下でワチャワチャしている状況に目をやり、二人に提案をした。
***
今回の不死者の祭典に参戦した者は多くいる。なにしろ、大陸中から冒険者がやって来ては、イーサ山の各所にある村に襲い掛かる不死者を狩るためである。
九十九夜の満月の夜を過ぎたあたりから徐々に不死者の徘徊が始まり、百の満月の夜に近付くにつれてその数が増していく。本番一週間前ともなると、その数は軽く数千は数えるようになる。もちろん、一方向に集中するわけでなく、地形や山道にも影響されるが、各村に数百から千数百が迫る計算になる。
そして、その日は今回の祭典において、特等級部隊が到着して初参戦となった夜であった。毎回恒例の激戦地となるワーニ村とその周辺区域は、千を超える不死者を数十名の冒険者で熱烈歓迎しており、数の差などものともせずに押し返していた。
そして、それは舞い降りてきた。後にこの夜の戦いに参戦していた者は口々に語った。
「山の頂から、光り輝く流星が三つも降り注いだ」
麓で迎撃する者達も、それを視認した。新手の強敵かと警戒したが、近づいてくるにつれて、それは杞憂であると分かった。なぜなら、その三つの光にぶつかった不死者は次々と吹き飛ばされ、光に包まれて消え去る者、あるいは消し炭になる者、炎と共に崖から落ちる者、それは様々であった。
では、その流星とはなんなのか。答えは、フリエス、フィーヨ、ジョゴの三人であった。
「フリエス! これがあなたの言うところの“いい考え”なのですか!?」
「その通り! さあ、盛り上がってまいりました!」
フリエスの作戦は単純明快であった。なにしろ、突っ込んで蹴散らすだけなのだから。
まず、フィーヨが盾を持って先頭に立つ。その盾には〈聖属性付与〉をかけておいて、聖なる力を付与しておいた。盾は武器なのかという疑問はあるが、フリエスは盾とは壁であり、壁とは鈍器だと主張した。
そうして、聖なる力を付与した盾を構え、山道を全力疾走で駆け下りたのだ。もちろん、途中で不死者の行列に遭遇するが、そのまま盾で体当たりを加え、吹き飛ばした。
効果は絶大だ。なにしろ、不死者は闇に蠢く偽りの命を与えられし存在であり、聖なる力を帯びた盾で体当たりされるのは、とてもではないが耐えることができない。土に返されるか、吹き飛ばされるかの二択しかない。
そして、盾を構えたフィーヨの後ろをフリエスが走り、さらにその後ろをジョゴが走っていた。フリエスは吹き飛ばされたり、盾の突っ込む方向にいなかった不死者に対して電撃を乱射し、それでも撃ち漏らした者を、ジョゴが六つの弩から火矢を放ち、焼き払った。
麓から見ると、三つの輝きが凄まじい勢いで山から降ってくるように見えたため、まるで流星でも降って来たかのように誤認してしまったのだ。
「とても“いい考え”には思えませんけどね。下に戻るのにはこれでいいでしょうが、数が数ですので、撃ち漏らしが多いですわ! あと、体力的にきつい!」
「祭りです、祭り! フィーヨさん、踊って、バカやって、楽しまないと!」
「楽しむ必要性はどこに!?」
実際、今現在は戦闘中である。いくら周囲に群がっている不死者が下級の弱い相手とは言え、遊び半分に戦闘を行うのはどうかと、フィーヨは思わずにはいられなかった。
「目立つ! 注目される! 名声が高まる! そう、これは完璧な計算の下に組まれた策です!」
「なるほど、・・・と納得するとでも!? フリエス、あなた、養父に似てきたのでは? この奇行っぷりは、かの変態魔術師を髣髴とさせますわね」
「かもね!」
フリエスの養父であるトゥルマースは、東大陸一を誇る大魔術師にして賢者である。軍師としても名高く大戦中は《英雄王》の参謀役として数々の作戦に関与し、数多の敵を屠ってきた。
ある時、誰かが尋ねた。「魔術を以て倒した相手の数と、策を用いて倒した相手の数、どちらが多いのですか?」と。それに対して、トゥルマースは不敵な笑みを浮かべてこう答えた。
「どちらが多いかなんて知らん。いちいち数を覚えているほど優雅じゃないんでね。ただ言えることは、どちらも万を下回ることはない」
策士としてのトゥルマースは恐ろしい。笑いながら万単位の人間が右往左往する様を眺めていられるぶっ飛んだ性格をしていた。奇抜過ぎて終わってみなければ全体像を把握できないほどであるが、それでも数々の勝利に貢献してきた。
フリエスもその薫陶を受け、魔術師として、あるいは賢者としての訓練を受けている。それに影響されない方がおかしいのだ。
そんなこんなで、山道を駆け下りながら次々と蹴散らし、気が付くといつの間にか麓の山道まで下りてきていた。冒険者が道を塞ぎ、迫りくる不死者を押し留めているところだ。
そこへ、三人が乱入し、勢い余ってその横をすり抜けたところでようやく止まった。
「よし! 完璧!」
などと、フリエスは自身の作戦を自画自賛したところで、周囲を見渡すと、全員があまりの出来事に呆然としている様がフリエスの瞳に映っていた。
「・・・えっと、勝鬨とか賞賛の嵐は?」
「ねえよ」
フリエスにツッコミを入れたのはセラであった。フリエスらが猛烈な勢いで駆け下りてくるのが見えたので、山道のところまでやって来たのだが、フリエスのあまりのアホ面に思わず苦言を呈さずにはいられなかったのだ。
「もう少し何とかならなかったのか? 優雅でもなければ、威厳も感じず、まるで泥遊びでもしている子供のようなはしゃぎっぷりだ。数はそれなりに倒してきたようだが、芸術点は壊滅的だな」
セラの酷評がフリエスの耳に突き刺さり、露骨なまでに嫌そうな顔になった。
「数をこなしたんだからいいでしょ! それより、あんたはどうなのよ!?」
「屍人を回れ右させたろ」
「あれだけ!? てか、あれ以外やってないの!? またサボりなの!?」
予想していたこととはいえ、本当に目の前の自称魔王は働かない。気分が乗るか、余程の強敵でも現れない限りは、指一本動かすのも億劫なようだ。やっぱり戦力としては計上できないと、フリエスは改めて痛感せざるを得なかった。
その時であった。けたたましい叫び声が上空から響き、その場にいた冒険者全員の魂を揺さぶった。幸いこの場の冒険者は場数を踏んだ腕利き揃いであったが、もし並の冒険者ならそれだけで気絶してしまいそうなほど、魂に響く叫び声であった。
「あれだ! あそこ! 屍竜だ!」
戦列に加わっていたカートが、愛用の槍を空に向けた。その先には、上空を旋回する竜が一体飛行しているのが人々の目に映った。だが、その竜はかつての荘厳な姿はすでになく、肉が腐り落ちて骨がむき出しになり、眼もすでに失われていた。間違いなく、屍竜であった。
「大きさからして、成竜の屍竜だな。今夜の主題目としては、少し物足りんな」
セラは上空を見上げながらぼやき、やる気のない視線で飛び回る屍竜を見つめた。
竜は脱皮するごとに大きく成長し、能力も向上する。そのため、もしゾンビ化してしまった場合、どの段階でゾンビ化したのかによって、これも強さに大きく影響してくる。古竜がゾンビ化した場合、特に獄竜と呼ばれ、知能を有したままゾンビ化するため最上位の不死者とされ、下手をすると国が二つ三つは消えかねない大災害を引き起こす。
だが、目の前を飛んでいる屍竜は成竜がゾンビ化したようであり、知能が失われた哀れなる動く躯に過ぎない。それでも、強敵であることには変わりはないが、セラがいちいち出張るほどの相手ではない。
すでにフリエスが術の詠唱に入っているので、なおのこと参戦する気はなかった。
そして、屍竜が長い首を動かし、顔を冒険者が集まっている地点に向けた。大きく息を吸い込み、口から紫色に染まる霧のようなものを吐き出した。毒霧吐息だ。ゾンビ化したことにより火を溜め込める肺が腐って火炎を吐けなくなったが、代わりに体内に蓄積した毒素を溜め込み、それを霧状にしてまき散らすことができるようになっていた。
吸い込んでしまえば、下手をすると死にかねないほどの強烈な毒だが、集団に届く前に吹き散らされてしまった。少し離れたところにいたラオが風の聖霊を呼び出し、飛んできた毒霧を風で吹き散らしたのだ。
「我、風の鉄槌を振り下ろさん、〈超下降気流〉!」
フリエスが詠唱していた術式が完成した。上空から強烈な下降気流を生み出す術式で、飛行する相手を地面に叩きつける術だ。対象者はまるで頭上から巨大なこん棒などで殴りつけられた衝撃を受け、さらに風の流れを乱すことにより揚力もそぎ落とし、ほぼ確実に地面に叩きつけられることとなる。
屍竜とて例外ではなく、体の制御を失い、きりもみ状態のまま地面へと墜落した。
そこへ間髪入れすに駆け寄る者がいた。ユエだ。猛虎を彷彿とさせる大きな絶叫と共に駆け寄りながら拳に気を集中させ、地面との衝突でよろめく屍竜の眉間の拳を突き入れた。
輝く拳は狙い違わず屍竜の眉間に直撃、ユエの体の倍以上あるその頭部はどす黒い血をまき散らしながら弾け飛んだ。
頭部が消し飛んだ屍竜は他の部位も軽く痙攣した後、すぐに動かなくなった。
「すげぇ。屍竜が一発かよ」
あまりの光景にカトーが思わず口から漏らした一言であったが、それが引き金となり周囲も一斉に猛りだし、ユエに向かって大喝采となった。フリエスはこれが欲しかったわけだが、見栄えする虎女の方に見事に掻っ攫われた格好となった。
「やるな、あの女。どうやら過少に評価していたか」
セラは返り血で黒く染まるユエを見ながらそう呟いた。ユエもジョゴと同じく一等級冒険者として登録され、おそらくは特等級に達しているとは考えていたが、神々の遺産で武装しているジョゴの方に目が行ってしまい、ユエを弱めに見てしまっていた。
だが、それは誤りだと、先程の一撃で示した。セラとしては、ユエの評価を上方修正しなくてはならなかった。
「先程のはユエの必殺技〈虎咆穿通〉です。気を拳一点に集中して正拳を突き出す。大抵の相手はそれで粉砕されるが、固くて通らなかった場合は気が装甲を突き抜けて浸透していき、内部から破壊する。直撃すれば、セラ殿も吹き飛ばされますよ」
「そのようだな。実に興味深い」
ジョゴとしてはセラへのけん制のつもりで少し挑発的な説明をしたのだが、セラはそれを事実としてすんなり受け止めたため、効果はなかった。むしろ、セラの中でユエへの評価が天井知らずで上がりだし、そのうち殴りに行くという“脳内名簿”にその名が記載された。
だが、祭りはまだ終わらず、追加演目が始まろうとしていた。先程同様、またしてもけたたましい叫び声が響き、皆が再び上空を見上げると、またしても屍竜が飛んでいる姿をその目に捉えることとなった。しかも二匹である。
「またかよ! しかも番で来やがった!」
カトーは少々焦りながら槍を握り、下りて来いと言わんばかりにその穂先で二匹を挑発した。
だが、それは完全な徒労に終わった。
「光り輝く裁きの鉄槌を今ここに! 不浄なる者を打ち滅ぼす力を示せ!」
フィーヨの絶叫と共に上空を飛ぶ二匹の屍竜目掛けて、さらなる上空から光が滝のように撃ち下ろされた。フィーヨが軍神への祈りを捧げて使える最強の神術〈軍神の投槍〉だ。
先程の屍竜に対して使おうとしたのだが、撃ち出す前にユエが仕留めてしまったので、その力が行き場を失ってしまった。やむなく術を解除しようとしたところに、都合よく“おかわり”がやって来たので、それに向かって力を解放したのだ。
天から降り注ぐ眩い光に包まれ、二匹の屍竜は断末魔を上げる間もなく消え去ってしまった。かつて、フィーヨは同じ術を《狂気の具現者》に撃ち込んだことがあったが、一切の防御もなしに凌がれてしまった。というのも、この神術は不死者のような汚れた偽りの命の持ち主や、邪神の刻印がなされた魔族など、邪悪な存在に効果を発揮する術なのだ。悪行を重ねた人間ならばいざ知らず、“普通”の人間にはまぶしいだけの一撃に過ぎないのだが、有効の範囲内にいる相手に対しては、凄まじい効果を発揮する術でもあった。
魔王軍の幹部にすら致命の一撃を与えた神術である。屍竜程度であれば、すんなり消し飛ばしてしまうくらい造作もなかった。
「おいおい瞬殺かよ。それも二匹同時にって。七等級なんてのは、やっぱり嘘じゃねえか!?」
カトーはあまりのことに頭の中が錯乱し、まったく考えをまとめることができなかった。
フィーヨやセラが七等級冒険者であることは事実である。だが、それは冒険者組合における等級制の仕様の問題であって、七等級であってもその中身は英雄と魔王に他ならない。新規加入と同時に飛び級が認められるならば、どちらも間違いなく“等級外指定”を受ける実力者なのだ。
「見事なものだな。ますます惚れてしまいそうだ」
ばっちりと決めて周囲の声援に対して優雅に応じるフィーヨを見ながら、ジョゴは呟いた。実際、フィーヨは美人であるし、貴族令嬢を思わせるほど所作もしっかりとしている。それでいて、戦闘中はあの猛りようである。この落差には興味を惹かれない者はいないであろう。
なお、ジョゴの呟きはイコの耳にもしっかり入っており、悶絶しながら地面を転がりまわっていた。
こうして、この夜の戦いは幕引きへと向かっていった。残りはなけなしの下級の不死者がどうにか集団と呼べる数でやって来た程度で、難なく撃退に成功した。
そうこうしているうちに太陽が昇り始め、その夜の終幕を告げた。
こうしてこの夜の戦いは終わり、特等級の圧倒的な強さをまざまざと見せつけることとなった。ワーニ村に駐留する冒険者達は口々にその強さを讃え、冒険者組合にも伝わることとなった。
フリエスとしては、最後のド派手な演出のせいで、フィーヨとユエに美味しい所を持って行かれた気分を味わうこととなり、少しばかり不満であったが、まあそれなりに目立っていたし、明日で取り返せばいいやと考え、気分を切り替えることにした。
なお、そのすぐ横ではイコが未だにうめき声を上げながら悶絶しており、まったく気分の切り替えができていないようであった。まあいつものことだし、と部隊の他の面々も特に気にした様子もなく、無事に朝日が拝めたことを今は喜ぶことにした。
~ 第九話に続く ~




